H.L. Noire   作:Marshal. K

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Nicholson Electroplating #10 ~Interval~

 

 

 警官や外来者で混雑したウィルシェア警察署の1階を通り抜けて階段を降りると、地下は一転して静かでがら空きだった。武器庫とかボイラー室とか、そういうのしかないからこの階に降りてくる人は少ない。

 数少ない地下に用がある人間は、あたしたちみたいに鑑識課に用があるか、そうじゃなきゃそこで働いてる技師ってことになる。

 そんなわけであたしたちがレイ・ピンカーの根城に足を踏み入れると、レイはバインダーから目をあげて、にやっと笑って言った。

 

「やあ、お二人さん。そろそろ来ると思ってたよ」

「どうも、レイ。例のカメラから何か取り出せた?」

「ああ、ここに」

 

 あたしの質問に、レイはスチールのデスクから数葉の写真を取り上げると、こっちに渡して言った。

 

「これで全部だ。見どころはやっぱり、一枚目だろうな」

「どれどれ......んふふっ」

「どした? なにがそんなにおかし......ふはっ」

 

 束の一番上にあった写真を見てあたしが忍び笑いを漏らすと、おまるんがそう言いながら横から覗き込んでやっぱり吹き出した。

 写真に写っていたのはフブキ先輩だった。今にもくしゃみが出そうな感じに顔をくしゃくしゃにして、若干ブレて写っている。

 

「これ、背景は今朝の廃墟だな。ポルカたちが行く前にフブちゃは自分を撮ったんか」

「この感じだと、カメラとはわからずに触ってうっかり撮っちゃったって感じだね。ストロボが眩しかったんだろうな......」

 

 二人でにやにや笑いながら――フブキ先輩、今頃本当にくしゃみしてそう――次の写真をめくる。

 

「......ハワード・ヒューズとヴァーノン・メイプスのツー・ショットか。背後に憲兵(MP)が写ってるから、これはあそこの正門かな?」

「獅白、それ、メイプスの胸元」

 

 あたしより頭一つ背が低いおまるんが、後ろから背伸びをしながら言った。

 

「わかってる。着けてるね、例のタイピン」

「やっぱオカモトの家の死体はメイプスの仕業か」

「かもね。あるいはオカモトが殺って姿をくらまして、その後メイプスが家探しに来てタイピンを落として行ったのかも?」

「かもな。レイ、バーモント通りの家から出た身元不明死体(ジョン・ドゥ)は、なんかわかった?」

「ロッキード社に照会中だ。次の写真を見てくれ」

 

 あたしはレイにちょっと怪訝な視線を向けてから、素直に写真をめくった。

 

「おっ、ジョンさんじゃん......なるほど」

「ちょっ、何がなるほどなんだ?」

「ほら、これこれ」

 

 後ろから背伸びして覗き込むおまるんに、あたしたちのジョンが写っている写真の一部を指す。背後のビルの看板には、

 

「......ロッキード。なるほどね、こいつもマクレーランの研究に興味津々だったわけか」

「メイプスがオカモトを雇う理由は無い――マクレーランと直接繋がってるんだからね――から、順当に行けばこいつがオカモトの雇い主かな」

 

 そう言いつつ、あたしは次の写真をめくった。男女二人が、腕を組んで白い現代風(モダニズム)建築の家から出てきているところだ。

 

「こいつは......マクレーラン?」

「ああ、そうだ」

 

 レイがデスクの上から書類の一つを取り上げて言った。あちこちが欠けたり、焦げたりしている。

 

「ニコルソンが送ってきた人事書類で確認した。写真はギリギリ残ってたんでね」

「そう......ちなみに、オカモトのぶんは?」

「まだだ。ニコルソンの担当には、欠片でも見つかったら渡すように言ってはおいたが」

「望み薄?」

「だろうな」

「そっか。このドアの数字は......3941番地かな。通りまではわかんない感じ?」

「あ、ポルカがわかるかも」

 

 おまるんがじっと写真を覗き込んで言った。

 

「......さっきこの家が写ってる写真を、メイプスの仕事場で見たからな。西2番街だ」

「なるほど。じゃ、次の目的地は西2番街3941番地か」

 

