鳥の囀りより、騒ぐ村人で目を覚ます。
アレから家で眠りこけてしまっていたが、これはもう気絶でいいと思う。何だかとても血なまぐさい夢を見ていた気がするが、起きてしまえば血の臭いはちっともしなかった。疲れてる時はあんな夢を見るものだろう。
だからそんなことよりも、俺は焦って起きて周囲を確認した。
ちゃんと見張りの交代でアリアが来てから寝たとは思うが、そっから記憶がまったくない。ヤバいぞ、どうする――――――。
と、ここまで考えて状況把握に戻る。ここは俺が借りてる家、何でも俺が生まれる前に持ち主は失踪したとか。だが待って欲しいのが、そもそも俺はここまで歩いてきた覚えもない。
じゃあ誰が運んできた?
問いは長続きしなかった。
「あぁ、おはようございます…………」
横でニルヴァーナが寝ていた。いつもより右に寄って寝てるなとは思っていたんだが、これは予想するか? しないよな、俺は出来なかったよ。
「なぁ」
「はい」
「俺は嫌ではないんだが、普通にやめたほうがいいよ。真面目に」
「アリア様にも村の方にも場所がないと。だからと床で寝てはシグルドが後で引きずるとも、これは合理的では?」
真顔でガバガバ理論を展開されて流石に俺も参った。
まあ言ってることはあってるので始末におえないのが…………男でも女でも俺だけベッドは気分が悪いだろう。
――ではなくだな。
「外が騒がしい、ちょっと見てくるよ」
「では私は朝食をご用意しておきますね。いってらっしゃいませ」
「失礼を承知で言うがニルヴァーナは新妻気分か何かか? 凄い手慣れてるよな流れが…………」
返事がなかった。厚かましいボケをぶった切るのは苦手なようだ。
「…………というか王女って料理できるんだな」
まあ旅してたもんな……。
「ホントに捻った足がピンピンしてらぁ。助かったよ兄さん」
「それは良いことだねぇ。一番は初めから怪我をしていないことだ、気をつけてね」
そこにいたのは、なんてことのない青年だった。俺と同い年、だろうか。
えんじ色の伸びたくせっ毛で、ローブをまとった穏やかな翡翠の瞳の青年。顔立ちも整っていて、きっと女の子が見れば黄色い声を上げるような。
だが。
なんだろう。
「誰だ、君」
俺は
【だから武器を取らなくてはいけない】
思う。理由は全くわからない。
悪意は無いし、彼はきっと善良なのだろう。そんな顔をしているのに。
とんだペテン師ということだろうか。確かに所作は妙なくらいに不快感が薄くて、言ってしまえば胡散臭いのかもしれないが。
俺がそれだけで武器を持とうと思うか? ただの悪辣なら俺は徒手空拳でも、ある程度は何とかなるんじゃないか?
喋りかけてくる。
「あぁ、僕の事だよね。ひょっとして、君が噂のシグルドかな…………目つきが違うもんね」
気さくな手振り。笑顔も別に、普通だろう。
努めて手に力を入れながら喋る。気を抜いたら拳を握りしめそうだ。
「俺がシグルドだな。それで、名前は?」
「君には名乗っても良いんだろうか…………君って、こう、先入観とかある?」
「無い方だな。いや、あるっちゃあるが、そう前置かれれば少しは考えると思うよ」
それは良かった。と笑われる。
「僕はファヴニール。君達が言う所の、魔王の息子だね」
「魔王の息子がべらべらと正体を明かすわけ無いだろ、君は馬鹿なのか?」
「えー、父上はもう死んだんだからそう気にすることじゃないよ。それともアレかな、罪人の息子は罪人みたいな?」
当然、そうなるところだ。俺は事実として、村の外れに連れてきた。
大体魔王の息子が何で人型で俺の村の農民を治療するんだ? 訳が分からないだろ。
「その疑問はごもっともだ、シグルド――――――いや、
「……!? 何だお前、何者だ」
ここぞとばかりに持っていた剣に手をかける。
場合によっては殺さなくてはいけない、この例外はろくな流れじゃない。
俺のことを知っているのはこの世界の理外にいるか、あるいは。
人が自分を殺そうか否かと迷うぐらいには思いつめているというのに、サニーはさらさらと笑って手をふる。
「あ~、これは心を読んでるだけ。他にも過去視、現在視、未来視も使えるよ~? お望みなら”万物のほころび”なんてものも見えるね」
「魔王の息子とは聞いたが多才に過ぎるぞ、何をしに来た」
ファヴニールはこちらの緊張感をまるで気にしない。脳天気で、マイペースで、そしてとても静かな笑い方をする。
「それは僕が特別、というか異常なくらい能力を持っているだけ。父上、改め魔王ファフニールはここまで多芸じゃなかったよ」
「お前は異常種ってことか」
「いやいや。あえて言うなら君達的には天才とか、その辺りさ」
天才と言うにはあまりにのんきな男だ。逆に言えば、並び立たれることがないからのんきなままで生きてこられたのかもしれない。
俺がつい武器を手にとってしまいそうだったのも実際、コイツが魔王に匹敵するぐらい危険だと肌で感じ取れていたからだろう。
殺気立っているのはアリアで慣れているし、見分けもつけれるようになった。村の人は騙せても、俺までは騙せない。
「騙してると言うか、体の構造をまるごと人間もしてるからね。君は異常だ、多分だけど僕の知らない観点から判断して見抜いてるんだろう。この世界の人間じゃないわけだしね」
「俺の心に居座ってないで質問に答えろ。何をしに来た」
「あ~うんうん。君の旅に連れてって欲しい、僕は勇者シグルドの大ファンでね~」
かなり素っ頓狂な声が出た。
コイツ、あろうことか俺と旅をしようと言い出したぞ。元は親を殺そうとしていたこの俺と? しかも殺した張本人であるニルヴァーナと?
