急ごしらえですが追加のオーダーをお届けに参りました。
「錆だらけの殺しの技術に、何の用です。勇者様」
「その言い方はおやめください。私は囃し立てられた人形…………勇猛さなど少しも」
なればこそ、その肩書は重要なんじゃないのかい。そうは思ったが、彼女にとってはただ不適格という感想が目につくようだった。
ニルヴァーナ。そう名乗った騎士礼装の少女は、服装に反して普通の仕草で案内された椅子にちょこんと座っている。
特徴的な紅い瞳が、じぃと俺を見て固まっている。珍しい顔つきではないつもりなんだけど。
「何か? 確かに候補にしては、顔つきが素朴すぎますけども」
「…………あぁ。私、ずっと見ていましたか?」
無造作に視線が途切れた。無意識に、って言うことになるが何でだ?
向かい合っていたアリアが、俺と喋るときとはかけ離れた冷たい声色を帯びる。
「お前、未来が見えているな? 未来視とは、また難儀な生まれだ」
「朱槍のアリア、と語られるのは伊達ではないようですね。仰るとおり、私の瞳は生まれつき世界の呪いを授かっています」
まあ俺にわかり易い言葉でいうと魔眼を彼女は持っているらしい。それも千里眼の未来視カテゴリか、扱いにくさではトップクラスに入る。
この手の時間を無視する魔眼には過去視、現在視、未来視が存在するというのは、ファンタジーのお決まりとして一貫している。
問題は”時間という物自体”で、それを理由として性能差が激しい事だ。
「未来視。しかも…………そうか、強すぎるな。はっきり見えすぎるが故に、お前の人生はそれに振り回されてきただろう。あまり良いものではない」
「――――えぇ。私はこの眼の傀儡ですとも、父の道具であり、瞳の言いなりであり、そして自我とのある程度の決別を余儀なくされました」
ニルヴァーナは瞼に指を添え、その無機質な口元を初めて皮肉げに吊り上げた。
過去と現在は、それほど問題がない。決定づけられたもの、あるいはもう進んでいるもの。だから別に見えたところで、この中世ライクな世界でネットが使えるような程度の話に過ぎない。
未来視は根本的に異なる。
見える未来がはっきりしてようが、イメージに留まっていようが。見えるものには二つの判断ができる。
視えている未来が、己が既に干渉した後のもの。つまりもう避けられない事態である可能性。
もう一つは、逆に自分が見るまでに辿れた景色。逆に、干渉の余地ばかりが余る可能性。
「おい、勇者様。それを自分で笑っちゃダメだ」
ニルヴァーナが俺の方を見る。咄嗟だった。
結論から言うと、彼女は未来が見えるとそれのために生きていかざるを得ない。気にしないような神経になれるやつも居るが、誰でもそうじゃない。ニルヴァーナという少女が勇者になっているのなら、答えは明白だ。
多分だが、”俺は来なかった”。だから、手遅れになる前に剣を取った。
認めてしまえば、心から全ての色が抜け落ちていくようだった。
思わず確認する。
「聞かせてくれ。貴方が見た未来で、俺はやっぱり間に合わなかったのか? 貴方みたいな人が武器を取らなければならないほど、俺は…………手遅れだったのか」
「…………
意味が分からない。思わず声を荒げそうになって、辞めた。
事実俺がやくたたずだったとして、それを面と向かって言わせる気なのか。
そう冷静に自分に問いただされて、したくもないことだと、やはり思ってしまう。
しかし手遅れというのは今回に至ってもそうで、彼女はゆっくりと答えた。
「それは違う。貴方は最後には、魔王を倒して見せていました。ただ数人、たった数十人を多く助けるために、貴方の努力を踏み躙っただけです。シグルド様、間違いなく貴方は英雄で相違ありませんよ」
世辞なのか、事実なのか。
そうだろ。
お前は人に聞くくせに、その都合の良い返事を信じてやることも出来ない、どうしようもない燃えカスになっちまってるだろ。
真意がどうあれ、人に言葉を尽くさせる資格がどこにあるって言うんだ。
俺の疑心暗鬼もニルヴァーナは見透かしているようだった。一見疎そうな彼女がそれを察せられる理由も、俺は分からないとは言えない。
魔王殺しの旅は、そういうものだったということだろう。
「ただ…………貴方はその旅の中で、壊れ、そしてこの国から切り離されていきました。勝手な私見ですが、貴方は何も報われていなかったでしょう」
