H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Silk Stocking Murder #7

 

 

「これって本当に模倣犯なのかな?」

 

 地下の鑑識課から上階に上がる階段で、ミオがそう言った。

 

「ダリア殺しによる連続殺人かもしれない。と、ミオが考えてるのはそういうこと?」

「うん。タイミングがタイミングだし、それに......」

 

 ミオはちょっと言うのをためらったけど、こっちに目をやって決然として続けた。

 

「それに、みんな犯人としてはしっくりこないじゃんか」

 

 自信を取り戻してくれたんだろうか。そうだとしたら、私にも嬉しいことだ。

 でもそれはそれとして、議論のために反論もする。

 

「それはそうだけど、手紙自体も模倣犯によるものだとしたら? シェリーの詩を送ってくるのは確かに新しいけど、さっきミオ自身が指摘した通り、秘密の暴露はないんだよ」

「それもそうだけど......」

 

 再び考え込んだミオの鼻先を指でつんと突いて言った。

 

「とにかく、エンジェルに話を聴いてみよう? 彼が犯人にしてもそうじゃないにしても、何かしらヒントをくれるかもしれないし」

 

 

 

 

 

「どうも、行儀よくしてましたか、マルドナードさん?」

 

 取調室2に入るなり、ミオがそう言って席に着いた。私はその横手に陣取って、壁にもたれかかる。

 室内は狭いから、私とテーブルの間はそんなに空いてない。

 

「......俺に何を言わせたいんだ? 確かにあの夜、アントニアは俺のアパートメントにいた。でも帰ったんだ! 俺がアントニアを見たのは、それが最後なんだ」

「それは何時ごろでしたか?」

 

 ミオが顔も声も無表情なままに訊いた。その目はじっと、エンジェルの表情の変化に注がれている。

 

「遅くだ。真夜中辺り、じゃないか? 長居はしなかったよ」

「でも、その後を追ったんでしょう? そして殺した。違いますか?」

「なっ......何を言ってるんだ。俺は一晩中部屋にいた。弟が証明してくれるはずだ」

「身内の言うことは公式な証言としては認められません。偽証罪の免除事項なので」

 

 ミオはちょっと言葉を切ってエンジェルの様子を窺うと、抑揚のない声で続けた。

 

「一方ウチたちは公式に使える証言を得てますよ。隣人の方があなた方の喧嘩を見たと、奥さんが走り出てあなたがその後を追って行った、そして帰ってこなかったと、そう証言してます」

「......悪く見えるのは分かってる。でも俺は殺してないんだ!」

 

 エンジェルは少しの間、両手で顔を覆ってから、ミオの方に身を乗り出してそう言った。

 

「確かに言い合いはした、彼女の後を追って外に出た! でも彼女は、角のところで待ってた自動車に乗って行っちまったんだ!」

「運転手を見ました?」

 

 ミオがちょっと勢い込んで聞いた。

 

「見なかった、暗すぎて。でも自動車は茶色のフォード・クーペだった」

「そうですか。じゃあ――」

「ちょっと待って、ミオ」

 

 私は横から口を挟むことにした。

 

「じゃあ台所(キッチン)にあった、血塗れのシャツはどう説明するんですか?」

「あれか? あれは......髭を剃ってて、切っちまったんだよ」

「マルドナードさん」

 

 今度はミオが、即座に凍り付くような口調で口を挟んだ。

 

「ウチたちは別に、ここで切り上げてあんたを告訴しても構わないんですよ? わかりやすい嘘は止めにして、キリキリ喋ってほしいところですね」

 

 うん、やっぱりミオのカンは絶好調みたいだ。

 エンジェルは一気に真っ青になってちょっと俯いた。そしてすぐに顔を上げて、憮然とした声と表情で喋りはじめた。

 

「......イポリトが――俺の弟が――昨晩、アントニアに悪い虫がついてるって言いに来たんだ。俺たちは一発殴りに行った。それで、昨晩はすぐには帰ってこれなかったんだ」

「それで?」

「彼女は、エル・ドラド酒場(バー)から来たって言ったんだ。でも、あそこは行きつけの店じゃない。そこから通りをちょっと下ったところに果物屋があって、そこでよく果物を買ってたんだ」

 

 そこでエンジェルは言葉を切ると、最初に質問した私の方に身体を向けて、叫ぶように言った。

 

「でもそこにいる変態が、いっつも妻を舐め回すように見つめてたんだ! それで、あの店にはいかなくなった。宅配だけにして」

「店の名前は?」

「ジャスト・ピックド青果店。ダウンタウンのオード通りにある」

「ちなみにその、果物屋の人は茶色のフォードに乗ってるんですか?」

 

