「どうもお巡りさん、新しい腕時計がご入用で?」
ウチとフブキが南
「オオカミ巡査です、こちらはシラカミ巡査。エドガー・カルーさんですね?」
「あー、いや違います。その、カルーさんは裏で横になってまして。起こしてきますね」
そう言って、彼はバックヤードに歩み去り、
バァン!
「ミオ!」
「任せて!」
裏口を蹴破って逃げ出した!
カウンターを飛び越えてバックヤードを走り抜け、裏路地に出ると、
「お巡りさん! こっちこっち!」
カルーに突き飛ばされたらしい男性が、別の建物の裏口を指している。
飛び込んだ先は
――いくら獣人の脚が人間より早いって言っても、こう障害物が多くちゃ大変だ。
なんとか
下りの大型バスが
「今だ!」
ウチはぐっと膝を屈めてカルーに、正確には約2秒後に彼がいるであろう地点に向かって大きくジャンプした。
「ようし、ドンピシャ!」
「ぐぇえ」
圧し倒されたカルーがカエルのような声を上げる。
「ミオ!」
タックルを食らわせたカルーごと歩道に倒れ込むと、同じタイミングで路肩にパトカーが停まって、フブキが飛び出してきた。
じたばたと悪あがきするカルーの腕をひねり上げ、後ろに回して告げる。
「エドガー・カルー、エヴァレット・ゲイジ殺害の容疑で逮捕します」
「KGPLから1アダム14。シラカミ巡査、並びにオオカミ巡査は、ウェルシェア警察署警務主任ホプキンズ警部補まで出頭してください。
「"神の水車はゆっくり挽くが、最後には全てを挽き潰してしまう"*1ってわけだ」
逮捕劇の翌日、ホプキンズ警部補を訪ねて署に戻ると、警務係のデスクの前に有名人がいた。
ジェイムズ・ドネリー警部。市警の刑事部で、殺人課を束ねている名警部だ。その辣腕ぶりから多くの刑事に敬われていて、そして時に部下にも向けられる苛烈な取調べのやり口から恐れられてもいる。
端的に言えば、毀誉褒貶の激しい人だ。
姿勢を正したウチとフブキの前で警部が続ける。
「昨日の射殺事案の犯人を捕らえたのは君たちだな?」
「そうです、警部」
フブキが答える。
「じゃあ、件の男に正義の鉄槌を、その手で下してみたくはないか? えぇ?」
「それって、ウチらがこの取調べを担当するってことですか?」
「そうとも、巡査」
ぽかんとしている(口までは開けていなかった、はず)ウチたちを交互に見ながら、警部が言った。
「君たちは採用からそう経っていないのに、花丸ものの逮捕記録を作ってくれたな。君たちが戦争で、"異邦人たち"*2を追い返した見事な働きもそうだが、君たちが尋問も同じように上手く手掛けられるのか、私は大変興味を持っとるんだよ」
取調室の方に向かって歩きながら、
「小狡いけだものをぶちこんでやる、その心の準備はできてるか?」
「はい、警部」
ウチに続いてフブキも答える。
「できてます」
「よろしい」
取調室の前に着くと、警部はウチたちのほうに振り向いた。
「有罪評決を勝ち取るにはいろんなものが必要だぞ、おふたりさん。動機、犯行の機会、物的証拠。しかし何よりも自白が物を言う」
歴戦錬磨の刑事たちを慄かせる、鋭い視線でこっちを見据えて言い放つ。
「他の諸々が取れなくてもな、"強めの尋問"で自白を引き出せばいいんだ」
強めの尋問とは、ようするに拷問のことだ。そして相好を崩して、
「緊張してるか?」
「いいえ、警部」
「よろしい」
観察用の窓――特注品のガラスが使われていて、取調室内からは鏡のように見える――の方に向かって、ウチたちには入室するよう手で促す。
「証拠は鉄壁だ。"ヤツが猫に食われ、その猫も悪魔に食われんことを"*3。自白を取ってこい、お二人さん」
取調室に入ると、カルーはマグカップから"警察コーヒー"を啜っていた。陸軍の中隊事務室にあったコーヒーも、安物かつ煮詰まっていてとても不味かったけれど、警察のコーヒーはタールと泥水を混ぜてあっためた感じの、不味いを超越したナニカだ。
そんな代物でも飲まずにいられないというのは、この人物がかなり動揺して焦っている証拠でもある。灰皿の中の結構な数の吸殻もだ。
フブキがカルーの向かい側の椅子に座って、ウチはその後ろに腕を組んで立つ。カルーを見下すように、睥睨するようにして睨みつける。
「なあ、弁護士はまだ来ないのか? 弁護士と話がしたいんだが」
「弁護士は助けに来ませんよ、カルーさん。あなたは人を殺したんですから、その報いを受けるべきです」
フブキは冷たく言い放ってから手帳に目をやって、
「あなたはエヴァレット・ゲイジとその従業員の女性の二人を、彼の靴屋まで尾けましたね。そしてゲイジの背中に五発撃ちこんだ」
「ゲイジは人でなしだ。あいつが何をされたにしても、それは身から出た錆ってやつだよ。でも、それとこれとは私には全く無関係だろうが!」
