シャルロット・コルデーに聖杯を貢ぎたい……お淑やかな服の下でははちきれんばかりになってる才能を丸出しにしたい……そう思ったとき、既に行動は完了していた(理性蒸発)   作:夢見る人・夢描く人

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別名:オレTUEEEに見せかけた伏線ばら撒き回~分量二倍~


ロクでなし魔術講師と恋愛妄想(エロトマニア) 六話 後日譚

「お、何だお前等、休日にこんなところぶらついて」

 

 グレンが何時もの様になけなしの給金を賭け事につぎ込んだ(朝)帰り。予定調和の様に全額スって、数日後の給料日までゼロ円生活が確定したことを嘆いていると、見覚えのある三人組を見かけた。

 

 白猫ことシスティーナに、大天使ルミアに、元同僚のシャルロット。

 シャルロット一人が買い物袋を持っているところを見るに、買い物途中のシャルロットにばったり遭遇した二人が彼女に同伴しているといったところか。買い物袋は既に満杯な為、買い物は既に済んでいるのかもしれない。

 

「あ、先生。こんにち……大丈夫ですか?」

「先生じゃないですか。どうしたんですか」

「グレンくんですか。丁度いいので、荷物持ちしてくれませんか?」

 

 ルミアはグレンの目の隈を見て取り、心配した。とはいえ、グレン相手にそんな優しい態度をとるのは、この場では少数派だ。システィーナはそれがいつもの事であるかのように接し、シャルロットに至っては荷物持ちを任せようとする。まだ買い物を続けるのだろうか。

 グレンは学生服とは正反対に露出の少ない、町娘を思わせるシャルロットの私服を見て呟いく。

 

「……馬子にもいしょ」

「グレンくん?」

 

 石畳が罅割れる。ピシィ、というよりバキッ、と。

 

「何でもないっす。はい」

 

 グレンは背筋をピンと伸ばして敬礼した。こめかみと背筋を、冷や汗が伝う。

 何故見え透いた地雷を踏みぬくのか。 

 

 呆れ顔のシスティーナが街道の修理代って案外高額だったわよね、と思いを馳せていると、ルミアがシャルロットを宥め始めた。気を取られて居なければ、放っておきなさいとでも言っただろう。

 

「まぁまぁ、シャル。先生も、女の子にそんなことを言っちゃだめですよ?」

「はい、スミマセン。以後気を付けまーす」

「先生?」

「っす」

 

 教師と生徒という関係だが、実年齢はさほど遠くなく、しかも今は学院外。

 こうしていると、腹違いの姉弟がじゃれ合っているようだ。

 グレンが弟だ。精神年齢的に。

 

 まぁ良いでしょう。シャルロットはそう言って、話題を変えた。

 

「さっき偶然二人に会いまして、荷物を持って立ち話しも何なのでお家に誘ったんです」

 

 それを聞いて、グレンは言った。

 

「へー、面白そうじゃねぇか。俺もつれてけよ」

 

 シャルロットの家……ということは、アダムの家ということでもある。

 それはつまり、技術者として超一流の腕を持つ魔術師の家だということだ。

 

 運が良ければまだ世に出ていない論文やら模型やらが見れるかもしれないし、或いは自作の礼装の解説を聞いて知識を増やせるかもしれない。

 そんなまたとない良い機会だ。

 

 勿論、グレンの脳内には『あいつの工房にあるもん、一つぐらい譲ってくれればいい金になるな』とかしかないだろう。或いは、『譲ってもらう』でもなく『パクる』かもしれない。何かを学ぼうという気は恐らくない。

 だがアダムの工房を訪れることは、システィーナとルミアにとってはいい刺激になることだろう。そこにグレンの解説が加われば二人の勉強も進むはず。

 

 そんな打算もあって、シャルロットはグレンを家に招くことを承諾したのだ。代わりに荷物持ちをすることと引き換えに、と楽をするついでに。重くはないが邪魔なのだ。

 なんだかんだ、グレンはシャルロットに頭が上がらない。

 

