H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Silk Stocking Murder #3

 

 

「ラペンティさん、マルドナード夫人は今朝、亡くなって発見されました」

 

 ミオと並んでソファに座るなり、相勤は向かいの椅子に腰かけた女主人(おかみ)さんにそう切り出した。

 

「亡くなって......!? なんてこと......そんな」

「何者かに殺害された可能性があると、ウチたちは見ています。彼女の持ち物なり、部屋なりを見て回りたいんですけど」

「信じられない......あんなに活き活きとした人だったのに」

 

 私はちょっと大げさな女主人さんのショックと嘆きを、うんざりした感情が顔に出ないように頑張って観察した。

 男性は年齢を問わず、こういう大げさな反応を返すときには大抵何か隠してる時だ。一方女性はと言うと、そういう何かがあろうがなかろうが、こんな芝居がかった反応を返す人が一定数いる。私見を言わせてもらえば、年齢が高くなるほどその傾向が強くなる。

 だから、重要な隠し事をしてるかどうかは、かなり慎重に探らないといけない。下手に突っついてヘソを曲げられると後が面倒なんだ。

 ミオと二人でしばらく見つめていると、女主人さんはふっと嘆きを切り上げて言った。

 

「......亡くなったなんて。アントニアの部屋は上の階にありますの。左手の、一番奥の部屋です」

「ありがとうございます。フブキ、頼める?」

「おっけー」

 

 女主人さんへの質問はミオに任せることにして、私は談話室(パーラー)を出て、上階のアントニアの部屋に向かった。

 絨毯を踏んで、わずかに軋む階段を二階に上がる。

 

「左手の、一番奥......ここか。5号室」

 

 ドアには"5"と書かれたプレートが取り付けられていた。そういえば、現場で見つけた鍵にも"5"の刻印があったな。

 

「ここの鍵かな。とすると施錠は......されてないか」

 

 把手(ノブ)を回して鍵がかかってないことを確認して、ドアを押し開ける

 

「おじゃま......なっ」

 

 目の前の部屋は、とんでもなく散らかっていた。仮にアントニアが散らかし屋だったとしても、こうはならんやろ、という感じ。

 明らかに誰か先客があって、そいつが家探しをしていった後だ。

 

「侵入経路は......窓か」

 

 裏手に向いた上げ込み窓のガラスが割れていて、辺りに破片が散らばっている。窓枠の下側が、梃子(バール)かなにかで破壊されていた。

 私は窓をあげると、桟をまたいで外のバルコニーに出た。

 

「よっと......足跡は無しか。ん、なんだこれ」

 

 足元に転がっていた、鉄製の棒を拾い上げる。

 

「んー、園芸とかに使う鉄製の(ピケット)かな? 飾り(オーナメント)の端っこが折れてる。ってことは、これをバールの替わりにしたのか」

 

 バルコニーにはそれ以上めぼしいものはなさそうだったので、室内に戻って先客が残したものを物色してまわることにした。

 

「まずはこの衣裳鞄(スーツケース)といこうか」

 

 ベッドの上で口を開けている衣裳鞄に向かって、そう独り言ちる。

 鞄の中身はほとんど衣服類だけど、一番上に封筒が一つ、ポツンと置いてあった。先客が鞄から引っ張り出して、価値なしと判断して捨てて行ったらしい。

 あるいは、置いて行ったのか。

 ともあれ、宛名がタイプされた封筒を開けて、これまたタイプライター打ちの本文に目を通す

 

――当職はあなたの、カリフォルニア州上級裁判所(スーペリアー・コート)への申請が受理されたことを、お知らせします。公判期日は9月17日です。

 

  あなたの配偶者、エンジェル・クリストファー・マルドナードに、上記の期日に中央地方裁判所に出頭するよう、当職から公式に通達しました。

  また、必須ではなく、一般的でもありませんが、当職はあなたが同日、併せて出廷することをお薦めします。

 

  当職の職業的経験から言えば、このような手続きに原告婦人が出廷するだけで、その後の手続きに大きな影響を及ぼすといえます。

  そしてもし、あなたの配偶者が出廷しなければ、事はよりいっそう、我々に有利に働くでしょう。

 

  敬具。

  法学士(LL.B.) 法務博士(J.D.)

