H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Golden Butterfly #9

 

 

「ウチはモラーだと思う」

 

 それからしばらくして大部屋で供述調書を書き上げたあたりで、長い長い沈黙を破ってミオがそう言った。ミオは自分の席から椅子を持って来て私の斜め前に座っていたけど、それまで背もたれの上に手を重ねて、その上に顎をのっけて何もしゃべらずにいたんだ。

 

「動機がある、機会がある、証拠もある、不在証明(アリバイ)はない。人を絞め殺す技術も、知識もある。そして"俺はやってない"以上の弁解もない」

「確かに、この上なくモラーが黒に見えるね。でもそのミオの口調、なにか思うところがあるんだね?」

 

 妙に煮え切らないというか、奥歯にものの挟まったような口調のミオにそう聞く。

 

「うん......確かにモラーが言うのは"俺はやってない"だけなんだけど......その一言は間違いなさそうなんだよな......」

 

 私個人としては、このミオの意見は大いに尊重したいところだ。ミオの、このテのカンが外れたことは今のところない。なんていうか、ミオはほとんど野生のカンに近いレベルでウソをウソと見抜くことが多いんだ。そのレーダーに何一つ引っかからなくて困惑してるって感じなんだろう。

 他方で、地方検事(DA)や陪審員がそれを信じてくれるとは思えない。ラスティ辺りが言うのならともかく、私たちはまだ新米刑事に他ならない。"刑事のカン"なんて言葉が通るほどの経験はまだまだないんだ。

 

「じゃあ、仮にモラーじゃないとしようか。そしたらイーライが見たっていう男は?」

「ルーニーの作り話とか?」

「かもね。なら犯人はイーライじゃないかな?」

「うーん......」

 

 表情を見る限り、ミオはイーライ犯人説を、モラー犯人説以上に支持できないみたいだ。

 

「まあ動機は無いでもない。証拠もないでもない。機会も手法も、やっぱりないでもない」

「タイヤレバーは?」

「そう、それなんだよ。クライスラー純正のタイヤレバーなんか、イーライと結びつくものじゃないからね」

 

 私は頭を振って言った。

 

「自動車整備工なら、あるいはクライスラーを持ってるモラーならともかく、元海運会社勤めで自動車を持ってもないイーライが、どこから純正品のタイヤレバーを手に入れたのか?」

「ゴミ置き場で拾ったとか?」

「......ないでもない。でも純正品のタイヤレバーがゴミとして捨てられるってのは、ちょっとしっくりこないかなあ」

「まあ、普通は売るよねえ」

「ようお嬢さん方、"オクラホマの(オーキー)ろくでなし"を捕まえたんだって?」

 

 二人で頭を抱えていると、頭上からがらがらの声が響いてきた。顔をあげると、私のデスクの横にラスティが立っていた。

 

「こんばんは、ラスティ。今日は当直ですか?」

「ああ、今から外回りだ。悩んでるみたいなんで老婆心ながら忠告しとくとだな、旦那が犯人だ」

 

 ぶふっとミオが吹き出した。朝の会話をまだ覚えてたんだろう。

 ラスティは肩を震わせるミオを不審げに見やってから、付け加えた。

 

「ただな、変態野郎をぶち込めそうならそっちをぶち込んじまえよ」

「なぜですか?」

「危険だからだ」

 

 ラスティはデスクの端に腰かけると、葉巻に火を点けて美味しそうにスパスパやってから言った。

 

「癇癪を起して妻を殺しちまうような人間も、危険と言えばまあそうだ。だが目下差し迫った危険人物ってわけでもない。あの狂人は釈放したらすぐに子供漁りを始めるだろうさ。旦那のほうもそんな感じの気違いに見えるってんじゃなければ、変態を収監して二度と出られなくしてやるべきだ」

「そして夫人殺しは野放しにする、ってことですか?」

 

 ミオの責めるような視線にラスティは鼻白んだ顔をして葉巻をもみ消すと、立ち去り際にこう言い置いた。

 

「まあ、よくよく考えるこったな。どっちが社会のためになるのか。この機会を逃したら、変態を収監できるのは当分先になるぞ。それまでに彼奴は何人子供を食うかな?」

 

