H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Silk Stocking Murder #2

 

 

「あったよミオ、次はこれだ」

 

 フブキが拾い上げた紙切れを広げながら言った。

 ウチたちは何かを引きずったような血の跡をたどって、路地の中をうろうろしていた。いまのところ婦人物の靴と鍵を見つけている。

 

「これは......なんだろ、サイコロ?」

 

 フブキの肩越しに紙を覗き込むと、いくつかの点が描かれていた。確かに、サイコロの二、五、三の目に見える。

 

「点字とかって可能性は無い?」

「無いことはないけど、確か点字って二列じゃなかった?」

「じゃあ違うかあ......」

「......とりあえず、これは保留ってことで」

 

 フブキはそう言って紙切れをもとの場所に戻すと、建物の一つの非常階段を指した。

 

「ほらミオ、まだ続いてる。次は上に登れってさ」

 

 

 

 

 

 数分後、ウチたちは建物の屋上から屋上へと歩き回っていた。これまでに見つけたのは空の封筒――A. マルドナード様宛て――と、金と七宝(エナメル)化粧品入れ(パウダー・ケース)、そして金の指輪だ。

 指輪は血塗れで、臭いから言って新しいように思えた。つまり、下の被害者の死体から取り去られた指輪そのものの可能性が高い。

 フブキは冷静に血の跡を追っているけど、ウチは叫びだしてしまわないようにするのに精いっぱいだった。被害者の私物を子供の謎解きのように配置する犯人が頭にちらついて、怒りのあまり脳みそが沸騰して爆発してしまいそうになる。

 なのでフブキが遺留品を検討して、口に出して考え事をしている間、ウチは最低限しか口を挟まずにいた。というか、口を開けなかったというか。

 従軍中も、なんならそれ以前の人生においても、ここまで強い怒りを抱いたことがあったか、ウチは思い出せなかった。

 

「......さて、ミオ。そろそろ気づいてると思うけど......ミオ?」

「えっ? なあに、フブキ」

「臭いだよ、臭い」

「臭い?」

 

 われながらバカみたいなオウム返しをした後に、くんくんと鼻をうごめかす。

 

「......これは」

「ゴールは近いみたいだね」

 

 フブキはあんまりうれしくなさそうな、平坦な声でそう言うと隣接する建物の竪樋に飛びついて、今いるところより一階分上の屋上へと上がって行く。

 ウチもその後に続いて、竪樋の周りに塗られた血の跡を見ないようにしながら、屋上へと上がった。

 

「......ゴールはここってわけか。良い眺めだ」

 

 ウチが屋上に顔を出すのとほぼ同時に、フブキが吐き捨てるように言った。

 確かに、眺めは良い。目の前には白亜の市役所庁舎が高々とそびえ立っている。

 そしてフブキの足元にはペンキ用のバケツが一つ。そこから形容しがたいほどに濃い、血の臭いが漂ってきている。

 

「......ふざけてる」

 

 どす黒く、ほとんど固まった血糊が糸を引く刷毛をバケツから持ち上げて、初めてフブキが怒りを滲ませた声を出した。

 

「そうだね......フブキ、あれ」

「?......ん?」

 

 血糊のバケツを見ていられなくなったウチは、気持ちを落ち着かせるために辺りを見回していたんだけど、コンクリートの屋上の上に赤い何かが落ちているのが目に入ったんだ。市役所の方に近い、屋上の隅。

 フブキと一緒に歩み寄って、見てみる。

 

「これは......ハンドバッグだ」

 

 真っ赤な鞄を拾い上げて、口を開く。中身の一番上に、右側がぎざぎざになった紙切れが置かれていた。

 

 

――ロサンゼルス郡......

  氏名:アントニア......

  住所:北ヒル通り......

  有効期限:1949年5月19日......――

 

 

「これで身元がわかったね。アントニア・マルドナード。北ヒル通り712番地か」

 

 ウチは立ちあがると、今来た方に手を振ってフブキに言った。

 

「癪ではあるけど身元は分かったし、この住所に行こうか。少なくとも旦那さんにはラジオより早く知らせなきゃだからね」

 

 フブキは憤懣やるかたない顔で何か言おうと口を開いたけど、それは呑みこんで少し間を置いてから言った。

 

「そうだね、フィンバールもそうするだろうし」

「旦那さんを逮捕するために?」

 

 恐らく期待してるだろうと思った通りに返すと、フブキはにっと笑って続けた。

 

「そう。何て言うんだっけこういう、何かを推論するときに余計な考えは切り捨てたほうがいいって言うのは......」

「......確か、"オッカムの剃刀(オッカムズ・レイザー)"だっけ?」

「それだ。で、これはさしずめ"ラスティの剃刀(ラスティズ・レイザー)"ってところかな」

錆付いた剃刀(ラスティ・レイザー)なんて使いたくないなあ......」

 

 二人で来た道を戻りながら他愛もない会話をしていると、だんだん怒りが薄れてきたのがわかった。

 怒りは、ウチたちの仕事には必要な物ではある。犯罪者に怒りを抱けない人は警察官を辞めてしまうべきだ。

 それでも、過ぎたるはなおなんとやら。余計な考えは切り捨てたほうがいいんだろうけど、そもそもそれを見極める目が怒りで曇ってちゃいけないんだ。

 ウチの返しがツボにはまったのか、ひいひい言って笑うフブキを見ながら、ウチはそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

「ここだよフブキ、712番地だ」

「りょーかい」

 

 助手席のウチの声に応じてフブキが手早く捜査用車を路肩に寄せる。

 二人で歩道に降りると、敷地の入り口に掲げられた看板に目をやった。

 

 

――空室の有無は家政婦までご確認下さい。

 

  個室:35セント ベッド:15セント

  ペット禁止――

 

 

「ここは下宿、かな?」

「だと思うよ。ほらミオ、玄関の上に看板がある」

「ほんとだ。"パーソンズ下宿屋(ボーディング・ハウス)"か」

「下宿ってことは、ここにご主人はいなさそうだね」

 

 二人で小径をたどってポーチに上がり、玄関ドアをノックする。

 

「ちょっとお待ちくださーい!」

 

 建物の奥から女性の声が響いてきた。だいぶお年がいってる感じだ。まあ、若い家政婦さんなんてめったに見ないけど。

 

「お待たせしました、何のご用でしょ?」

 

 ドアを開けてそう言ったのは、ピンクのシャツに葡萄色の毛織のベストを羽織った初老の女性だった。60代かな。どう見積もっても55より若いってことはなさそうだ。

 

ロス市警(LAPD)の白上刑事と大神刑事です。マルドナード夫人はここにお住まいですか」

 

 フブキが警察官(バッジ)を提示してそう言うと、女性はちょっと目を丸くして答えた。

 

「ええ、住んでます。私はバーバラ・ラペンティ、ここの女主人(おかみ)です。彼女になにか問題でも?」

「そのようです、女主人さん。中で落ち着いて話をできるところはありますか?」

「ええ勿論。談話室(パーラー)までついてきてください」

「おじゃまします」

 

 先に入ったフブキが女主人さんの後に続こうとすると、ぴしゃりと声が飛んできた。

 

「ああ、靴をお拭きになってください刑事さん。ここではそれが決まりですので」

 

 フブキはちょっとこっちに目をやって肩をすくめると、素直に玄関マットでブーツの泥を落としてから玄関をくぐって行った。

 

 

 

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