H.L. Noire   作:Marshal. K

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The White Shoe Slaying

 

 

「おはよう諸君、なんと素晴らしい朝なんだろうな」

 

 何人かの刑事が会議室の窓に目をやった。外はしとしと雨が降っていて、ロサンゼルスにしては珍しいじっとりとした朝だった。おかげでウチの髪もあちこちから癖毛がツンツンと立っている。

 ドネリー警部はその様子を眺めながら、演壇の端をこつこつ叩いて言った。

 

「天気の話じゃないぞ。オオカミとシラカミが次なる悪魔を州立刑務所(サン・クエンティン)に押し込んだ。見事な公判は終わり、彼奴は縛られ、その小さく卑劣な脳みそにガスが浸み込む感覚を味わうことになるだろう」

 

 クレム・フィーニーは公判廷(トライアル)で、陪審員の前で無罪を主張した。自身の執務室がある郡裁判所庁舎(ホール・オブ・ジャスティス)のすぐ側に死体を遺棄された地方検事(DA)はおかんむりで、司法取引を持ち掛けようとすらしなかったらしい。

 それでもマルドナードさんの証言と、倉庫から押収された証拠品の数々の前にその主張は打ち砕かれて、陪審員は短時間の評議の末、第一級殺人であっさりと有罪評決を出した。今日中に判事が判決を出すことになっている。

 警部はこちらを見てちょっと頷きかけると、ぱんと一つ、手を叩いて続けた。

 

「さて、新しい仕事といこうか。オオカミとシラカミ、場所はシグナル・ヒル*1だ。北ダウンタウン、フレモント通りのはずれだ。さあ、行ってこい」

 

 フブキに合図して立ち上がると、会議室を出ていく。背後から他の刑事と警部のやり取りが聞こえてきた。

 

「課長! 新しい手紙が届いたんですって?」

「なあ坊主、ショートの一件でどれだけ多くの目立ちたがり屋が自首してきたか、忘れたのか?......」

「......警部もすっとぼけてるね」

 

 階段の途中でちょっと振り返ってフブキにそう言うと、相手は小さく肩をすくめて答えた。

 

「他言無用って言われたしね。それに、結局課長も偽物って判断したのかもしれないし」

「それもそっか」

 

 短く返して、ウチはまた前を向いて駐車場に向かった。うーん、フブキの髪、今日もサラサラだな。どうやったらこんな日でも、あんなにサラサラに保てるんだろう?

 

 

 

 

 

「ミオ、あそこみたいだ」

 

 フレモント通りからテンプル通りに曲がって少し西に行ったところに、制服巡査が二人、雨の中立ち番をしていた。内の一人がこっちのナッシュを捜査用車と見分けて手を振り、自動車の中にいるように合図した。そのまま脇に駐めてある自分のパトカーの方に歩いていく。

 

「......道案内してくれるみたいだね」

 

 パトカーの尾灯(テール・ランプ)が灯るのを見ながらそう言うフブキに、ウチはぼそっと呟いた。

 

「この天気だと、泥んこになっちゃいそうだね」

 

 現場までの道は未舗装で、ドロドロにぬかるんでいた。バシャバシャと泥水を蹴立てるパトカーの後ろについて、同じように泥を撥ねてがたがた揺れながらナッシュが続く。

 丘の周りを取り巻くような道を上り詰めると、一番上は公園になっていた。

 捜査用車を降りると、辺りからは石油井戸の駆動音が絶え間なく、いくつも重なって聞こえていた。この辺りは油田くらいしかないから、目撃者は絶望的っぽいな。

 案内のパトカーがふもとに降りていくのを眺めながら、ウチはぼうっとそんなことを考えていた。

 

「ミオ、置いてくぞお!」

「おっと、ごめんごめん」

 

 すでに現場保存バリケードのところまで歩を進めて巡査と一緒に立っているフブキが、ウチにそう呼びかけてきた。慎重に水溜まりを避けつつ、そこに駆け寄っていく。

 

「お待たせ。えっと、初動を執ったのはあなた?」

そうです(イエス・マーム)。ブラウン巡査、中央署(セントラル・ディビジョン)です」

「大神と白上、殺人課(ホミサイド)。通報したのは?」

「自分です。警邏中に発見しまして。この辺りは人気があるとは言えないあたりですから」

 

 ウチたちが入った後にバリケードを戻すためにちょっと黙った後、巡査は死体の方に手を振って続けた。

 

「そんなわけで現場は荒らされてません。他の巡査連は地取りに行ってます」

「わかった、ブラウン巡査。仕事を続けて」

「了解」

 

 黒いレインコートに身を包んで、制帽の庇にたっぷり雨粒を乗せているブラウン巡査をその場に残すと、フブキと二人で別の二人組のところに歩み寄って行く。

 死体の脇では鑑識技師と検屍官――いつもの二人だ――が鳩首してなにやら話し合っていた。

 

「......いやになるほど似てるな」

「ああ。イグザミナーの連中も同じ考えだろうよ......やあお二人さん」

 

 ウチたちが現着したとき、新聞記者たちはもう帰り支度をしていた。彼らの自動車が次々に丘を降りていくのを見やったピンカー技師が、こっちに気が付いてそう挨拶した。フブキが手を上げて、それに返す。

 

「どうも、レイ。現場はどんな感じ?」

「特筆すべきことはなにもなし」

 

 腕を組んだ技師はきゅっと肩をすくめて続けた。

 

「昨晩10時ごろからの暴風雨がほとんど洗い流しちまってる。そこのタイヤ痕と、なんとか下足痕がいくつか残ってたがね」

「なるほど。死体は?」

 

 ウチがその方の専門家、マル・カラザース検屍官に向かってそう聞くと、雨だからか珍しく帽子をかぶっている検屍官は視線をレイから死体に移して答えた。

 

「そこのタイヤ痕を見る限り、彼女はそこで自動車から突き落とされたようだ。表皮の切創はそれだろう。頸部に絞痕。今月の給料を賭けてもいいが、凶器は三つ編みのロープだ」

「推定死亡時刻は?」

「直腸温からして、真夜中2時くらいだろう。ただ昨晩は寒かったからな、もっと遅いかもしれん」

 

 カラザース検屍官は一旦言葉を切って、しゃがみこんだ。無惨な婦人の死体の顎をつかむと、潰れた生卵みたいになってる後頭部が、こっちに見えるようにして続けた。

 

「頭部におなじみの外傷、鈍的外力による挫創だ。頭を殴って、その後絞め殺し、鋭利な刃物で傷をつけた。ただ、今回メッセージはない」

「それどころか、服も着てるね」

 

 フブキが検屍官の背後から死体をしげしげと眺めながら言った。

 

「まあ、彼女の尊厳のためではないと思うがな、絶対」

「それはそう......それにしても緑のシルク・ドレスかあ」

「特徴的だろ?」

「目撃証言、出るといいけど......もう片っぽの靴は?」

 

 ウチの質問にはピンカー技師が、さっきと同じように肩をすくめて返した。

 

「どこにもない。手提げ鞄(ハンドバッグ)、その他の遺留品も含めて、一切な」

「そう......とにかく、ウチたちも見て回ろっか、フブキ」

「そうだね。白上はとりあえず、彼女から始めるよ」

「わかった」

 

 

 

*1
本来はロサンゼルス近郊の別の市なのだが、原作LAノワールではLA市内の一地域に組み込まれている

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