H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Golden Butterfly #8

 

 

「随分やられたみたいですね?」

 

 取調室に入るなり、私はイーライにそう声をかけた。計算ずくのものというよりは、半分は素直な感想だった。

 というのもイーライの顔面は原形こそ留めていたけど、あちこち腫れあがっているし、鼻血の痕は肌にもシャツにも鮮明だし、前歯が一本無くなっている――たぶんミオが殴ったせいじゃない、はず――しと、散々だったからだ。

 

「わざわざ同情しに来たのか、お嬢さん方?」

 

 イーライは不貞腐れたような声で、鉄格子の嵌まった窓越しに夜の1番街を眺めながら言った。これだけボコボコにされては、機嫌がいいはずもない。

 

「ええまあ、それもありますけど」

 

 椅子に腰かけながらそう言うと、イーライは窓の外を見たまま小さく鼻で嗤っただけだった。

 

「ついでにいくつか聞きたいことがあるんです。まず、あなたの靴のサイズは?」

「さあな。手に入るものならなんだって履くから......いまは男物の11(29センチ)とかじゃないか」

「あんたの身長はざっくり5フィート5(165センチ)、ないし6インチ(167センチ)ってとこだよね」

 

 モラーの時と同じようにイーライの背後で壁に寄り掛かったミオが、イーライを頭の辺りを眺めながら言った。さっき殴ったんだから、身長も大まかに把握してるはずだ。

 

「それで11の靴を履いてるだって? ウチはそうは思わないな」

「まあ大きすぎるかもな。10(28センチ)ぐらいだろ」

8(26センチ)じゃないの?」

「そんな気もしてきたな」

 

 ミオが急にイーライの椅子の脚を払った。割ととんでもない音がして椅子ごとイーライが床にひっくり返る。

 何も言わずに見つめていると、イーライは自分で椅子を起こして元通りに座ってから、ぼそりと言った。

 

「......8だな」

「8ですね」

 

 実のところこの身長なら、8でも若干大きくはある。平均的に言えば7(25センチ)あたりが妥当だろう。

 それでも11よりはるかに現実的だ。

 

「なぜ子供たちに暴力を振るうんですか?」

「......俺が振るわれたことがないと、そう思ってるのか?」

 

 イーライがどんよりと曇った目をこちらに向けて言った。

 

「ツイてない生い立ちだった、そう言いたいんですか?」

「最悪だった。俺の家族は"黒い吹雪(ダストボウル)"のあいだ、自動車に撥ねられた動物を喰って暮らしてたんだ」

「でも今は職がある、違いますか? 保護観察官がなにがしかの仕事を割り振ってるはずですけど」

「ああ、サン・ペドロに仕事はあったよ。新しい、別のを探してるところだ」

「そのサン・ペドロの勤め先の名前は?」

「ヘンシー海運(マリーン)。行けばすぐわかるぜ、黄色い文字でデカデカと"HM"って書いてあるからな」

「......そこで作業服をもらったりしましたか」

「ああ、緑のツナギを。どうしようもなく暑い代物だった。それを着てるとムショに戻ったような気分になったもんだ」

「胸にステンシルで社名が?」

「ああ、左胸に。社屋と同じ"HM"がデカデカと刺繍してあったぜ」

 

 一瞬だけイーライから視線を切って、ミオと目を見交わす。ミオは顔に厳しい表情を浮かべつつも、困惑した目をしていた。これは本格的に......

 

「......いいでしょう、次。今まで子供たちの首を絞めたことはありますか」

「いい考えとは言えんな」

「なぜですか?」

「......言えんな。ずいぶん昔に、自分の好みについちゃ話さない方がいいって学んだんだ。それを口にすると、大抵の人はかっかしちまうから」

「次は」

 

 後ろからミオが口を挟んだ。

 

「椅子じゃなくてあんたの脚を折ってもいいんだよ、ルーニー」

 

 ミオのドスが利いたというよりは怒気を孕んだ脅しを、しかしイーライは受け流してミオの方を指して言った。

 

「ほらな、こういうこった。答えは端的に言って、イエスだ」

「ロープについて、好みとかあるんですか?」

「良いロープと悪いロープの違いならわかるさ、あんたが聞きたいのがその事ならな。でも違うんだろ?」

 

 私の頷きを受けて、イーライは面白くなさそうな顔で続けた。

 

「古いロープならなんだっていい」

「イーライ、あなたは作男だったんですから、ロープにはマゲイとかがいいんじゃありません?」

「組みひもならなんだっていいさ。編み目があるから引っかけやすいしな」

 

 しばらくの間、シボレーのトランクから出てきた血塗れのロープを頭の中に思い描いた。三つ編みの組みひも。さして古いようには見えなかった。

 といっても、こいつが古いロープを好むのはたぶん、その硬い毛羽が肌に刺さって子供たちが痛がるのが好きだからだろう。人殺しの凶器として、お楽しみに使えない新しめのロープを選んだ可能性はある。

 

「さて、あなたはモラー夫人を殺害して、その宝石を奪ったわけですが......」

「それは違うな」

「何が?」

「そんなことはしてない」

「あなたには仕事はないし、そんな臭いを発しているなら住むところもないんだろうし、といってお金がいらないわけじゃない。むしろ入用でしょう? そして前科もある。陪審員がそんな言い分を信じてくれますかね?」

「確かに俺には前科(マエ)がある。だが人殺しをしたことは一度もない!」

 

 ほとんど立ち上がりそうな勢いでイーライは怒鳴った。というか、ミオが後ろから両肩を押さえつけなかったら、本当に立ってただろう。

 

「......緑のシボレー、だったか? その自動車が駐車場に入ってくるのを昨晩遅くに見たさ。男が一人降りてきて、着替えて、ツナギをトランクに入れるのも見た」

 

 イーライはしばらくミオに抗って立とうとしてたけど、獣人の腕力にはかなわず諦めて、ぽつぽつ話し始めた。

 

「その後蝶を街灯の下に落として行ったんさ。で、去っていった。俺はそれをポケットに入れた。それだけの話さ」

 

 その男がモラーだろうか。それとも一から十まで作り話なのか。

 私はミオに合図して椅子から立ち上がると、イーライに言った。

 

「上で書類を片付けてきます。あなたは自分の趣味が邪悪だってことを、そろそろ自覚した方がいいと思いますけど」

「ふん......人間、誰しも完璧じゃあいられないさ」

 

 数分後、私はハンカチで、拳に付いたイーライの鼻血をぬぐいながら取調室を出た。

 

 

 

 

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