ああこれは夢だ、と私は納得した。
目の前ではミオの映像が流れていて、私はそれを眺めている。
榴弾の破片でズタズタにされるミオ。トーチカの機関銃にハチの巣にされるミオ。狙撃兵に頭を砕かれるミオ。
当然だけど、どれ一つとして実際にあった映像ではない。
いままで意識下にせよ無意識下にせよ、"ミオが死ぬ/大怪我をする"と考えてしまった時に頭をよぎった映像たちだ。
映像は妙に早送り気味で、若干場末の映画館めいている。
夢と断定したのには理由があって、私はこれと同じものを見たことがあった。たしかシチリアの野戦病院で昏睡していた時だ。
しかし、と夢の中で首をひねる。
なんで今頃こんな夢を?
妙に靄のかかった感じの記憶を辿ってみるが、なかなか思い出せない。昨日の夜、寝る前に戦争のことを思い返したりしたっけ?
ガシャーン!
今まで音の無かった映像から突然破壊的な音が鳴り渡って、驚いた私は再び映像に注目した。
映像では妙に見覚えのある、破廉恥なピンク色のマーキュリー・カスタムが事故っていた。ぐしゃぐしゃに潰れたボンネットから派手に蒸気が立ち昇っている。
しかしなんともひどい色だ。田舎の人かな?
あれ、この思考回路、なんだか覚えが......
「そうだ、ミオ!」
思い出した。ミオは酩酊運転の被疑者を自動車から引っ張り出そうとして、急発進した自動車に一緒に連れていかれてしまったんだ。
寝た覚えがないということは、私も職務中に気絶してしまった可能性が高い。
でもその理由はいまは重要じゃない。どうやって目を覚ますか、ミオのところに戻るかだ。
「うーん、やっぱりちょっとベタだけど、これしかないかな」
私はそう独り言ちると、大きく屈伸してそのまま高く飛び上がった。空中で体をひねって頭から落ちるよう、姿勢を調整する。
もちろんこんなことを現実世界でやろうものなら死んでしまう。
でも夢の中なら――
「ほかに人がいれば殴ってもらうって手もあったけど......でもこれ怖いいいぃぃぃ!!!」
薄灰色の地面が目の前に大きく広がった次の瞬間、私は
もう落ちてはいなかった。
目の前に広がる薄灰色の地面はもう地面ではなくて、同じ色の見知らぬ天井になっていた。
がばっと起き上がって辺りを見回すと室内のほうには見覚えがあった。中央警察署の裏に隣接している、中央救急病院の処置室の中だ。
私は室内に並ぶベッドの一つに、患者衣で寝かされていた。制服は綺麗に畳んでベッドわきのかごに入れられている。
まだ平衡感覚に少し違和感が残っていたけど、ベッドから降りてミオのことを探すために処置室の外に出る。
ドアを押し開けてすぐ外に、白衣姿の警察医を見つけた。向こうは、こちらに背を向けている二人の衛生巡査と何やら話をしていたけど、すぐにこちらに気づいて声を上げた。
「巡査! まだ立ち歩いては......」
「先生、ミオは――オオカミ巡査はどこですか」
「処置中です」
こちらに口を挟ませず、
「あなたも処置室に戻りなさい、巡査。これは命令です。もうしばらくは横になっていないと。どのみちオオカミ巡査にはまだ面会できませんから――」
「なんで面会できないんですか」
口を挟まずにはいられなかった。
「感染症対策です。術後すぐは体が弱りますから。ほら、早くお戻りなさい、巡査。さもないとこっちの巡査連に言って、ベッドに手錠で固定させますよ......」
二週間後。あたしと獅白は中央救急病院の玄関前に立っていた。
フライシャー警部補は勤務計画の再調整が面倒だったと見えて、いまだにあたしを獅白と組ませている。おかげで獅白と組めなくてラミィがやきもきしていると聞いたあたしは、いつかラミィに会ったらその場で撃ち殺されてしまうんじゃないかとちょっと怯えている。
「ほら、出てきたよおまるん」
玄関から私服姿のミオ先輩とフブキ先輩が出てきた。
