H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Silk Stocking Murder #9

 

 

 公衆電話に向かうミオの後に附いて行ってると、途中で前掛け(エプロン)をしたおじさんとすれ違った。

 ここの従業員さんかな? 一応話を聴いておこう。

 私は裏口から出たタイミングで、おじさんに声をかけた。

 

「すみません、ここで働いてる方ですか?」

「悪いねお嬢ちゃん、配達に来ただけなんだ」

「どちらから?」

「通りの向かいのジャスト・ピックド青果店から」

「果物屋さんが酒場(バー)に配達ですか?」

「うにゃっ、ミオ!?」

 

 後ろから急にミオの声がして、私は危うく飛び上がるところだった。一方配達のおじさんは表情を変えないまま答えた。

 

「ああ。メキシコ人はテキーラにレモンとかのスライスを添えたがるんでね。もういいかね?」

「......ええ、どうも」

 

 ミオは胡散臭そうな顔でおじさんを見ながら、それでもそう答えた。これは信じてないな。

 と言っても、私も信じてはいない。エンジェルの家で酒瓶が入った木箱を見ちゃったわけだし。

 

「......果物屋さんに行ってみようか」

 

 おじさんがトラックに乗って行ってしまうと、ミオがそう言った。

 

「そうだね。どのみちエンジェルとここのバーテンさんと、二人から"アントニアが果物屋さんに行った"って情報が出た以上、行かないって選択肢はないかな」

 

 ミオのほうににんまりと笑いかけて、私は続けた。

 

「それに殺人の証拠が出なくても、お酒の密売の証拠があれば、結構大きな星をもらえそうだよ」

 

 

 

 

 

 摘みたて(ジャスト・ピックド)青果店はエル・ドラド酒場(バー)の斜向かい、ロサンゼルス通りとアリソ通りの角にあった。駐車場には、さっきおじさんが乗って行ったトラックが駐められている。

 天井が高くて広々とした売り場には、美味しそうに色づいた果物が沢山並んでいる。その香りから判断する限り、屋号の"摘みたて"を名乗れるくらいには新鮮なようだった。

 ミオと並んで会計(チェック・アウト)カウンターまで歩いて行って、暇そうに手を突いていた店員さんに声をかける。

 

「すみません、ちょっとお話を......あれ、さっき会いましたね?」

 

 それはまちがいなく、さっきの配達のおじさんだった。

 

「......やあ、さっき酒場(バー)であったお嬢ちゃん方か。どうしてこちらに?」

ロス市警(LAPD)です。白上刑事と大神刑事」

「クレム・フィーニー。で、一体何用です?」

「昨晩、21歳の、ヒスパニック系のご婦人が来ませんでしたか?」

「ああ来た。で、それが何か?」

 

 相変わらず疑念の目を向け続けているミオに代わって、私が質問を進めていく。

 

「彼女はいつごろ来ました? 真夜中くらいですよね?」

「ああ、それくらいだった。そこの公衆電話でタクシーを呼んで、で帰ったよ」

「なるほど。ところであなたは、マルドナード夫人をもともとご存知だったんじゃないですか?」

「まあね。いい(ひと)だとは思ったよ。ただある日、彼女とちょっと話をしてたら旦那が烈火のように怒ってね。それ以来、昨晩まで一度も来なかったんだ」

 

 彼女のことを話すフィーニーさんは、彼女のことを思い出しているのかちょっと助平そうなにやにや笑いを浮かべていて、エンジェルが変態と形容したのも無理からぬ感じだった。

 仮に下心がなかったとしても――この表情はどう見てもあるけど――、この笑顔じゃねえ......