 尚、買い物袋は家に入る直前にシャルロットが受け取った。聊か強引に。

 それにグレンは疑問符を抱いたが、直後家主の対応に納得する。

 

 ああ、いちゃついてんなぁ……。

 

 

***

 

 

 シャルロットが外出して短針が一回りするくらい。買い物を任せた彼女が帰ってきた。

 蝶番の軋む音を聞いて、おや、と思う。普段より早い。

 

「ただいま帰りましたー。マスター、お客さんですよー」

「お邪魔しまーす」

「お、お邪魔します」

「邪魔するぞー」

 

 玄関の方で、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 何してんだ、あの三人。

 そう呆れるとともに、シャルロットが早めに帰ってきた理由に目星がついた。

 あの三人が一緒に居たから、いい寄ってくる男や世間話を始める主婦が寄らなかったのだろう。

 

 一応、家主として歓待するべく椅子から腰を上げ、工房兼自室から廊下に出た。

 正面にシャルロットと学院の有名人三人組が見える。

 

「お帰り、シャルロット。荷物は預かるから、三人を客間に案内してくれ。

 三人も、いらっしゃい。でも滅多に客が来ないもんだから、大したもてなしはできないぞ」

 

「構わないわ。急に押し掛けたのはこっち――」

「おうおう、茶菓子ぐらいは出せよ? 因みに俺、クッキーとか食いたいな」

「――ちょっとは遠慮しなさいよ、アンタっ!」

 

 あはは、と苦笑するルミア。苦労人ポジションが板についてるな、と思った。

 

「はいはい、今から作り始めたら一時間くらい待ってもらうことになりますよ」

「え、マジで出してくれんの? ……ああいや、つかお前が作んのか?」

「何もこいつの要望を聞かなくったっていいのよ、アダム」

「客をもてなすのは家主の務めだし、準備もあるからな。できなくもない。というか、うちの炊事は分担で担当ですよ」

「へぇ、流石は保護者(マスター)だな」

 

 はい、荷物持ってくよ。ありがとうございます、マスター……あー、からだがー。

 おっと。

 

 シャルロットはわざとよろけ、まるで荷物が重かったとでも言う様に胸に倒れ込んでくる。サーヴァントがこれくらいで体幹を崩すわけがあるまいに。だが倒れないように抱きかかえると、シャルロットの顔が目の前に来た。

 わ、とルミアさんが赤面する。僕はそのまま、掬い上げるように荷物を受け取った。手と手が重なり、シャルロットの手が抜き取られる。

 

 シャルロットが渡してきた買い物袋を受け取り、リビングへと向かった。

 それじゃあ、ゆっくりくつろいでいってくれ。そう言い残して。

 

「さーて、どのお茶出すべきか」

 

 茶棚には数種類の茶缶が並んでいる。紅茶に拘る男ってかっこよくない? と考えたところ、色々凝り始めたのが理由だ。シャルロットは褒めてくれるが、彼女は絆レベルの関係で聊か僕に盲目的なきらいがある。

 システィーナさんとか貴族的で舌が肥えてそうだし、批評でも頼んでみようか。

 

 手を伸ばしたのは、一番扱いに自信のある茶葉。蓋を開けて匂いを嗅ぐ。

 うん、悪くない。お湯を沸かして、早速紅茶を入れる。自家栽培した茶葉で緑茶も作れるが、たぶん彼女らの口には合わないだろう。自分でもなんか不味いって感じるし。

 

「……あ、天使さん、おはよう。今はお客さんが来てるからね」

 

 茶缶を抱えたまま、眼の前を過ぎった釣り鐘型のナマモノへ朗らかな挨拶をかける。

 ルージュの口紅を引いたような唇は、人のそれよりも何倍も大きい。今にも頭を丸のみにされ、ギロチンのように首を噛み千切られるのではないかと恐ろしくなる。

 

