「モラーは取調室2、変態野郎は1だ。いまドネリー警部が変態野郎に当たってる」
中央警察署に戻ると、警務主任のデスクからフライシャー警部補が言った。
「じゃ、白上たちはモラーから当たろうか」
私は背後のミオにそう言うと、署の奥の方にある取調室2に歩を向けた。のしのしと足音を響かせて、勢いよく室内に入る。
「中央署にようこそ、ヒューゴ。歓迎しますよ」
そう言ってどっかと向かいの椅子に腰を下ろした。ミオはそのままモラーの脇を歩き抜けると、モラーの背後に腕を組んで陣取る。
「さっそく始めましょうか。あなたの隣人は昨晩、お二人が喧嘩するのを聞いたと証言してます。娘さんはあなたが暴力的な人だったと証言してます。あなたは白上たちの訪問を受けて、血の付いた靴を燃やそうとした。そして誰一人、あなたの昨晩の
反論しようとしたモラーを無視して畳み掛けるように続ける。
「あなたを絞首台に送れるすべてが、白上たちの手に揃ってます。なのにあなたが口にするのは"俺はやってない"だけ。もっと他に言うべきことはないんですか?」
「誓って言う、俺は殺してない。嘘発見器に掛けてくれていい、それで証明できるはずだ」
「その一項目だけで?」
ミオが背後から、鼻で嗤い飛ばした。
「お話にならないねえ」
「だね、ミオ。まあ一つずつ行きましょうか。まず、なんで靴を燃やそうとしたんですか」
「信じてくれないと思ったからさ」
「何をです?」
「あれは兎の血なんだ。職場の同僚が何匹か仕留めてきて、それを剥製にするのを手伝ったんだ」
鉛筆を唇にあててちょっと考え込む。靴についていた血は焼けていて、私もミオも臭いで人血かどうか判断をつけることはできなかった。
つまり、明朝のマルからの電話待ちってことになる。ひとまずこれは捨て置くべきか。
「まあ今はそう言うことにしておきましょうか? 言っときますけど、検査結果は明日には出ますからね」
一応そう言いはしたものの、それを受けてもモラーの態度は自信ありげだ。それは間違いのないことなのかもしれない。あるいは、検屍官事務局の技術力をあなどっているのか。
「じゃ、次です。奥さんの自動車を発見しました。何者かが昨晩遅くに、ベルモント高校の駐車場に駐めて行ったそうです。それについては?」
「......俺じゃない」
「ふうん。ところでモラー、あなたの作業服はどこにあるの?」
ミオが壁から背を起こして、両手をモラーの椅子の背もたれに着いて言った。
これでミオの口がちょうどモラーの耳元あたりに位置することになる。ところでミオ、ひょっとしておっぱいをモラーの背中に当ててないかい?
「それは......職場のロッカーにある」
「緑のツナギで、左胸にステンシルのHMって刺繍があります?」
私が特徴を告げるなり、モラーは急にへどもどしだした。
「その、洗濯機の中にあるのを見たのか? あれはほつれがあったから、家内に繕ってもらおうと持ち帰ったんで......」
「その作業服が血塗れで、奥さんの自動車のトランクに入ってました」
「......じゃあ俺のじゃない」
「なんで?」
ミオが低い、ともすればドスの利いた声で聞いた。あれを耳元でやられたら堪らないだろうな。白上も遠慮こうむりたい。
「"自分のだったら、一緒に焼却炉に入れてました"とか、そう言いたいの?」
「それは......違う」
「何が?」
「......とにかく、俺のじゃない」
ミオの視線での問いかけに小さく肩をすくめて返すと、聞こえるように大きく溜め息を吐いて、次に移ることにした。たぶん、このままじゃどれだけ突いても堂々巡りだろう。
「では次。あなたの奥さんはタイヤレバーで殴打されてます。そしてあなたは自動車整備工。いかにもな凶器の選び方ですね?」
実のところ、タイヤレバーもレイが回収したばかりだ。だけどあのロープと一緒にあったなら、凶器の一つと見ていいだろう。
「タイヤレバーのことなんか......知らない」
「そうですか。ところで奥さんが乗ってるのはシボレー。ですよね?」
モラーが頷くのを受けて、こちらも頷き返しながら続ける。
「あなたの自動車は?」
「クライスラーのエアフロー」
「なら、あることに説明が付きますね。奥さんの自動車からはクライスラー純正のタイヤレバーが出てきました、血塗れで。出所はあなたのクライスラー、でしょ?」
モラーは反駁しようと息を吸って、結局なにも言わずにその息を吐きだした。目をぎょろぎょろさせて、口は真一文字。これ以上なにか言うつもりはなさそうだ。
「......じゃあ最後に、ロープについて何か知識がありますか?」
「人並みには。従軍中は
一瞬、ほんの一瞬だけ、私の胸の内を仲間意識がよぎった。性別も人種も、地位――当時も今も――も違うけど、この目の前の男と自分が持つ小さな共通点。陸軍に属していたこと、あの地獄を潜り抜けたこと。
感傷は私の心を揺すって、そのまま去って行った。
「......じゃあ教官はロープで人を絞め殺す方法も教えてくれた、そうですね?」
「針金だったよ、大抵は」
絞殺の方法を教わったことは否定せずに、モラーはそう返した。
「ロープや素手の時もなかったわけじゃない。陸軍じゃ色んなことを教えてくれたから......だが、俺は自分の妻を殺してなんかいない」
「参考までに聞くけど」
再び壁際に戻ったミオが、背後からそう声をかけた。
「ロープでやるとしたら、どんなのを選ぶの?」
「その必要があるなら......三つ編みの組みひもを選ぶ。柔らかすぎず、それでいて扱いやすい」
私は正面からモラーの表情を注意深く観察した。いま顔をよぎったその満足そうな表情は?
プロ意識? 何の? 元陸軍偵察兵としての? それとも......殺人犯としての?
私はしばらくその印象を頭の中でもてあそんで......脇に置いておくことに決めた。結局のところ、軍人と人殺しの差異を見極めるのは難しい。正当な職務として行うか否か、それだけだ。
ミオに合図して椅子から立ち上がると、びくりと身を引いたモラーに声をかける。
「じゃあ白上たちは上で書類を片付けてくるから。それまで留置場で待っていてください」
背後からモラーが"俺はやってない音頭"を繰り返すのを聞き流して、取調室の外に出る。すぐの壁に寄り掛かっていた看守係に、モラーを監房に戻すよう言いつけると、そのままずんずん廊下を進んで行った。
「......ねえ、フブキ」
「待ってミオ、それは後にしよう。まずは変態から」
角を曲がって、接見室を兼ねた取調室1の前に向かうと、そこにドネリー警部が立っていた。どうやら私たちのことを待っていたらしい。
「警部。イーライ・ルーニーの取調べに来たんですが」
「わかっているとも、お二人さん。この異常なけだものとは旧知の仲でね」
そう言って警部は拳をさすった。若干皮がむけている。
このぶんだと、イーライの顔面はどえらいことになってそうだ。
「彼奴の信条が畏るべき神の憤恚に触れるかどうか、今一度見直したが、まあどうなるにしても後程彼とはまた話し合うことにしよう。片を付けたまえ、お嬢さん方」