修行パート中に魔王倒されてんだけど。   作:杜甫kuresu

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かくして平和は訪れ、

 世の中は才能とか、努力だけじゃどうにもならないことが結構ある。

 いわゆるチャンスをつかめるかというやつだ。嫌だな、そんなぼんやりした理由で自分の持っているものの価値が勝手に変わってしまうのは。

 

 実際、それはどっちかと言えば辛いことだ。そういうのは残念ながら、当たり前みたいな顔で真面目に運が絡むから。

 そう、辛い。

 

 棘が刺さって抜けなくなって。

 痛くないふりをするしかなくなることも、当然ある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「血飛沫知らずの英雄。シグルド、私はお前を誇りに思っている」

「そう、です――――かッ!」

 

 一際鋭い鉄の打ち合う音。槍と剣、余所者が見れば殺し合いだと大騒ぎされてしまいそうだ。

 こうやって俺は今でも鍛錬を続けている。不老にして不死、最優の女傑なんて言われ草のアリアから手ほどきを受けられるのも、まあ言うまでもなく恵まれたことなのだろう。

 

 アリアのワインレッドの瞳が楽しげに光る。初めて斬りかかった時からその目つきは変わらない、俺に最大の期待を寄せていると感じ取れる。

 当の俺がこんな気分じゃなければ、笑っていたかもしれないな。

 

「平和に武は不要と抜かす戦士が居た。お前はそれを言わなかったと言うだけで、私としては賢明だと思うぞ」

 

 平和の維持にも武力は必要ってやつ。

 まあ、それは思わないわけじゃない。

 

 でも俺がこうやって未だに鉄を打ち合わせる旧時代のコミュニケーションに没頭してるのは、別にそんな高尚な歴史解釈みたいなのを引っさげてるわけじゃない。

 俺の体術を関節でことごとく流すように逸らされる。相変わらずでたらめ。俺が入れた力より軽い所作で全ていなされてしまって、正直やる方が損してる気分だ。

 

「違いますよ。師匠、俺はただ…………認められないだけです」

「それで良いのだ。お前は苦悩を無駄にしていない、それも好ましい」

 

 アリアはそう言いながら槍を体のあちこちに引きつけ、回す。遊びの多い舞踊じみた動きだが、俺は未だにこの中に隙を見いだせてない。

 

 朱槍のアリア。魔物とやらが徒党を組むまで、人間はあろうことか人間同士で殴り合いをしていた。

 その中で最優に近かったのが彼女。もうずっと昔の話だが、今も若々しい姿でこうして武器を取っているのだから、誰もが知っている英雄の一人で間違いないだろう。

 

 俺のなれなかったものだ。

 

「やはり名誉や金が欲しかったか? 女なら、私が居るだろうに」

「何歳離れてるんですか。まあ…………いや、美人ですけども」

 

 確かにアリアは、その……………かなり綺麗な人だ。ワインレッドの瞳に揃えられたような髪色、普段着でも分かるプロポーション。

 これだけ動けるのもあって四肢はしなやかで、肌もまるで俺と同い年のようだ。出会い方が修行じゃなければ、新しい恋のはじまりとか感じちゃってるだろう。

 

 まあでも師匠は師匠だ。考えないことはないんだけども、やっぱり一歩引く。

 

「む。何だ、その態度は。私は何時でも問題ないぞ、お前は同居人として申し分ない」

「まあその歳で頬をふくらませる女性に耐えられない、とか言い訳で言っときますね……」

 

 実際は平気だけどさ。若いままでいられるなら、それはそれで良いと思うし。

――待ってくれ。明らかに槍さばきのレベルが上がった。

 

「ちょっ、待ってくださいよ。冗談ですって、別に本当に気にしてない」

「その返答をしているうちは手は緩めんぞ、甲斐性なしめ!」

 

 えっ、マジでどういうことなんだ…………。

 

 

 

 

 

 

 

「大体お前は平然と私の家で食事を摂るくせに何故こう、一向に靡かんのだ! 私はそんなに女として不適格か!?」

 

 確かに平然と食事を摂っている。村に戻ろうにも行き帰りで結構時間を食うもので、時間だと思った頃には帰る気力がないなんてことも結構あるのだ。

 この人の戦闘狂ぶりを見ると家はおかしな宝物やら武具やらで溢れかえってそうだが、意外とそうでもない。曰く”全てが戦いに帰結するのは戦士として二流”らしい。

 