 しかしもう日常に溶け込んで十数年の付き合いだ。彼女(自己申告)にシャルロットの物ではない意識が存在するのは知っているし、それが怪物や異形の様な危険なものではないとも知っている。

 気付けばそこに居て、頼めば家事を手伝ってくれる。ブラウニーの様な不思議なナニカであるだけだ。

 

 大体、魔術なんてものがある世界だ。どこぞのように歴史が焼かれたり、星が滅んだりしてもないなら驚くに値しない。

 アダムは意外と図太いのだ。

 

「あ、ちょっと冷蔵庫からクッキー生地を取ってくれない?

 ……うん、これこれ。ありがと」

 

 冷蔵庫から作り空きしていたクッキーの生地を取り出して貰い、それを自然解凍する。

 天使さんの頭(と思われるところ)を撫でてやると、その大きな唇がニヤリと弧を描く。

 

 やはり不気味である。

 それはどうしても否めない。

 

「……あ、お湯出来た」

 

 薬缶から蒸気が噴き出す。

 それを見て、クッキー生地に包丁が通る硬さになるまで待つ間に、先に紅茶も飲んでいてもらうことに決めた。

 お客が来るなんて滅多にないことだが、これからはお茶菓子を常備した方が良いだろうか。シャルロットと暮らしていると、三時のおやつは作り立てばかりになるし……女子ってホント、甘いものが好きだよなぁ。サーヴァントとは言え、受肉すれば流石に太る気がす――あ、毎回自分で買い出しに行くのってまさか。

 

 ……うん、それはさておいておこう。ちょっと太ったところで、シャルロットはシャルロットだ。

 

 四人分のティーカップとポットをトレイに乗せ、リビングの向かいの客間に向かう。

 尚、天使さんはいつの間にか消えていた。本当に神出鬼没だ。ていうか何なんだろうか彼女は。訳の分からない生態……生命?

 

 ドアノブを捻って部屋に入ると、そこではグレン先生が面白そうな話をしていた。

 

「――っつーことで、【固有魔術(オリジナル)】ってのは外注されることまであるんだ。それができるだけの腕を持ち、尚且つ信用できる相手を見つけるのが難しいがな」

「そんなこともあるんですね。因みに、先生のは?」

「俺のは自作だが……っと、アダムか」

 

 ティーカップを並べ、紅茶をそれぞれに注ぎ入れる。グレン先生がお礼を言ってそれに口を付けると、話に一区切りついたとして残りの二人も紅茶を飲んだ。

 システィーナが感嘆の声を漏らしたことに少し気分を良くしながら、グレン先生に先まで話していた話について聞いてみた。

 

 【固有魔術(オリジナル)】の外注……うまくいけば、新しい事業にできるかも知れない。

 

 

 

「そうだ、アダム。お前の工房見せてくれよ」

 

 話を聞き終えた後は雑談に移行した。

 解答し終えたクッキーを焼いて、それを囲んで談笑しているうちにそんな提案をグレン先生からされる。

 

「別にいいですけど、下手に触らないでくださいね。繊細なものがゴロゴロありますので」

 

 丁度ポットに入っている分を飲み終えた頃合いだ。クッキーも残り少ないし、これ以上うら若い女生徒二人(ルミアさんとシスティーナさん)をもてなせるようなものはシャルロットとの駄弁り以外思いつかなかった。

 見られて困る様なものはないが、小さな部品が散乱しているので作業机は余り触られたくない。そこ以外なら構わないけれど。

 

「アダムの工房……そんなのがあったの?」

「工房と言っても、自室と兼用してるけれど」

「何を作ってるのかな?」

「色々、としか言えないが……最近は時計だな。良い値段になる」

 

 ピンと来ない様子の彼女らに、お金持ちは珍しいものが多いんだと言って部屋を出る。

 背後でグレン先生が舌なめずりしているような気がしたけどそんなことは無かった。直接見たからわかるんだ。

 

