H.L. Noire   作:Marshal. K

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Nicholson Electroplating #12 ~Interval~

 

 

「おまるん!」

 

 あたしの叫び声がおまるんに聞こえたのかはわからない。叫んだ次の瞬間には玄関のガソリンがぱっと燃え上がって、炎の壁が二人の間に立ちふさがった。

 後から省みたら自分でもバカみたいだと思うけど、この瞬間、あたしは炎の中に飛び込んでおまるんを助けようと、本気で思ってた。そうやって証拠と担当刑事を灰にしてしまうことこそ、メイプスの思う壺だったのに。

 皮肉なことに、それを邪魔したのはメイプスの手下らしい警備員もどきたちだった。たぶん、あたしを足止めするように命じられてたんだろうけど、火の海に飛び込もうとするあたしを律儀にも3人がかりで押さえつけて、地面にはりつけたんだ。

 

「くそっ、おい離せ、離せよ!」

 

 なんとか抜け出そうとするけど、警備員たちも必死だ。一人が右手、一人が左手、最後の一人が両足に、それぞれ抱きつくようにしてあたしの動きを封じている。ただ、彼らは彼らでそれが精いっぱいで、状況はほとんど膠着していた。

 

「離せって! くそっ、おまるん!」

 

 あたしの頭の中を占めていたのは、火災犯課になってから何度も見た被害者たちだった。焼け焦げて炭のようになったものから、重度の火傷で肌や肉が灰色になったものまで、色々。おまるんがそんな風になっちゃうなんて考えたくないのに、なまじ知っているだけにそればっかりが頭に浮かんできてしまう。

 半分パニック状態のあたしがじたばたもがいて、警備員たちと行く末の見えない勝負を続けていると、

 

 

――ドカーン!

 

 

 今日何度目かになる爆発音が家から響いて、隣接する家のガラス窓が粉々に吹き飛んだ。お隣とは壁を共有する所謂タウン・ハウスってやつになってる。たぶんその壁が吹っ飛んだんだろう。

 でもこれでチャンスが生まれた。爆音に驚いたらしい一人が力を緩めたんだ。これなら、

 

「いけるっ!」

 

 あたしが右腕を引き抜くのに気が付いて慌てて力を入れ直すけど、もう遅い。シャツの右袖を犠牲にして、あたしは右腕の自由を勝ち取った。そのまま裏拳をこめかみに叩き込んで制圧する。

 左腕のもう一人が慌てて右腕も抑え込もうとするけど、それはあたしに左腕も返してくれるってことと同義だった。自由になった左の肘を喉元に叩き込んで、そっちの警備員も窒息させると、残るは両足に組み付いている一人だけだ。

 上半身が完全に自由になったから、このまま身体をひねって......

 

「うぁっ!?」

 

 次の瞬間、とんでもない悪寒があたしの背中をゾゾゾッて駆け上がった。

 しっぽだ。このクソ野郎、一か八かであたしのしっぽを口に含みやがった!

 実際、獣人はしっぽとか耳とか、そのあたりが敏感なことが多い。だからあんまり分の悪い賭けじゃないわけだ。現にこいつは当たりを引いてる。

 

「あぅ......この、変態......」

 

 力の抜けたあたしの声で答え合わせしたらしい男は、そのまましっぽを舐め続けている。気持ち悪いことこの上なくてすぐにでも振り払いたいけど、身体にまったく力が入らない。指先を地面の土にめり込ませるのが関の山だ。

 男がしっぽを握ったまま立ち上がろうとする気配を見せた。まずい、このままじゃ一方的にタコ殴りにされて終わる。おまるんも助けられない。そう思った瞬間。

 

「獅白のしっぽから手を放せ、変態」

「おまるん!?」

 

 信じられない思いで首を回すと、確かにおまるんが拳銃を構えてこっちに歩み寄ってくるところだった。前髪はチリチリで、顔は煤まみれ。服もあちこち焦げたり破れたりしてるけど、まちがいなくおまるんだ。

 

「早くしろ。今のあたしの忍耐力を試すなよ」

 

 しっぽが自由になった後も、おまるんが油断のない声で続けた。

 

「......よし、次は獅白の上からどけ......獅白、立てるか?」

「......無理そう」

 

 情けないことに腰が抜けたままだったから、地面に伏せたまま素直にそう応じた。

 

「わかった。お前、むこうを向いて両手を後ろに回せ。ちょっとでも逃げようとしたり抵抗したら殺す」

 

 少しして、手錠のかかる音が聞こえた。

 

「そこに座っとけ。言っとくけど、あたしは射撃が下手だからな。逃げようとしたら足を狙うけど、どこに当たるかわかんねえぞ......肩貸すわ、獅白」

「うん、ありがと......おまるん、無事だったんだ」

「ポルカも、自分でも死んだと思ったけどな」

 

