H.L. Noire   作:Marshal. K

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The White Shoe Slaying #4

 

 

「ねーえ、ままにあいたいよ」

「ままはいつかえってくるの?」

「大丈夫だよ、ママはすぐに帰ってくるから......」

 

 タラルドセンさんが朝食用テーブルの子供たちをあやしているのを聞きながら、私は特に収穫の無かった台所(キッチン)を抜けて、奥の家事室(ユーティリティ・ルーム)に入った。

 電動洗濯機の横の流し台に手提げ鞄(ハンドバッグ)が置かれていたので、それを手に取って開けてみる。

 

手提げ鞄(ハンドバッグ)を持たずに出て行ったのかな? それはなかなか......わかんないや」

 

 鞄の中には免許証もあった。これを置いて行くのはもっと解せないな。

 家事室(ユーティリティ)の奥には赤いチェック模様の上着が干されていた。まだ滴をぽたぽた垂らしていて、床に水溜まりを作っている。その下にはブーツが一足。

 

「上着はびしょ濡れだし、このブーツは泥んこだ。サイズは......紳士用の8(26センチ)。昨晩、雨の中を歩いたのは間違いなさそうだね」

 

 

 

 

 

 台所(キッチン)から居間(リビング)に戻ると、ミオを待つ間に私は食卓の上から紙マッチを取り上げた。特に目当てがあったわけじゃないんだけど、酒場(バー)のものらしいそれを一応開いて屋号を確認しておく。

 

「バロンズ・バー。北ビュードライ通り114番地か......お、ミオ」

 

 寝室から戻ってきたミオに手招きして、旦那さんには聞こえないように鳩首して相談する。

 

「どんな感じだった?」

「お二人の不仲を匂わせるものがいくつかあったよ......あ、そのマッチ」

「へ?」

 

 ミオは、私がまだ手にしていた紙マッチを見つめて言った。

 

「あっちの寝室にも置いてあった」

台所(キッチン)にもあったよ......旦那さんの行きつけ、かな?」

「順当に行けばね。でも被害者の素性が今までとおんなじだったら......」

「奥さんの足取りの手掛かりになるかもね」

 

 私はソファに俯いて座っているタラルドセンさんの方に目をやって、ミオに言った。

 

「じゃ、そろそろ旦那さんに話を聞いてみようか。奥の家事室(ユーティリティ)にあった服を見る限り、昨晩タラルドセンさんは雨の中を歩き回ったみたいだから」

「それはそれは」

 

 手帳を取り出しながらソファに歩み寄ると、私はタラルドセンさんの向かいに腰を下ろした。ミオがその斜め後ろに立ったまま陣取る。

 

「タラルドセンさん、記録のために奥さんのお名前を教えてもらえますか」

「......テレサ」

「あなたのお名前は?」

「ラルス。ラルス・タラルドセン」

「どうも......最後に奥さんを見かけたのはいつですか」

「八時半頃だ。ボビーのところのカード・ゲームを切り上げて、自動車でここまで連れ帰った。で、シッターに金を払って、寝たよ」

「本当に? 本当にこの家までまっすぐ帰ってきたんですか?」

「......何が言いたいんだ?」

「奥で上着を見ましたよ。泥だらけのブーツもです。あなたが自動車で帰ってきたんなら、あれは誰の靴で、誰の上着なんですか?」

「オーケイ、わかった。確かに、さっき言ったよりも長くかかったさ。可愛いブルネットの娘に口説かれてね。テレサはいなかったし、俺はひどく酔ってて......彼女の家まで、ボビーのところから歩いて行ったんだ。でもな、」

 

 私と、たぶんミオとがそろって向ける冷たい視線を遮るように手を上げて、タラルドセンさんは続けた。

 

「誓って言う、何もなかったんだ」

「......まあ、そういうことにしときましょうか?」

 

 後ろからミオが、いかにも胡散臭そうに言った。

 

「何もなかったんだ、本当に。それで今朝、ボビーのところに自動車を取りに戻ったんだ」

「その、ボビーと言うのは?」

「ボビー・ロス。友人で、昨晩は彼のところのホーム・パーティーに行ってたんだ。楽しいひと時だったけど、彼女は酔っぱらって退屈だって言って、途中で帰っちまったんだよ」

「一人で帰したんですか? べろべろの奥さんを?」

「あのな、俺は怒ってたんだ」

 

 その時の怒りを思い出したようにラルスは身を乗り出すと、こっちを睨みつけるようにして続けた。

 

「俺は楽しんでたんだ。でも彼女は帰りたがって、それを台無しにしようとしたんだ。あいつはいつだって、自分がやりたいことを、やりたいようにやるんだ。で、昨晩のそれはパーティーよりダンスだったんだ」

