H.L. Noire   作:Marshal. K

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Nicholson Electroplating #13 ~Interval~

 

 

 翌朝九時。ヒューズ飛行機(エアクラフト)の格納庫前は交通規制が敷かれて、物々しい雰囲気に包まれていた。

 通りには十台以上の警察車両――パトカー、護送車(Bワゴン)、捜査用車等々――が並んで、正門前に制服と私服が入り混じった警官たちが集っている。このあたし、尾丸ポルカもその中の一人だった。

 一方正門の内側からは、軍服を着て黒いMPのヘルメットと腕章を身に着けた憲兵達が、厳しい表情でこちらを窺っている。

 

 通り側からした巡査の誰何の声に振り向くと、ダーク・グリーンの42年式シボレー・フリートマスターが規制線の前に停まるところだった。巡査が何か確認してから、バリケードをどけて自動車を中に入れる。

 シボレーが門前の警官集団の前に付けると、運転席からホワイトライオン系の獣人がゆったりと降り立った。あたしは自分の相勤でもある彼女に声をかける。

 

「遅い。遅刻はポルカの専売特許だろーが」

「ごめんごめん、でも秘密兵器を持ってきたから許して?」

「まったく......主任、始めていいですか」

「ああ」

 

 ホプキンズ警部補の頷きを受けて、あたしは三つ折りの書状を広げると、憲兵達の中でも特に偉そうなやつに向かって言った。

 

ロス市警(LAPD)の尾丸刑事だ。この施設内に居るヴァーノン・メイプスの逮捕、並びに施設の捜索に来た。この通り、連邦判事の許可状もある。速やかにポルカたちを通さないなら、お前たち全員司法妨害でしょっ引いてやる」

 

 もちろん、令状を取るにあたって裏取りもしてある。駐車場の青いタッカーが一晩中ここから動かず今もまだあるのを、フェンス越しに制服が確認してる。

 それに、昨夕仕事帰りの工員をとっ捕まえて、中にメイプスがいるのも確認済みだ。さもなきゃいくらコネがあってもそうそう令状は下りない。

 一方憲兵は以前と同じ、厳しいけど丁寧な語調であたしに返した。

 

「ここは連邦軍の警備対象区域です。公式な軍の許可がない限り、たとえ連邦判事の令状をお持ちでもここをお通しするわけにはいきません」

「じゃあ、これがあれば充分?」

 

 獅白がそう言って手許の封筒から別の書状――これも三つ折りだ――を取り出すと、その憲兵に渡した。憲兵はさっと目を通して、目をあげる。その表情はあたしが初めて見る、動揺の表情だった。

 

「......国家軍政省(NME)に確認を取る」

「五分でやって。それ以上は待たないよ」

 

 獅白が冷たく言い放つと、憲兵は敵意剥き出しの視線を投げてから、詰所の方に駆けて行った。

 

「......なあ、獅白」

 

 周りに聞こえない程度の小声で訊いてみる。

 

「なあに、おまるん」

「あれって本物か?」

「違うよ?」

「はあ!?」

 

 あたしの叫び声に憲兵と警官、双方が目を向ける。一方の相勤は愉快そうにからから笑って言った。

 

「冗談冗談、あたしがあんな風に確認を取られるのを考慮しないと思ってんの?」

「いや、思ってねえけどさ」

「とにかく、あの許可書は本物。まあ、国防長官(フォレスタル)の署名は本人のじゃなくて、署名器(オートペン)かなんかで書いたもんだと思うけどね」

「オッケー、わかったよ。でもなあ、一応あたしも緊張してんだぞ? こういう心臓に悪い冗談はやめてくれ......」

「わりい」

 

 詰所のガラス窓越しに、渋い顔で電話と話している憲兵を眺めながら、もうちょっと突っ込んでみた。

 

「んで? 何をどうやったらこんなどえらい許可書を手に入れられたんだ?」

「うーん......まあ、半分は賭けだったんだけどね」

 

 獅白がちょっと笑って続ける。

 

「レイがロッキードの担当者を突き止めてくれたんだよ。彼は優秀な部下とお抱えの産業スパイを失って、社内での評価も失ってた。なんせ、折角手に入れた特許も危険極まりない代物だってわかったわけだしね」

「まあ、ロッキードとしちゃ丸損だわな。吹っ飛んだのが自分とこの研究所じゃないのが救いってか」

「なんで、彼に頼んで下手人の逮捕に一枚噛んでもらったんだよ」

「その代わり、そいつは訴追しない?」

 

 獅白は小さく頷いた。まあ、名前を出さなかった時点でそうだろうと思ってたけど。

 