 

「それで、彼女がどこに向かったかご存知ですか?」

「さあ。結局タクシーが捕まらなかったらしくてね。私は"送るよ"って言ったんだが別の自動車が店先に停まって、彼女はそれに乗って行ったよ」

「その自動車の車種は?」

「フォードのクーペだった。茶色、だったと思う。運転手は男で、見た感じ彼女の知り合いみたいだったな」

 

 茶色のフォード・クーペ。とすると、やっぱりその運転手の線だろうか。

 こいつと旦那さんが口裏を合わせる、なんてのはちょっと想像がつかないし。

 

「彼女の服飾品についてですけど、ネックレスをしてましたか?」

「さあ、気が付かなかったな」

「マルドナードさん――旦那さんの方です――によると、あなたは夫人を舐め回すように見てたそうじゃないですか。昨晩もそうしたんじゃないですか?」

「何が言いたいのかわからんね」

「ところでフィーニーさん、日が暮れた後って果物は売れるんですか?」

 

 ミオが横から口を挟んだ。

 

「......いや、大して」

「なのに真夜中近くまで店を開けていた?」

「その、日が暮れた後は仕事上がりのやつらに酒を売ってるんだ」

 

 フィーニーさんはそこでちょっと言葉を切ると、身を乗り出して困ったように続けた。

 

「面倒ごとは御免だぞ。ちょっと小金を稼いでるだけじゃないか」

「ネックレス」

「だから、気が付かなかったって」

「......じゃあ、ウチたちが裏を見て回っても構いませんよね?」

 

 ギクッとした顔とちょっと長い沈黙の後で、フィーニーさんはなんとか答えた。

 

「......構わない。けど、何かないのか? 裁判所命令とか令状とか」

「フィーニーさん? 勿論そういうのを持って来てもいいですけど、その時は正真正銘の面倒ごとが始まりますよ? まずはここを十日間営業停止にして......」

「わかった、わかったよ」

「ご協力感謝します」

 

 会計カウンターから離れると、ミオに小さく聞いてみた。

 

「ミオ、どんな感じかな?」

「うーん......ちょっとわかんないんだ」

 

 意外にも、ミオは少し困惑したように答えた。

 

「ネックレスの件は間違いなく嘘を吐いてる、これはわかった。ただ奥さんが茶色のフォードに乗って行っちゃったて言うの、あれはどうも本当っぽくてねえ......」

「奥さんを見送った後の足取りを、もう一回聞いてくるかい?」

「うーん......いや、先にそこの倉庫を見て回ろうか」

 

 悩まし気な顔のミオと一緒に、事務所を兼ねた倉庫に押し入る。

 

「......フブキ」

「うん、すぐわかったよミオ」

 

 これは倉庫のど真ん中に高々と積み上げられている木箱と酒瓶の話......ではなくて、血の臭いの話だ。ドアを押し開けた途端、ほとんど乾いて薄くなっているものの、まぎれもない血の臭いを私たちの鼻がとらえたんだ。

 私はぐるっと倉庫の中を見回して、すぐにそれを見つけた。

 

「ミオ、こっちのデスクの上に」

 

 私は卓上灯に照らされたそれを拾い上げた。

 

「剃刀だ。乾いた血でいっぱい......これが臭いの元かな?」

「みたいだね。人血みたいだし、たぶん指輪を剥ぎ取った時に使ったんじゃないかな? で、こっちはタイヤレンチか。どれどれ......」

 

 ミオは剃刀の隣にあったレンチを拾い上げて、くんくんと鼻を動かした。

 

「......きれいに拭ってあるけど、これも血の臭いがするなあ」

「レイに見てもらえばはっきりするんじゃない?」

「そうだね」

 

 ミオは一歩引くと、まだ鼻を動かしながら言った。

 

「うーん、まだ奥の方から臭うなあ......」

 

 二人でくんくん、すんすんと鼻をうごめかして、倉庫の中を見て――というよりは嗅いで――回る。

 

「......やっぱりここかな」

「......たぶん、ここだねえ」

 

 二人で行き当たったのは、デスクの脇の引きだしだった。鍵のかかった深底の一つを、ミオがこじ開けにかかる。

 ちゃちい錠がバキッと壊れる音がして、引き出しが開いた。

 

「うーわ、血塗れのシャツかあ」

 

 私はあちこちに血飛沫がとんだ男物のシャツを引っ張り出して言った。一方、ミオはその下から同じように血塗れの、女物のワンピースを引っ張り出す。

 

「こんなのもあるよ。やっぱりフィーニーには話を聴かなきゃいけなさそうだねえ」

「ミオ、その下のは?」

「え?」

 

 ミオがワンピースをどけた下には女物の下着類があったけど、それに隠れるように木製のなにかがあるのが目についた。ミオがそれを引っ張り出して、デスクの上に置く。

 