 あたしより頭二つ分近く背が低いおまるんが、なんとかあたしを支えて通りの方に向かいながら続けた。

 

「ガスレンジが爆発して、隣の壁を吹っ飛ばしたんだよ。おかげでお隣の玄関から悠々出てこれた。そしたら、お前が痴漢されてるところに出くわしたわけ」

 

 おまるんはニタッとした笑いをあたしの方に向けて付け加えた。

 

「つよつよライオンもしっぽは弱かったんだな。いい事知ったわ」

 

 

 

 

 

 あたしはナッシュのボンネットに腰かけて、消防隊が燃え盛る家に放水するのを眺めていた。火の勢いはまだまだ強くてきっと屋内の物は全部燃えちゃうだろうけど、辺りに延焼するようなことはなさそうだ。

 道の向こうから、おまるんが消防自動車の間を縫って戻ってきて言った。

 

「勝手口から火を放ったのはメイプスだったんだけど、裏打ちする証言がいくつか取れたぞ。裏口から反対側の表通りまで血の跡が点々と続いてたんだけど、それが途切れたところに青い48年式タッカーが駐まってたって証言が、三人分」

「いいね。タッカー・トーピードはアメリカ全土で見てもまだ十台もないはず。無関係って考える方が馬鹿らしいかな」

「そだな。それとこれ、さっき唯一持ち出せたんだけど......」

 

 おまるんはそう言って、スカートのポケットから紺色の冊子を一冊取り出してあたしに手渡した。

 

「なにこれ、パスポート?」

「まあ見てみなよ」

 

 言われるまま、なにか紙切れの挟んであるページを開く。大きな顔写真が出てきた。

 

「......マクレーラン博士じゃん。まあ、彼の家だから当然か」

「そう、マクレーラン......ええっ!?」

 

 おまるんが素っ頓狂な声を上げて覗き込んだ。

 

「え、おまるん知ってて持ってきたんじゃないの?」

「違う違う、写真までは確認してなかったんだ......まあ前のページで名前も見てくれ」

「えーっと......オスカー・ハングストローム」

 

 もう一度ページを戻して、写真をしげしげと見つめる。

 どう見ても、マクレーラン博士だ。写真には国務省印が契印されていて、前のページにも国璽の蝋印が捺してあった。偽物、には思えない。

 

「......まあ、出生証明書とかを偽造すれば、偽の内容の本物のパスポートを受け取れるか」

 

 挟んであった紙片は航空券だった。トランスコンチネンタル・アンド・ウェスタン航空、サン・ディエゴから英領バハマ行きの今夜の便。

 もう一ページめくれば、紫のインクで査証(ビザ)が押してある。イギリス総領事が発行した、英領バハマの観光査証だ。上陸予定日は、今日。

 

「マクレーランとハングストロームは同一人物。で、彼は今晩バハマに発つ予定だったってことか?」

 

 おまるんが髪を掻きむしって――灰がもふぁっと飛び散った――続ける。

 

「わかんねえな......休暇?」

「さっきね、ヒューズのところで工員に訊いたんだけど、来週の試験飛行でバハマまで飛ばすつもりだったみたいなんだよ、ヒューズは」

 

 あたしは頭の中で推論を組み立てながら言った。

 

「オカモトを撒くつもりだったんじゃないかな? ロッキードから目を付けられないように偽名で出国して、バハマでスプルース・グースに拾ってもらう。後はメイプスが隠れ家をあてがって、その技術をヒューズのために使う。そういう段取りだったんじゃないかな」

「ところがそのマクレーラン/ハングストロームは事故で吹っ飛んじまった。そして目下、証拠隠滅にメイプスが奔走中ってわけか」

「だろうね。ところでおまるん、証拠と担当刑事の処分に失敗して手負いになった"半端者(ミドルマン)"は、次にどういう行動をとると思う?」

「さあ。高飛びとか?」

「妥当だね。でもメイプスみたいな男は、手近に聖域(サンクチュアリ)があったらそこに逃げ込もうとするもんだよ」

「......ああ、ヒューズの工場」

 

 そう、あそこは軍が警備している。あたしたちが令状を取ろうがどうしようが、軍の許可がなければ門を開けてはくれないだろう。

 前回招じ入れてくれたのは他ならぬメイプスだったから、当然今回は期待できない。

 

「そういうこと。そこで質問なんだけどおまるん、連邦地裁に顔が利く?」

「連邦地裁にコネはないなあ。でも、連邦検事補附きの事務官なら知り合いにいるぞ」

「よし。じゃあそのコネをフル活用して、ヒューズの工場に押し入る令状を連邦判事から取ってきて」

「まあやってみるけど。でも憲兵隊はどうするんだ?」

 

 怪訝な顔のおまるんに自信たっぷりな笑みを向けて――実のところ、賭けではあるんだけど――返した。

 

「ちょっとアテがあるんだよ。まあ、やるだけやってみよう?」

 

 

 

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