「で、彼はNMEの次官補――それとも局長だったかな?――を紹介してくれた。そいつとあたしの利害が一致したから、そいつはフォレスタルに話を通して許可書を回してくれたんだ」

「ちょ、ちょっと待てよ」

 

 あたしは手を振って獅白を遮って言った。

 

「お前とその国防次官補だか誰かに、どんな一致する利害があるって言うんだ?」

「トカゲの尻尾切りだよ」

 

 そう言ったところで、憲兵が戻ってきて言った。

 

「入っていい」

「ありがとね。あ、そうだ。この敷地内にあんた達の武器庫とかある?」

 

 渋面を通り越して極東のお面――ハンニャって言うんだったか――みたいになった顔で、憲兵が返す。

 

「ある。だが令状の対象がヒューズの工場なら、お前たちをそこに通す理由は無い」

「通してくれなくてもいいよ。ただ、在庫の確認はしといたほうがいいかもね」

 

 獅白はそう言うと、他の憲兵が押し上げた遮断(ポール)の方に目をやってから、警部補に声をかけた。

 

「では警部補、配置をお願いします。ダン、ラドクリフ、オブライエンの各巡査とカンディンスキー刑事は、あたしたちについてきて」

 

 警部補の指示に従って、制服や私服の警官たちが敷地内に散って行く。格納庫の裏口や搬入口や、そう言ったところを塞ぐためだ。そしてあたしたち6人は以前も通った通用口――事実上の玄関――に向かっていく。

 オブライエン巡査とカンディンスキー刑事は、警部補に頼み込んでガサ入れチームに組み込んでもらった男性獣人だ。相手側に男性獣人がいたら人間の警官たちはもちろんだけど、あたしたち二人がかりでもどうなるかわかんない。銃があるとはいえ、油断は禁物だ。

 ダン巡査とラドクリフ巡査が通用口の両脇を固めると、獅白がドアを蹴破って叫んだ。

 

ロス市警(LAPD)だ! ヴァーノン・メイプスを......」

 

 最後まで言い切る前にすさまじく連続した銃声が獅白を遮って、その周りの床からコンクリの破片を跳ね上げた。獅白が言葉を切って、入ってすぐのところに積まれている亜麻仁油のドラム缶の陰に飛び込む。

 その後からあたしが踊り込んで銃声のした方に適当に三発撃つと、射撃が一瞬止んだ。手早く警官たちに合図して、中に突入させる。

 連射が再開したあたりで獅白ににじり寄って、聞いてみた。

 

「あのマシンガン、どっから撃ってるんだ? 正面なのはわかるんだけど、反響がひどくって」

「うーん......たぶんあそこの、棚屋の上じゃないかな」

「げっ、反対側じゃん......しかもそこまでの間に警備員もどきが1ダースはいやがるな」

「ねえおまるん、こういう時こそ獣人の身のこなしを見せる時じゃない?」

 

 獅白がにんまりしてそう言い、あたしもつられて笑顔――相勤のとは正反対な、引き攣り気味のものだけど――になって返した。

 

「お前、あたしの夢がわかってて聞いてんだろ?」

「さーて、どうかな?」

「どうかなもなにも、警察学校(アカデミー)時代に話しただろーが......じゃ、火の輪くぐりならぬ銃弾くぐりと行きますかあ」

 

 耳を澄まして、わんわん反響する銃声の中からドラム缶に着弾する音を区別して、タイミングを計る。

 狙いがある程度よそに向かったところで飛び出し、一番近くにいた警備員の方に突進した。

 

「おらおらおらぁ!」

 

 警備員はカンディンスキー刑事の方に付けていた狙いをあたしの方に合わそうとするけど、それよりさきにあたしの拳銃が火を噴いた。一発が胸のど真ん中に命中してそいつがぶっ倒れるのと同時に、脇にいたもう一人を巡査の誰かが打ち倒した。

 あたしはそいつからM1短機関銃(トミーガン)を失敬――もう要らねえだろ――すると、木箱の上をぽんぽん飛び渡り始めた。

 ずいぶん目障りらしく、マシンガンが執拗にあたしを狙い始めたところで、巡査たちがじりじり前進していく。

 

「ほーれほれ、人間の動体視力で当てられるもんなら当ててみやがれ!」

 

 常にあたしの後塵を拝し続けるマシンガンの射手を揶揄いながら飛び回り、時には隠れて、不意にまた飛び出し、嫌がらせにマシンガンや他の警備員たちに向かってトミーガンを乱射する。そうしている間にも獅白と巡査たちが一人、また一人と警備員を撃ち倒してじりじり前進していく。