イカれてる、何のために。というかどんな神経だ。
「魔族は厳格な実力主義さ。僕は
本当にそれだけのものかよ。
魔族だっていくら言っても生物ではあるとアリアは言っていた。繁殖もするし、群れるし、知恵もつける。つまり、動物が必要なものとして搭載した家族愛が無いというのは、それなりの不自然さがある。
これが正しいなら、明らかに後天的に失っているとしか思えない。
「鋭いねぇ。でも伏線を張るのは物語の基本だよ? 僕が協力的だって示すなら、過去をあけっぴろげにするより今黙って切り刻まれ続ける方が速い。まあ死なないからそれでも足りないのかな、何したら良い? 女の子になろうか?」
「最後のは何なんだよ…………」
「ほら、この通り」
ぼきぼき、だとかごりごりという嫌な音はしたが、身長が伸び縮みし、男には不要な肉と丸みがローブ越しでもラインとして浮き上がってくる。
――――意外とスタイル良いな。
不味い、いらないところに視線を持っていってしまった。っていうか考えてしまった。
「でしょ~? 君の好みの”すりーさいず?”にしたよ、もちろん生殖も可能! あ、黙って犯されるとかどう? ほら~、男の子って色々アレだって聞くよ?」
「好みにさらっと合わせてくる悪趣味さはさておき、俺はかこつけて欲を満たす趣味はないよ。少なくとも君…………あー、ファヴニールだったか。君がその意味を理解してからだ」
いや、だからって魔族とヤるような趣味は現状無いが。
やめろ、露骨に密着して確認をするな。俺だって焦らないわけではない、朝だって本当は焦ってたけどそれ以前のところがあったから誤魔化せただけだ。
「シグルドって実は押せばいける? かわいいな~」
「一応というか普通に男なもんで。まあ辞めてくれ、君はそういうやり口の意味をわかってるのか…………」
「君さぁ、村人の心も無数に読んできたのに本当に意味わかってないと思ったの? 別に良いからやってるんだけど」
「尚の事最悪だ…………もっと正統派の手法でお願いする」
何だか渋々と言った様子でようやく離れた。
何だコイツは。ニルヴァーナも独特なテンポで喋るからたまに置いてかれる気はしてたが、比ではない。どうやらこっちの文化を把握した上で俺を徹底的に弄んでやろうみたいなやる気を感じる。
率直に言うと身がもたないだろ。
「まあきっと役に立つよ。例えば全ての時間を見た上で、世界はどう作られているのか。とかね、転生者的には重要なんじゃないのかい?」
「いやなくらい興味を引くことを言うのが上手いな。聞けば教えてくれるのか」
「いいよ。ニルヴァーナちゃん? の計画の邪魔ではないと思う」
どんどん中身を読まれてるな。そろそろ前世の実家の薄い本の趣味までバレてそうだ、洒落にならんだろ。
「で、世界なんだけど。恐ろしいことに過去も未来も現在も、恐ろしいくらい不安定に出来ている。これはちょっとした応用技で確認したんだけどね」
「応用技?」
「全ての時間軸、全ての場所、それを同時に観測してみたことがあるんだ。数分やったら高熱でうなされたけど」
なんてやつだ。
未来視と過去視で視えた時間の層を現在視で全部見てみたっていうのか? しかもそれを細切れにして、同時に?
