H.L. Noire   作:Marshal. K

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Nicholson Electroplating #4 ~Interval~

 

 

「そもそもこの工場では何をしていたんですか」

 

 おまるんが記録課(R&I)に電話するために煤まみれの通りを渡っていくと、あたしは救急隊と負傷者たちのほうを眺めていた社長さんにそう聞いた。

 

「我が社の主任化学者(チーフ・ケミスト)――ハロルド・マクレーランって言うんですが、彼がここで新しい製造手法の試験をしてたんです」

「その製造手法というのは?」

「それは......企業秘密でしてな、お嬢さん」

「ニコルソン社長、ここで大勢死んでるんですよ?」

 

 鉛筆で背後の廃墟をちょっと指してから、あたしは続けた。

 

「それとも、あたしに1ブロック先の規制線のところにたむろしてる記者連中のところに行って、"経営者の過失による事故のようだ"って吹聴してまわって欲しいと。そういうことですか、社長さん?」

「この......」

「製造方法って、何ですか」

 

 顔を真っ赤にしてなんらかの罵倒を口にしようとした社長さんを遮るように、大きくゆっくりと聞く。

 ニコルソン社長は最初に言おうとした何かを呑み込んで、いかにも不承不承って口ぶりで質問に答えた。

 

「......アルミニウムの研磨を、化学的に行う手法だ。今までは手作業で研磨されてきたんだが、それにはとんでもなく人件費がかかる。完成すれば、この手法は何百万ドルにもなるはずだ」

 

 業者は費用を大幅に削減できて得をして、ニコルソンはその手法の代金なり特許料なりで大儲けと、そういう算段だったらしい。

 

「そのマクレーランさんについて教えてもらっても?」

「優秀な化学者だ。何か月か前に、件の手法のアイデアを携えて、私のところを訪ねて来たんだ」

「すると、今までこの手法を試した人はいなかったんですね?」

「ああ。ただ言わせてもらうが、」

 

 社長さんが早口で付け加えていった。

 

「この研究は何の法令にも反していない。違法なことだから誰も試みなかったと、そう考えてるならそれは間違いだぞ、お嬢さん」

「じゃあ、あなたは数か月前に初めて会ったばかりの人が、それまで誰もできなかったことを成し遂げられると思ったと、そういうことですか? あまりにもリスクが高すぎる選択肢では?」

「おい、彼は熟達した化学者なんだ!......というか、だったんだ。それに彼のアイデアは、電気メッキ業界を革命できる代物だったんだからな」

「で? あなたは大金持ちになる、と?」

「俺は職人と言うよりは商人だからな。見返りをもらっても、なにもおかしくはないだろう」

「おかしくはありませんけど、その結果が御覧のとおりですよ」

 

 あたしは手を振って、辺りを示した。通り中の建物はみんな灰と煤を被り、窓ガラスは全部割れ、ところどころが吹き飛んだり崩れたりしている。ほとんど半壊している建物もある。

 

「6ブロックです。爆風に巻かれて相当の被害が出てる範囲がね。いったい何人死んだのか、まだ数え終わってません」

 

 ちょっと振り返って、工場内のクレーターに目をやって続ける。

 

「正確な数は、永遠にわからないかもしれませんけど」

「それは......後悔してるさ」

「殊勝ですね」

 

 電話を終えたらしいおまるんが戻ってきて、社長さんの背後からそう言った。

 

「神様が聞いてるといいですね。この爆発で鼓膜が破れて無けりゃね」

「じゃあ最後に、トモコ・オカモトさんというのは誰ですか」

 

 おまるんの皮肉には、肩をすくめる以外に特に何の感想もないらしい社長さんに最後の質問をぶつけた。

 

「マクレーラン博士の個人助手だ。強い推薦があってね」

「彼女は産業スパイでした」

 

 足下のコンクリートの破片を靴でいじっていた社長が、パッと顔を上げた。あたしはその表情から、まぎれもない驚愕を読み取った。演技、にしてはできすぎかな。

 

「彼女の鞄にはスパイカメラや暗号表や、そういったものが入ってました」

 

 言葉を続ける間に、社長の表情には驚愕の色を塗り潰すように、怒りの様子が表れ始めた。とすると、社長が命じて他社を探らせてたわけじゃなさそうだな。

 

「あの日本人(ジャップ)め、俺を売ってやがったのか!」

 

 目の前にいるあたしも日系(ジャップ)なんだけどな、と思いつつも言葉には出さず、怒り心頭の社長さんに質問を重ねる。

 

「あなたや外国政府のスパイではないとしたら、他にどこからスパイを送り込まれるか、心当たりはありますか?」

「ああ? まあ......他の鍍金工じゃないか? ああ、ただ例の手法の一番の買い手は航空機メーカーだな。ロッキード、ボーイング、ヒューズ、ノース・アメリカン。そんなところだ。自社生産できるなら、連中にはその方が好都合だろう」

「なるほど......質問は以上です。進展があり次第ご連絡します、ニコルソン社長。ああそれと、マクレーラン博士とオカモトさんの人事書類を送ってもらえますか?」

「ああ、そうする......見つかれば、な」

 

 そういって社長さんは工場の上の事務所部分を見上げた。確かに、すでに灰になってしまってそうな気はする。

 

「もう終わったかね」

 

 その声で横に――おまるんは背後に――目をやると、幹部用の制服に身を包んだ警官が一人、壁に寄り掛かっていた。濃紺の上着の肩には銀の星が3つずつ並んでいる。

 ロサンゼルス市警察局長のウィリアム・ウォーレル*1その人だった。

 

「局長!」

 

 おまるんが叫んで、慌てたように姿勢を正した。

 ウォーレル局長はそれを見て鷹揚そうにうなずくと、こちらに向かって言った。

 

「ニコルソン社長と話したいことがあるんだ。終わったんなら、君たちは捜査を続けなさい」

「了解しました......あ、すいません、一個忘れてました」

 

 なにやらほっとしたらしい表情を浮かべている社長さんに、もう一度向き直る。

 

「すんませんね、これが本当に最後です。焼け残ったシャツにクリーニング屋のタグが付いてたんですが、出入りの業者さんですか」

「いや、マクレーラン博士だろう。ここの従業員は洗濯屋なんて滅多に使わんからな」

「わかりました、ありがとうございます。では局長、あたしたちはこれで」

「行きたまえ」

「......局長直々のお出ましとはね」

 

 十分に離れたとみるや、おまるんが口を開いてそう言った。あんまりおもしろくなさそうな声をしてるな。

 

「そりゃ市長が来てるんだから、おまるん。コバンザメみたいなうちの局長が来ないわけがないじゃん」

「それもそっか」

 

 ぱたぱた服の煤を払うと、これまた煤だらけの捜査用車に二人で乗り込んだ。

 

「で? R&Iはなんて?」

「んあ、そうだ。とりあえず例の部品だけど、特徴を伝えて陸軍航空軍(AAF)の誰かに聞いてくれるように頼んどいた。それが一つ。それと、一番近い洗濯屋はメルローズ通り4766番地だそうだ」

「近所じゃん。じゃあ洗濯屋さんから回ろうか」

「りょーかい」

 

 おまるんはそう言って、捜査用車を出した。ナッシュ・スーパーは煤と埃をもうもうと立てながら交差点を抜けて、がらんとしたホウバート通りを北へと進んで行った。

 

 

 

*1
'47年当時にLAPD局長を務めていたクレメンス・ホーラル、ないしその後任のウィリアム・ウォートンがモデルと思われる

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