シャルロット・コルデーに聖杯を貢ぎたい……お淑やかな服の下でははちきれんばかりになってる才能を丸出しにしたい……そう思ったとき、既に行動は完了していた(理性蒸発)   作:夢見る人・夢描く人

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あっ、そうだ(唐突)
言ってませんでしたが、投稿時間はダイスで決めてます。
だからこんなに時間がばらけてるんですね()

出来次第上げてるわけではないので悪しからず。


ロクでなし魔術講師と恋愛妄想(エロトマニア) 三話 吸って、吐いて、息を――

 それは街が熟れた杏で塗りたくられるように染まり上がった、日暮れ、夕暮れ時のことだ。

 

「あれ? アダム君じゃないかな?」

「……ん。ああ、ルミアさん。どうしたの? こんな時間まで」

「ちょっと居残りしてて……アダム君は?」

「僕は……」

 

 口籠った理由は、自分の中で理由を探していたからだ。

 でも訳もなく呆然としていたのに、理由なんて見つかるわけがない。

 だから、考えられる原因を正直に答えた。

 

「ぼーっとしてたら、いつの間にかこんな時間になってたんだ」

「あはは、アダム君ってちょっと抜けたところがあるよね」

「自覚はしてる」

 

 口にしてしっくりときた感覚を覚える。そう、『ぼーっと』してただけなのだ。僕は。

 人の名前を忘れたり、提出物を忘れたり、筆箱を忘れたり、登校日を忘れたり。そんなことまで前世から引き継いだかのように、今世でもよく物忘れをする。

 そんな、何処か『抜けた』様な、『現実味の抜けている』ような感覚は何時までも残っているみたいだ。

 

 だから嘘ではない。

 それから、何を話していただろうか。クラスで噂の美少女と話して舞い上がったのか、それともルミアさんの話しが巧みなのか、内容をよく覚えていない。

 笑いあった後に幾らか言葉を交わし、他愛ない雑談をした後、まるでそれが本題であるかのように切り出した話が、次に鮮明に覚えているそれだ。

 

「それでさ、アダムくん。少し聞きたいことがあるんだけど。ああ、でもその前に」

 

 質問、と聞いて身構えなかったと言えば嘘になる。前世での面接では一番嫌いな時間だったからだ。決められたことをしゃべる自己アピールの方がまだましだった。

 けれど、大抵の言葉への返答パターンは脳裏にある。ボッチの性だ。伊達にボッチしてない。

 話しかけられる機会など殆どないのに、その時シミュレーションを幾千と積み上げ、それを対人経験値と誤解する。それがボッチだ。それが僕だ。

 

 でも。

 ルミアさんのその言葉は、聞こえているはずなのに耳に響かなかった。

 何て言うか、防音壁越しに映画を見ているかのような感じで。

 

 ――アダムくん、今日顔色悪いよ。グレン先生の話を聞いて気分悪くなったの?

 

「……」

 

 やっぱ、凄いなぁと僕は思った。

 まるでライトノベルの主人公のようだ、って。

 人の内心をズバズバと言い当てられる人たちの感覚が僕には分からないために、彼女の心を読んだかのような言葉はとても度肝を抜いた。自分でも目を逸らしていたことが、第三者にこうも容易くバレているなんて、とショックを受けた。この夕日の中、顔色なんてわかろうはずもないのに、自分でも薄々でしか気づいていない不調を見抜かれて驚いた。

 

 顔色を伺う、目で見極める。僕は、そういった人の内心を察する力が乏しいようだ。前世でも空気を読まない発言をしては、クラスメイトから遠巻きにされたものだ。いや、自分から話しかけなかったから交友が無かっただけかもしれないけど。

 対人関係がデリカシーの無さによって少なくなり、それによって対人経験値が減って、空気が読めなくなる。そんな悪循環に陥った僕の楽園は、娯楽の世界だった。

 溺れていたのか、飢えていたのか。今でも良く分からない。

 

 『お前は、現実逃避をしてるだけだ』

 

 小説を読みふける僕に、そう言った人が居た。

 どうにも周りからはそう見えていたらしく、自分でもそうなんじゃないかと思い始めて。その末、僕は自分の『サブカル愛』とでもいうべき衝動に自信を持てなくなった。

 