 

 

 僕の自室兼工房の部屋は、客間から少しだけ離れた位置にある。二人のささやきから察するに、離れにでもあるのかと考えていたのか。あれは倉庫なんだけどな。……っと。

 工房の防衛機構を、そうと覚られないように解除し、三人を自室に招く。密かに聞こえたグレン先生の感嘆からするに、あの人にはバレているようだ。三人が帰った後、隠蔽技術にもう少し力を入れてみようか。

 

 カチャリという開錠音に紛れて響く高音は、一秒の六十分の一にも満たない時間、廊下を駆けた。ドアノブの表面では指紋による生体認証が行われ、魔術的な鍵も解除される。

 傍目には鍵を開けただけに見えるだろう動作の中でどれほどの仕掛けが解除されたのかは、きっとグレン先生にも把握されていないと思う。魔術師の工房はそこの主の心臓でもある。故に、防備は万全以上でなければいけないのだ。

 

「はい、ようこそ」

 

 扉を開くと、システィーナとルミアの二人が驚きの声を上げた。それは設備の充実さへの驚きと、掛かっただろう資金への畏怖と、予想を超えた光景から来る賞賛の声と思われる。そこらに転がる道具の一つ一つが、値の張る分の品質を持つ高級品。目が肥えていれば分かるのだろう。

 

「へぇ。中々本格的……というよりは、節操がないわね」

 

 その言葉に、僕は振り向かずに苦笑いした。確かに節操がないと言われれば返す言葉が無い。錬金術に蒸気機関に天文学に医術に礼装作成に魔術開発にetc……。手がけている研究が多すぎて、広すぎて、どの分野も遅々としているのが現状だ。

 

「あの模型、何だろ。歯車かな」

 

 ルミアの視線が向いたのは、大きめのサイズで設計しているパーペチュアル・カレンダーの模型。こっちの暦に合わせる為に微調整を続けてはや三年。なんか変な研究成果が出てしまったため、多分何処かで計算を間違っているのだと判断して資料を読み直しているところだ。

 

「ああ。時計仕掛けでカレンダーを作れないかって試しててね。その模型なんだけど、細かいところでズレが出てくるからまだ実用的ではないんだ」

 

 約三十センチほどのそれを抱え上げると、細かく分解して機構の説明をする。

 此処がこうで、あれがああで、組み合わさるとこんな風に動いて、そしてこうなると。そんな感じの説明を続けていると、システィーナが何かに気付く。

 

「あれ、でもそれって魔術でもいいんじゃないの?」

 

 僕は頷く。全くのその通りだからだ。

 

「確かにね。魔術を使った方がもっと簡単だけど……どの世界にも、好事家はいるもんだよ」

 

 この世界でも時計の類は普及している。とはいえ、それは魔術的な機構が組み込まれて居たり、異常な性質を帯びた素材などを使っているからで、僕の様な普通の素材で作り上げた時計というのはめったに見られない。そういう希少性から、僕の作る時計はそこそこ高く売れる。

 とは言え、別に時計が普及していないわけじゃあないので、前世のそれに比べれば大分安い。高い時でも三桁リルにギリギリ届くくらいだ。低くても三十リルぐらいだけれど。

 錬金術なんていうのはある世界なのだし、それを除いた人力での金属の加工技術があまり重視されていないのだろうと思う。いや、産業革命直後相当の文明レベルなのだから、これからに期待と言ったところだろう。

 

 因みに、上流階級にも格差はあるが、年収は大体二千リルから四千リルぐらいだ。その中から使用人やら豪邸の維持費やら差っ引かれて、だいぶ自由に使える金が減るとも聞く。金感情は何処でも苦しい。

 三十リルでも、流通や産業が階級ごとに根本から異なるから一概に低価格だともいえない。格差っていうやつだ。

 特に街で見かける支出から確認できる収入と、上流階層との差がえぐい。シャルロットなんか、軍属の時は一度の任務で今の数か月分の生活費を稼いでたからな。

 

 ……そういやグレン先生、元とは言え軍属だったくせになんで金が無くてヒィヒィ言ってるんだろう。

 ダメ人間だからか。退職金とかだけでもかなり貰ってると思うんだけどなぁ。一年で使い切ったのかな?

