家探しを任されたはいいものの、これといって特筆すべき成果は見当たらなかった。
私は先に
「ミッシェル? 落ち着いて、大丈夫。お水飲んで落ち着こうか」
娘さんの隣に屈みこむと、グラスを手に握らせた。
ミッシェルは震える両手でグラスを持つと、そろそろと一口飲み、間隔を開けてもう一口飲んだ。
「いいよ、ゆっくり息をして......どうかな?」
「だいぶ......よくなったわ」
「よかった。ミオ、まだ話は?」
「さっき終わったよ。ありがとうミッシェル、こういうのは勇気がいることだけど、よくできてたよ」
ミオがそうお礼を言ったところで玄関のドアが開いて、中年の体格のいい男が入ってきた。
「おい、なんだあんたら!」
「パパ!」
ミッシェルが一目散に男、もといヒューゴ・モラーのところに駆け寄った。
「パパ、警察の人たちが......」
「自分の部屋に行ってなさい、ミッシェル。お巡りさんとは俺が話すから......」
「パパ、ママが......」
「行ってなさい、ミッシェル。頼むから」
父親は有無を言わせずに娘さんを部屋に下がらせると、子供部屋の扉が閉まらないうちに私たちに怒鳴った。
「うちの子はまだ学校も出てないんだぞ! あんたらにここに入って、彼女を悪人みたいに尋問したりする権利は......」
「あなたの奥さんは、殺害されました」
私はその怒鳴り声にかぶせるようにして、ゆるぎない大声で言い返した。よく通る大声を低音で出すのは、どの軍隊でも下士官が共通して持つ技術の一つだ。
「なんっ......殺害?......でも、彼女は......」
モラーさんは一瞬黙ると、そう途切れ途切れに呟きながら檻の中の獣みたいに往ったり来たりし始めた。でもそれも長くは続かず、すぐにさっきまで自分の娘が座っていたソファに、崩れるように腰を下ろした。
黙った時に浮かんだショックは本物っぽかったな。これで犯人だったら大したもんだ。
「お聞きしたいことがいくつかあります」
座り込んだモラーに、ミオがそう切り出した。
「ああ......ああ、わかった」
「今朝がた失踪届を、電話連絡でお出しになりましたね?」
「ああそうだ。昨晩、家内が帰ってこなくて。彼女は、あー、9時半くらいに家を出たんだ。ミッシェルがダンス教室に行っていて、ディアドラが迎えに来なかったと電話してきたんだ」
「本当にお迎えに行ったんですか?」
ミオが声に疑念を滲ませて言った。
「もっと個人的な用事だったのでは?
「それはない!」
怒りのあまりか、モラーがぱっと立ち上がって声を荒げた。明らかにミオはモラーを怒らせるつもりだったみたいだから、私は口を挟まないことにした。
「何を言ってるんだ。お前は、私の妻がふしだらだったとでも言いたいのか!? はっ、今は俺を怒らせるような時じゃないだろうが、え?」
「娘さんが、あなたはよく奥さんと言い合いをしていたと、そう言ってましたが」
「ああ、昨日も言い合いをしたよ。誰がミッシェルを迎えに行くかで」
モラーは再び腰を下ろすと、前かがみの臨戦態勢を取ったまま続けた。
「俺は一日中働いてくたくただった。足を休めたかったんだ」
足。そうだ、私からはこれを聞いておこう。
「そうですか。足と言えばモラーさん、あなたの靴のサイズはなんですか?」
「靴?......なんでそんなことを?」
モラーが若干の間をおいて聞き返した。ミオもちょっと不審げな顔でこっちを窺っている。
「形式的な質問です」
「俺の靴は......
「裏にある作業靴は」
ぴっと親指を、背後の壁の向こうにある
「
紳士用の8。メンデズと同じサイズ。マルは死体の下足痕のサイズは、メンデズのそれに近いって話をしてたな。
「あの、その......8であってる。ほら、よく言うだろ、靴の小さい男はその......ナニも小さいって」
私はぐるっと目を回した。
それか。そういえば糧食係軍曹だった時、中隊事務室で野郎の下士官たちが、そのことで当番兵によく当てこすりを言ってた覚えがある。事実かどうかは知らないけど。
「......えーっと、続けても?」
ミオが咳払いをしてから聞いた。首許が赤いぞぉ!
「では、あなたは昨晩、一晩中ここにいらしたんですか? 奥さんを迎えに行かせた後も、ずっと?」
「ああそうだよ」
モラーは短く答えた。急に姿勢を変えて背もたれにもたれかかると、深々とソファに沈み込んだ。
「じゃあ、なんでミッシェルからの電話にすぐ出なかったんですか」
今度は反対にミオが、身を乗り出すようにして聞いた。
「娘さんは何回電話しなおしても、なかなかあなたが出なかったって言ってましたけど?」
「わかった、わかったよ......ちょっと出かけてたんだ。この辺りを自動車でぐるぐる回って......俺なりの、自分を落ち着かせる方法なんだ」
「......まあいいでしょう」
ミオは長々とモラーの顔を覗き込んでから、ようやくそう言った。
ひょっとして、今の長すぎる沈黙は下ネタに動揺した自分を落ち付かせるための時間稼ぎだったのかい、ミオ?
「あなたの奥さんは殴打され、その上で絞め殺されました。
ミオは姿勢を変えずに、落ち着いた声で淡々と言った。
一方モラーは我慢ならずにちょっと腰を浮かせて叫んだ。
「嘘だ、おい! そんなことあるもんか、くそったれ!」
「本当のことですよね、ヒューゴさん? あなたは暴力的な人です。家じゃいい夫として振舞おうとしてるけど、ときどき手が付けられなくなる。ディアドラさんからもミッシェルからも、怖がられてたんでしょ?」
「何を根拠に......」
「金の蝶のブローチ」
ミオが即答して返すと、モラーは反論せずに押し黙った。
「あなたがいつ、なぜ、それを買って奥さんにプレゼントしたのか。ミッシェルから聞きましたよ、エルジンの腕時計のことも」
ミオは始まりからずっと調子を変えずに、平坦に質問を続けている。骨まで抉るような鋭い目で、モラーを見据えたまま。
「暴力をふるうたびに、そういうプレゼントをしてたんですよね?」
「彼女は......浪費家だったんだ」
最後にちょっと語尾を強めただけで、ヒューゴはあっさり屈した。
「服、宝石、髪の毛......頭がおかしくなりそうだった。なあ、俺がロックフェラーに見えるか?」
見えない、全然。
「けちんぼっていうのも、それはそれで嫌われると思いますけどね」
ミオはさらっとそうコメントして手帳を閉じた。
「公式に調書を録るので、後程中央警察署までお越しください。間違いなく長くなるから、娘さんを誰かに預けることですね」
「でも、俺は人殺しじゃない!」
「いま手錠をかけてもいいんですよ?」
ぱっと立ち上がって反論したモラーに、ミオも立ち上がって言い返した。ミオの方が頭一つ低いのに、その視線に刺されたモラーは気圧されたように一歩下がった。
「でも......でも、俺は家内を殺してない!」
「黙って。隣の部屋に娘さんがいるでしょうが」
ミオがずいと歩み寄って、指でモラーの胸を突いた。やばい、ミオが牙を剥いて怒ってる。
「だから時間をあげるって言ってんの。これ以上、ウチを怒らせないで。いい?」
低い声でそう言うと、ミオはすっかり怖気づいて固まってしまったモラー――と私――を置き去りにして、大股で家から出て言った。
力いっぱいドアを閉める音が、大きく響いた。