ミオ先輩はまだ少し歩き方がぎこちない。傷のある左の脇腹をかばうように歩いている。
「ミオ先輩」
獅白が声をかける。
「退院おめでとうございます。だいぶ恢復されたみたいで、よかったです」
「ありがとう、ぼたんちゃん」
ミオ先輩がにっこり笑って続ける。
「ぼたんちゃんがすぐに衛生係に知らせてくれたおかげで、ウチはすぐに処置を受けられたからねえ。本当にありがとうね」
「やるべきことをやっただけですよ」
あたしは殊勝にも謙遜して見せる相勤の声音から、なんだかんだ獅白も褒められてうれしいというか、若干照れているらしい気配を感じ取る。
こいつはこういうところが可愛らしいんだよな、などと思ってニヤニヤ笑いをかみ殺していると、
「ポルカも、ありがとね」
予想外の感謝を受けて固まってしまった。
「その場でウチに圧迫止血をしてくれたんでしょ?」
「いやその、確かに試みてはみたんですけど、効果があったかどうか」
「それでもねポルカ、やるかやらないかでその後の処置が大違いだからね。ウチの出血も怪我のわりにはマシだったって先生も言ってたし」
「ポルポルは正しいことをしたんだから、胸を張っていいんだよ」
そう言って割り込んできたフブキ先輩に、ミオ先輩がふと冷たい目を向ける。
「そうだねえ、不用意に引っ張り出そうとした誰かさんと違ってね」
「面目次第もございません......」
耳を垂らしてしゅんとなったフブキ先輩の頭をミオ先輩が、心配してくれたんだよねえと言って撫でながら、
「だからありがとうね、ポルカ」
「......どういたしまして」
制帽の庇をぐっと引っ張って下ろした。
この当座しのぎにもならない照れ隠しを見てか、相勤から押し殺したような笑い声が聞こえる。絶対「おまるんはこういうところが可愛らしいんだよな」とか思ってやがる、さっきまでのあたしみたいに。
「じゃあ、ウチたちはそろそろ行くから」
「あたしたちもパトロールに戻ります」
ミオ先輩たちが乗り込んだタクシーを敬礼で見送ってから、自分たちのパトカーに戻る。
「ミオ先輩、当分は内勤なんだって」
「そりゃそうでしょ。ベッドの数が足りなくて、なかば追い出されるような形だったらしいし」
「へえ、おまるんそれどこで聞いたの」
「あそこの衛生副主任。身内には口が軽いんよね」
ふーん、と大して興味なさげにエンジンをかけ、獅白がパトカーを出す。
「それなら外に回されなくてよかったじゃん。この仕事って結構危険なこと多いし――」
「待った、獅白」
「なに」
「ほら、口は災いの角っていうじゃん? そういう話してると......」
キューンと無線機が鳴った。
「KGPLから各局。発砲事案。1アダム16が応援を要請しています。場所、シャット通りとバレンシア通りの角、シャットとバレンシアの角。998、応援要請。
ほらー、という視線を獅白に向けながら応答する。
「1アダム18は1番とスプリングの角から」
「KGPL了解。1A18は
サイレンのスイッチを入れながら獅白に抗議する。
「ほら言ったじゃん。面倒ごとがまた一つ」
「悪い悪い。でも文句はドンパチやってる方に言ってほしいな」
「じゃあそうする」
でもまあ、これも警官の日常と言えばそうだ。いつでも危険と隣り合わせで軽いケガはしょっちゅう、死にそうな目に遭うことも稀じゃない。
獅白に文句を言う筋合いではなかったかな。
「もうすぐ着くよ、おまるん」
他の巡査連が立てたバリケードを走り抜けて、獅白が言う。
「じゃあ、今日も生き残るためにきばってこうか」
拳銃入れから銃を引き抜きながら相勤に返し、
「仕留められんなよ」
「おまるんこそね」
獅白がパトカーを急停車させ、二人で砲煙弾雨の街頭に飛び出していった。
Traffic Violation -Case Close-