 

「それとは別の利点もあるぞ。白猫、魔術機構が組み込まれていないことによる利点、分かるか?」

「へ? えーっと、量産できる、とかですか?」

 

 急に話を振られたシスティーナさんは、まさ普通な答えをした。いきなり流れ始めた授業の空気に、グレン先生の言いたいことを察した僕はごそごそと機材を探し始めた。比較の見本は彼女らが今持っているし、必要なのは計測器ぐらいか。

 あ、納品前の試作品がある。これを比較対象にしよう。

 

「……まぁ、それも正しいが……ここでは違うな。じゃ、ルミアは分かるか?」

「うーん、魔力による影響を周囲に与えない、とかですか?」

 

 僕が持ち出した計測器を見て、そんな予測を立てたのだろう。自信は無さげだが、正解の筈だ。

 

「そうだな、それが正解だ」

 

 やっぱり。

 

「ちょっと待ってください、先生。魔術機構が周囲に与える影響って、そんなのどんだけ小さいと思ってるんですか? 授業で作る法陣ですら、計測器じゃあ誤差とされる態度の影響しか与えませんよ?」

「確かに一般生活中に使うならそうだがな、白猫、その考えは甘いぞ。授業用の計測器は元から誤差を想定されて作られている分、精度がひでぇんだよ。多分三年から扱うことにもなるかもしれねぇが、現場で使う計測器はもぅと繊細で高価なもんになる。

 例えば……アダム」

「はい。これなんかだね」

 

 僕が見せたのは、授業でよくみられる卓上置きのそれよりスリムで、手持ちであることを想定してる延べ棒状の機器。机にある本格的な奴は、使う前の手入れが面倒臭……今はまだ要らないだろう。

 

 計器の目盛りを覗き込んだ二人は、授業で使うものとは違って指針が複数本存在しているのを見て目を丸くする。なるほど、とシスティーナさんが呟けば、ルミアさんが何かわかったの? と問いかけた。

 

「ルミア、コレ、指針ごとに内部で使われてる素材が違うのよ。きっと。

 多分一番長いのが普段授業で使うミリ単位。次のものがマイクロ、かしら。一番ちっちゃいのは分からないけれど、もっと小さい単位なんだと思うわ」

「正解だ。その一番小せぇ指針はナノ単位。小数点七桁から九桁までを計る目盛りだ。目が痛くなんだろ?

 最も、そこを使う機会なんて殆ど存在しねぇけどな。こいつみてぇに個人製造でもしなけりゃ、触れることもないだろうよ」

 

 システィーナさんの口から単位が出てこない姿を見て、つくづく前世の豊かさを噛み締めた。学園ではなのという単位など出てくることもない。せいぜいが図書館の奥に放られている論文の幾つかに、その単位が用いられているのみだ。

 一般的でなさ過ぎて、存在を知る機会もない。ネットサーフィンなどで無駄な時間をこさえることも、時には利点に繋がるのだ。

 

「基本的にこの計器を使う場所っていうのは、魔力濃度の調整設備が整っていない個人工房が多いんだ。

 塵より遥かに小さなズレが信頼を水に帰すような仕事だからね。その日その日でちゃんと環境を確認して作業しないと、連結部品造ってたはずが魔力貯め込む性質を得てしまった、ってことにもなりかねない。

 それがどんな危ない事かは、先生にこの前聞いたよね」

 

 ……少し、知識で優位に立てているのが心地よい。

 グレン先生の説明に捕捉を入れ、具体的な例を示す。実体験から来るそれは、同時に体の古傷を疼かせる。

 あれは痛かったなぁ……。

 

