H.L. Noire   作:Marshal. K

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Nicholson Electroplating #3 ~Interval~

 

 

「あ、ポルカちゃんとぼたんちゃん、待ってたよ」

 

 ミオ先輩と別れてダン巡査に着いていくと、廃墟の一角でラドクリフ巡査と一緒にしゃがみ込んでいるフブちゃを見つけた。二人の足元には折鞄(ブリーフ・ケース)が一つ転がっている。

 

「なんですかその鞄。金属製?」

 

 鞄の表張りに使われていたらしい革があちこちはがれて、ぴかぴかの銀色の中身がのぞいていた。

 

「みたいだね。二人とも、ジュラルミンって知ってる?」

「わかんないっす」

「飛行機の材料、でしたっけ?」

「そうだよ。ぼたんちゃんは博識だね」

 

 なんか今日は一日中、獅白との知識差を見せつけられてばかりな気がする。しかしそれにしても本当に博識だなこいつ。なんか、だんだん悔しくなくなってきたぞ。

 

「軽くて丈夫だから、軍隊だと機密文書運搬用の書類鞄とかにも使われてたね」

「え、じゃあこの鞄にもそういうのが?」

「さあ、それは開けて見てのお楽しみ」

 

 フブちゃがにやにや笑いを浮かべながらそう言った。賭けてもいいけどこの人、あたしたちが来るより前に開けて、中身を確認してるだろ。

 

「じゃあ失礼しまして......なんだこれ?」

「どれどれ......なんだこれ?」

 

 獅白が今日、ほとんど初めてと言っていい困惑した声を上げた。あたしもまあ、同じような声しか上げられなかったけど。

 鞄の中にはいろんなもの――昨日のイグザミナーとかペーパーバックの雑誌とか万年筆――が入っていたけど、一番気になるのは台座に固定された真鍮のダイアルだった。AからZまでが刻まれたダイアルが大小二重に取り付けられている。

 

「暗号機だよ、換字式のね。戦時中にドイツ軍が使ってたやつの簡略版だね*1

「エニグマってやつですか」

「そうそれ。本物はもっと複雑だったけど」

「なるほど。じゃあこのメモはこの暗号機で解読できるんですか?」

 

 獅白が、ダイアルの横にピン留めされていた、意味不明な文字の羅列のメモを振って言った。

 

「正確には復号だけどそう、できるよ」

 

 フブちゃの声は疑いようもなく、もう解読、じゃない復号をして答えを知ってるって声だった。

 

「ヒントは書いてあるでしょ?」

「このH=Kですか? なるほど、じゃあHとKが重なるようにダイアルを調整して......おまるん、メモ取ってくれる?」

「んあ? ああ、ちょっと待って......よし、いいぞ」

「一文字目はN」

 

 獅白が読み上げる文字を、一つずつメモ帳に並べていく。

 

「N」

「二文字はV」

「V」

「三文字目はE......」

 

 

 

「......よし、これで全部。おまるん、何になった?」

「住所、だろうな。北バーモント通り(N VERMONT AVE)

「やっぱり。じゃあメモの133と合わせて、北バーモント通り133番地か」

「大正解。白上が花丸をあげよう」

 

 フブちゃが楽し気に拍手して言った。

 

「さてと、そろそろ白上たちも自分の仕事に戻んないとまずいから、この辺でお暇するけど、他に質問ある?」

「あります。これ」

 

 獅白が鞄から、小さなキャラメルの箱くらいのなにかを取って言った。

 

「ダイアルが二つ付いてますけど、数字を見るに露出時間と被写体距離の調整ダイアルだと思うんですよね。つまりカメラじゃないかと」

「それもご名答、だね」

 

 これは知り合いの持ちネタなんだけどね、とフブちゃは笑って続けた。

 

「いわゆるスパイカメラってやつ。戦略事務局(OSS)*2とか、そういうのを使ってたらしいよ。持って帰ったらレイが中身を現像してくれるんじゃない?」

「それもそうですね。ありがとうございました」

「なんのなんの。さて、ミオがそこで仁王立ちしてるから、白上は怒られる前にもう帰るとするよ。じゃ、頑張ってね、二人とも」

「......ドイツの暗号機にOSSのスパイカメラ。この鞄の持ち主は諜報員ごっこの趣味でも持ってたんかな?」

「かもね。あるいは趣味じゃなくて本当に諜報員だったのかも?」

 

 獅白は鞄の中から名刺入れを取り出すと、その中から一枚抜いて続けた。あたしも肩越しにその名刺を覗き込む。

 

「トモコ・オカモト、ニコルソン電気鍍金工場研究助手。日本人か、日系かな」

「その下の住所は?......ウィルシェア・オークランド通り4672番地......今いるここか」

「つまり会社の住所、だね。とりあえず、次の行き先二つが決まったよ」

 

 獅白は立ちあがると、大きく伸びをしながら言った。

 

「くぁ......一つ、洗濯屋さん。二つ、北バーモント通り133番地」

「まずは洗濯屋にするか。さっきのお店で電話を借りて、記録課(R&I)に直近の店舗の場所を問い合わせよう」

「そうだね」

 

 

 

 

 

「おまるん、あれ誰かな」

「ん?......ここの社長、とか?」

 

 廃墟を、そして救護区画――ありがたいことに、マルの部下たちはもう死体を運び出してしまっている――を抜けて表通りに出ようとすると、建物の前に背広姿の男が一人、煙草片手に立ち尽くしているのが目に入った。

 あたしは彼の身分について、てきとうに言っただけだったんだけど、そいつはこっちを見るなりすたすた歩いてきて自己紹介した。

 

「どうも、フレッド・ニコルソンです。捜査主任の方ですな?」

「獅白と尾丸、火災犯課(アーソン・スカッド)です。ここの社長さんですか?」

「ええ、そうです。と言うか、でした」

 

 そう言うと、虚ろな目で廃墟を見回して低い声で続けた。

 

「私の人生の三十二年間はもう、煙となってどこかに飛んで行ってしまいましたが」

「心中お察しします、ニコルソンさん。しかしよろしければ、あたしたちの方から二、三質問したいことがあるんですけど、構いませんか」

「ええ......ええ、どうぞ」

「おまるん、R&Iの照会頼んだ。あたしは社長さんからちょっと話聞いとくから」

「わかった」

 

 そう短く返事をすると、あたしは虚ろな目をした工場経営者を相勤に任せて、さっき電話を借りた商店に足を向けた。

 

 

 

*1
厳密には、エニグマの先祖にあたるアルベルティの暗号円盤

*2
CIAの前身

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