 今風に言うとワーク・ライフ・バランスを考えてるというやつだろうか。

 食事も終わった。食器を片付けていく。

 

「いや別にそんな事は。でも師匠はアレです、普通に肩を並べる人だとは思えないですね」

「師匠やめる」

「じゃあ今から帰ります、お世話になりました……」

「ふっ、私が居ないと困るわけか。そうか…………ふふっ」

 

 いやまあ困るけども。

 この人は何かにつけて俺を伴侶にしようとしてくる、これに関しては大真面目に何度もお断りした。というのもまあさっきも言った通りパートナーではない。

 

 後、俺が結婚だとかそういうのを考える雰囲気にもならない。もっと言うと、この人に付き合わされるのは色々ヤバそう。体力とか。

 この辺り。

 

「実際困りますよ。自惚れてるつもりはなくても、そこらへんの人や動物で素振りするには鍛えすぎてる」

「それは事実だな。自惚れとは言わんよ、過小評価も過大評価と同等に傷を作る理由になる」

 

 それは貴方が教えてくれたことだからな…………常にできれば、それが一番なんだけど。

 

 俺が修行している間に、魔王とやらは倒されてしまったらしい。俺に英雄になると予言をしていたあの占い師がインチキなのか、それとも現在が想定外なのかは未だに分かっていない。

 転生者だからと、少し甘えていたのかもしれない。かの狂戦士も言ったように、達人になるまで実戦に出ないなんて馬鹿馬鹿しいっちゃそうだ。

 

 俺は出遅れてしまった。腕前が不十分だったわけではないが、ただ機を逃してしまった。

 それを認めきれないから、今もアリアと鍛錬をして、来るか分からない”次”に縋ってる。未来は優しい、俺に現実なんて教えないでいてくれるんだから。

 

「なあ、シグルド」

「何です」

「お前は…………そうだな、燻っているよ。そしてそれにすら心が軋んでいる」

 

 図星、かもしれない。

 平和を素直に願えないことが堪らなく苦しい時がある。夜に、眠れないことも。

 

 魔王を倒したのは、国の第一王女であるニルヴァーナという綺麗な女の子だそうだ。ちょうど俺と同い年ぐらいで、賢い子なんだと聞いている。

 その子も身分に関わらず、資質に従って努力した。そして機をつかんだ。

 

 分かっている。彼女は、頑張ったんだ。

 

「仕方ないとは思ってますよ。割り切れないのは人情ってやつです、師匠が割り切れる上で俺に同情の言葉をかけてくれる人だとも分かってる。隠し通せないのは、情けないですね…………」

「…………それは本当に気にするな。私はお前が無理をして笑ってしまうぐらいなら、みっともなく泣いている傍らに寄り添ってやりたい。これは、その…………あぁ、別にどうというわけでもなくな」

 

 そういう人だから、情けないのさ。貴方のその目を見ると、本当に俺は困らせてはいけない人を困らせている実感を持ってしまう。そんな表情で俯いて良い人じゃない。

 

 間が悪いことに、魔王の討伐に乗じて魔術というものが広がってきたらしい。

 厳密には元々有ったが、魔物の方で技術を独占していた。それを欠片ではあるが、手に出来たとのことだ。

 

 俺の剣は直に使われなくなるだろう。銃が現れた前世のように、剣も古びて錆びていく。

 

「でも、平和になったのは本当に嬉しいです。良いことだと思う、それは思い込もうとしてるんじゃなくて心から」

「だから苦しいのだ、お前は。馬鹿者」

 

 額を指で突かれた。ひどく弱い仕草。

 机の上に肘をついて、崩れかかるように髪を落としていく。はらり、はらり。

 

「お前がもっと乱暴だったり、阿呆であったなら私もこうはならない。お前は少し捻くれてはいても、人の為だとかというのを真面目に想える上に、ある程度頭が回ってしまっている。お前は誰も憎めない、誰も怒れない、八つ当たりが精々だ。そういう馬鹿だ」

「…………言い返そうにも、何だかしっくり来ますね。大分褒められているのに」

 

 また突かれた。

 

「馬鹿。怒っている、自分を大事にしろ」

「人を傷つける自分にも耐えられないんですよ、技は鍛えてもらえても心が追いついてない。今だって、怒られているらしいって事にもやもやっとしてますよ」

「はぁ…………」

 

