「さあて、どれどれ」
私はそう呟くと、しゃがみこんで被害婦人の死体を検め始めた。
首に赤黒く残る絞痕は特徴的だ。山形が連続した形のそれは、以前のモラー事件の時に見覚えがある。
「......三つ撚りのロープ、かあ」
あれは厭な事件だった。でも今は、モラーやイーライのことよりも、このご婦人のことを考える時間だ。
良くない方に流れそうになる思考を無理矢理頭の隅に押しやって、絹のドレスをまさぐっていく。
「名札とか、名前の刺繍とか......ないか。これは?」
襟元にピン留めされていた、紙製のタグに目をやる。
「......スーペリアー・ランドリー。ドライ・クリーニングのタグか。ここから辿れないかな」
立ち上がると、辺りを見て回っていたミオがちょうど戻ってくるところだった。
「ミオ、そっちはどうだった?」
「全然」
ミオはかぶりを振ってから、レイがCの鑑識標識を置いたタイヤ痕の方を振り返って言った。
「ピンカー技師の言う通り、有用そうなものは何もなし。フブキは?」
「こっちはなんとか。名前の刺繍とかは無かったけど、クリーニング屋さんのタグを見つけたよ。そこから身元が辿れるかも?」
「じゃ、次はそのクリーニング屋さんだね?」
「うん。ただ、
私は言葉を切って、現場の外を見やった。その原因はほぼ同時にミオの耳にも入ったらしくて、ミオも同時に、同じ方向に目をやる。
46年式フォードのパトカーが一台、泥々の道をサスペンションに悲鳴を上げさせながら登ってきて、立ち番のブラウン巡査がいるバリケードの前に停まった。
「ミオ、あれ、助手席に」
「見えるよ、フブキ。地取りに行ってた巡査が、誰か証人を連れてきたんじゃないかな?」
雨の中を透かして見ると、助手席に黒っぽい服装のご婦人が座っているのが見えたんだ。
二人でバリケードの方に歩いて行くと、
「シラカミ刑事。地取り捜査をしていたところ、こちらのご婦人が何か、役に立つ情報を持っているかもしれないとのことでしたので、お連れしました」
「ありがとう、ゴンザレス巡査」
フブキはゴンザレス巡査が連れてきた初老のご婦人に向き直った。
「
「私はバートン夫人といいます、キャサリン・バートンです。そこの通りの向かいに住んでるんです」
「そうですか。昨晩この辺りで誰か、不審な人物などを見ました?」
「昨晩じゃなくて昨日なんですが、夕方の早い時に怖い
「見た目をもう少し詳しく、お願いできますか?」
「背が高くて、痩せこけてて、とっても醜い顔でした。たぶん、戦争で怪我したんでしょうけど」
嫌悪と恐怖がないまぜになった早口で、バートン夫人は喋った。私はその特徴を逐一メモに取りつつ、ちょっとだけ戦争中のことを思い出していた。
確かに、戦争で二目とみられないような容姿になってしまった人は結構いて、私も何人かそういう人を知っている。大抵の場合、彼ら彼女ら自身に非は無いんだけど、本国に戻ってくるとこんなかんじで、銃後の人たちからは嫌われやすい。本人たちからしたら理不尽この上ないだろうな。
でも彼らを避けてしまう理由もわからないでもない――幸いにも、私もミオもそんな目に遭ってない――から、私がバートン夫人のような人に抱く感情はどうしても複雑なものになってしまう。それが表に出てしまわないようにするのに、結構努力が要った。
「ひどく恐ろしくて、なんだかとっても怒ってました」
「彼が居そうな場所に、なにか心当たりはありますか?」
これは後ろにミオからの質問。いつもより声が平板で、どうやらミオも私と同じような感情を抱いてるらしい。
「ええ、この辺りの一番大きい溜まり場です。彼はそこで、
「なるほど......ご協力ありがとうございました、奥さん」
「ええ、ええ、いつでも協力しますよ。通りの向かいでこんな恐ろしいことが起きて、それが何も解決されないなんてことになったら、夜も眠れませんもの」
「全力を尽くします......巡査、奥さんをお宅まで送ってあげて」
「了解」
「......さてミオ、麓の
ゴンザレス巡査に連れられてパトカーの方に立ち去るご婦人を眺めながら、ミオの方にそう言うと、ミオは現場の死体の方をちょっとだけ振り返ってから、私の方に向き直って言った。
「そうだね。記者連中はこのタグのことはつかんでないと思うけど、別ルートで身許を辿られて、ラジオで先に流されちゃたまんないからね」
「受令台? R&Iに繋いでください」
「名前と
「白上、
「少々お待ちください......どうぞ」
「R&Iです。用件をどうぞ」
「スーペリアー・ランドリーの住所を願います」
「少々お待ちください......スーペリアー・ランドリー・サービス。直近の店舗は西1番街1260番地です」
「ありがとうございます」