「勇者、ほざくなよ」
アリアの口ぶりが熱を帯びた。
「その苦難に意味があったのかどうかなどというのは、少なくともお前にとやかく言われる必要はない。この阿呆が阿呆しからしむるところを遺憾なく発揮したとして、それで多くの間違いを積み重ねたとして、この男が満足すればそれで良い事だ。未来を片手でかき消した挙げ句、それを貶すなどと…………思い上がるなよ」
「おい師匠、言い過ぎだ」
「何が違う? あまりに傲慢な口ぶりだ。優しさ等と履き違えてはなるまい」
それは、間違ってはいないが。彼女の心情を無視しすぎた。
何処まで見たかは知らないが、軽率な言葉選びをする性格にはとても思えない。
きっと、勇者と呼ばれたソイツは本当に…………あまりに酷い顔をしていたのだ。
鉄面皮に釣られるように真っ直ぐだった彼女の瞳が、事実として迷ったように光を泳がせているのだから。
「俺の師匠が失礼なことを言いました。だが貴方の意見は出来る限り率直に受け取らせてもらう――――――それで、何故ここに来たのですか」
ニルヴァーナの表情が戻った。
実際問題、最初からそれがよく分からなかった。それならば何故、今俺なんだ。
力なら十二分にあるはずで、身分を使えば兵ならば幾らでも用立てれるはずで、その上で俺を訪ねた理由。
これがやっぱりはっきりしてない。彼女も、それは分かっているようだった。
「シグルド様は、魔術という技術が普及しつつあるのはご存知ですか?」
「あ、ああ。風のうわさですが、要するに鉄でがちゃがちゃするよりも大抵が便利になる、画期的なものなんでしょう?」
出来るだけ一般論を述べておいたつもりだったが、ニルヴァーナはあまり好ましい顔でそれを聞いていなかった。
「それは間違った認識です。便利であるのは確かですが、より不明瞭で危険なもの…………説明を、するわけには参りませんが」
「…………お前は未来視で、魔術が何かを引き起こす未来を見たのだな?」
即答したアリアに視線を寄せると、いつものように語り始める。
「シグルド、未来視とはお前にも教えた通り、結局未来なのか曖昧なものだ。変えられるのか、違うのかもはっきりしない。だから、迂闊に喋ることは得策ではないのだ」
「未来が変わりすぎて、予期せぬものになるから?」
「そう。この娘は少しばかり傲慢になっているが、それだけ重いものを背負ってきた…………まあ、お前に分からないということはないと思うがな」
想像はついている。
魔王という一つの問題に対する多くの悲劇を、見てきたのだろう。
変えられるのか変えられないのかもわからない未来を見せつけられて、納得できない気持ちだけを頼りに人生を使い潰して、何とかかんとか今日に至っている。
今だって、顔に出していないだけで何も分かりはしない。何かが起きるのは間違いなくて、それに俺が必要なのだろうが、今やっていることに意味があるかも不安を抱えている。
それは最早。
たった一人で世界と戦ってきたのと同じだ。
「…………やっぱり貴方は勇者様で違いないでしょう。それは、あまりに残酷な生き方だ」
ニルヴァーナは俺の手をそっと両手で握りしめて、首を横に振った。
「確かに、今までそうであったのかもしれません」
「今もそうでしょうとも」
「貴方のその言葉で、少なくとも無意味ではなくなりました」
おいおい。
あんまりにもかっこいいことを言うじゃないか。
嫉妬してしまいそうだ。
「そして、今の私には貴方が必要なのです。共に旅をしてくださりませんか、シグルド様」
「…………」
瞳を見た。
鮮血色の、機械のような印象とはまるで一致しない生命の色。瞳の奥は冷え切っておらず、俺に向ける感情にもきっと曲がった所がないのだろうという感じがした。
握る手は温かく、そして――――――彼女の鎧の隙間から、白い柔肌がちらりと見えた。俺は、見慣れない同い年の少女の素肌に緊張するどころか、息を呑んだ。
あまりに似合わない古傷。鋭いもので抉られた痕だった。
俺の頭が急激に熱くなる。
嫉妬している。何でお前がと思っている。
だが実際はこの子が俺の代わりに背負ってきている。ありがた迷惑だと言い切るのはとても簡単だ、お前は俺の人生を狂わせたというのも簡単だ。
ただ、その傷を負ってまで、無思慮に人の人生を踏み荒らせるか?
