H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Golden Butterfly #6

 

 

「あなたが通報した用務員さん?」

 

 フーリハン巡査のパトカーが走り去ってしまうとフブキは振り返って、校庭の方から事の成り行きを覗っていた作業服の男性にそう聞いた。

 

「さいです。ジェームズ・ケネディです」

「ケネディさん。あの自動車がいつここに駐まったのか、わかりますか?」

「昨日の懇親会(ソーシャル)の後なのは間違いありません。午前1時ぐらいでしょう」

 

 ちょっと言葉を切って、校地外の道路を走っていくパトカーの方にちらっと目をやって続ける。

 

「最近はかなり気をつけてるんです。ああいう変質者がうろついてるもんですから」

「イーライ・ルーニーですか?」

「ええ、穢らわしいクソ野郎です。昨夕、ダンス教室の前もここにいたのを追っ払ったですよ」

「この自動車を駐めたのも彼でした?」

「さあ......すんません、"はい"と言えたらいいんですけど、なにせ暗かったもんですから」

 

 ケネディさんはひどく申し訳なさそうな顔で言った。

 嘘を吐いているようには見えない。それにルーニーに対する嫌悪感から見て、もし嘘を吐くならはっきり"はい"と言いそうな感じだ。

 

「ルーニーはその......乱暴でした? 暴力を振るったようなことは?」

 

 フブキは構わずに質問を続けている。

 

「はい、それは間違いなく"はい"ですね」

「ありがとうございます」

「それと、これがたぶん自動車の鍵です」

 

 ケネディさんはそう言って、ポケットから鍵束を取り出した。

 

「運転席の横に落ちてました。お巡りさんが来るまで事務局で保管してたんです」

「開けて触りました?」

「いいえ、それは間違いなく"いいえ"です。そんなことしたら馘にされちまいます」

 

 これもたぶん本当だろう。若干大げさすぎるきらいはあるけども。

 フブキが鍵束を受け取ってから言った。

 

「ありがとうございます、ケネディさん。もうお仕事に戻られて結構です......さて、トランクを開けて見ようか、ミオ」

「あ、やっぱりフブキも気づいてた?」

 

 ルーニーと話してた時から、この自動車のトランクから血の臭いがぷんぷんしてたんだ。

 

「そりゃ、これだけ臭ってたらね。えーっと、トランクの鍵は、と......これかな?」

 

 フブキが鍵束の中から小さな鍵を一本選り出して、トランクリッドの鍵穴に挿し込む。鍵はするりと回ってリッドががこっと音を立てて開いた。

 

「うぇっ......」

 

 リッドが上がった途端に濃厚な血の臭いがぶわっと広がって、間近にいたフブキがむせかえった。その背後からトランクを覗き込む。

 

「服とロープと......それはレンチかな?」

「タイヤレバー、だと思うよ」

 

 フブキが鉄製の工具を取り上げて、刻印を読みながら言った。

 

「タイヤ・チューブをホイールから外すとか、なんかそんな時に使う工具だよ......クライスラーか」

「この自動車はシボレーだよね?」

「うん。モラーはクライスラーに乗ってたけど」

車庫(ガレージ)は空だったけど?」

「家の前に駐まってたよ」

 

 そういえば、ウチはあの時かっかしててヒューゴ・モラーの自動車まで注意を払ってなかったな。迂闊だ。

 一方フブキは緑色のツナギを広げている。

 

「胸に刺繍がある。HM......ヒューゴ・モラー?」

「かも。でも左胸なら社名かもよ?」

「じゃ、保留で......さて、白上はなによりこのロープの結び目に興味があるなあ」

「奇遇だね、ウチもとっても見覚えがあるよ」

 

 そう、被害者の首に付いていた、とっても特徴的な索痕。この三つ編みの組み込みロープなら、あんな痕が付きそうだ。

 

「そして全部が全部血塗れ、と。レイには悪いけど、ここにも来てもらったほうが良さそうだね」

 

 

 

 

 

「すみません」

 

 ウチは高校の玄関に入ると、すぐのところにある校務室の受付カウンターから、中に声をかけた。

 

「ここの電話を使っても?」

「ええ、どうぞ」

 

 許可を取ってカウンターに置かれていた電話の受話器を取り、0(OPERATOR)をダイアルする。

 

「......交換台です」

「警察です。KGPLに繋いでください」

「少々お待ちください......どうぞ」

「受令台です」

「大神、識別番号(バッジ・ナンバー)1272V(ヴィクター)

「用件をどうぞ」

「ベルモント高校にレイ・ピンカー技師、鑑識課(テクニカル・サービス)を派遣願います」

「了解しました、鑑識課に電話通報します」

「それと、中央署警務主任に、モラー殺害事件の被疑者を両方とも取調室に入れるよう伝言してください」

「了解、当直事務室に連絡します。他に何か?」

「以上です。ありがとう」

 

 電話を切って、校門前に停めてある捜査用車に戻る。フブキはすでに、ナッシュの助手席に収まっていた。

 ウチはその隣に乗り込むと、すっかり日暮れた2番街の交通にナッシュを乗せて、ダウンタウンの方に向かった。

 

「......どう思う? ミオ」

 