「行先とか、わかります?」

「行きつけだろうよ。北ビュードライ通りのバロンズ・バー。彼女は大抵、そこで踊る相手を見つけてたんだ」

 

 ふーっと息を吐いて気を落ち着けたらしい旦那さんは、ソファの背に寄り掛かるようにして言った。

 

「あるいは呑みすぎて、泣き上戸になってそこから電話してくる。で、俺が迎えにいって連れ帰る。そんな感じだった」

「なるほど......ところでタラルドセンさん、テレサさんはお宅でその、幸せそうでした?」

「ああ、そう思うよ」

 

 わかりやすいほどに視線を外して、ラルスは早口で答えた。その声も上擦っている。

 

「今までの話を伺う限り、そのようには見えませんけどね」

「奥さんが失踪してるって時に、彼女の写真立てを倒して置いておくのは、あんまり見られることじゃありませんよね?」

 

 私が感想を述べると、ミオが後ろから追討ちをかけた。

 

「夫婦の不和は殺人事件のありふれた動機の一つです、タラルドセンさん。必要以上に隠し立てするようなら、ウチたちはその線で捜査を進めますけど?」

 

 ラルスは鼻から荒く息を吐いて、こっちに突っかかるような勢いで言った。

 

「俺たちはパーティーに行ってたんだ! そしたらものの数分で、彼女は踊りに行きたいって言いだした。シッターは九時までしか雇えないのに! 俺はかんかんになって、それなら一人で行けって言ってやったんだ。俺は残って、カードでこれまでなかったくらい勝ちまっくた!」

 

 もう一度、自分をなだめるように息を吐いて、さっきよりも少し落ち着いたトーンで続けた。

 

「彼女といると楽しかった。だから結婚したんだ。でも今じゃ、彼女には振り回されてばっかりで気が狂いそうだった」

「彼女がパーティーから帰った時間は?」

「......八時半か、もうちょっと早かったかも」

「じゃ、これが最後の質問です。誰か、奥さんを傷つけるような動機のある人に心当たりがありますか?」

「いや、ない。みんなテレサのことが好きだったから......知り合いじゃないんじゃないかな」

「なるほど、じゃあやっぱり犯人はあなたですね?」

「おい、なにを言ってるんだ?」

 

 声を荒げた――今日何回目だろう?――ラルスの目をじっと見つめつつ、私は言った。

 

「あなたが、昨晩遅くに戻ってきて、奥さんを絞め殺し、シグナル・ヒルに死体を捨てた。違いますか?」

「この畜生......一体どうしてそんな考えが出てくるんだ?」

「そこに凶器があるからです」

 

 私は怒りに燃える旦那さんと視線を切らずに、ゆっくりした口調を崩さずに続けた。

 

「凶器は三つ撚りのロープでした。お外のボートの舫い索を鑑識に持っていけば、同じものだと同定してくれると思いますよ?」

「おい......わかった、確かに俺がやったように見えるのはわかったさ。でもやってないんだ」

「どうだか。ちょっとお電話を借りますよ」

 

 ミオがそう言って、居間のコーヒー・テーブルの脇に置いてあった電話機に向かった。

 受話器を取って、0(OPERATOR)をダイヤルする。

 

「......交換台? 警察です。KGPLに繋いでください」

「なあ、あれは何をしてるんだ?」

「ずっとボビーのところにいらしたんですよね?」

 

 ミオが受話器片手にこっちに振り返って言った。

 

「そこに巡査を遣って、不在証明(アリバイ)を録ります......大神、識別番号(バッジ・ナンバー)1272V(ヴィクター)......ボビー・ロスさんの住所を調べて、そこに制服を派遣願います......いえ、その必要はありません。ラルス・タラルドセンが何時までそこにいたのか訊いて、調書を録ってください......ありません。ありがとうございました」

 

 ミオが電話を切るまで、私はじっとラルスの様子を観察していた。旦那さんはひどく不安そうな様子ではあったけど、現場不在証明(アリバイ)が崩れることを心配してるような、そんな感じじゃなかった。ミオの電話よりも、この後の色々に思いを巡らしているみたいだ。

 そう判断して、私はミオが電話を切ったタイミングで立ち上がると、旦那さんにお暇を告げた。

 

「ご協力ありがとうございました、タラルドセンさん。後程ダウンタウンまでお越しいただきたいんですが」

「なんでだ」

「奥さんの死体を確認してもらいます。その上で、引き取りの手続きがありますから」

「......ああ、わかった」

 

 あの無惨な死体と対面したとき、彼はどんな反応を示すんだろう。

 再び顔を覆ってソファに沈み込んだラルスを眺めて、私はそんなことを考えながらタラルドセン邸を後にした。

 

 

 

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