 

 

 

 

 イーライ・ルーニーのいる取調室1に、白い狐と黒い狼の刑事が看守係を従えて戻ってきた。彼女たちは椅子に座らず、狐の方がルーニーを見下ろして言った。

 

「イーライ・ルーニー、ディアドラ・モラーに対する第一級殺人で告訴します」

 

 狐の刑事が合図すると、看守係がルーニーを羽交い締めにして、取調室から連れ出そうとした。ルーニーは大して逆らいはせず、二人の刑事に言った。

 

「俺をあの汚い檻に戻そうってんだろ、お嬢さん方。やれるだけやってみるがいいさ。俺は放免になるぜ。なんたって、俺は人殺しじゃあないんだからな」

 

 警務巡査がルーニーを連れだして荒っぽくドアを閉めた後も、二人の刑事は長く、暗い取調室内にたたずんでいた。

 

 

The Golden Butterfly -Case Closed-

 

 

 

 

 

 

「これでよかったんだよ、ミオ」

 

 ソファに寝っ転がって天井を見つめながら、フブキが呟くように言った。

 何回目かはわからない。ウチは数えてないし、フブキもそうだろうから。

 ウチはテーブルの上に突っ伏したまんま、そうだね、と短く返した。これも何回目かわかんない。

 

 場所は署にほど近いウチのアパートメント。なんとなく、今夜は一人でいられる気分じゃなかったし、それはフブキも同じだったみたい。

 テーブルの上にはずいぶん前に買ってほとんど存在を忘れていたウィスキーの壜と、ウチの分のグラスが乗っている。フブキのグラスは本人の手の内にはない。たぶん、床の上だろう。

 

「これでよかったんだ......当分、あの変態が子供たちを食べちゃうことはないし......ミッシェルは両親を一度に失わずにすんだ......これで......」

 

 ぶつぶつと続いていたフブキの虚ろな呟きが、ふっと途切れた。

 

「......フブキ?」

「......」

 

 顔を上げると、フブキはソファの上で眠り込んでしまっていた。耳を澄ますと規則正しい寝息が聞こえてくる。

 

「フブキ......そこで寝ちゃったら、明日身体中痛くなっちゃうよ......」

「......んむ」

 

 起きる気配はない。ウチもそうだけど、あんまりお酒に強くないからなあ、フブキ。

 

「仕方ないなあ、もう」

 

 正直ウチも眠くて仕方なかったけど、明日二人そろって折り目が付いた服で出勤するわけにもいかない。

 ウチは手早くフブキの服を脱がせると――途中で起きてくれないかな、という期待は虚しくも裏切られた――寝室まで運んでウチのベッドに放り込んだ。

 ウチもさっさと服を脱いで、フブキの服と合わせてよっぱっぱな頭で可能な限り綺麗に畳んでおくと、後からベッドに潜り込む。

 

「すぅ......すぅ......」

 

 フブキの寝顔は安らかだ。きっと、今この時ばかりはつい先ほどまでの苦悩から解き放たれているんだろう。

 しばらくフブキの寝顔を眺めていたら、軍隊時代のある日のことを思い出した。軍曹に昇進して、フブキと同じ下士官室を割り当てられたあの日を。

 当時すでに中隊の古参下士官の一人だったフブキの寝顔を、肩書に対してあまりにも幼いその顔を見た時の衝撃はなかなか忘れられるものじゃない。

 あの時からすでに、フブキはいろんなものを背負いこんでいた。自分が預かっていた分隊のこととか、当直のこととか、婦人兵舎事務室や中隊事務室のこととか、いろいろ。そして今日、新しい十字架がまた一つ。

 

「んむぅ......」

 

 暑い夏の夜にも関わらず、フブキがウチに手を伸ばしてきた。お? ウチのことを抱き枕にしたいんかな?

 フブキの手がウチの背中に回るのを、ウチは甘んじて受け入れた。顔を胸にうずめて、安心したような息を吐いた。

 フブキの後ろ頭を、さらさらの髪の毛を撫でて、小さく呟く。

 

「大丈夫、今のフブキにはウチがついてるから......おやすみ、フブキ」

 

 

 

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