 僕は本当に、娯楽が好きなのか。本当は逃避の場にしているだけなんじゃないのか。

 人の心なんて複雑怪奇なものは、何処まで潜っても底知れない。自分が完全に娯楽を現実逃避の手段としていないとは言えないし、その逆もまたしかりだ。自分に自信の持てなかった僕は、趣味にすら自信を持てなくなった。

 小説を読んでないと苦しい。息苦しくて、生き苦しい。なんて、こんな表現もどっかの小説で学んだ借り物で、それがどんな小説だったのか思い出すこともできない。

 今まで読んだ本の数なんて答えられないし、好きな作家を聞かれても即答できない。そんな僕は、果たして本好きなのだろうか。

 そもそも、『好き』ってなんだろう。『愛』はどうやって証明できるんだろう。教えてくれたら、証明してやるのに。

 僕はきっと、絶対物語の世界を愛しているって。

 

 だから――

 

「――ムくん。アダムくーん?」

「あ、ごめん。ぼーっとしてた」

「まただね」

「うん。そうだね」

 

 そっとルミアさんの顔から目を逸らす。人の目を見て話すのは礼儀だが、僕はそれが大の苦手で、十秒も続けると息が乱れてくるのだ。だから仕方ない。荒れた呼吸を聞かれて、『うわー、私の臭い嗅いでるのかなぁ』なんて思われちゃあ、たまったもんじゃないから。

 

「――まぁ、グレン先生の話に思うところが無いわけじゃあなかったし、そりゃ、気分の一つも悪くなるよ」

「そうかなぁ」

「そうだよ。ほら、システィーナ……さん、も顔を真っ青にしてたでしょ?」

「うーん。確かにそうだけど……」

「でしょ?」

 

 案外話せているな、と朧に感じた。

 それもこれも、向こうの語り口が上手いからだろう。何と言うか、親しみやすいというか、話しやすいというか……こういうところが人気の理由なのだろう。

 

「ああ、そうそう。それで、そのシスティの事なんだけどね」

「どうしたの?」

「うん。アダム君に聞きたいんだけどさ。もしかしてアダム君、システィの事が好きなんじゃないかなって」

 

 訳の分からない質問だった。気分は笑顔でニコニコしている少女に真っ向から包丁をぶっ刺された様な……まんまジャン=ポール・マラーさんじゃねぇか。

 

「……えーっと」

 

 返答に窮して、言葉を探して、でもなかなかいい誤魔化し方も思いつかなかったものだから、これまた正直に答えた。

 

「嫌いでは、ないかなぁ。どちらかというと、苦手な感じで。好きかどうかは、うん」

 

 そっかー、と笑う彼女に、何故突然こんな爆弾を放り込んできたのかと訝しむ。

 いや、案外女子ではこういう話が一般的なのだろうか。だとすれば、これも世間話の一環ということで、こうして身構えているのは寧ろ失礼に当たるんじゃないか?

 いやいや、でも普通に世間話でこんな話をぶち込むか? 話すにしても仲のいい間柄じゃ――ってことは、僕はルミアさんに『仲が良い人』判定され――違う違う。思い上がるな。僕如きがそんな事――。

 

 あはは、あははははー、と誤魔化す様に笑っていたのは覚えている。この後も何事かを話していたのも覚えている。学食とか、授業とか、そんな他愛ない話を。

 でも、この質問のインパクトが強すぎたせいだろう。それらの記憶が、良く思い出せなかった。

 

「じゃあ私、こっちだから」

「あ、はい。じゃあ、また明日」

「うん。さようなら。またね」

 

 気付けばフェジテの街並みに溶け込むような一軒家の玄関に立っていた。家に入って、荷物を部屋に置いて、暫くぼーっとしているとシャルロットが返ってきた。

 

 結局、何故ルミアさんが 話しかけてきたのかは分からないままだった。

 普通に考えれば、多分、システィーナの事を聞きに来ただけなんだろうけど。

 でも、なんで?

