「ミオ! 待ってよお!」
モラーさんちのアプローチを大股でずんずん進んで行くと、背後から慌てた感じのフブキの声が聞こえた。ウチはあえてそれを無視して捜査用車のところに戻ると、大きく息を吐いてボンネットに両手をついた。
落ち着け、落ち着けウチ。八つ当たりだけは止めるんだ。怒りの対象はフブキじゃあないだろ。
「ふーっ......大丈夫、もう落ち着いたよ、フブキ」
「そう?」
体を起こして振り向くと、フブキがちょっと心配そうな顔をして立っていた。
ウチのバカ。フブキにこういう顔をさせちゃダメじゃん。
「ちょっと癇癪起こしちゃっただけだから......もう大丈夫だよ」
「ならいいけど。前にミオに言われたことを返すようだけどさ、もし......」
「刑事さーん!」
さっと振り返ると、道を挟んで向かいの家からご婦人がこちらに手を振っていた。
フブキとちょっと視線を交わしてから、道を渡ってそちらに歩いていく。
「どうされました、奥さん?」
「その......ラジオで恐ろしいニュースを聞いたので......向かいの奥さんが殺されたんですよね?」
ラジオがもう身元を流してるってことは、剖検が終わったんだろう。次の目的地はカラザース検屍官のところかな。
「あの、奥さん? 確かに白上たちは警官ですけど、なんでわかったんですか?」
ウチが次に行先についてちょっと思考を巡らせてる間に、フブキが奥さんに質問した。
「だってお二人さん、新聞に出てるじゃないの。白い猫のお嬢さんと黒い狼のお嬢さんだから、もしかしてと思って」
「きつねじゃい!......失礼、白上は狐です」
「あらそう」
フブキはどうも、こういう形で注目を集めるのが苦手らしい。
墓穴を掘ったフブキが眉を困らせてちょっとおたおたしてるのを、ウチはとっても楽しい気分で見物した。知ってるぞ、フブキ。ウチが下ネタに動揺してるのを見てひそかに愉しんでるの。なのでこれは仕返しってことで。
十分に愉しんでから、咳払いをして本題に入った。
「それで? 何かウチたちに言っておきたいことがおありなんですか?」
「はい。お向かいは昨晩、大喧嘩をしてらしたの。モラー夫人が金切り声をあげてるのを聞いたわ」
夫婦喧嘩をしたのは確かなようだ。それもお向かいに聞こえるほどの大喧嘩を。
「その後モラー夫人が家に戻ってくるのを見たりしませんでしたか?」
「いいえ、全然。ただ、今朝早くモラーさんが何かを焼却炉に放り込んでいるのは見ました」
焼却炉? 戻って調べとくべきかな。もちろん子供がいるんだから朝食を作る必要があるし、そのゴミを出しただけって可能性もあるけど。
「ほらあそこ!」
奥さんが鋭い声を上げて通りの反対側――モラーさんの家――の方を指した。
ぎくりと振り向いたウチたちの目に飛び込んできたのは、モラー邸の横手でもくもく煙を上げる可搬式の焼却炉と、その前で火を焚いているモラーの姿だった。
「ミオ! 炉の中身をお願い!」
叫ぶなりフブキが一気に駆け出した。
「こらあ! モラー!」
腹の底から出したウチの怒鳴り声にモラーがぱっと振り向いて、そのまま脱兎のごとく逃げ出した。しまった、つい怒鳴っちゃった!
とにかくフブキに言われた通り焼却炉に駆け寄ると、蓋を払いのけて炉を蹴っ飛ばした。ガランガランとすさまじい音がして、燃え種と一緒に中身が転がり出る。靴だ。
コートを脱いで――残念、結構お気に入りだったのに――ばたばた叩いて火を消すと、とりあえずそれはうっちゃってフブキの後を追う。訂正、追おうとした。
「......全く、ほんとに従軍してたんですか?」
「してたさ」
家の裏手に目をやると、結構近いところでモラーがうつぶせに倒されていて、さっきまで馬乗りになって手錠をかけていたらしいフブキが立ち上がるところだった。
「ミオ、焼却炉の中身は出しといてくれた?」
「え?......うん。靴だったよ」
「靴かあ。それ?」
「見る?」
「見るよ」
フブキが焦げ付いた革靴を受け取ると、くるっとひっくり返した。
「おっと、血だ」
「血だねえ。モラー?」
ウチは視線に感情を乗せないようにしたつもりだったけど、それは失敗したらしい。モラーは恐怖に顔を引きゆがめて、上擦った声で叫んだ。
「それは! それは説明できる!」
「どうだか。ヒューゴ・モラー。ディアドラ・モラー殺害、及び証拠隠滅の容疑で逮捕します」
「巡査! 護送係かい?」
十数分後、捜査用車の後ろにパトカーが停まって制服が一人降りてくると、フブキが彼に向かって手を振って言った。
「そうです。ウォーウィック巡査、
「よし。じゃあ彼を中央署に引致して、勾留手続きを進めて。あとで話を聴くから、手続きが終わったら空いてる取調室に放り込んでおくように、警務主任に頼んどいてくれる?」
「
「それと、警部にこれを」
待ち時間に捜査の進展をざっくり走り書きしたものを、フブキがウォーウィック巡査に渡す。
「それも了解しました」
巡査はしゃにむに抵抗するモラーをなんとかかんとかパトカーの後部座席に押し込むと、ちょっと荒い息をしながらメモを受け取ってポケットに入れた。
「パパ!」
玄関から見守っていたミッシェルが走り出して、出発したパトカーに走り寄ろうとするのを素早く前に出て止める。
「ストップ! 落ち着いて、ミッシェル。誰か連絡先のわかる人はいる? 叔父さんとか叔母さんとか?」
「私、その......ヘレン叔母さんならわかるわ。でも叔母さんはベイカーズフィールド*1に住んでるの......」
ベイカーズフィールド。自動車で4時間はかかる。それでもウィスコンシンにいるとかよりはずっとマシだ。
「電話して、叔母さんに。叔母さんが着くまでのあいだ付き添ってもらえる人を、ウチたちが
「私......できるわ、たぶん......」
「ウチの名刺を渡しとくから、」
フブキにお隣さんの前にある
「何かあったら電話して。ウチたちで力になれることなら、協力するから」
「ええ......わかったわ」
ミッシェルはウチの名刺を