 そうやって曲芸まがいのことを続けていると、あるタイミングで突然それは打ち切りになった。

 

「うぇ!?」

 

 足場にしようとした木箱が、着地の瞬間に砕け散ったんだ。咄嗟に受け身を取ることはできたけど、トミーガンを放り出すことになった。

 ごろごろ転がってから立ち上がろうとしたところで、

 

「がっ!」

 

 後頭部に鈍い衝撃が走った。かろうじて意識を手放しはしなかったけど、その誰かさんは木箱を撃ち壊したM12散弾銃(ウィンチェスター)――その台尻で殴られたらしい――を投げ出して、床に倒れ込んだあたしの首にぶっとい腕を回して締め上げた。

 

「ぐっ......!」

 

 さっき飛び回ってる間にちらっと、ウィンチェスター持ちのクマ系男獣人が目に入った。たぶんこれはそいつだ。あたしが両手で引きはがそうとしても、腕はびくとも動かない。気道が見事に塞がれて、あたしは唸り声ひとつ満足に出せなかった。

 

 これはまずい。マジでまずい......おちる......

 

 

 

 

 

 だれかがあたしのなまえをよんでる。とげとげしてていたいさくのむこうがわから、こえをはりあげてさけんでる。

 でもあたしはそこにはちかづかない。ちかづいちゃいけないんだ。うたれちゃうから。

 ひっこしのときにおとうさんやおかあさんとはぐれちゃったあたしに、ここにいるひとたちはとってもやさしくしてくれた。でもみんなかなしいめやさみしいめをしてて、ここでくらすのがいやなんだろうなってことはあたしにもそうぞうできた。

 ときどきよなかにじゅうのおとがして、きのうまでいたひとがいなくなることがあった。そのたびに、みんなためいきをついたりくびをふったりして、くらいかおをしていた。

 だからそんなみんなを、やさしくしてくれたみんなを、あたしがえがおにしてあげるんだ。

 ずっとまえに、もうかおもおもいだせないおとうさんたちといっしょにいった、あのサーカスのひとたちみたいに。だからいま、さくのところにいってあたしがうたれちゃうわけにはいかない。いまもとおくから、こわいくらいはげしいじゅうせいがきこえてるし。

 

「......るん......おまるん......!」

 

 変な気分だった。みんなはあたしのことを下の名前で呼んでて、そんな呼び方をされたことはなかった。なのに、それが自分に対する呼びかけだってはっきりわかるんだ。

 なにより、その声は無視するにはあまりにも悲痛だった。

 監視塔から誰何の声が発せられないか、びくびくしながら有刺鉄線の柵に近づいて行く。向こうに立っているのはすらっと背の高い、長い白銀の髪をもつ獣人だった。

 

 

 

 

 

 もうちょっと近づいたら顔がわかる。そう思った瞬間、あたしは猛烈に咳き込んで身体をくの字に折り曲げた。

 

 

 

 

 

「......うぇっ! げほっげほっげぇっ!」

「おまるん! よかった!」

 

 気が付いたらあたしはアイダホ州の砂っぽい地面じゃなくて、固いコンクリの床の上に横たわっていた。目の前には転居(リロケーション)センターの柵の向こうにいた女の人がいる。

 

「......ししろ?」

 

 そう呟いて、ようやく直近の記憶が閃光のようにあたしの頭に戻ってきた。

 

「......獅白! あの獣人は!?」

「安心して、おまるん。そこにぶっ倒れてるよ」

 

 獅白の指す方に目をやると、警備員の制服に身を包んだクマの獣人が、こっちに生気の無い顔を向けて転がっていた。頭を中心にして、大きな赤い水溜まりができている。

 相勤の足元には、警備員の誰かから略奪したらしいM1小銃(ガーランド)が一丁。

 

「......頭に一発?」

「正解。我ながら自分の腕が怖いよ」

「そっか......あんがとな。助かった」

 

 獅白は、あたしのお礼に答える代わりにあたしのわきの下に自分の肩を差し入れると、まだちょっとふらつくあたしを立ち上げてから言った。

 

「さて、おまるん。ここはどこでしょう?」

「どこ?......そういや、どこだここ」

 

 よだれをぬぐいつつ辺りを見渡すと、そこは頭上をなにかに覆われた軒下みたいなところだった。依然として格納庫内に耳を聾する銃声が轟いているけど、ここには弾が届く気配がない。

 