「なにかの箱かなあ? 鍵がかかってる......」

「ちょっとどいて」

 

 箱からはツマミが三つ、突き出ていた。握りは四角形で、サイコロみたいな点々が彫ってある。

 そう、サイコロ。現場に落ちてたメモが、ひょっとしたら手掛かりかもしれない

 

「なるほどねえ。でもフブキ、あれ覚えてるの?」

「覚えてるよ」

 

 私はさらっと短く返して、ツマミをひねった。左から、二、五、三。

 ぱちっと留め金の外れる音がして、蓋が跳ね上がった。

 

「おっと......これはブレスレットのセットだね」

 

 中にはチェーンと、それにつける飾りが三種類入っていた。

 内の一つを持ち上げる。十字架の形で、なにか文が彫ってあった。

 

 

――エフェソ書 5:22 妻たるものよ、主に服うごとく己の夫に服え。 23 キリストは自ら体の救主にして教会の首なるごとく、夫は妻の首なればなり――

 

 

「旦那さんからの贈り物ってことを考えると、これは奥さんへのメッセージってこのとかな?」

 

 ミオは首を振って、続けた。

 

「古い価値観を押し付ける、暴力的なご亭主かあ。ウチなら結婚したくない類の人だなあ」

「"夫たる者よ、キリストの教会を愛し、之がために己を捨て給いしごとく、汝らも妻を愛せよ"」

 

 不審げな目を向けてきたミオに、肩をすくめて見せて続ける。

 

「それの続きの部分だよ。"夫はその妻を己の体のごとく愛すべし。妻を愛するは己を愛するなり"。エンジェルにとっては、その部分はどうでも良かったと見えるね」

 

 溜め息を吐いて蓋を閉じ、デスクの上に宝石箱を置いてミオの方を向く。

 

「なんにしても、クレムをぜひとも署にお迎えして、あれこれ聞かなきゃだね」

「そうだね。遺留品をなんであんな風に、警察(ウチたち)を揶揄うようにおいたのか、まだわかんないけど......フィーニー!」

 

 ミオが私の肩越しに叫んで、私はギクリと後ろを振り向いた。

 ドア越しにこっちを覗いていたフィーニーが、ぱっと踵を返して逃げ出すところだった。

 

「フブキ!」

「わかってる!」

 

 二人で倉庫から駆け出して、売り場を突っ切る。

 フィーニーは店先に駐めていたさっきのトラックに飛び乗った。始動(イグニッション)キーを挿しっ放しだったらしくて、すぐにエンジンがかかる音がした。

 

「ミオ、そのまま捜査用車に!」

 

 間に合わない、と判断して、減速せずにそのままナッシュに向かうことにした。実際にトラックはタッチの差で、私たちの鼻先で発車して行った。後輪がアスファルトを擦って、ゴムの匂いがつんと鼻を突く。

 私が助手席に乗り込んで無線電話の送話器を取る傍ら、ミオは運転席で手早くエンジンをかけると、クレムと同じように後輪をちょっと空転させてから駐車場を飛び出した。KGPLを呼び出す前に慌ててスイッチを弾いて、サイレンと赤色投光器(スポットライト)を起動させてから送話ボタンを押す。

 

「至急至急、4キング11からKGPL」

「至急至急、4キング11どうぞ(ゴー・アヘッド)

「4K11、逮捕に抵抗した187被疑者を追跡中、応援を願います。被疑車両は、緑の47年式GMCピックアップ・トラック、登録番号、8-D(デイヴィッド)-8-4-0-6です。アリソとロサンゼルスの角から西へ逃走中」

「KGPL了解。KGPLから各局、官庁街(シビックセンター)にて148事案が入電中......」

「......全く、一人でもいいから素直に捕まってくれないもんか......」

 

 私が送話器を置くと、ミオはぼやくようにそう言った。クレムのピックアップがなぎ倒した街灯を踏んで飛び上がると、サンセット大通り(ブールバード)への着地に備えてちょっと言葉を切った。

 

「......なぁ!」

「そりゃ、誰だってガス室送りは厭でしょ、ミオ」

 

