「失礼
「
「どうもありがとうお嬢、いえ巡査」
今日の白上は7番街の徒歩警邏担当、お仕事内容は散歩すること......だけでは当然なくて、スリや万引き、路上強盗などを警戒したり、路駐を取り締まったりすること。
そして冒頭のような道案内が結構多い。
そんな暇な、もとい平和なパトロールもたまには悪くない。いや、むしろ毎日こんな方が......
――パンパン、パン、パン、パン
平和は終わったらしい。
7番街を西に疾走すると、グランド通りとの角に近い靴屋さんの前に人だかりができていた。
足の間から、血だまりの中に誰か倒れているらしいのを見てとると、野次馬達に声を張り上げる。
「
倒れているのは男性で、一見して自分には手の施しようのない状態だとわかった。
「誰か、救急車を呼んだ人はいますか!?」
「呼んだよ」
靴屋さんから出てきたオレンジのシャツの男性が言った。
「でも、もう死んでるんじゃないかな」
男性が言い終わらないうちにパトカーが一台、タイヤを軋らせて現場の路肩に停まった。助手席から巡査が降りてきて野次馬に叫ぶ。
「はいはい、もっと後ろに立つか、帰るかしてくれ! どっちにしても、とっとと動く! ほらほら!」
「お、フブキ」
「ミオ!」
運転席から降りてきたのはミオだった。今日はテイト巡査と組んでいるらしい。
「現着がはやかったね」
「7番の徒歩警邏担当だったんだ」
「じゃあ、初動はフブキがやって。ウチとテイト巡査で現場保存するから」
「りょーかい」
「殺人課の連中が来る前に終わらせといたほうがいいぞ」
テイト巡査が茶々を挟んでから、現場保存バリケードを抱えて野次馬の方へ歩いて行く。
「ウチも行くね。すぐ戻るから」
そう言ってミオもバリケードを取りにパトカーの方へ戻って行った。
――さてと、検分開始といこうか。
まだ温かい死体の姿勢を仰向けに転換して様子を見る。背中には銃創が四つあったけど、こちらには二つだけだ。こちら側が射出口だろうか。
背広の内ポケットを探ると書類が一枚出てきた。
――
C. ガリエタ様
商品:真珠の耳飾り
総計:52ドル50セント
最後の支払日は今日だ。4ドル払って、残り8ドル。
「フブキ、ちょっと」
「ん?」
いつのまにかミオが歩道のへりにいて、こちらに手招きしている。
「これ見て」
近寄ると、ミオの足元に何か光るものいくつもが落ちているのに気がついた。一つ拾い上げる。
「......空薬莢だ。32口径くらいかな?」
「ウチもそう思う」
「シラカミ巡査!」
テイトが歩道の反対側から呼びかけた。
脇に立っているオレンジ色のシャツの男性――通報してくれた人だ――を指して、
「彼が何か、興味深いものを見たらしい。証言を取っといたほうがいいぞ」
彼に歩み寄って、改めて名乗る。
「シラカミ巡査です。何を見たんですか」
「銃声を聞いたんだ。最初はバックファイアかと思ったんだけどね。そしたら女性が一人、靴屋に駆け込んで行ったんだよ」
「そうですか。ありがとうございます」
靴屋さんの中に入ると、奥で座っていた女性が立ち上がってこっちにやってきた。
「い、いらっしゃいま――」
「シラカミ巡査です。事件のことを聞きに来ました。被害者をご存知ですか?」
ヒスパニック系の女性は嗚咽を漏らし、しゃくりあげつつ答えた。
「ゲイジさん。私の上司でした」
「ゲイジさんのファーストネームは」
「エヴァレット」
「あなたのお名前は?」
「ガリエタ。クローヴィス・ガリエタです」
手近にあった、たぶんお客が靴を試し履きするための椅子に座るように、手ぶりで促して彼女を座らせる。
「何を見たのか、正確に話してください」
「昼休みに外のお店を見て回っていたんです。そこにいたらゲイジさんが、戻るのが遅いと怒鳴り込んできて......」
「それで?」
「店に戻りました。私は怒っていて、先に立って歩いてました。銃声が聞こえて、振り向いたらゲイジさんが倒れていたんです」
彼女はそう言って、かなり大げさにしゃくりあげた。
「それは嘘ですね。何があったか、そして何故あったかもご存じのはずです。聞かせてくれますね?」