無理だろう。
彼女から見て、どうしようもないほどの明白に、俺を先んずる理由がそこにあったのだ。
今までの会話の中で、彼女に悪意などというものは微塵もない。俺が驚くほどに、彼女は穏やかで善良だ。暴走はしても、裏切りはしない。
断っていいと思っていた気持ちが、グラグラしてしまう。
俺が助けたかったのは、戦いたかったのは、救いたかったのは。
「――――――勇者様、じゃ悪いか。ニルヴァーナ」
「はい」
今更、思い出した。
つい、真っ黒な炎で心を埋めてしまいそうになるところだった。それをアリアは責めないだろうし、目の前の彼女も仕方ないと言ってくれる気はしたが、ただ。
俺は許さない。例え黒ずんだ炎で動くガラクタになっていても、何をしたかったのかを忘れたらダメだろ。
そうだよ。
「君を助けられるなら、そうしよう。俺は、役に立てるか?」
何でこんな大事なことを忘れていた?
今やらずして何時やるんだ? また、チャンスをふいにする気か?
くだらないプライドは食い殺せ。錆びた歯車には油を差せ。
チャンスはわかりやすく予告なんてしてくれない。分かりやすい格好もしてくれない。
今、俺が手を引かないとダメだ。
「役に立てるか、では私の返答に似合いません。貴方が必要です、私の傍にいてください」
俺のぐちゃぐちゃになった気持ちは、当分治ったりしないだろう。
こうやって彼女の手から感じ取った熱を、あっという間に忘れていっときの感情にまた振り回されるんだ。俺は簡単に変われない、主人公じゃないんだから。
だとしても。
こんなヒロインを放っておいたら、もう完全に何かが終わってしまうだろう。
「…………ふっ。強敵現る、だな」
不満げなセリフと裏腹に、俺の師は満足げな微笑で俺を見つめていた。
「にしても師匠があっさり旅を許すとはびっくりした、絶対反対だと思ってたぞ」
「何故ですか? 元はと言えばそのための師なのでは?」
村へ戻る帰り道、ニルヴァーナは俺の独り言にごもっともな疑問をぶつけた。
顔は仏頂面だが言葉自体には感情がしっかり滲んでいる。分からないという感じが、ひしひしと伝わってくる。
「まあ…………ニルヴァーナの顔が原因だな」
「顔? そこまで人相は悪くないつもりですが」
「逆だよ逆。君はその、俺の好みの顔つきと言うかな。それを抜きにしても綺麗な子だから」
つまり謎のライバル視をすると思っていた。多少駄々をこねても説得してやるというつもりで承諾したから、だいぶ拍子抜けしている。
物分りが悪い人だとは思ってないが、割と鈍い俺でも分かるぐらい俺に執着してくる事は多い。
未来視持ちというのは内容を公言できないせいで、やっぱり胡散臭いとも言われがちだし。そんな曖昧なものなら、駄々をこねる気がした。
なんて俺の懸念を他所に、ニルヴァーナはじーっとこちらの顔を覗き込んでいた。普通にびっくりする。
「ちょっと近い。君はアレだな、異性との距離感が大雑把過ぎる…………」
「私はシグルド様の心や表情のほうが、とても美しいものであると思いますが。私のものは、ただの芸術品としての良し悪しですので」
こういう事をしれっと言う辺り、後から疑惑の男やら女やらがぽんぽこ生えてきそうだ。
正直、俺もノーダメージとは行かない。何でこう、遠慮がないんだ。
「もうちょっと刺激の少ない言い方は出来ないか?」
「私が今日この日まで剣を置かなかったのは、シグルドという人間の辿り得た人生に敬愛と……………その他諸々を、感じたためです。平たく言えば、惚れ込んでいます」
「それをやめろと言っているんですけど…………」
流石にどうにかなってしまう。意味分かってて言ってるのかこの子は。
「あくまで目的があって貴方をお誘いに来た事には変わりありませんが、実を言いますとシグルド様と旅をすることが出来るというのがとても楽しみです。つまり」
「…………一応聞き返すよ、つまり?」
「つまり、今はかなり高揚しています」
要するに今は滅茶苦茶テンションが高いとのことだ。顔を見てもさっぱり分からないのが参ったものだ。
――ああ、それと。
思い出したように忠告する。
「そうだった。様付けはよして欲しい、俺はちゃんと名前で呼ぶようにしただろ? 今後はもっと距離を詰めざるを得ないわけだから、そう畏まられるとやりにくい」
「分かりました。ではシグルド、どうかよろしくお願いいたします」
言わせといて何だったが。
呼び捨ては凄く、直に刺さる感じがしてちょっと気まずい雰囲気になったまま村に帰った。
順当に勇者になったシグルドは、まあ別に詳しく語るか未定なので言ってしまうとエミヤのような男だと思っています。