「あなたが、」
フブキが強めに言いいながら、カルーに鉛筆を突き付ける。
「撃ったんです。理由も知っていますよ。袋の鼠だね、ミオ」
「後は美味しく料理するだけだねえ」
「ふざけるな!」
指に挟んだ煙草を振り回して抗議する。
「何一つ証明できないくせに!」
「あなたとゲイジの口論について、私たちは全部知ってますよ。ガリエタさんも証言してくれるでしょう」
「その証言を信じるのか? あんな小娘の......」
カルーは尻すぼみに黙った。尋問している側が二人とも小娘――見かけ上はそう見える。二人とも身長は5フィート程度だし――なことに気が付いたようだ。
フブキはカルーを見据えたまま続ける。
「ガス室行きは決まったようなもんですね、カルーさん」
「あのユダヤ人嫌いのクソったれは、俺の邪魔ばかりしやがるんだ! 俺は商売をしていて、もう少しで彼女は買うところだったのに!」
煙草を持った手をテーブルの上にバシンと叩き付ける。火先から火の粉が散って、天板の上でくすぶって消えた。
「話題を変えましょうか」
フブキが小馬鹿にしたように言う。
「
「ああ話題を変えようかこの犬畜生! 野球の話なんかどうだ?」
「ユダヤ人であることは否定されないんですね?」
「ここはアメリカで、ドイツじゃない。俺がユダヤ人でも犯罪じゃないだろ」
「でもユダヤ人が嫌いな人もいますよね、カルーさん?」
「ああ、あんたらもそうなんだろ?」
ウチが口をはさむ。
「ゲイジさんもユダヤ人が嫌いだったと、さっきそう言ってましたね? カルーさん」
「な、なんのことだかわからないな」
急にテーブルのささくれに興味を惹かれたらしいカルーに、呆れたようにフブキが返す。
「白上たちは戯言を聞くのが仕事ってわけじゃないので、このまま続けるなら留置場に帰ってもらいますが」
「ちょっと待てよ、待てったらこの卑賎な異教徒ども!」
看守係を呼びに行く、と言った感じで退室しようとしたウチに、カルーが必死な目を向ける。よっぽど留置場に戻りたくないようだ。もっとも、ウチもあんなところは看守係としてでも居たくはない。
「じゃあ、なんでゲイジを殺したのか聞かせてくれますね?」
ウチはドアに寄り掛かって腕を組むと、偉そうに聞く。ちゃんと横柄に見えてるかな?
正直言って、同情というか共感というか、そういう感情がわき上がってきて抑えるのが難しい。ウチらは宗教であれこれ言われたことはほとんどないけど......
「ゲイジは、あいつは商工会議所の役員なんだ。あいつは、ああいうクソったれどもと仲良しなんだ。それで俺がやろうとすることを何でもかんでも邪魔しやがる。ユダヤ人だからユダヤ人だからって!」
カルーはヒートアップして煙草をぶんぶん振り回し始めた。
灰と火の粉があちこちに飛んで室内が前よりも煙たくなってきて、ウチは横柄そうな顔を保つのが難しくなってくる。
「もう何年も、あいつは俺の商売を潰そうとしてやがったんだ!」
再びカルーが拳でテーブルを叩くと、フブキが手帳をしまいつつ立ちあがる。
「エドガー・カルー。あなたをエヴァレット・ゲイジに対する第一級殺人の罪で告訴します」
何の感情もない、仮面のような顔でフブキが続ける。
「白上たちは、あなたの信仰とその権利を尊重しますよ。大陪審が第二級殺人に減軽してくれるといいですね」
「名人芸だよ、お二人さん」
取調室の外に出るなり、ドネリー警部からお褒めの言葉をいただいた。
「まだ、ただの巡査なんだよな?」
「はい、そうです警部」
フブキが答える。
「では、本部長に進言しておこう。市警には英雄が必要だ。誠実で、市民から尊敬されるような"顔"がな」
こちらを交互に指して、
「君たちの才能と、ゆるぎない正義に拍手を送ろう。仕事に戻れ。ああ」
立ち去ろうとしたウチらに付け加える。
「ちょっとした忠告だ。仕事につかえる私服を二着用意しておけ。必要になる」
にっこり笑って――それでもだいぶ厳つい顔だけど――警部は立ち去った。
「昇進だねえ」
警務係の控室で調書を書き上げると、ふと声が出た。
「ようやく実感が追い付いた感じ?」
「うん......」
フブキがにんまりと笑って言う。
「お仕事用の服を買わないとね。二人で買いにいこっか」
「そうだね」
半ば上の空で答えてしまって、
「やった! ミオとデートだ! 言質取ったぞお!」
「ちょっとフブキ!」
フブキがしっぽを千切れんばかりに振り回しながらすり寄ってくる。しかしそれ自体は仕事ではない以上、否定しづらいのは事実で。
「う~......」
ウチには顔を真っ赤にして黙り込む以外に、術はなかった。
Buyer Beware -Case Close-