エル・ドラド
フブキと二人、並んで店の中に入っていくと、中央のカウンターからバーテンダーが呼び掛けてきた。
「どうも、何にします?」
「
警察官
「大神刑事と白上刑事です」
「ディエゴ・アギラールです。どんなご用件でしょう?」
「昨晩もお勤めでしたか」
「ええ、俺と、
「昨日来た女性をご記憶ですか? 21歳、ヒスパニック系でべろべろに酔っぱらった?」
「ここにはそんなご婦人がいっぱい来ますがね、あんたがたが誰のことを言ってるかはわかりますよ。アントニア・マルドナードですね? 彼女になにか?」
「昨晩、殺害されました」
「なんてこった」
アギラールさんは目をおっきくして答えた。大して驚いてるわけではなさそうだけど、そうするほどの知り合いじゃなかった可能性もある。
「彼女のことをどれくらいご存知ですか? その、常連でした?」
「いいや、違います。でも彼女は昨晩べろんべろんに酔っぱらって、旦那のことを延々愚痴ってましたよ。酒場で働いてりゃ、よく聞く類のものでしたが」
そこでちょっと言葉を切って、後ろに目をやってから続けた。
「彼女はすっかり潰れちまって、ここに手紙を忘れてっちまったんですよ。ご覧になります?」
「お願いします」
アギラールさんは待つように手で合図すると、カウンターの反対側の方に行った。
「これです」
「失礼」
封筒には赤インクで表書きが書かれていた。
「"エンジェル・マルドナード 手渡し"」
アントニア宛の同じような封筒が事件現場にも残されていた。あっちは空っぽだったけど。
中身を引っ張り出して広げて、フブキと一緒に見る。
――離婚調停召喚状 アントニア・マルドナード対エンジェル・マルドナード事件 1947年八月開廷期
カリフォルニア州 ロサンゼルス郡 州璽
1947年八月八日に行われたカリフォルニア州
これを受け、当裁判所は被告人エンジェル・マルドナードに対して、1947年九月十七日水曜日にカリフォルニア州上級裁判所中央地方裁判所に、いかなる理由があろうと最優先で出廷し、原告人アントニア・マルドナードより申し立てられた虐待行為について抗弁を行い、婚姻関係を破棄すべきではない理由を申し立てるよう命じます。
立会人 ホン・アール・ブランタム カリフォルニア州判事
聖主御降誕紀元第千九百四十七年第八月第十一日――
「離婚召喚状か。これ、開けて中を見ました?」
「その必要はなかったよ」
ウチが書状から目をあげてアギラールさんに訊くと、肩をすくめてそう返された。
「彼女はその書状のことを大声で触れ回ってましてね。これから旦那に渡しに行くって言ってたな」
アギラールさんはカウンターに身を乗り出して、顔を顰めて続けた。
「言わせてもらえば彼女、ちょっと怖かったよ。"
「誰か、彼女に興味を惹かれたような人はいましたか」
「あんたならどう思います? 鯨みたいに酒を呑む女に惹かれますか?」
惹かれない。流石にウチでも、鯨飲しているフブキに魅力を感じたりは......いやわかんないな。
「みんな惹かれるというよりは引いてましたよ。もっとも、彼女はわざとそうしてるような節があったけど」
「なるほど......次に彼女の服飾品についてですけど、なにか気が付いたことはありますか」
フブキがメモを取り終わるのを待って、次の質問に移った。
「ネックレスをしてましたよ。何か、宗教的なものだと思いますけどね。臨時雇いのヤツの方が、そういうのには詳しいんじゃないかな。ほとんど一晩中彼女の愚痴を聞いて、ビールを出してたのはそいつですから」
「名前は?」
「ギャレット。下はなんだったか......」
「メイソン?」
横からフブキが口を挟んだ。
「それだ、ギャレット・メイソン。お知り合いで?」
「まあ、ちょっと」
フブキは言葉を濁して、ウチに続けるように合図した。
ギャレット・メイソン。確かバンバ・クラブにいた臨時雇いのバーテンだ。
「で、彼女はどうやって帰りました? タクシーで?」
「あー、その、彼女はタクシーを呼んでくれって言ったんですけど、」
アギラールさんは途中で言葉を切ると、店の奥の公衆電話コーナーを指した。電話機になにか、紙が貼り付けてある。
「いま回線を切られててね。先月電話代を滞納しちゃったもんで。道の斜向かいにある果物屋のが、俺が知ってる一番近い公衆電話だったんで、そこに行ってみたらどうかって言ったんです。なんだか厭そうだったけど」
「ありがとうございました、アギラールさん。最後に一つ、いいですか? あなたの靴のサイズは?」
「
「どうも」
カウンターを離れると、念のために奥の公衆電話コーナーに向かった。受話器を取り上げて、"使用不可"と書かれた紙をめくって
交換機が何度か、複雑な切り替え音を鳴らしてから、録音テープが流れだした。
「"こちらは通知台です。この回線は現在、ご利用になれません......"」
「確かに、ダメそうだねえ......フブキ?」
受話器を置いて振り返ると、相勤の姿がなかった。
耳にちょっと注意を寄せる。がやがやした店内、ではなく裏口の方から、フブキが誰かと話している声が聞こえた。やれやれ、この好奇心の強さは間違いなく猫やんけ。
そう思いながら、ウチは声を辿って裏口の方へと歩を進めた。