「……確かに、言われてみればそうね。幾ら技術があっても、実験用の計器じゃ細かい機構なんて作れそうにないもの」

「そりゃあね。あれで測れるのは余程魔力が濃くない限り、花弁程度の大きさが精々だよ。

 それでもいろんな条件で大きな誤差が生じるし、とてもじゃないけど実用できないかな。まぁ、単純な大型機機器の調律とかならあの位の精度でも構わないけど」

 

 まじまじと見てくるので、変な扱いをしないと信頼して手渡す。調整摘みやレンジ切り替えのダイヤルや位相切り替えのスイッチとかがついてるけど、基本的には学生の実験用の計器とさほど変わらない。

 ただ少し、機能が多いだけ。

 

「ごちゃごちゃしてるね」

「うん。慣れるまでが一番大変な道具だよ。慣れれば凄く便利なんだけどね」

 

 ルミアさんが肩口越しに覗き込み、感想を述べる。僕も前世で初めて仕事で使う計器を見た時、うへぇ……と漏らしたもんだ。目盛りを読むのにも慣れが必要で、慣れてからも時折混乱するのが計器というものだ。

 全部デジタル化すればいいのに、何て愚痴を漏らしてたな。こっちではデジタルになんかしたら精度が酷くて使い物にならないけど。『魔術』っていう学問が根本的にデジタル変換に向いてない気がする。

 グレン先生の言葉を借りれば、『世界の真理を求めるのではなく、人の心理を突き詰める学問』だからなぁ。心拍数をデジタル視することはできても、感情を可視化するなんてできないというものだ。

 

「ん。この箱は何だ?」

 

 グレン先生が見つけたのは、机の脇に置いたる桐箱。中身は時計用の部品の予備だ。製品は既に出来上がっていて、後はベルトに着けるだけの状態だから此処には無い。買い物ついでにシャルロットが届けに行ってくれた。

 

「ああ、それが時計の部品ですよ。見ます?」

「いいのか? なら、見せてくれ」

 

 言われたとおりに箱を開け、中身を見せる。何か気持ち悪いものでも見せられたかのような引き攣り顔になられて、正直困惑している。何故だ。

 

「気持ちわりぃぐらいに均一だな……」

「いやー、やっぱ錬金術ってすごいですよね。僕みたいな若造でも、こんなもんが作れるんだから」

 

 精密機械方なしだぜ、と語るとグレン先生が突っ込んでくれた。

 

「いやいやいやっ、んな変態的なパーツ作れんのはお前ぐらいだよ!」

 

 変態とな。

 

「……マスター、嬉しそうですね?」

「褒められれば嬉しくなるだろ」

 

 褒めた訳ではないと思いますけどねぇ、と呟くシャルロットに心中で返答する。日本人に『変態』とは誉め言葉なのだよ、と。

 同人誌の性癖の幅には驚かされたものだ。心の底から敬意を込めて『変態だ……』と呟いたのはあれが初めてだった。

 

「それは兎も角として。

 別にこの均一さに種が無いわけじゃないんです。半ば固有魔術(オリジナル)……技術ですけど、精密部品の量産化に成功してまして」

「……ああ、うん。確かにセリカが褒めるわけだわ……。

 それで、精密部品の量産って……あー、どのくらい精密なのまで行けるんだ?」

「現状存在するような部品なら、全部行けると思いますよ」

 

 当然、自作の時計機構の部品も。

 

 Oh……と言いたげな先生にどや顔を向け、ちょびっと胸を張る。

 自分でも割とすごいと思えた成果だ。これまでは専用の器具を使って一つ一つ手作りしなければならなかったことも思えば、量産化時代はよと言ってしまうのも当然だ。所詮時代は工場制手工業。もう一、二回産業革命が起こらない限り、時代の大量生産技術が僕に追い付くことは無いだろう。

 

