H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Silk Stocking Murder #5

 

 

「さてと、ミオ。私はここの家探しをしようと思うんだけど」

 

 私はそう、ミオの背後から声をかけた。

 ミオは、ダン巡査とラドクリフ巡査がマルドナード兄弟を引っ立てて行くのを、じっと見守っていたんだ。

 

「ミオはどうする? 台所(キッチン)の方を見てくれるかい?」

「......いや、ウチはお隣さんたちに話を聴いて回るよ」

「よし、じゃあそっちは任せたよ」

 

 私はそう言うと、とっとと寝室へと引っ込んだ。捜索を始める、前にベッドに腰かけると、窓の外を眺めるともなく目をやって、考え事をはじめた。

 さっきのミオの顔。たぶん、エンジェルの"俺はやってない"節になにかしらの信憑性を見出したんだろう。そこまでは分かる。

 でも、今日はいつになく自信がなさそうな顔だった。引っかかり方が微妙だったのか、あるいは、

 

「......モラーの件、まだ引きずってるのかな」

 

 あの時も、被疑者の中で一番嫌疑の濃かったモラーの否認に、ミオは一定の信憑性を見出していた。カンの域を出ないものだったけど。

 それでも私はミオのそのカンに昔から信を置いてるし、だからこそ比較的嫌疑の薄いイーライの方の告訴に傾いたんだ。

 それが、ここにきてそんな自信なさそうな顔をされちゃうと、なんとも言えない気分になってくる。これは不安? それとも......不信?

 

「......なんかモヤモヤするなあ」

 

 口に出しても、その不定形の感情は消えなかった。

 

「とにかく、お仕事しないとだな」

 

 そう言って自分を納得させて、モヤモヤを棚上げする。ベッドのバネにピシリと音を立てさせて立ち上がった。

 

 

 

 

 

「......さてと、残るは台所(キッチン)だけ、かあ」

 

 寝室、居間(リビング)食事室(ダイニング・ルーム)と見て回って、今のところ捜索は空振りだ。滅入った気分で台所に入った私の目に、血染めのシャツが飛び込んできた。

 

「おっと、これは是非エンジェルの言い訳を聞かないとな」

 

 襟元や袖口に結構な量の血痕があって、それを横手の家事室(ユーティリティ・ルーム)で落とそうとしたけど上手くいかずにとりあえず干した、とそんな感じに見える。

 洗われたからか血の臭いはすっかり薄くなってて、今の今までさっぱり気が付かなかった。

 とにかく収穫はあって、それで一転して鼻歌を歌いだしたい気分になった私は、そこで木箱に蹴っつまずいて思いっきり転びそうになっちゃった。

 

「痛った! なんだよもう!......ん?」

 

 なんだ? 今私を襲った違和感はなんなんだろう?

 

「......そうだ、音だ!」

 

 もう一回、木箱を軽く蹴る。カチャン、とガラスが触れ合う音がした。

 木箱には"摘み立て(ジャスト・ピックド)青果店"と書いてある。ガラス容器が入っている道理はない。

 

「いや、ジャム瓶とかかもしれないし......違ったか」

 

 蓋を開けてみると、中にはブランデーの瓶が入っていた。もともとはぎっしり詰めて合ったんだろうけど、今は半分ほど空いている。

 

「ジャスト・ピックド青果店、オード通り412番地か。結構近いな」

 

 もし殺人事件に関係なくても、このことは風紀課に教えてあげれば喜ばれそうだ。

 他に台所にめぼしいものがなさそうなのを確認すると、私はミオの様子を見に部屋を後にした。

 

 

 

 

 

「血染めのシャツかあ......」

 

 廊下の一番奥にいたミオを見つけて捜索の結果を伝えると、ミオはそう呟いてちょっと考え込むような仕草を見せた。けど、すぐに首を振って言った。

 

「いや、後にしよう。フブキ、ここが最後なんだけど、いい?」

「いいよ」

 

 ミオが305号室から一番遠い301号室のドアをノックした。

 ドアの奥からこちらにやってくる物音がした後、黒髪のご婦人が不審げな顔でドアを開いた。

 

「はい?」

ロス市警(LAPD)です。昨晩、何か騒ぎを聞かれましたか」

「ええ、ええ、聞いたわよ。マルドナード夫人が出てって、それで旦那さんが追いかけて行ったの」

「それを見たんですか?」

「ええ、ドアを細く開けてね」

「......マルドナードさん――旦那の方です――が帰ってきたのを見ましたか」

 

 ミオはちょっと考えるような間を置いてから、そう聞いた。

 

「いいえ。見ませんでした」

「ありがとうございます。最後にお名前を伺っても?」

「アランダ。マリア・アランダよ」

 

 アランダ。ということはこの人もヒスパニック系か。

 

「ありがとうございました、アランダさん。後程巡査が公式な調書をお持ちしますので、署名をもらっても?」

「ええ、いいわ」

「......一晩中一緒にいた、ねえ」

「ミオ、先に降りようか」

 

 ドアが閉まるなりぼそっと呟いたミオに、そう釘を刺す。

 

「ああいう"お節介焼きおばさん"なら、今ドア越しにこっちのことを窺っててもおかしくないと思うけど?」

「ぶはっ......そうだね、そうしようか」

 

 ミオは思いっきり吹き出してから私に同意して、先に立って階段に向かった。

 

 

 

 

 

「あの、オオカミ刑事というのは?」

「はい、ウチですけど」

 

 一階に降りるなり、作業服に身を包んだ男性が話しかけてきた。ミオがちょっと構えた声で答える。

 

「私はこの建物の管理人なんですが、いましがた警察から電話がありまして。オオカミ刑事に伝言があると」

「あー、さっき私が護送車(Bワゴン)を呼んだからかな?」

「出ます。管理人室ですか?」

「いえ、そこの公衆電話からどうぞ」

 

 見ると、ロビーの公衆電話の受話器が外されていた。

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

 ミオは管理人さんにお礼を言うと、私に先に捜査用車に戻るよう合図して公衆電話の方に向かった。

 

 

 

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