 

 ……考えても分からなかったから、とりあえず記憶に残った僅かな会話も忘れることにした。

 多分気紛れか何かなのだろう、と。

 

 

 

 夕食を食べて、寝床について、瞼を閉じれば、その時の戸惑いは既に朝靄の様に消え失せていた。

 

 

***

 

 

 翌日の事。その日も平時と何ら変わらない一日。

 が、ただ一つ、異常事態ともいえる出来事があった。

 グレン先生が、始業よりも早く教室へ来た、ということである。

 

「おい、白猫」

 

 物思いに耽っていたように見えるシスティーナは、その声にびくりと肩を震わせて現実に戻る。

 

「おい、聞いてんのか、白猫。返事しろ」

「し、白猫……それ、私の事? な、何よそれっ」

 

 全然関係ない話だが、何故か少女漫画というと大抵ムズ痒くなるほどのイケメンが少女に壁ドンして、『俺の子猫ちゃん』とかって囁いてるイメージがある。アレは何処から広まったのだろうか。

 

「人を動物扱いしないでください!」

 

 そんな。女子って子猫ちゃん扱いされたら喜ぶんじゃないのかっ?

 

「私にはシスティーナって名前が――」

「――うるさい、話を聞け。昨日の事で、お前に言いたいことがある」

 

 ()()()()、と聞こえた瞬間に、システィーナはびくりと身を震わせた。

 どうやら、軽いトラウマになっているように見えた。

 

「な、何よ、昨日の話ッ!? そこまでして私を論破したいの? 魔術が下らないものだって、決めつけたいのっ? だったら――」

 

 臆した自分を鼓舞するように声を張り上げ、

 その虚勢をグレン先生は断ち切る。

 

「――昨日はすまなかった」

「へ?」

 

 柄でもない謝罪に対して、誰もが騒然とした。

 ()()グレン先生が謝るだなんて、誰一人として思わなかったのだ。

 

「その、まぁ、何だ。大切なものは人それぞれだよ、な? 俺は魔術が大嫌いだが、それをお前にどうこう言うのは筋が違うっつーか、言いすぎたっつーか……その、まぁ、あれだ。悪かった」

「……はぁ?」

 

 気まずさげにそう言って、グレン先生は頭を下げた。下げたと言っても、僅かな角度だが。

 それは見ようによっては謝罪と見える程度の代物で、システィーナの返答に聊かの怒気が籠っているように聞こえたのも無理はない。

 だが、グレン先生は、言いたいことは言ったとばかりにシスティーナの前を離れる。

 

 騒めく教室。初回の授業よりも激しいざわめきを、グレン先生は聞いているのかいないのか。ただ黒板に背を預けて目を閉じ、何かを待つように静かに佇んでいた。

 そして始業の鐘が鳴る。

 それと同時に、グレン先生は目を開き、こういった。

 

「じゃ、授業を始める」

 

 まるで、トランプを交換するぐらい自然に、港に爆撃を仕掛ける様な『宣言』をした。

 

 駄目講師グレン、覚醒。

 後にそう取り沙汰される一日は、こうして幕を開けた。

 

 直後に思いっきり教科書を投げ捨てたけど。ナイスフォーム。

 

 

 

「お前等って、本当に馬鹿だよな」

 

 ビシィ、と空気が凍った。

 開幕のジャブにしてはどぎついストレート。

 そんなド直球な暴言を吐かれ、クラス中は怒りに震えた。

 

 喧々諤々。

 辛うじて怒鳴り出さないだけ、まだお行儀は良いのだが、それでも地に落ちたはずの好感度は更に地底まで抉りこむ。

 

「【ショック・ボルト】程度の一節詠唱すらできない相手に言われたくないね」

 

 綺麗な合いの手(返し)を入れたのは、我らが眼鏡、ギイブルだ。いつものように自信に満ちた顔で、僕らを代表した。

 お前如きに言われたくねぇ。というのは、誰もが思ったことだろう。

 事実、グレン先生も自分に才能が無いのは分かっていた。だから頭を掻いて自身が三流であることを認めるが――

 

「ま、確かにそれを言われると耳が痛い。俺は男に生まれつきながらも魔力操作の感覚と、詠唱省略のセンスに優れなくてな。絶望的と言ってもいいくらいで、学生時代には苦労したもんだ。

 ……だがな? 『程度』、と言ったか。やっぱお前は分かってねぇよ」

 

 ――けれど、一流ではない(教え導く資格が無い)ことは、認めない。

 

「確か、ギイブルだったか。いいぜ、お前が『程度』と宣った【ショック・ボルト】を使って、お前らがどれだけ阿保なのかを証明してやるよ」

 