 ミオからの質問に、エンジェルは身体の向きを直して答えた。

 

「さあ、知らない。仕事用のトラックに乗ってるのしか見たこと無いな」

「じゃあ、まだフォードの件を信じるわけにはいきませんね」

 

 ミオは冷淡にそう言って、足を組み替えた。

 

「奥さんはあなたと離婚するつもりでした。それであなたは彼女を殺した、違いますか?」

「違う! 確かに離婚のことで言い合いはした、でもそこまで話は進んでない!」

「彼女が代理人から受け取った手紙によれば、判事は離婚許可の仮処分(ディクリー・ナイサイ)*1を決定したそうですよ?」

 

 ぱっと顔を上げたエンジェルの顔に、私はまぎれもない驚愕の色を読み取った。

 ミオもそれを読み取ったようだけど、表情は変えずに続けた。

 

「奥さんはそのことで、あんたに離婚を、公判当日に出廷しないように迫った。それであんたは彼女を殺すことにした。そうなんじゃないの?」

「アントニア......なんてことだ......」

 

 エンジェルの首がくたっと垂れた。洟をすすり上げて、なんとか絞り出すようにして言った。

 

「昨晩、彼女はとんでもなく酔っぱらってた。普段はあんなに呑んだりしないのに。鞄を掻きまわして、"書類を渡す"って言ってた。俺に、自分の亭主に! だからあいつをぶったんだ!」

 

 エンジェルはテーブルの真ん中を見つめて、その時を再現するように平手をひらめかせた。

 

「そして出て行った! それで全部だ!」

「そう」

 

 ミオは全く興味なさげにそう返した。

 

「奥さんの下宿先の女主人(おかみ)さんから、あんたはひどいご亭主だと聞いてたけど、事実その通りみたいだね」

 

 冷たい怒りを内に湛えた声で、ちょっと怯んだマルドナードに向けてミオが続ける。

 

「奥さんが亡くなったから、裁判もナシになるよ。良かったね、これであんたがどれだけひどい旦那だったか、傍聴人やあまねくロサンゼルス市民に晒されることはなくなったんだからさ」

「俺は......彼女を愛してたんだ」

「どうだか。最後に一つ、あなたの靴のサイズは?」

紳士用の8(26センチ)だ」

「そう。何にしても、あんたの疑いが晴れたとはお世辞にも言えないからね」

 

 ミオは勢いよく椅子から立ち上がりざま、エンジェルに冷たくそう言い放って、私の方に合図した。

 

「何か思い出したら、巡査を通してすぐにウチたちに知らせること。本当に奥さんを殺してないなら、あんたがここから出る道はそれしかないよ」

 

 

 

 

 

記録課(R&I)です」

「白上、識別番号(バッジ・ナンバー)1005V(ヴィクター)

 

 聴取が終わった後、ミオが調書をドネリー警部の執務室に持って行ってる間に、私は自席からR&Iに電話をかけていた。

 

「用件をどうぞ」

「エル・ドラド酒場(バー)の住所を願います」

「少々お待ちください......エル・ドラド酒場(バー)。北ロサンゼルス通り164番地です」

「ありがとうございます」

 

 電話を切ってちょっと考える。

 死体の発見現場からそう離れていない。エンジェルの証言を補強するにしても反証するにしても、アントニアの足取りを追って損はないはずだ。

 戻ってきたミオに合図して、話しかける。

 

「課長はなんて?」

「いなかったから書類だけ置いてきた」

「じゃあ、酒場(バー)に行ってみようか?」

 

 一瞬虚を突かれた感じのミオに、にやっと笑いかけて続ける。

 

「アントニアの足取りを確認しといた方が、地方検事(DA)も喜ぶんじゃない? どっちにしても、ミオはエンジェルがやったとは思ってないんでしょ? 白上はとことん付き合うよ」

「フブキ......ありがとね」

「なんてことないよ。これでミオとのデートを長引かせられるわけだし?」

「おまっ、前言撤回しないとかなあ?」

 

 野郎の同僚たちが口笛を吹きかけてくるのを背に、私たちはいちゃいちゃしながら――もうミオだって否定しない、はず――刑事部屋を出た。

 

 

 

*1
アメリカでは通例、離婚には裁判所の許可が必要。申し立てに理由があると判事が判断した場合、一旦仮処分をを宣告してから当事者を召喚し、弁解を聴いたうえで処分を確定させるか撤回するかを決める。

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