「もしもし、大神です」
「所属と
「
「ドネリー警部から伝言です。"オオカミ刑事、至急中央署に戻られたい。詳細は帰着後、警務主任から伝える"。伝言は以上です」
「了解しました。ありがとうございます」
電話を切ると、建物の外に出て捜査用車とフブキのところに戻った。
「......お待たせ」
「いやいや。KGPLはなんて?」
「至急、中央署に戻れって」
「ふうん。でもなんでだろ?」
「さあ。詳しいことは戻ってから、フライシャー警部補が教えてくれるみたいだけど」
フブキは不審げな顔のままだったけど、ナッシュのエンジンをかけてヒル通りの交通に乗せた。
「......ねえ、ミオ?」
「なあに?」
「あのさ......さっきのエンジェルの"俺はやってない"って言ってたの、あれは本当だと思ってるんでしょ?」
「......」
「でも、モラーの一件以来その判断に自信が持てない。違う?」
図星を突かれて、ウチは黙り込んだ。
間違いなくその通りで、でもそんなことをフブキにこぼした覚えは全然ないのに、こいつにはなんでもお見通しらしい。
「白上はミオのそのカンを疑ったことは一回もないし、今もそれが鈍ったとかそんな風に思ったりはしてないからね」
「フブキ......」
先行車から目を離さないけど至って真面目な相勤の表情をじっと見ていると、フブキは一瞬だけこっちに視線を投げて、ちょっと笑って言った。
「ほら、白上が嘘吐いてないって、わかるでしょ?」
「......いや、吐いとるやんけ」
「ええ!?」
フブキが一瞬こっちにぐりっと首を向けて、驚きの顔を見せた。すぐに前に視線を戻しつつも、狼狽した声で聞いてくる。
「え、ウソ、私なんか嘘ついてた?」
「あはは。いや、"一回も"って言っても、初めて会った頃はあんまり信じてくれなかったでしょ?」
「おまっ、それはノー・カウントだろうがよお、おい!」
「あはははは、あーははははは!」
「このお......とにかく、白上から見て、ミオのカンが鈍ってきたとか、そんな兆候はないんだよ。だからもっと自信もって......いつまで笑ってんだよ!」
「いや、フブキの反応がツボに入っちゃって......ひぃーひっひ......」
「おい! もー、真面目な話してんのによお......」
結局私は署に着くまでほとんど笑い通しだった。まだニヤニヤしそうになる顔を何とか抑えて玄関をくぐり、警務主任のデスクに向かう。
フライシャー警部補はこちらを見るなり手招きすると、デスクに身を乗り出した。
「下で警部とピンカーが待ってる。新しい手紙が届いたそうだ」
警部補の近くに二人で顔を寄せると、主任は小声でそういった。
「手紙ですか?」
「またニセモノなんじゃないですか?」
ウチは一瞬なんのことかわかんなかったけど、フブキはすぐに理解したらしい。
手紙。ダリア殺しから最初に届いた手紙にはいわゆる"秘密の暴露"が含まれていて、市警は犯人からのものだと判断したけど、それが発表されるなりニセモノがたくさん届くようになったらしい。
警部補は小さく肩をすくめると、奥に行くように手ぶりして言った。
「まあ鑑識課に行ってみるんだな。ブラウンはそうは考えてないみたいだが」
「......ブラウンって殺人課の部長刑事だっけ?」
主任のデスクから離れて地下への階段の方に向かうと、その道中でフブキにそう聞いた。
「うんそうだよ、会ったことは無いけど。それと、ダリア事件の捜査主任だね」
そう言ってから、フブキはにやっと笑って付け加えた。
「どうやら課長は白上たちにも、捜査への招待状をくれるみたいだね」
「ああ、入りたまえお嬢さん方。ドアは閉めてな」
ウチたちが鑑識課の実験室に入ると、テーブルを囲んでいた男たちの中からドネリー警部がそう言った。
テーブルに着いているのは警部の他に、ギャロウェイ刑事とピンカー技師、そして見覚えのない白人男性が一人。彼がブラウン部長刑事かな?