 あたしはそう呟いて、最後の写真を繰った。びっしりと書き込まれたノートが写っている。

 

「これは......? マクレーランの研究ノートとか?」

「大正解」

 

 レイがぱんと手を叩いて言った。

 

「ちょっとそのノートに基づいた実験をしようと思うんだが。オマル刑事、手伝ってくれないか?」

「あたしが? いや全然かまわないんだけど、ポルカ化学のこととか全くわかんないけど......」

「いやあ、構わんよ。そこにペトリ皿があるだろう?」

 

 レイはおまるんを実験台の一つの前まで誘って行った。あたしもその後ろから付いて行く。

 

「この三つの壜の液体を、それぞれのスポイトでペトリ皿のアルミ片に垂らしていってくれ。数字の順番でな」

 

 ペトリ皿の上には、確かに銀色の金属片が置かれていた。三つの薬壜には1から3まで番号の書かれた紙が貼ってある。それぞれのラベルには1から順に、亜麻仁油、過塩素酸、無水酸塩と書かれていた。

 あたしには大した化学の知識なんてない――必要だったこともないから――けど、不思議とこの実験の行く末が知れた。それを担保するように、実験室に誰かが入ってくる音と、その誰かがすぐに、手近の実験台の陰に移動する音が聞こえた。

 あたしも、過塩素酸のスポイトに集中してるおまるんに聞こえないように足音を殺して、あとから来たお客のとなりに滑り込んだ。目を見交わして、黙っていようと頷き合う。

 

「......そう。で、最後にそれだ」

 

 レイの声がして、ガラスの触れ合う音が少しした後、

 

 

――ドカーン!

 

 

「う゛え゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!!」

 

 激しい閃光とともに轟音が鑑識課の実験室を揺るがして、汚い悲鳴を上げたかわいそうなおまるんが、タイル張りの床をごろごろと転がってきた。

 ほぼ同時に、近くにいたらしい制服巡査が二人、拳銃を構えて踏み込んできた。実験室内をさっと見回して、床の上で丸まった婦人刑事を目に留めて困惑した表情を浮かべている。

 

「オーケイオーケイ、ちょっとした実験だよ。なんでもない」

 

 盾にした実験台からひょいっと顔を出すと、ちょうどレイが「してやったり」の顔を浮かべて巡査たちに呼びかけるところだった。

 

「いいかげんにしてくれ!」

 

 巡査の一人、テイト巡査が拳銃をしまいながら怒鳴った。

 

「今朝からみんな神経質になってるんだからな!」

「もうしないよ。これが最後だ」

「まったく......」

 

 憤懣やるかたない顔の巡査連が退場すると、あたしは床の上で大の字になってるおまるんを抱き起した。

 

「おまるん、大丈夫? 生きてる?」

「さあ......死んでんじゃね?」

「大丈夫そうだね」

 

 自称・死んでるらしいおまるんをいったんレイのデスクに座らせる――腰は死んでるみたいだったから――と、マル・カラザース検屍官も実験台の陰から出てきて言った。

 

「私もさっき、一時間ほど前に同じことをされたよ」

「で? つまりこれがニコルソンが吹っ飛んだ原因ってこと?」

「その通り、シシロ刑事。無水酸塩は過塩素酸と混合すると、ニトロ・グリセリン並みに不安定で爆発しやすくなる。充分に冷却してなければな」

 

 レイは壜の一つ、亜麻仁油を取り上げて続ける。

 

「今回は亜麻仁油を使ったが、有機物であればなんでも、髪の毛一本でもあれば充分な起爆剤になる」

「たった三滴ぽっちで......」

 

 まだ死んだ魚みたいな目をしてるおまるんが呆然と呟くと、レイがそれに頷き返して言った。

 

「ああ。で、連中はこれを数百ガロン分のメッキ(ヴァット)でやってたわけだ」

「じゃあ、作業中に髪の毛が落ちたのか......?」

「いや、亜麻仁油じゃないかな」

 

 あたしはヒューズの格納庫で見たものを思い出しながら、おまるんに向かって続ける。

 