 ギイブルを睨むグレン先生は不敵な笑みを浮かべる。その瞳は相変わらず淀んでいたが、だが、その奥底の心は少し楽し気に揺れた気がした。

 身を(ひるがえ)し、黒板にチョークを走らせる。これまでと違って見やすく綺麗な字で書かれたのは、“雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ”という一文。続けて掲げたのは、【ショック・ボルト】の呪文書だった。前世でも見覚えのある様な羅列は、まるで厨二病患者が全身全霊で掻き上げた様な引く程本格的な術式と数式。

 使用されている言語がちょっとカッコいい『ルーン語』であることも、それに拍車をかけた。共感性羞恥で耳が赤くなるものは居ないが。

 あ、いや。習い始めの頃は、マジでこれを唱えるのか……と恥ずかしくなったものだな。

 

「はーい。この痛々しくて小っ恥ずかしい詩みたいな文章とか、ルーン語で書かれた術式や数識……ひっくるめて魔術式っていうのが書かれている黒魔【ショック・ボルト】の呪文書でーす。

 ……お前らの基礎能力は問題無いものだとしよう。これらの術式を暗記して、呪文を唱える。すると何故か魔術が発動、これが俗にいう『呪文を覚えた』ってことだな」

 

 そして掲げていた呪文書を教卓に放り投げ、チョークを持つ手とは逆の、左手で扉の方に指を差し向ける。

 

「ショックボルトの基本的な呪文詠唱は三節……《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》っと」

 

 閃光が扉のギリギリ手前まで駆け抜け、消滅する。誰もができる程度の魔術だが、思えば、グレン先生は僕らの前で初めて魔術を使ったかもしれない。

 錬金術の授業はなんやかんやでつぶれたし、それ以外の授業はサボっていたからだ。

 

「っとまぁ、こんな感じだな。じゃあ、此処でだ」

 

 当然できることをして、当然起こるべきことが起きて、何もおかしいことは無く。

 じゃあ、と先生は続けて、一本の線を引いて。

 

 “雷精よ・紫電の/衝撃以て・撃ち倒せ”

 

「さて、これを唱えると何が起こる?」

 

 そんなことを宣った。

 当然ながら、正しい詠唱じゃなければ魔術は正しく発動しない。失敗するのだ。間違った操作をした実験の様に、間違った結果が出る。

 

「ギイブル。お前なら答えられんだろう? ほれ、答えを言ってみろ」

「なっ」

「んー、詠唱条件は……速度二十四、音階三階半、テンション――」

 

 グレン先生が前提条件を上げ連ねていると、指名されたギイブルは理不尽に対して怒る様に口を挿んだ。

 

「そっ、そんな詠唱、成功するわけがないだろうっ」

「んなもん知ってるよ。俺が聞いてんのは、どんな形で失敗するかってことだ」

 

 間違った詠唱をすれば失敗する。そんなことは誰でも知っているし、常識以前の当然だ。

 だからギイブルはそう答えた。だが、先生は『失敗の形』を問う。

 

 正しい詠唱しか学んでこなかったギイブル(かれら)は、答えられない。

 

「どんな、形……? それは、ランダムで……」

「ランダム? ……ラ、ン、ダ、ムぅ?」

「何が可笑しいっ」

 

 自身の常識から外れた問題を、常識に則って勉強してきたものが答えられるわけがない。

 正解なんて、答えられない。

 答えが的外れなものになるのは、自然な事だった。

 

「っぷ、ぎゃははははははは! あーダメダメ笑わせないでお腹痛い、ひー! マジで言ってんのか!?」

 

 すると、その答えが心の底からの真剣なものだと気付いたグレン先生は、腹の底から笑い声をあげた。

 お前等は、この程度も答えられねぇのかと。そう言う様に。

 

「はー、笑った笑った」

「じゃ、じゃあ! 貴方は答えられるんですかっ?」

 

 答えられない解答を、教師が用意するわけがない。だが、今までの素行を鑑みるに、グレン先生ならやりかねないとギイブルは判断した。

 だから、そう聞き返した。

 

「ああ勿論。答えは、()()()()()、だ」

 

 そして初期の条件と同じくして、詠唱だけ四節に区切られた【ショック・ボルト】は放たれる。

 それは先生の言った通り、確かに数十センチ進んだ先で右に曲がった。

 

『な――っ!』

 