数秒見ただけで俺なら脳がぶっ飛びそうだ、どういう設計なんだ。魔族ってのは。
「まあ僕は天才だから。それで結果なんだけど…………シグルド、君のような転生者が特異点なんだ」
「特異点? つまりどういうことだ」
「例えば君が今、こう」
そう言って右手を掴まれたと思うと。
黙って胸に押し付けられる。
こういう事を言うとやっぱり怒られるのかもしれないとは思うのだが、ここはあえてはっきり言っておくと。
ちょっと飽きてきた。
「まあ感想は何でもいい。これで”未来も過去も変化した”」
「――――――何?」
「君の感じ方、行動で未来と過去は変化する。さながら後付で過去設定が変わる週刊ジャンプのように、さながら作者の思いつきで外伝に突入する月刊マガジンのように」
「は? そんなでたらめな話があるか、それじゃあまるで俺が世界の中心みたいだろ」
「そうなんだよ」
そうなんだよ、としれっとファヴニールは認めた。
恐ろしさが後巻きでこみ上げてくる。言い知れない不安というか、懸念が積もっている。
俺はそんな軽々しく世界を動かしてしまっているのか?
「全ての時間軸は一定の引力を持って引っ張り合ってる。取り分け君という個人は大きな引力があって、君の行動のために幾つか変化することもある。僕が君に性的にも興味があるというのは、実は今出来た”設定”なのか元からあった”設定”なのか、全然わからないんだ」
「デタラメ過ぎる。俺の都合よく宇宙が回ってるっていうのか?」
「君の都合良くは回ってない。ただ君中心だと言うだけだ。例えば、ヤリ捨て可能魔族の僕が君に好意を持ってるみたいなね!」
「それは俺中心と言えるのか……?」
まあ、それが俺に向いているというのが中心的って言うわけか。絶対違うだろ、流石に分かるぞクソ魔族。
だとして。それならそれで聞きたいこともある。
「ニルヴァーナの見た未来をお前も知ってるのか? そして、俺達がこれからどこへ向かうのかも」
「…………良い質問だ。実は知らないよ」
「何で?」
何でって、そりゃあ。
ファヴニールはあっけらかんと言い放つ。
「世界は分岐しまくってるからさ。僕のこの眼は、恐らくこの世界で随一の完全性を持っている。だから分かるんだけども、未来は一定なんかじゃない。枝分かれして二つになったり、ぐにゃぐにゃでアドリブ展開されたりしている、ニルヴァーナが見たのはぐにゃぐにゃ気味のもの。彼女が見たから、そうなる予定になりかけてたものだと思う」
「そして、それを見たせいで決定されたものを、更にひっくり返した」
「そう。世の中はやる気とか偶々でぐっちゃぐちゃになるんだね」
妙な話だ。
世の中は知れば知るほど必然性だとか、当たり前の帰結ってものが増えると思っていたんだが、むしろ逆らしい。
少なくとも世界有数レベルの眼を持つ魔族はそう言ってる。
「で、取り分け君の分岐は面白くて、素敵で、とても綺麗だった! これは個人的な感性なんだけども、だからこそ僕は登場人物に成り下がってでも君の傍でそれを見てみたい! ダメかな」
「いや、まあそこまで浮世離れした感性なら…………気にはしないよ。魔族だから殺せっていうのは一般論であって、ファヴニールのようなケースバイケースがいるのは、今考えてわかった」
「すき~~~~~~~~~!!!!!!!!!」
「まあそれは率直に気持ち悪いので控えてもらいたいにしても」
「じゃあキャラ戻すね。”げんかいおたく”キャラはお好みじゃないと…………」
やっぱりキャラがちょっとおかしくなってたよな。
体をバキバキ言わせて元に戻すこと二回目。あっさりと男に戻ったが、ちょっと惜しいと思った自分が悔しい。
「ただ、一つ言っておくけど。君の未来は――――――どうこうは言いづらいんだけど、望むなら。必要な問いかけを僕がしよう」
「意外だな。またべた褒めかと」
「僕の好きは皆の好きじゃないよ。シグルドはどんな姿でも好ましいけれど、本人がどんな姿でも受け入れられるとは思ってない。目の前に居て苦しいと言うなら、きっと助けようと思っちゃうよ」
魔族と言う割に、酷く人間らしい解答だった。
つい笑みがこぼれてしまう。
「そうか…………何か、変な話だが。お前みたいなタイプを斬ってたら、ちょっと気に病んでたな。変なやつだが、悪気はない」
「ははは、だから斬られないようにしてきたのさ。まあ僕の私情を含めてね」
それはえらく助かる話だった。
普通に忙しいので急に更新速度が落ちた。
眼の設定を調整するための便利キャラをご用意した。明らかに趣味な上に今後どう動くかもさっぱり分からないが、ただどんな性格かということだけが決まっている。