 ミオの同意らしい唸り声を聞きながら、私はレギュレーターハンドルを廻して窓を全開にした。以前のフィンバールの真似をして大きく身を乗り出して、M1911A1陸軍制式拳銃(コルト・アーミー)の狙いを後輪につける。

 一発目はアスファルトの上で砕け散った。二発目は上を狙いすぎて、荷台に火花を散らした。そうこうしているうちにピックアップは大通り(ブロード・ウェイ)に出ると、ぐんぐん北へと進んで行く。

 

「ああもう、思ったより難しいなこれ!」

「フブキ! あんまり無理すると......」

「もう一発だけ!......やった!」

 

 泣きの三発目がピックアップの右後輪に飛び込んで、バスンと大きな音を立てて破裂させた。

 

「よくやった、フブキ!」

 

 言うなりミオはアクセルを踏み込んでナッシュを急加速させた。パンクで減速したピックアップに楽々追いつくと一気にハンドルを切って、その左後輪に鼻先を突っ込んだ。

 ヘッドライト・カバーが砕け散る音や金属同士が擦れ合う不協和音のなかで、ピックアップはあっさりとスピンした。さらにミオが容赦なく横っ腹を押し続けたので、ついにピックアップはそのままひっくり返ってしまった。窓ガラスが粉々に割れて、ボンネットが脱落して、エアクリーナーからぱっと火の手が上がった。

 勢いは止まらずに一回転してどすんと元に戻ると、惰性でノロノロ進んで中華街(チャイナタウン)の門にぶつかって停まった。

 私は捜査用車を飛び降りてピックアップの運転台(キャブ)に駆け寄ると、ハンドルから手を放して両手を挙げていたクレムを運転席から引きずり降ろして、地面の上に投げ落とした。

 

「クレム・フィーニー!」

 

 遅れてやって来たミオが拳銃を構えて叫んだ。当人は無抵抗で路面の上にとどまっている。

 

「クレム・フィーニー、アントニア・マルドナード殺害の容疑で逮捕します。ガス室か精神病棟か、お好きなほうへどうぞ」

 

 私は静かにそう言って、クレムに手錠をかけた。

 

 

 

 

 

「ミオ、クレムも持ってたよ、フォードのクーペ」

 

 そのしばらく後、ジャスト・ピックド青果店の倉庫兼事務所にたたずむ黒い狼の刑事の許に、先ほどまで公衆電話を使っていた白い狐の刑事がやってきて言った。

 

「ただ、記録課(R&I)の台帳だと色は黄色らしいんだよね」

「黄色かあ......暗いところでなら茶色っぽく見えるかな?」

「たぶんね」

 

 狐の刑事の返答を受けても狼の刑事はなお、考え事を続けていた。いたたまれなくなったらしい狐の刑事が話しかけようとした途端、ほぼ同じタイミングで壮年の男性が入ってきて喋りはじめた。

 

「素晴らしい働きだったぞ、お嬢さん方。かの不憫なご婦人も、これで安らかに眠りに就くことができるだろう」

「警部」

 

 二人の刑事に頷き返して、男性は先を続けた。

 

「ついさっき、件の悪魔に"個人的な挨拶"をしに行ってな、この街では犯罪が罰されないことはない、ということをしっかり教えてやった」

 

 狼の刑事はちらっと警部の拳に目をやって顔を顰めたが、何も言わずに警部の言葉に耳を傾けていた。

 

「救急病院の連中はもう仕事を済ませた。後は彼奴を大陪審の前に立たせるだけだ」

 

 警部は狐の刑事の肩をぽんぽん叩くと、狼の刑事の方に向き直って続けた。

 

「この後市長とちょっとした話し合いがあるんだが、その席で君たちの名前を出そうと思う......さあ、もう行きたまえ。書くべき書類があるだろう」

 

 二人の刑事が立ち去るのを確認すると、警部は木箱の一つを持ち上げた。確かな重さと、かちゃんとガラスが触れ合う音に満足そうな笑みをこぼして、ジェームス・ドネリー警部――執務室に酒瓶とショットグラスが常備されているほどの酒好き――は木箱共々、その場から立ち去った。

 

 

 

The Silk Stocking Murder -Case Closed-

 

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