 しかし、そうこの人を困らせるわけにも行かない。

 

「そのうち飲み込めますよ。人間なんだから、一個ぐらい手痛い思い出があるものじゃないですか。俺は今回がそれなんですよ、多分」

「私はだな! そういう事を言ってるんじゃない!」

 

 珍しく声を荒らげられた。

 対応に少しもたつく。視線は鋭いのに、瞳は潤んでいる。

 

「単純に、お前が傷ついているのが見ておれんと言っている!」

「…………参ったなぁ」

 

 母親じゃないんだから…………。

 悔しいが、そう言ってもらえるのが実はひっそりと励みになっていた。

 

 俺は両親も知らない孤児扱いで、此処に来るまでは善意で村で育てられている。前世の親の顔も、もうそれほどはっきりはしてない。薄情な話だ。

 この人は親のようなものだった。それだけ真剣に向き合ってくれた人だったから。

 

「誰も悪くないですよ。物事は好転したんです」

「そうだ。だから、こうなるんじゃないか…………」

 

 重苦しい沈黙。

 

 平和が毒になるなんて、本当に俺ぐらいのものだ。仕事を失ったりする人は居ただろうが、情熱の傾け方が迷子になる人は居ただろうが。

 人生自体が暗闇に落ちかけるのは、自称勇者の俺くらいのものだ。

 さて、泣き言ばかりでも仕方ない。食器を洗わねば――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノックの音がした。珍しい。いや、此処に通い詰めて7,8年、初めてだ。

 俺たちは足音に気づけるから。

 

「…………はい、どなたです」

 

 声に少し力が入ってしまった。アリアも目つきが違った、どう考えても只者ではない。

 

「すみません。ここにシグルドという方がいらっしゃると、麓の村から」

 

 静かで、抑揚が弱い女の声。だというのに、音の響きが柔らかくて心地よい。

 アリアにジロリと見られた。勘の良い人だ、そう怒らないでくれ。貴方は本当に姑みたいになりそうで俺はそこだけは怖いんだからさ。

 

 扉を開くことにした。大抵のやつなら、俺達二人でどうにかする。

 

「はい、どうぞ――――――」

 

 そこに立っていたものを出来るだけ平易に表現すれば、姫騎士。

 最低限の急所だけを金属で固め、後はほとんどドレスの様相を呈していた。服装も、髪の色も真っ白。赤い瞳がよく目立ち、しかしそれら全てが悪目立ちとは程遠い。

 

 神話の戦乙女だとかというのは、こういう時に引き合いに出すのだろう。

 若いのも相まって、俺は本当にそんなイメージを持った。言葉も止まるほどに、綺麗。

 

「ここにはシグルド様と、かの朱槍のアリアが居るとお聞きしています。貴方は、シグルド様ですか?」

 

 しかし、やはり無機質な声だった。

 加えてフリーズしていることには全く突っ込まない。下手をすればそういう反応は慣れているのだろう。

 

 後ろから槍の如き鋭い視線。叩き込まれた恐怖がリフレインして、反射で背筋が正される。

 

「そ、そうです。シグルドは俺ですが」

「それは良かった、貴方に御用がありまして。私は第一王女……というと要らない気遣いをなされるので、変えておきましょう」

 

 あぁ。嫌な予感はちょっとしていたんだ。

 やっぱり君なのか。

 

「私はニルヴァーナ、巷では勇者等と。お会いできて光栄です」

 

 しかし、嫌な予感は外れた気がした。

 畏まり過ぎない普通の仕草。お辞儀をする彼女を見た時、俺は閃光が目の前を通り過ぎた感触がしたのだ。

 

 俺の錆びた歯車が、軋みながら回りだしている。凄いな、運命ってのはやっぱり分かるらしい。

 

「単刀直入に申し上げますが、今一度。我々のために剣を手に取っていただけないでしょうか」

 

 恐ろしいことだ。なのに口端が吊り上がって治らない。

 

 平和は何処だ?

 もうちょっと占い師は信じてみることにしよう。




後書きとか前書きをモリモリするのが好きだけど喋ることを忘れた。
思いついたらモリモリ書きます。

ちなみに今回のテーマは「誰も知らない英雄」です。
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