 偶然なのか。いや、有り得ない。確かに、何かしらの法則があるのだと、誰もが気付かされた。

 『失敗の法則』。教本通りにやれば成功させやすく、失敗してもダメだったところばかり気にして何故そうなったのかを問い詰めない教育では、教えられることのない法則。

 

「因みに、此処で区切ると」

 

 “雷/精よ・紫電の/衝撃以て・撃ち倒せ”

 

「射程距離が三分の一以下になる」

 

 これもまた、宣言通りの結果となる。

 まるでそういう【固有魔術(オリジナル)】でも使ったんじゃないかと、そう思ったものもいたかもしれない。信じられない、という視線は徐々に熱を帯び、この人は凄い、という感心に変わる。

 感心すれば敬意が生まれ、今まで落ちた分の好感のギャップで、それは劇的な反応を起こす。

 即ち、熱狂だ。

 

「じゃあ次、この部分を消すとどうなるか――は、そろそろ答えてもらうか」

 

 書かれた詠唱は“雷精よ・紫電   以て・撃ち倒せ”だ。

 手を上げるものは居ない。誰かが『分かりません』と言い出すには、グレン先生が積み上げた愚行が重すぎて、自尊心が邪魔をする。

 

「だぁれも答えられる奴が居ねぇのかぁ? んー?」

 

 煽る様なその声に、けれど誰もが口を噤まざるを得ない。

 自分の知らないことを知る者に敬意を払えない学徒は、この教室にはいないのだから。

 

「おいおい、全滅か? 情けないな、()()()んじゃなかったのか?」

 

 『分かるわけがない』、だなんてのは誰もが抱える感想だ。だけれど、それを口にできるほど、彼らは恥知らずでもない。試してもいないのに、知らないとは言えないのだから。

 

 失敗を知らず、成功だけしかできない。其れの、何処が『()()()』なのか。

 ああ、そうか。此処でようやく、自分らは(きわ)めたという言葉の意味を理解していなかったと生徒等は気付いた。

 

 煽りに返せる言葉を持たず。沈黙で以てのみ返す。

 当然、僕もそれに習い、口を閉ざした。目立ちたくないから。

 

「ふーむ。だがこれじゃあ、授業にならねーしなぁ」

 

 そんなことを言って、チョークを置く。

 教室中を見渡していたグレン先生の視線が、ある一点――僕の横、シャルロット――で止まる。昔の同僚の姿を見て動揺してるのか、口元が引き攣っていた。

 そこから視線を逸らし、僕と見つめ合いになる。

 

「じゃあ、アダム=リュクス。お前はどうだ?」

「……あ、え? 僕ですか?」

「そ、お前だ」

 

 すると何故かグレン先生は、態々僕を回答者に決めた。

 目が合ったからだろうか。

 熊かよ。

 

 急に差されて戸惑う。確かに答えは知っている。原作知識で以てチートしようとした時期に、散々実験したからだ。だから答えられるが……それは、目立ちはしないだろうか?

 答えられなくてもいい、という空気を感じながら、僕は適当に誤魔化そうかと考えた。

 

「威力が落ちます」

 

 けど、何故か僕は答えていた。

 

「正解」

 

 にやりと笑ったグレン先生の顔を見る暇もなく、僕は自分自身に驚いていた。

 嘘だろう?僕は、もしかして目立ちたがり屋だったのか?

 驚きの視線が痛い。関心の籠っているだろう視線を浴びて、息が詰まる。嗚呼、僕は根っからの陰キャなんだ。こっちを見るな。頼むから。

 

「なんだよ、答えられる奴もいるじゃねーか。じゃあやってみようか。《雷精よ・紫電の――」

 

 そして具体例を示した先生は、僕らに一つ問いかけた。

 

「大体、お前等疑問に思わねーのかよ。呪文覚えて、それを唱えて。すると何故か不思議な現象が起こる……果たして何故だ?」

「そ、それは世界の法則に干渉して――」

「――というと思ったぜ。じゃあ、更に聞こう。そもそも、魔術式ってのはなんだ? 『式』っていうのは、人の作った言語や数式や記号の羅列で、つまりは人の理解できるものだ。人から生まれたものだ。

 魔術式が世界に干渉できるとして、なんでそんなもんが世界の法則に干渉できるんだ? 何故それを覚えないといけない? なんで一見無関係そうな呪文を唱えると魔術が起動する?