「格納庫で使ってたプロップ・スピナーには、サビ止めに亜麻仁油がべったり塗ってあったから。ヒューズからマクレーランに提供された部品に亜麻仁油が残ってて、マクレーランがそれに気が付かなかったんじゃないかな」

「なるほどな......あ、レイ」

 

 茫然自失といった体からようやく復活したらしいおまるんがデスクから降りると、入れ替わりに席に着こうとしたレイに呼び掛けた。

 

「現場の折鞄(ブリーフ・ケース)とオカモトの部屋にあった耳飾り。あれ、なんかわかった?」

「ああ、愉快な実験で忘れるところだった」

 

 レイはそう言って、おまるんから向けられる刺すような視線をものともせずに、デスクの抽斗から耳飾りを取り出して続けた。

 

「見ていたまえ」

 

 そう言って二つの耳飾りを隣り合わせにくっつける――ぱちって音がしたから、たぶん磁石か何かが入ってるみたいだ――と、片方をくるりと捻った。

 すると、もう片方の耳飾りがぱかっと上下に割れて開いたんだ。

 

「御覧の通りの細工があった。中身はマイクロ・フィルムだったよ。拡大して、あっちの台の上に置いてある」

「そりゃどうも......マル、ポルカたちに用があるの?」

 

 おまるんはレイに冷たいお礼を返してから、部屋の入り口辺りでこっちを待ってたらしい検屍官に声をかけた。

 

「ああ。例の、冷蔵庫の死体の解剖が終わったんでね。報告書は上の、シシロ刑事のデスクに置いておいたが、とりあえず口頭で知らせておこうと思ってね」

 

 マルはそう言って、手にしていたバインダーにちらっと目を落した。

 

「死因は......まあ、現場でも判断が着いたと思うが、頭の一発だ。血の飛び散った壁に45口径自動コルト拳銃(ACP)弾が埋まっていて、間違いなくそれが凶器だな」

 

 ちらっとおまるんがこっちに視線を送ってきた。メイプスが仕事場に、コルト・ガバメントを置いていたのはあたしも見ている。あれの弾丸も.45ACPだ。

 

「死亡時刻については、冷蔵庫のお蔭で正確なことは言えない。ただまあ、早くとも今朝の爆発事故と同時刻か、その少し後だな。爆発より前ということはなさそうだ」

「なるほどね。ありがとう、マル......てことは、ロッキードのジョンさんを殺したのはオカモトじゃなさそうだね」

 

 ちょっと手を上げて実験室から出ていく検屍官の背中を見送ってから、あたしはおまるんに向かってそう言った。

 おまるんはマイクロ・フィルムの中身を映してるらしい拡大鏡をいじくりながら答えた。

 

「そうだな。仕事で産業スパイやってるなら、仕事道具の入った鞄を置いたまま暗殺に向かったりはしないだろうし。大方あの爆発の後でメイプスが家探しに来て、証拠隠滅に来たロッキードと鉢合わせしたんだろうよ」

「たぶんね。オカモトがメイプスのことに感づいてたなら、メイプスもオカモトの仕事が何か気づいてただろうし。おまるん、そのフィルムは何だった?」

「ん? ああ、特許の申請だな」

 

 おまるんが場所を開けてスカートをぱたぱたはたきだしたんで、あたしも拡大鏡を覗き込んだ。商務省のレターヘッドが付いたそれは、確かにハロルド・マクレーラン名義の特許申請書の写しみたいだ。

 

「専門用語ばっかでポルカの頭じゃなんにもわかんないけど、さっきの研究ノートと同じようなことが書いてるらしいってのは、なんとなくわかったぞ」

「あたしも専門用語はさっぱりだけど......ヒューズはこの特許をマクレーランごと手に入れる。ロッキードは特許公開前にこの複写が手に入れば、以前から自社開発してた体で特許利用料を払わずに済むかもしれない......ニコルソンは?」

「大枚払ってバカでかいクレーターを受け取る、ってわけだ」

「それとたぶん、首まで埋まるような訴状の束もね」

「これも全部、マクレーランってやつが節操なしだったせいなんだ」

 

 おまるんが頭を振って続けた。

 

「死んだヤツのことを悪く言いたくはないんだけどな。とにかく、節操なし博士の家に行ってみるか」

 

 

 

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