「ホプキンズ警部補がさ、このまま現場を調べて回れって」
爆心地らしい建物を見上げていると、背後のしっちゃかめっちゃかになった商店からおまるんが出てきてそう言った。この通り沿いの
「しっかしひでえな、こりゃ」
おまるんがあたしの横に立って、建物を見つめる。
「工場か?
「みたいだね。さ、中に入って残ったものを見て回ろうか」
二人並んで吹き飛ばされて洞窟のようになった玄関をくぐる。建物の形を保っているのはオークランド通りに面した部分だけで、奥の工場はキレイに吹き飛んでしまっているらしくて日の光が差している。
「こんなの......こんなの初めて見たぞ......」
おまるんが入ってすぐの、救急隊のために区切られた区画を見て絞り出すように言った。
区画の中の一部では、濃紺の市警制服の上に白衣を羽織った警察医と衛生巡査が忙しく立ち働いている。でもおまるんが見ているのはそれとは別の部分で、そっちではカーキ色の制服を着た副保安官たちが行き来している。その足元にはこの爆発の犠牲者たちが並べられている。その有様を描写するのは......遠慮させてもらおう。
一帯には生存者と死者の両方が発する臭気が立ち込めていて、それがバーベキューの時に肉を焼く時の匂いによく似ているもんだから、さっきから脳が現実との乖離に不服を申し立て続けている。
「ドレスデンとか、こんな感じだったって聞いたけどね」
必要以上に空気を吸わないように短くそう返して、あたしはその区画をすたすた抜けて工場だったところに出た。
気にしても仕方ない。生存者は警察医が、死者はカラザース検屍官の部下たちが、それぞれ面倒を見てくれる。
「ようお嬢さん。相方はあっちで寄り道かい?」
現場の奥からレイ・ピンカーが出てきてそう言った。
振り返ると、おまるんはまだ犠牲者たちのところで立ち止まっていた。
「あちゃあ、引きずってこないとかな?」
「無理もない。見つかった死体はあれだけだしな」
「今日この工場は休みだったの?」
「いいや」
レイの後ろから検屍官がやってきて、言い足した。
「恐らく高熱で気化したか、あるいは爆風で粉々にされたんだろう。こんなクレーターができてしまっているくらいだからな」
「死んでるのにこう言うのもなんだが、埋葬する死体が残っただけ幸運かもしれんな。やあオマル刑事」
「うん......」
あたしたちが一か所に集まってるのを見てか、おまるんがようやくこちらにやってきた。顔が青い、というよりは土気色だ。
「どうも、レイ。一応聞いとくけど、原爆じゃないんだよな?」
「ああ。原爆だったら、今頃俺たちは放射線でくたばってるよ」
「ほうしゃせん?」
「うん......まあ毒みたいなもんだと思ってくれ」*1
「ねえ、レイ。あれはなに?」
廃墟の奥の、さっきから気になっていた黒い自動車の方を指して聞いてみる。何人かの男たちが映画の撮影機材みたいなものを組み立てていた。
自動車には白い大文字でW6XYZ*2と大書きされている。
「テレ・ビジョンだそうだ。市長が市民を安心させるために出演するんだと」
「テレ・ビジョン? あの、映像も送れるラジオみたいなやつ?」
おまるんは放射線はわからなくてもテレ・ビジョンの事は知ってるらしい。
「それだ」
「受像機を持ってる市民なんて、限られてると思うけどなあ」
「とにかく彼らがもう入ってるってことは、あたしたちが中を見て回っても問題ないってこと?」
「ああ。消防の連中もそう言ってたし、現に俺たちももう入ってるしな」
レイはそう答えると、辺りをぐるっと見回して続けた。
「とにかく、ここはニコルソン電気鍍金工場の跡地だ。電気メッキの工場で何だってこんな大爆発が起きるのか、俺には皆目見当がつかん。見て回って、なにか気になることがあったら何でも教えてくれ」
「だってさ、おまるん。あっちの奥の方から始めようか」
「カーット! よし、これで大丈夫です、市長閣下。おい、撤収準備だ」
「ふむ、よろしい。どうもありがとう。上手くできていたと思うかね?」
「多少のつっかえはありましたが。でもそれは想定内です、初めてでこんなに上手くいった方は見たことありませんよ」
市長にわかりやすいおべっかを使うテレビジョン・クルーの後ろを、おまるんと一緒にすりぬけて廃墟を奥へ奥へと進んで行く。
「刑事! 何か見つけたと思います」
前方から制服が一人やってきて叫んだ。ダン巡査だ。
「どこ?」
「こちらです......ここの下です」
「どれどれ......なんだこりゃあ」
おまるんが持ち上げたのは、金属製のボウルみたいなものだった。
「くそデカ茹で卵立てか?」
「なんか中に書いてない?」
「あー......なんだこれ。ずらしてみたら読めるかな?......"P&W ワスプ・メイジャー R-4360"?」
「プラット・アンド・ホイットニーじゃない?」
「う゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!?」
突然後ろから聞こえた声に、おまるんが汚い悲鳴を上げて飛び上がった。あたしも悲鳴こそ上げなかったけど、かなり驚いた。地面が悪いのに、その声の主はあたしたちにも聞き取れないほど足音を殺して、忍び寄ってきてたんだ。
「ちょっとミオ先輩! 脅かさないでほしいんですけど!」
「へへ、いつかの仕返しだよ」
「ぐぅ......身に覚えがあるだけに言い返せねえ......」
「プラット・アンド・ホイットニーですか?」
ぎりぎり音をさせそうなくらい歯を食いしばっているおまるんは置いておいて、ミオ先輩にほとんどオウム返しに近い質問をする。
「うん。だからたぶん、新型の航空機用エンジンの部品とかじゃないかな。ワスプ・メイジャーって聞いたことないし」
「なるほど......ところでなんでミオ先輩がここに? 盗犯課ですよね?」
「ウチたちは先週から殺人課だよ。それはそれとして、たまたまこの辺りに用があったんだ。そしたら警部から、ちょっと様子を見て来いって言われてね」
「とうとう殺人課ですか。昇進おめでとうございます」
もう立ち直ったらしいおまるんが茶々を入れた。
「えへへ。ありがとうね、ポルカ」
「ところでその、手に持ってるのは何ですか?」
「おっと、忘れるとこだった。これ、たぶん手掛かりになると思うよ」
ミオ先輩から受け取ったのは、焼け焦げたシャツの残骸だった。綺麗に畳まれていたらしい折り目が残っている。襟元のタグは若干焦げていたけど、書いていることが読み取れた。
「スーペリアー・ランドリー。クリーニング屋のタグですか」
「みたいだな。直近の洗濯屋に行って、この番号を台帳と照合してみよっか。ミオ先輩、ありがとうございました」
「お役に立ててなにより。それと、ラドクリフ巡査があっちでなにか見つけたみたいだったよ。今フブキが見に行ってる」
「わかりました、あたしたちも行ってみます」
「それじゃあ、頑張ってねえ」