 

 答えられんだろうな。『できて当たり前』、じゃあ、『できなかった理由』しか教わらないからな。『できる理由』は教わらない」

 

 これが、俺がお前らを『阿保だ』と称したわけだ。

 そう言ったグレン先生は、続けて教壇の前で宣言した。

 

「じゃ、お前らの阿保さも証明できたところで。今日はこの【ショック・ボルト】を題材にして術式構造と呪文の基礎を教えてやる。興味がない奴は寝てな。

 んじゃあ、始めるぞ」

 

 ペンを取り、ノートを広げる興奮の中。

 何故かシャルロットだけは気づかわし気に、僕を見ていた。

 

 

 

 グレン先生が初めて行った錬金術の授業は、特に今までと大きく変わったものは無く、けれど妙にするすると頭の中に入るものだった。例えば基本操作の一手順、『抽出』なんかは、それに使う器具と方法、扱いを失敗した時の危険性と、それが起こる理由、具体例、その操作によっておこる変化、一般的に何に使われて、どんな応用があるか。

 また、それに纏わる小話なんかも話してくれて、面白いほど学習は進んだ。

 

 今は魔法薬の試作、つまりは実習をしている。服の汚れや、付着した液による魔術的な干渉を起こさないように着替えた僕らは、スポイトやフラスコや魔法布を並べて、聖別された水や様々な触媒を調合している。

 作っているのは、魔法薬の性質を判別する試薬の一種。ヨウ素液みたいなものだ。

 

 ペトリ皿みたいな円形の硝子皿に砂粒の様な触媒が置かれている。砂銀と呼ばれる、遡れる限り最も古い文献にも登場する、極めて普遍的(ポピュラー)な魔術触媒だ。これを加工すれば法陣の溶液になったり、魔法薬作成の薬液になったり、特殊素材の保存液や、特定の金属の加工道具にもなる。極めて使い道の広いこれは、特徴的な魔力が染み付いている。

 いや、特徴的というと語弊があるが……まぁ、詳しく話しても意味が無いだろう。ヨウ素液の実験を唾液に濡れた米粒でやる様なものだ。別にこの触媒のみが持つ魔力でもないし、説明はまた今度ということで。

 

 兎に角、教室前方の教卓に山のように積まれたこの砂銀に対し、正常に反応する溶液を作り出すのが今回の課題だ。作り方に加えて途中に発生する反応や変化、出来上がりの状態などいろんなことを事前に教わっているので、成功するものは少なくないだろう。

 

「あれ? アダムくん、凄い早いね」

「ん、あ、ああ。まぁ、慣れてるからかな」

「へぇ、凄いねぇ」

「ありがとう。あと、セシル。そこ薬液入れる試験管が違うぞ。よそ見してると、下手すると怪我をする」

「え? ……うわわっ! 危なっ!」

 

 間一髪で触媒同士の拒絶反応が起こる組み合わせを阻止できた。別に拒絶反応を起こす触媒を混ぜる方法が無いわけでもないが、それに必要な道具は今回支給されていない。あの量と質では試験管一つが割れて使い物にならなくなる程度だろうが、それでも破片で怪我をする可能性はある。

 慌ててスポイトを隣の試験管に差し込んだセシルは、胸を撫で下ろし、そして礼を言ってくれる。

 

「ありがとうアダムくん、教えてくれて。……ああもう、まだバクバク言ってる」

「どういたしまして。気を付けなよ」

 

 ちょっとした会話も切り上げて、僕は最後の攪拌作業に入った。工程はこれが最後ではないが、殆ど最後まで調合は進んでいる。工程の中に抽出が多いレシピだから手透きな時間は多くできるが、何をすることもないのでその間に事前準備を進めていた。その結果が、セシルの言った『凄い早い』作業の理由だ。

 周りを見れば、慣れない器具の扱いに手間取っているために、まだ作業工程の半ばまでしか進んでいない姿が多く見受けられる。ギイブルとかシスティーナとか、あそこらへんはだいぶ早いけれど。

 

「ほぉん。流石、手慣れてるな」

「わ。……グレン先生、ですか」

 

 流石?