「聞かせることなんてありません」
怒ったように言う。
「何も間違ったことを言ってません。嘘をついてるって証拠があるんですか?」
「真珠の耳飾り」
さっき死体から回収した――後で戻しておかないと――レイアウェイ領収書を取り出して、彼女に見せる。
「この一年、今日までずっと支払いを続けてますね。嘘はやめて、宝石店で何があったのか話してください」
「そんな......あの耳飾り、没収されちゃうんですか?」
「殺人事件の捜査を妨害するようなら、耳飾りだけじゃなくて自由も没収されますよ」
高圧的に告げる。
「......カルーさん」
脅しは効いたらしい
「エドガー・カルーさん。宝石店をやってるの。彼が可愛い腕時計を見せてくれてたのだけど、そこにゲイジさんが怒鳴り込んできて、カルーさんが腹を立てて怒鳴り合いを始めたの。ゲイジさんは私に"この店の品物は全部クズだ"って言ったわ。"ニッケルで鍍金した日本製だ"って。そして私に仕事に戻るよう言ったの」
「それから?」
「二人で戻ってきたの。そうしたら、背後から大きな音が聞こえて。ゲイジさんは振り返ろうとしてたわ。そしたら、またバン、バン、バンって......ゲイジさんは膝から崩れて......とっても痛そうだった......」
ガリエタさんはその時を思い出したのか、またひとしきりしゃくりあげて、次の質問はそれが終わるのを待たなきゃいけなかった。
「どの宝石店ですか?」
「ハートフィールズ。
「ゲイジさんを撃った人を見ました?」
「ええ、もちろん。カルーさんはとても怒っていて、銃を撃ち続けてたんです。引き金を引き続けていて......そのあと銃をゴミ缶に突っ込んで、歩いて行きました」
そこでふと、口をつぐんだ。言おうとしていたことを引っ込めて、急に天井が気になり始めたらしい。
「私を怒らせたいんですか、ガリエタさん」
イライラ、という感じで手帳を叩く。
彼女は泣きそうな顔になったけど、返事をしなかった。仕方ない。
最大限厳めしい顔を作って、大声で一喝する。
「なんでゲイジさんはカルーさんを撃ったんですか!」
「ゲイジさんはユダヤ人が嫌いなの!」
逆ギレする形で、ようやく口を開いてくれた。
「そんな人いっぱいいるわ! 彼がいやなヤツだからって、それは私のせいじゃないでしょ!」
肯定も否定も返さずに、次の質問に移った。
「銃声は何発分聞きましたか?」
「思い出せない......とてもたくさん......とてもうるさくて」
「大事なことなんです、ガリエタさん。こういう細かなことが、あとから重要になってくるかもしれません」
「......一発あって......もう一発あって......そのあと連続して三発......五発です」
こんなところだろう。手帳をポケットに入れながら、憔悴した感じのガリエタさんに声をかける。
「ご協力感謝します。後で公式な調書を取らせていただきます」
「それって、まだ私の耳......いえ、なんでもないのお巡りさん。証言はします」
お店の外に出ると、待ってましたという感じでミオがやってきた。
「フブキ、これみて」
ミオが手に持っていたのは自動式の拳銃だった。
「どこにあったと思う?」
「そこのゴミ缶のなか?」
「そう」
銃を手に持って、しげしげと見る。
「FNブローニング。製造番号付き。銃砲店をあたったほうがいいかもだけど......」
銃をミオに返して、
「ここの店員が全部見てたよ。被疑者はハートフィールズって宝石店で働いてるって」
「それならすぐそこだよ......もしかしてフブキ、同じこと考えてる?」
ニヤっと笑って目を見かわす。
「テイト巡査!」
笑みを返してからミオが叫ぶ。
「現場を任せていいですか」
テイトは仕方ない、という感じの表情を浮かべて手を振った。
「じゃ、いこっかフブキ」
「ミオと二人で宝石店。これはもう実質デー......」
ミオの視線が刺さる。
「はいはい、お仕事お仕事」
そう言ってさっさと助手席に乗り込むものの、やはり嬉しさを抑えきれない。ミオと二人でいる時間は白上にとっては至福の時だ。例えそれが殺人事件の捜査でもね。