アタシ、ナイスネイチャには幼馴染みと呼べる人が居た。
とは言っても別に同い年じゃないし、家が隣とかそんなロマンチックな関係ではなかったけど。
まだアタシが『キラキラ』に憧れていた頃、世界を知らなかった時。いろんな子と走っては勝っていた時に声を掛けてくれた人、それが彼だった。
「ネイチャは凄いな!」
なんていつも褒めてくれるし、
「君なら中央でも活躍するんだろうなぁ」
そんな言葉まで掛けてくれた。
冗談めかして、
「じゃあ大きくなったらアタシのトレーナーになってくれる?」
なんて言ったら、大真面目な顔で少し考え込んでから
「それも悪くない……いや、最高だな」
って言ってくれた思い出の人。
そういや、向こうはアタシの名前を知ってるのに、こっちは向こうの名前を知らなかったっけ……
いっつも『お兄さん』なんて呼んで、結局名前を呼ぶ事は無かった。
進学を理由に会えなくなっちゃったけど、多分あれはアタシの初恋なんだったと思う。
正直今でも思い出すと顔熱くなるし……
そんなアタシも、いつからか『キラキラ』する事を諦めてしまった。
だってそうでしょ?
走る事くらいでしか一位を取れなかったアタシ。そんなアタシの唯一の取り柄ですら、この中央では良くて上の下。
確かに遅くは無い。模擬レースだって毎回入賞してるくらいには実力はある。
でも、どうしても一着だけが取れなかった。
「で、ネイチャはどうするの? ネイチャまだトレーナー決めてないみたいじゃん」
「あーうんそうだけどさ、なんというかピンと来る人がいなくてねー……」
デビュー戦は間近。だというのに未だトレーナーは決まっていなかった。
いや、毎回二、三着の子をスカウトする物好きなんて居るわけないし? しょうがないっちゃしょうがないんだけどね。
それでも、少し寂しかった。
そんな時に思い出すのは、あの日私のトレーナーになってくれると真剣な表情で言ってくれた年の離れた幼馴染みの顔。
「まーなんとかしますよ。こんなアタシでもデビューはしたいからね」
「ネイチャなら大丈夫だって!ほら、明日の模擬レースは凄い注目らしいじゃん?」
「あー……」
そう、明日の模擬レースにはあの『トウカイテイオー』が出走するのだ。
ここまで数々のスカウトを断ってきたトウカイテイオー。その模擬レースともなれば相当数のトレーナーが見に来るはずだ。
「人も多ければスカウトされる率も上がるってもんでしょ!」
そうして迎えた模擬レース当日。ギャラリーはとても模擬レースとは思えないほどの数が集まっていた。
「おー、すごい人……」
でも、その注目を集めているのはアタシじゃない。
観客に向かって笑顔を振りまくトウカイテイオー。キラキラしてる、っていうのはああいうのを言うんだろうな……
「あ、ネイチャじゃん! 何、今日の模擬レースネイチャも走るの?」
「あはは、アタシもまだトレーナー決まってないからね……」
「そんな事言っても手加減しないよ? 勝つのはボクだからね!」
ああ、勝てない。短い会話だったけれども、それを悟ってしまった。
だってそうでしょ?
あんな屈託ない笑顔で、堂々と勝つのは自分だなんて、アタシには言えない。
「うー……でも、せめて二着くらいにはなって、なんとかスカウトを……」
そんな考えだったからだろう。
トウカイテイオーにすがるようにして速度を上げた二着の子にすら追いつけず。
アタシは模擬レースを『三着』という結果で終わらせる事になってしまった。
「おーおー、テイオーは大人気だねぇ……」
二位以下を大きく引き離してゴールしたテイオーの周りには、人の壁ができあがっていた。
その中には有名チームのトレーナーも混じっていて、テイオーの凄さを改めて実感する。
「で、アタシはこうと」
逆にアタシの周りには全然人が居ない。
そりゃそうでしょ。あんな走りを見せられたら誰だってテイオーの方に行く。アタシがトレーナーでもそうするもん。
見れば二着の子がスカウトを受けていた。そして満面の笑みでトレーナーとこの場を去っていく。
「あーあ、駄目かぁ……どこかチームでも探すかなぁ」
チームなら、それも超一流ではなく、二流三流あたりを当たればアタシでも入れるようなところがあるかもしれない。
そんな卑屈な考えをしていた時だった。
「ナイスネイチャ!」
「へ?」
突然声を掛けられうわずったような声が出てしまう。
「あー、テイオーの待機列はあっちですよ?」
もしかしてテイオーと知り合いなのを見て、紹介でもして貰おうと来たのだろうか?
なら悪い事をした。テイオーはそういうのでトレーナーを選ぶような子じゃないからね。
「いや、違う。君に、君だけに用があってきた」
「あ、アタシに? えっと、なんでございましょうか……」
ジッとこっちを見つめる目はキラキラとしていて、この人はアタシに無いものを持ってると、そう思った。
「ナイスネイチャ。君をスカウトしたい。俺の担当ウマ娘になってくれ」
その表情はとても真剣で。かつてアタシのトレーナーになってくれると言った、思い出のあの人の姿がダブって見える。
「あはは……万年三着のウマ娘をスカウトするなんて、ずいぶん奇特な趣味のトレーナーさんですね?」
冗談めかして予防線を張る。きっと、勝てないアタシを見続ければこの人だって失望するはずだ。
その時の失望が少しでも軽くなるように、アタシは逃げの言葉を紡ぐ。
「いや、君は俺が勝たせる。絶対に」
こんな熱烈なスカウトを断れるほどアタシはしっかりした性格をしてる訳じゃない。
あはは、と笑いながらもトレーナーの手を取ろうとして。その前にどうしても一つだけ聞きたい事があって、気づけば口に出していた。
「あのー、差し支えなければアタシをスカウトしたきっかけとか教えていただければなー、と思いまして……」
「……ずっと君を見ていた。君が走る姿を」
えっ、と思わず声に出してしまう。まさか自主練風景を見られてた? うわー、はずかしー、なんて思った直後。アタシは顔が真っ赤になる、というのを経験する事になる。
「河川敷で走る君を見た時からずっと、君をスカウトしたかった。君を勝たせるために、輝かせるために俺はトレーナーになったんだ」
その言葉の意味を数秒間じっくり考えて、自分の中で反芻して。
目の前の人が思い出のあの人で、あの約束を未だ覚えていて、その約束を果たすためにトレーナーになったのだと理解してしまい、アタシは恥ずかしさと高揚感からその場にうずくまってしまった。
「ああああああああっっ!? え、え、あのときのお兄さん!? ちょっと待って本物!? えっ!?」
「ああ、ネイチャ。君を迎えに来た。ちょっとトレーナーになるのに時間は掛かったけど……」
俺のウマ娘になってくれるか? そう言って伸ばされた手。それを取る以外の選択肢なんてアタシには無かった。
「えっと、アタシもうキラキラしてないけど……いいの?」
「? ネイチャはいつでもキラキラしてるだろ? 今日だって凄かったじゃないか」
「うー、あーもう!」
お世辞ではない、純粋な言葉。ただでさえ真っ赤な顔が、どんどん熱を持っていくのがわかる。
もしかすると、この人とならアタシはキラキラ出来るかもしれない。柄にもなく、そんな事を思ってしまう。
「ネイチャ、これからよろしくな?」
もう一度頑張ってみよう。きっと、これはアタシに与えられたチャンスなんだ。「こちらこそ、どうぞ一つお手柔らかに……」
そして、アタシとトレーナーの『キラキラ』を目指すための日々が始まるのだった――