「ここはね、マシンガン野郎がいる棚屋の下だよ」

「あー、どうりで弾が降ってこないんだ」

「そゆこと。で、階段はそっちの横手にある」

「......なるほど? じゃあ、二人で奇襲作戦、としゃれこむか?」

「きまりだね。おまるんこれ持って」

 

 獅白が、あたしを絞め落したクマさんから分捕ったウィンチェスターをあたしに渡した。

 

「あたしはこっち(ガーランド)でいくから」

 

 

 

 

 

 二人で足音を忍ばせて――と言っても、マシンガンの音がひどいからちょっとくらいなら聞こえなかったみたいだけど――棚屋の上に上がると、見覚えのある青い背広の男がブローニング自動小銃(BAR)を下に向かって乱射しているのが見えた。

 それはメイプス本人だった。あたしはさっきからずっと、メイプスをおちょくってたらしい。

 二人で銃をそっちに構えて、あたしが叫ぶ。

 

「ヴァーノン・メイプス! 銃を置いて両手を......」

 

 言い終わる前に、メイプスがBARを構えたままこっちを向こうとした。

 次の瞬間には獅白が撃った30-06スプリングフィールド弾がメイプスの頭を貫き、一瞬遅れてあたしが撃った00B散弾(ダブルオー・バックショット)がメイプスの胴体をズタズタにして吹っ飛ばした。

 ヴァーノン・メイプスは棚屋の屋根の上にあおむけに、BARを真上に乱射しながら倒れ込んで、事切れた。

 

 

 

 

 

「で、さっきの続きなんだけど、お前と国防次官補にどんな利害の一致があったんだ?」

 

 検屍手続きも一渡り済んだ後。検屍官と副保安官たちが、メイプスにリネンの覆いをかけて台車で運び出していくのを眺めながら、あたしは獅白にそう尋ねた。

 獅白はちょっと考え込んでから答えた。

 

「......おまるん、表の規制線の前に記者さんたちが居たのは見たでしょ?」

「ああ、いたな」

「ヒューズがガサ入れを受けたって記事はUPI配信で全国に伝わる。で、連邦政府も地元当局に許可を出したって声明を出すだろうから、これで政権とヒューズの関係を断ったように見せれるわけ」

「はーん、なるほどな。ならその次官補か誰かさんは、トルーマンに媚びを売りたかったわけか」

「たぶんね。どのみちヒューズと現政権はもうあんまり関係がなかったみたいだから、いまさら公聴会で前政権の接待のことを認められたのも、都合が悪かっただろうしね」

 

 それに、と獅白は欠伸をしながら言って付け加えた。

 

「ヒューズはヒューズでブルースター委員長とパンナムの癒着を暴露しちゃったわけだし、今回の件もあって公聴会は大混乱のうちに終わって、来年の選挙の頃にはみんな忘れちゃうんじゃない?」

「そうだ、その選挙だよ。件の誰かさんはトルーマンに媚びを売ったわけだけど、当のトルーマンは続投できそうなんか?」

「難しいんじゃない?」

 

 端的に返した獅白の意見には、あたしも同意だ。民主党は保守派、革新派、州権派に分かれて混乱している。州権派は第三政党化の動きも見せてるらしいし、トルーマンは再選どころか民主党の候補指名を受けられるかすら不透明だ。まあ、市民権の無いあたしたちには関係のない話ではあるけど。

 

「ま、トルーマンが再選されたら、その誰かさんは先見の明があったってことで。*1それよりおまるん、あたしたちは今、もっと重大な問題に直面してるんだよ」

「なんだよ」

「これ、マッケルティ警部にどう説明する?」

「......メイプスが大富豪の顔色を窺って暴走した、ってことになるだろうな」

 

 当のメイプスを射殺しちゃったから、ヒューズが直接関与してたかどうかは闇の中になってしまったんだ。仮に関与してたとしても、ヒューズは絶対に認めないだろうし。

 

「ヒューズ関与の証拠は、メイプス自身が真っ先に始末してそうだしな......あーあ、こりゃ怒られ案件かなあ。あっ、また気が遠くなってきた......」

 

 あたしが芝居がかって倒れ掛かると、獅白は鼻で嗤うような音を立てて言い返した。

 

「へっ、次は人工呼吸してやんないよ」

「ちぇっ、冷てーなあ......」

 

 

 

 

 

 ん、人工呼吸って言った? つまりあたしは獅白と......

 

 ラミィに殺されそうだから、これ以上は言わないでおこう。獅白がしゃべっちまった時のために、とりあえず遺書は書いとくか......

 

 

 

Nicholson Electroplating -Case Close-

 

*1
48年の大統領選挙で、トルーマンは共和党のデューイ候補を破って再選を果たした

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