「だめだ......どうしてもモラーのことが頭から離れないよお......」
捜査用車に戻ったウチはハンドルに手と額を着いて、フブキにそうこぼす。
「確かに。死体の特徴はともかく、家庭の状況はよく似てるね」
ウチのぼやきを受けたフブキが、窓越しにタラルドセン邸を見やって続けた。
「子供がいて、わがままで呑兵衛の奥さんがいて、旦那さんはずっと振り回されてる。モラーの時と違って手法は無いけど、凶器そのものはある。夫婦は不仲で、動機もある」
フブキはちょっと言葉を切ると、にんまり笑ってこっちに視線を向けて言った。
「課長方式で自白を録れば、有罪評決は簡単に出そうな感じだよね?」
「そう......そう、なんだけど......」
ウチがずっと言い淀んでいると、フブキは"オメーの言いたいことはお見通しだぞお、ミオ"って感じの目を向けて言った。
「まあ、ミオがKGPLに電話してた時の態度からして、
「......そうしよっか。バロンズ・バー?」
「うん」
「わかった」
気持ちを切り替えるように
「どうもお嬢さん方、何をお飲みになります?」
二人そろってバロンズ・バーに入って行くと、カウンターの向こうから恰幅のいいバーテンさんが声をかけてきた。前を行くフブキが警察官
「白上と大神、
「ベニー・クラフです。テレサ・タラルドセンの件ですか?」
「ええ、そうです」
「ラジオで聞きまして。ブラック・ダリアの模倣犯がまた出たとか。くそったれ、昨晩彼女の旦那さんに電話したんですが、ベビー・シッターが出て彼はまだ帰ってないと」
「よろしければ、いくつか質問させてください。昨日、テレサがここから帰ったのは何時ごろでしたか」
「十時半、くらいだったと思いますね」
「どうやって帰りました? 徒歩、自動車、それともバスで?」
「タクシーを呼んでたよ」
「配車番号、覚えてます?」
「ああもちろん。彼女がここでがぶがぶ呑むときは、大抵家で上手く行ってない時でね。彼女のことは心配してたんだ」
そこで言葉を切ると、脇にあった
――テレサ T.
ライ麦ウイスキー・オンザロック 2杯
マンハッタン 1杯
ジン・リッキー 1杯
イエロー・キャブ3591号車――
「これが彼女のだよ」
「どうも......
「そうだね。すみません、電話をお借りしても?」
「どうぞ」
まだ質問があるらしいフブキをその場に残して、ウチは奥にある公衆電話コーナーに向かった。受話器を取って、
「......交換台? KGPLに繋いで」
「お繋ぎします」
「......受令台です」
「大神、
「用件をどうぞ」
「自動車のAPBを願います。対象、イエロー・キャブ3591号車です。目撃情報を4K11号車に伝達願います」
「了解、手配を通達します。他に用件は?」
「ありません、ありがとうございました」
受話器を置いて返却口からダイムを取り出していると、カウンターのほうからクラフさんがこっちのほうを指して言った。
「ああ、あいつがベイツだよ」
バーテンさんの指の先では、ボックス席の一つで一人で呑んでた、赤いポロシャツの男性が中腰になっていた。フブキがカウンターの前からこっちに向かって叫ぶ。
「
フブキに視線を止めたままベイツって呼ばれた男が立ち上がって、裏口のあるこっちに走ってこようとした。
ウチは軽くこぶしを握ると、まともに突っかかってきた男の腹にめり込ませた。うっとかぐっとかいう感じの音がベイツの口から漏れて、そのまま床の上に崩れ落ちた。
「ナイスだ、みおーん」
フブキがそう言いながら歩み寄ってきて、ベイツの両脇に手を差し入れて無理矢理立たせると、もとのボックス席に押し込んだ。
「ミオ、こいつの隣に。ベイツさん、いくつか質問に答えてくれますね?」
「......選択肢があるってのか?」
苦しそうに息を吐くベイツの隣にドスンと腰を下ろすと、ベイツはウチに忌々しそうな視線をちらっと向けてから、フブキに向かってそう言った。
「無いねえ」
「昨晩、ここでご婦人と呑んでましたね? 今朝その婦人は亡くなって、あなたの顔は滅茶苦茶だ」
隣を窺うと、たしかにベイツの顔はあちこちが腫れていた。
「俺は関わってない! 彼女は水兵を選んだんだ。だからあんたらは、そいつを捕まえるべきだよ。これで終わり?」
「終わると思う?」
「ああ、思うね」
ウチはベイツの後頭部をつかむと、そのままテーブルに額を叩きつけた。ガツンと大きな音がして、ベイツが蚊の鳴くような音で悲鳴を上げる。
「あのね、ウチたちがそれであんたを放すと本気で思ってるの? キリキリ喋るか、ウチたちにお顔の再開発工事をさせるか、どっちかにして」
「......彼女には何もしてないよ」
半ば泣き声になってベイツは話だした。
「したたか酔っぱらって、元カレか誰かの愚痴を言いながら、ダンスに行くお相手を探してたんだ」
そこで言葉を切って、下卑た笑みを浮かべて続けた。
「何杯か呑ませてちょっと踊ってやったら、ヤれると思ったんだ。
「で? どうやって彼女と別れたの?」
「
「知らない? じゃあなんで逃げたんですか」
フブキが刺すような視線でベイツを見つめて言った。その目から逃れたいって感じで身体をもじもじさせながら、ベイツが答える。
「仮釈放中なんだ」
「罪状は?」
「......性的暴行で」
氷点下の温度に下がったフブキとウチの視線に耐えかねてか、ベイツは窓の方によって、大きく手を振り回しながら続けた。
「なあ、俺は道端に倒されちまったんだよ。水兵がタクシーに手を振って、彼女と一緒に飛び乗って行っちまったんだ」
「ふーん?......まあいいでしょう。とはいえ一旦中央署まで来てもらいますけどね、リチャード」
「は? なんでだよ!?」
「お話のためだよ」
フブキが席を立って
「ちょーっと、親密な世間話をしようねえ」
「彼を中央署へ。殺人事件の重要参考人なんだ。"快適"な監房を見繕ったげてね」
「了解です、刑事」
「さてと、じゃあ件の水兵さんを探して見ますか。ミオ、白上は
「わかった」
「それとさっきの咄嗟の対応、とっても助かったよ。さすがはオオカミ
「やめて、フブキ、恥ずかしいから......」
実際、だいぶ手荒な処置を取っちゃったことを気にしてたんだけど。
「それに、
「あー、うん、そうだね。でもカッコよかったよ。ほれぼれしちゃうなあ」
「やめてったら!」
思いっきり背中をはたいてフブキを電話コーナーの方に送り出した。うー、ウチはとっととお店から退散しよう。みんな冷やかすような目でこっちを見てるよお......