  フレデリック・D・タッターソル 署名――

 

 

「旦那さんの住所も書いてあるな。"北ヒル通り330番地304号室"。アントニアは離婚調停の真っ最中だったか......」

 

 私は手紙を持ったまま、ちょっと考え込んだ。

 先客が殺害犯本人とは限らないにしても、それがエンジェル・マルドナードの可能性はこれで低くなったと言える。当然、そう考えるのを見越してこの手紙――自分の住所まで書かれている――を見えやすい場所に放置していった可能性もあるけど、本人に会うまでそれは保留だ。

 私は手紙をもとの場所に戻すと、他をあたってみることにした。

 

「この辺の服の下に何かないかな......なにもないか。これは何の写真かな?」

 

 化粧台の上で倒れていた写真立てを起こすと、結婚式の様子らしい写真が飾られていた。

 

「ってことは、この花婿がエンジェルか......んん?」

 

 写真の中のアントニアは、左手を推定・エンジェルの頬に添えている。その手首にブレスレットがはまっていることに気が付いた。十字架と文章――たぶん聖句の類だろう――が彫られていて、宗教的なものらしい。

 

「ブレスレットは現場にはなかった......よね? まあ、あとでミオにも確認しとくか」

 

 

 

 

 

「そうですかねえ、あなたみたいなお節介焼きおばさんなら普通、この屋根の下で起きてることは一つ残らず把握してると、ウチは思うんですけど」

 

 結局それ以上の釣果は無くて、階下の談話室(パーラー)に戻ってミオと合流しようとした。

 そしたらミオがとんでもなく辛辣なことを言ってるのが聞こえちゃったので、私はつい、戸口で立ち止まって聞き耳を立てることにした。

 

「彼女はどこに、出かけてたんですか?」

酒場(バー)よ、たぶんですけど」

 

 女主人(おかみ)さんが、ほとんど怒鳴るようにそう答えた。店子の行いに怒っているのか、それともミオの無礼千万な物言いに怒っているのかは、ちょっと判断着かない。

 

「近頃、彼女は呑んだくれるようになったんですの」

酒場(バー)の屋号は?」

「エル・ドラド酒場(バー)。北ロサンゼルス通りの、いかにもラテン系ってところです」

 

 いかにもヒスパニックらしい、スペイン語風の屋号だ。ひょっとしたら店構えも、最初の事件のバンバ・クラブみたいな感じかもしれない。

 

「なるほど......フブキ?」

「ん」

 

 やっぱり足音が聞こえてたか。

 ミオの無言の"なにか質問ある?"って問いかけに、手を挙げて返して隣に腰かける。

 

「さて、ラペンティさん。単刀直入に伺いますけど、アントニアの部屋に入られましたね?」

「いいええ? そんなこと一度もありませんわ」

 

 流石にこれは大げさすぎる。子供にもバレそうだ。

 

「アントニアの部屋の窓は、明らかにこじ開けられてました。じゃあなんですか、アントニアは部屋の鍵を失くしたんで、自室の窓をこじ開けて出入りしていたと、そういうことですか?」

 

 女主人さんは深々と溜め息を吐いて、頭を振ってから言った。

 

「今朝早くに、裏手から変な音がするな、とは思ったんですの。ただ、アライグマが牛乳箱を開けようとしているものだとばかり......あの、」

 

 女主人さんはメモを取っているミオの方に、困ったような目をやって続けた。

 

「おおやけになると困るのですが。その、経営に障りますでしょ? 私にもその、体面と言うものがありまして......」

「それはこの後の、あなたの態度次第ですねえ」

 

 ミオが気のない視線を返して言った。

 

「ご協力いただけるんなら、ウチたちもあなたに協力したげようって気になるかもしれませんよ?」

「ええ、その......はい」

 

 女主人さんが落ち着くのを待って、次の、というか最後の質問に移った。

 

「アントニアは旦那さんと離婚手続き中だったようですが......」

 

 ちょっと目をあげて、女主人さんとミオの様子を探る。

 大した反応は無い。ということは、二人とも知ってるな。

 

「ここで別居されていたわけですね?」

「ええ。2か月前に旦那のところを飛び出して、ずっとここにいますわ」

「なのに、結婚指輪はしてたんですか?」

「ええ、してたましたわ。それとネックレスも。彼女はいつでも、信仰心の現れみたいにして身につけてましたの。それで全部かしら......」

 

 ネックレス。それも事件現場にはなかったな。

 

「ブレスレットはどうです?」

「ブレスレット?......いえ、知りませんわね」

 

 女主人さんの考え込む仕草は、これまた大げさだった。でもさっきよりは本当っぽいし、声音も嘘っぽくはない。例の、判断に困る誇張動作だ。

 

「上で、結婚式の時の写真を見ました。そこではなにか、宗教的なブレスレットを着けてましたけど」

「ああそれ、着けてるところを見たことがありませんわ」

 

 ぱちんと指を鳴らしそうな勢いで、女主人さんが答えた。

 

「旦那からのプレゼントだそうよ。木製の宝石箱に入れてて、そこから出すことすらなかったようです」

「なるほど。どうもラペンティさん、ご協力ありがとうございました」

「どうせ旦那が犯人よ」

 

 女主人さんが急にラスティみたいなことを口走ったもんだから、私はあやうく吹き出してしまうところだった。

 

「あんな男は報いを受けるべきですわ。閉じ込めて、鍵を捨てちゃえばいい」

 

 女主人さんは出ていく私たちの背中に、半ば独り言のように言葉を投げた。

 

 

 

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