「交換台です。お困りですか?」
「警察です。KGPLに繋いでください」
「少々お待ちください......どうぞ」
あたしはオカモトさんちの電話を借りて、鑑識と検屍官を要請しようとしていた。
「受令台です。名前と
「獅白。
「用件をどうぞ」
「鑑識技師と検屍官の臨場を要請します。場所は北バーモント通り133番地1号室、北バーモント133の1です」
「了解しました、鑑識課と検屍局に通報します。他に用件は......」
「う゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!」
受令台指令員の声を遮るように、おまるんの悲鳴があたしの耳をつんざいた。これ、電話の向こうまで聞こえたんじゃない?
「あの、刑事?」
受話器の向こうから指令員の不審げな声が聞こえてきた。うん、やっぱ聞こえてたわこれ。
あたしは尻もちをついてる相勤とその原因をちらっと見やってから、KGPLに言った。
「いえ、なんでもありません。用件は以上です」
そうして受話器を置くと、
「へっへえ、大当たりじゃんか、おまるん」
まだ口をぱくぱくさせている当人をほったらかしにして、あたしは冷蔵庫から転がり出てきたらしい男の、仰向けの死体を検分することにした。
「ふーん......霜で白っぽくなってるけど髪も髭もけっこう黒々としてんね。この皺は低温下での収縮と乾燥のせいかな? 見た目ほど年を取ってはなさそうだね。お腹に一発、頭に一発か」
頭部を動かして後頭部の様子を見て、ようやくおまるんが腰を抜かした理由が分かった。
この姿勢と冷蔵庫の高さからして、冷蔵庫のドアを開けたおまるんが最初に目にしたのは後頭部のはずだ。その後頭部はぽっかりと大きな洞穴のようになっていた。
たぶん、近距離で撃たれた銃弾が頭蓋骨後部を貫通するとき、後方吸引効果――とかいうはず、たぶん――で中身を吸いだして、その圧力で頭蓋骨後部や後頭部の頭皮やらを吹き飛ばしちゃったんだろう。その結果が、壁の花火みたいな血痕ってわけだ。
いまは姿勢のお蔭でそこまでよく見えないけど、あたしでもあんまり見たくないようなものをおまるんがしっかり見ちゃったのは分かった。しまったな、電話はおまるんに任せるべきだったか。
「......おまるん、大丈夫? 手貸そっか?」
「大丈夫......大丈夫、たぶんな」
おまるんはほとんど絞り出すように言いながら、
「獅白、ちょっと頭の向き変えてくれるか? あんまり後ろを見たくない......」
「わかった」
素直に応じて、顎をつかんで向きをずらした。別に今そこまでまじまじ見なくても、電話で呼んだ検屍官がなにかあれば見つけてくれるだろうし。
おまるんが吐き気を抑えるために、ひいひい喘ぐように呼吸するのを聞きながら、あたしは死体の懐を探りにかかった。
「......ポケットにはなんにも無しか。財布とか身分証どころか、名前入りのハンカチ一つ無いなあ」
「ちょっと、その腕時計見せてくれ」
ふらつきながらも、おまるんが死体の脇にやってきて言った。顔は土気色だし、足は生まれたての小鹿並みに震えてて、その目は今すぐにでも逃げ出したそうな色をしている。
それでもこうやって仕事はしようとするあたり、普段はお調子者の相勤の真面目な根っこの部分が垣間見れて、あたしにはちょっと眼福だった。誰だか知らないけど、このおっさんに感謝しないとね。
「いいけど、ゲロ吐きかけないでよ?」
「吐かねーよ......ロンジンのリンドバーグだな」
竜頭を弄りながら、おまるんは続けた。
「クロノグラフだ。バカ高価くて、
「ふうん......おまるん、こっちの指輪はわかる?」
ちょっと考え込みながら、あたしは死体の右手を持ち上げて、その中指に嵌っている指輪を見せた。銀の星がたくさん散りばめてあって、中央にはなにかの紋章がある。
おまるんは死体の反対側に――頭を見ないようにしながら――回り込んで、指輪を矯めつ眇めつ眺めて言った。
「
「財布は持って行って、ティファニーの指輪やロンジンの腕時計はそのまんま?」
「そりゃ、値打物には興味がなかったんだろ。財布の方は、免許証とかが入ってたんじゃないか?」
あたしはにんまりと笑うと、その顔を相勤の方に向けて揶揄うように言った。
「おまるん、頭はちゃんと回ってるみたいだね」
この男を殺した誰かさんは、その身許を辿られることを恐れたらしい。それに繋がりそうな財布や身分証を持ち去って、高級腕時計や指輪は残したわけだ。
「でもまあ、この指輪と腕時計からでも辿ろうと思えば辿れそうだけどね」
「時間はかかりそうだけどな。お?」
喋っていると、電話が鳴った。二人でちょっと顔を見合わせる。
「あたしが取る」
死体から離れたいのかすかさずおまるんがそう言って、あたしに異議を挟む暇を与えずにすばやく電話機に駆け寄って受話器を取った。
「もしもし」
"......"
電話の向こうの声はよく聞き取れなかったけど、おまるんはすっと緊張を解いて、ちらっとこっちを見てから受話器に向かって続けた。
「はい、ポルカです」
"......"
「尾丸、
どうやらKGPLからの電話らしい。あたしがついさっきここから電話をかけたから、折り返してきたのかな。
"......"
「わかりました、今繋げますか?」
"......"
「お願いします」
おまるんはそう言って、あたしの方を手招きした。誰かと会話するから、それを一緒に聞けってことらしい。
立ち上がっておまるんのところに歩み寄ると、受話器の裏側に耳を当てる。交換手電話機のダイアル音に続いて、向こうが受話器を持ち上げる音がした。
"ピンカー、
「どうもレイ、今からそっちに着陸しようかと思ってたんだけど」
電話の向こうの鑑識技師は笑い交じりに応じた。
"
「ぷろっぷ......?」
"プロペラ軸の先端部分に取り付けて、ピッチ・ギアを保護するためのものだそうだ"
「......よくわかんねーけど、軍用品なんだな?」
いかにもよくわかってなさそうな声で、おまるんはそう言った。これは演技抜きに、本当にわかってないな?
"恐らく。ただな、
「わかった、ありがとう」
おまるんはそう短く返して受話器を置くと、あたしの方を振り向いて言った。
「小粋なガチョウって、いま市内にいるんだっけ?」