「さてお二人さん、座りたまえ。フィニス・ブラウンとは初対面かな?」
「ええ。初めまして、部長刑事」
「初めまして」
「この事は機密扱いだ。この部屋の外では持ち出さないように」
ウチたちがそう挨拶すると、ブラウン部長刑事は社交辞令抜きでそう言った。
無粋な人、と言うよりは声の感じからして、そんなことを気にしてられないくらいピリピリしてる感じだ。
「何があったんですか?」
「新しい手紙が、タクシーの客席に置かれてたんだ」
フブキの質問にそう返したのはピンカー技師だった。彼は持っていた封筒をフブキに渡しながら続けた。
「運転手によると、用足しのために自動車を離れて、戻ってきたらあったそうだ。客の忘れ物ではなく、窓越しに放り込まれたみたいだと言ってる」
「それでも、彼のここ24時間の乗客を洗っている。念のためにな」
部長刑事がそう言い足した。それに頷きを返して、ピンカー技師が続ける。
「以前の手紙と同じように、表書きはロサンゼルス・タイムズとロサンゼルス・イグザミナーの題字を切り貼りしたものだ」
フブキが手にしている封筒を横から覗き込む。一文字一文字、大きさも字体も違うから読みにくいな。
――気 ガ 変 わ ッ た 。 汚 い 手 を 使 ウ つ も リ だ ッ た ダ ろ う 。
F u C k y O U B D . T E x .――
郵送ではないみたいだけど、律儀にも切手が貼ってあった。
「BDもTEXも、秘密の暴露にはなりませんよね?」
「ああ、新聞が散々報じたからな。まあ中身も見てみることだ」
ウチがそう聞くと、警部が答えてからフブキにそう促した。
フブキが封筒を開いて、三つ折りの便箋を広げる。
「これは今までになかったもんだ。
ピンカー技師が説明する一方、フブキは便箋を熱心に覗き込んでいた。
「それがお二人さんを呼んだ理由だ。オリジナルだと思うか?」
部長刑事がウチたちに、あんまり期待してない顔でそう聞いた。その顔がちょっと......不愉快なんで鼻を明かしてやりたいところだけれど、あいにくウチにはなにも引っかかるものがない。
それを口に出そうとしたら、フブキがウチより先に口を開いた。
「それは無いですね。誰であれ、これを打った人が天才じゃない限り」
フブキが便箋から目を離さずに続ける。
「シェリーですね。100年以上前にイギリスで書かれた作品です」
「シェリー?......ああ、俺も知ってるさ」
ギャロウェイ刑事がそう言った。その場の全員――便箋を熱心に見つめているフブキ以外の全員――の視線を集めても、ギャロウェイ刑事は素知らぬ顔を崩さない。
無言のうちに全員の意見が"嘘だな"で一致したところで、警部が部長刑事の肩を叩いて言った。
「ほらみろフィニス、呼んでみて正解だっただろう?」
「そうですが、これが事件にどう関係するのか......」
嬉しげな顔の警部とまだまだ困り顔の部長刑事は、まさにその顔のように対照的な声で言い交わした。
フブキがそこに口を挟む。
「"鎖を解かれたプロメテウス"ですね。プロメテウスはタイタン十二神の一柱――つまり超人的な存在――で、神々だけのものだった炎を人類に授けたとされています」
「......じゃあ犯人は自分を、そういう超人だと思ってるってこと?」
ウチの質問に、フブキはうーんと唸り声を上げてから答えた。
「白上もそれくらいしか考え付かないなあ......何にしても、差出人の誰かさんは教養がある。これは確かです。ただ事件とどうつながるかは......」
「俺は新聞から何でも知ることができる。と、そう言いたいのかもしれん。君の言った通り、こいつは賢いやつだ。変態的にな。我々を弄んで、それで悦んでやがる」
警部は目頭をグリグリ揉んでから続けた。
「マルドナードの件はどうなっている?」
「旦那さんを勾留しました。この後聴取する予定です」
「じゃあ早く片づけてしまうんだな。もう行ってよろしい」
ウチが答えると、警部は手を振ってそう言った。
「そいつが犯人だろうよ、たぶんな」
ギャロウェイ刑事の十八番を背中に聞きながら、ウチはまだ便箋が気になるらしいフブキと一緒に実験室を出た。