 通りが何度か変わって、ナッシュが1番街とホープ通りの交差点を過ぎたところで、フブキがようやく口を開いた。考え事をしてるのは明白だったから、それまでウチは何も言わずにフブキの好きにさせてたんだ。

 

「私はモラーの方が怪しいと思う。動機があって、機会があって、彼に結びつきそうな証拠もある。一方、不在証明(アリバイ)はない」

 

 ウチに意見を聞いているようで、その実声に出して考えたい、ってのが本音みたいだ。相変わらず目を先行車の尾灯(テール・ランプ)から離そうとしない。

 

「確かにね。それに比べると、ルーニーには機会と証拠はあるけど動機は薄弱だねえ。でもフブキ、衝動的な、あるいは突発的な殺人だった可能性は?」

「なくもない。そう、なくもない」

 

 相勤はふーっと息をつくと、一旦目を閉じてから言った。

 

「何にしても、マルが何て言うか聞いてみようか。その後本人たちから聴取して、最終判断はその後まで先送りできるよね」

 

 フブキはこめかみをぐりぐり揉むと、きたる夜のお楽しみに浮かれる歩道の人々に気のない視線を投げて、悩まし気な溜め息を吐いた

 

「まいったなあ......」

 

 

 

 

 

 

 

――ロサンゼルス郡 公衆霊安室(モルグ)

  "凡て労するもの、重荷を負うもの、われに来たれ、われ汝らを休ません" マタイ 11:28――

 

 

 ウチは霊安室の正面玄関前に捜査用車を着けると、横手の駐車場に大きく掲げられている看板を何とはなしに見つめた。モラーを告訴して郡の拘置所に送ったら、被害者の亡骸はどういう扱いになるんだろう。ヘレン叔母さんが引き取って、お葬式を挙げてくれるんだろうか。

 

「......おーい、ミオ。おいてっちゃうぞお」

 

 正面玄関からフブキが呼び掛けている。

 

「わ、待って待って」

 

 追いつくと二人で肩を並べて、薄暗い蛍光灯に照らされた廊下を、一番奥の剖検室まで無言で歩き通す。

 この建物には二人とも、いつまでたっても苦手意識を持ったままだ。ここにいるモノたちが多すぎる。カラザース検屍官や彼の部下の他にも、たくさんのモノたちが居着いている。彼らはここで、自分たちの躯体が葬られた後も休んでいるんだろうか。それとも他に――

 

「やあお二人さん、歓迎するよ......どうしたね、オオカミ刑事」

 

 気が付くとウチたちは剖検室に着いていた。フブキは手を上げて挨拶したけど、ウチがぼーっとしてたのを見とがめられてしまったようだ。

 

「いえ、ウチはちょっと考え事をしてまして......どうもカラザース検屍官」

「そうかね。検査結果は全部報告書にまとめて、シラカミ刑事のデスクに送った。でもざっくり要約した報告も欲しいだろ?」

「助かります」

 

 フブキが頷いて言った。

 解剖報告調書や検査報告調書は法廷で使えるように、法律と医学、双方の専門用語が入り混じった独特の文体で書かれている。端的に言って、あれを解読しなきゃいけないなら、取調べも明日に回さなきゃいけなくなる。それでも午前中いっぱいはかかりそうだ。

 検屍官もフブキに頷き返すと、解剖台の上のリネンがかけられた死体――たぶん、ディアドラ・モラーだろう――の方に手を振って言った。

 

「死因は窒息で間違いなかった。こういうロープが凶器だろうね」

 

 検屍官はそう言って、台の上から一本のロープの切れ端をつまみ上げた。三つ編みの組紐。

 

「レイによると、船の舫い索や、教会の鐘の引綱なんかに使われるそうだ」

「確かに、ウチも引揚船で水夫さんたちが扱ってるのを見たことがあるよ」

「じゃあ白上たちが追うべきなのは、水夫さんか牧師さん?」

「検屍官として言わせてもらえば、水夫あるいは水兵は、性欲が強い」

「モラー夫人は暴行されてました? 性的に」

「......外的にも内的にも、精液の痕跡は見当たらなかった」

 

 ウチの質問に、カラザース検屍官が明らかに"しまった"って顔になった。でもこういう話にしたのはあなたですからね?

 

「ありがとう、マル。あと、白上たちが昼すぎに持ち込んだ靴の血について、なにかわかった?」

「いや、まだ検査中だ。明日の朝一で電話するよ」

「そうして。じゃ、また」

 

 再び陰気なトンネルのような廊下を抜けて、横手の通用口から駐車場に出た。

 何回かこの建物に来た経験から、正面玄関から出入りした方が廊下の距離が短いことは分かってるんだけど、今日は遅くて、出るときにはもう正面玄関が閉まってたんだ。

 二人で大きく、深呼吸するように息をつく。大通り(ブロード・ウェイ)の排気ガスまみれの空気だけど、消しきれない死臭と重すぎる存在感に支配された公衆霊安室(モルグ)の空気よりもはるかに美味しく感じた。

 じっと今出てきた通用口を見つめていたフブキが一言、

 

「あのヒトたちは、あそこで"休めて"るのかな」

 

 そう誰にでもなく言って、そのまますたすたと表に駐めたナッシュの方へ歩いて行った。

 

 

 

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