 どういうことだろう。何かグレン先生に『錬金術が得意』だというような情報を与えただろうか。

 覚えはない。唯一の心当たりとしても、シャルロットには口止めしてあるし……それ以外では、裏マーケットに色々流しているところを見られたりしたか?

 その場合、なんか脅してきそうな人なんだが、この人(ロクでなし)は。

 

 うーん。

 

「変な驚き方だな。今見回ってんだよ」

「そうですか。

 ……ええっと、なにか?」

「いんや、何も?」

「えっと、じゃあ……」

 

 じゃあ、なんで僕の手元をじっと見てるんでしょうか。

 その言葉は結局口に出ずに、沸騰し始めた液を別のフラスコに移して次の工程に入る。口下手な自分が恨めしい。

 その手際をじっと見つめてくるグレン先生に、たまらず僕はもう一度聞いた。

 

「……何でしょうか」

「いや、見事な手際だったからな。そろそろ終わりそうだし、良かったら他の生徒も手伝ってやってくれ。さっきみたいにな」

 

 見られて、いたのか。

 少しの気恥ずかしさを感じながら、僕はその言葉に「分かりました」と返した。

 

 

***

 

 

 歩いていると、ふと、違和感を覚える。

 

「あ、アダムくん」

 

 食堂の入り口をくぐるや否や、僕は呼び止められた。友人故に声で誰か判別出来た僕は、一旦後ろから来る人の邪魔にならないように、脇へと避けた。

 

「セシルか。奇遇だな」

「ちょっと着替えるのが遅くなって……」

「あー」

 

 その言葉でセシルが更衣室でカッシュと駄弁っていたのを思い出す。グレン先生の変わりようがあまりにも衝撃的だったためだろう。他の生徒も大体がそんな風に駄弁っていたため、此処まで来る道のりではⅡ組の生徒を見かけなかった。

 実質一番乗りではあるが、それでもいつもと比べると遅い。特にセシルは、いつも一番先に席についているような印象がある。見れば、頬に汗の跡が伺えた。走って来たのか。

 因みに、僕も普段から早着替えするタイプだ。性分だということもあるが、放っておいた鞄を覗かれて他くないという理由もある。バレたらまずいというか、少なくとも取調室に連れていかれる程度には危ないものがあるからだ。

 

 それはさておいても、果たして他の皆は何時来るのだろうか。喋り尽くして昼ご飯を忘れる羽目になれば面白いのだけれど。

 ああ、そうそう。きっと、グレン先生についてのおしゃべりは女子でも行われているのだろう。社交的なシャルロットの事だから、食堂に来るのはだいぶ後になるはずだ。

 

 ……というか、これか。違和感は。

 何時も傍に居たから、むしろ傍に居ないことが不自然に感じられる。違和感の正体は、シャルロットがいないこと。

 ううむ、なんか少し恥ずかしい理由だ。

 

「じゃあ、一緒に飯取りに行こうか」

 

 どうせ、シャルロットの姿も見えないことだし。

 

「うん。……そうだ、言い忘れてたんだけどさ」

 

 列に並んでいると、セシルが話題を振ってくる。

 珍しいことだ。

 

「言い忘れてたこと?」

「そう。その、さっきの授業、ありがとう」

 

 何のことか、と一瞬迷ったが、心当たりは直ぐに見つかる。

 先の授業でセシルにしたことなど、一つしかないからだ。

 

「……アドバイスの事か? 大したことじゃないぞ?」

 

 それは、グレン先生に言われた通りに行ってみた手伝いの事だ。

 

「でもこういうのはちゃんと言わないと、後になる程言いづらくなるもん」

 

 眉を跳ね上げ、次に顔を逸らした。その見上げた笑顔に、ムズ痒さを感じて。

 

 つくづく、そういうところが凄いって思う。

 例えば食事の毎に惰性で手を合わせる僕とは違い、きちんと気持ちの籠った言葉だと傍目でも分かるそれをするセシルは、何と言うかド直球で純粋だ。

 

 いじめを看過できず、ポイ捨てを見とがめて、でもだらけるのを見過ごすぐらいには柔軟性のある……ああ、小学生の頃を思い出すな。

 思えば、誰しも子供の頃はこれほど純粋であったはずだ。

 

 セシルを見ていると感じる微笑ましさは、そういうところから湧いているのかもしれない。

 一人で納得して、セシルに習って口に出した。

 

「セシルのそういうところは、凄い美徳だと思うよ」

「そうかな?」

「うん」

 

 思ったことを素直に口にするには、時間は敵だ。

 タイミングを逃して、どんどん先延ばしにすると、ますます言いにくくなる。

 

 適当なメニューを選んだ僕らはお盆を取り、いつもの席へ向かって定位置に座る。

 

「ギイブル君も来てないね」

「ああ、あいつも着替えるの遅いからな」

 

 クラスメイトの駄弁りに巻き込まれていなければ、そろそろ来てもいい頃だが……入口に、それらしき影は無い。

 

「誰かに捕まったか、こりゃあ」

 

 そう呟いて、苦笑してやる。普段から毒舌なギイブルだが、別に人気は低くない。顔のせいか、それとも成績か、人柄というのはありえないだろうが、可能性はあった。

 

 ギイブルは極稀にだがいつものメンバー以外の生徒と話す機会もある。運が良ければ、構内のどこかでその姿を見かけることもできるだろう。

 それは道端で一食分の食費を拾うぐらいの幸運に匹敵する光景で。

 

 まぁ、つまり。

 滅多にないという意味である。

 

「お前、今変なことを考えただろう。そこはかとなくイラっとした」

「うおっ……ギイブル? もう来たのか?」

 

 折角クラスメイトと話せていたのに?

 

「……ああ、言いたいことは大体わかったよ。一つ断っておくが、僕は別に社交性が無いわけではない」

「いやいや、またまた」

「事実だ。事務的だというだけで、別に人見知りとかではないからな」

 

 そう言えばそうだった。自分から話しかけに行かないだけで、基本的には話を振られても返さなかったことは無いな。

 あれ、それじゃあなんで孤高()だなんて印象が着いたんだろうか。

 気質か。

 

「さて、今日はシャルロットも遅れているようだし、此処座るぞ」

「あ」

 

 ギイブルが座ったのは、いつもシャルロットが座る席。つまりは僕の隣の席だ。

 

 なんで今日に限って此処に?

 そんな考えを読んだように、彼は口を開く。

 

「大したことじゃあないんだが、一つ聞きたいことがある」

 

 そこまで言うと、まるで気まずさを隠すようにスープを一掬いして啜る。上品に嚥下されたそれは、どうやらお気に召した様で、続く言葉は少しだけ軽かった。

 

「【ショック・ボルト】の改変の話だ……知ってた、んだよな?」

「公式の事なら、まぁ……」

 

 なら。

 

「良ければ、僕に教えてくれないか?」

 

 呆気に取られた。

 重々しそうに語るそれが、本当に些細なことだから。

 

「別に構わないよ。僕もいつか自慢しようと思って温め続けて、いつの間にか存在ごと忘れてたネタだしね。セシルも一緒にどうだい?」

「え、僕? うーん、じゃあ、お願いするよ」

「分かった」

 

 斯くして、僕の放課後の予定が一つ埋まった。

 

 

***

 

 

 そう言えば。

 昨日の様な夕日を浴びる帰り道、ふと午前の授業を思い出す。

 そして、それをなんとなく、隣を歩くシャルロットに言ってみた。

 

「シャルロット」

「なんでしょう、マスター」

「愛してる」

「はい、知ってます。私も愛してますよ、マスター」

 

 ふむ。

 僕の言葉の力って弱いなぁ。

 肩透かしを食らった気分で、僕は「急にどうしたんですか?」と聞いてくるシャルロットを適当に誤魔化した。

 

「今日の夕飯は何が良い?」

「ん-っと。昨日ムニお婆さんからバケットをいただいたので、それに合うのをお願いします」

「ああ、パン屋の。じゃあコンソメスープでも作ろうか。冷蔵してあったはずだし」

「わ。良いですね、それ」




聖晶片×1 獲得!

※ルミアさんは年頃の乙女らしく『(最近のあの視線……。まさか、アダム君はシスティの事をラヴに思ってるんじゃ……ッ!)』ときゃいきゃいしていただけです。
※残念ながら、普段話さない相手なだけに話を聞くのが強引になり、あらぬ勘違いと警戒を抱かせてしまいましたが。なお、彼女はクラスの女子代表として聞きに来ていました。

 『別に、アダム君へ特別な感情とか……ないですよ』

なんつって。



明日 の 投稿は 16:12 です。
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