 マジかよこいつって言いたげな顔をしている先生は突然我に返り頭を抱えた。

 確かにこの情報をそこらに漏らせば、それだけで向こう数日は先生でも懐暖かな生活が送れるだろう。だが僕は知っている。そんなことをすれば、僕は当然のこととして先生もまともな生活を送れなくなる。

 ぶっちゃけ、フェジテで紛争が起こりかねない。

 要は厄介ごとの種を抱え込んだわけだ。

 

 

「ところでこの、カレンダー? って完成してないの? 素人目にはよくできているように思えるのだけれど……」

「ああ、それ? いや、閏年とかに合わせようと調整してたらさ、なんか変な結果が出るんだよ。どっか調整し直さないと未来の日付がずれるんだよね」

 

 だからシャルロットに頼んで特務分室に後ろ盾に……っと。

 システィーナさんは今現在調整中の模型を指さしている。計器は机に置かれていた。ツンツンと突つかれても壊れはしないが、なんとなく居たたまれなくなってその手を止めさせた。

 そのまま模型の螺子を巻き、手を放して動かし始める。小気味いい音を刻みながら歯車は回り、見るものも目を楽しませる。

 

「へー。……で、どんな風に可笑しいんだ?」

「それはですね……あった」

 

 それに関して、先生の意見も聞きたいために自筆のレポートを棚から抜き出し、表題を確かめる。

 うん、これであってるな。

 僕は研究成果の纏められた紙束を渡し、言った。

 

「何回計算しても星の動きが可笑しくて、計算通りだと結構昔に大陸一つ消し飛んでることになるんですよ。

 どのタイミングかは分かりませんけど、旧い資料と比べて星の運行がずれてるんです」

「消しっ……ああ、『四百年星体運行問題』の事か」

 

 おや、知ってたらしい。中々にマニアックな問題なはずなのに。

 なら何か持論の一つもあるかもしれない。グレン先生の意見を仰ごうとすると、占星術は専門外だと突き返される。苦味の迸った顔。何か占星術に嫌な思い出でもあるのだろうか。

 

 『四百年星体運行問題』とは、古い文書と今の計測結果の奇妙なズレに関する問題。唯一分かっているのが『凡そ六百から三百年前――恐らくは四百年前ほど昔に星の運行に何らかの影響が与えられたのではないか』という事だけ。

 僕の『大陸消滅説』はあまり主流ではなく、今は『戦争影響説』、『隕石飛来説』、『災害説』、などが主に考えられているらしい。

 とは言えそれらを纏めた論文など、あまりにもマイナーな話だからか、帝国学院の図書館ですら僅かに資料が見られる程度だ。誰が見つけられるんだよ、あんなの。

 

 因みにこの通称『四百年問題』、なんならば『記録方法の差異説』なんてのまである。それは、古い資料が間違った計測方法の下に作成されていたとする説だ。

 だが、星の観測など現在も昔も変わらない上、計算にもミスが見当たらない。ただ、観測結果だけが可笑しいだけ。その上、当時の資料は押しなべて同じような計測結果を出している。

 端的に言って、馬鹿馬鹿しすぎる仮説だった。いっそ妄想とすら言える。そんなものを、当時生き生きと議論していた学者らの間に放り込んだらどうなるか。

 

 ――昔と現在で、何か星の観測・記録方法に大きな変化が出たのか? 馬鹿な。そんなことがあれば歴史書に書かれているだろう。

 ――そもそも世界規模で資料に誤りが発生するなど、どんな異常現象だ? 大陸が消し飛ぶよりも有り得ない話じゃないか。

 ――よもや君は、先人が皆智慧の無い猿だとでもいうつもりかね? 数字すらまともに記録できない、馬鹿であるとでも?

 ――もしかしてタウムの天文神殿の天象儀装置をご存じない? あれは確かな古代の天体運行だったと証明が為されているのだが、何か反証でも?

 

 その他等々の『素人質問で恐縮ですが(知識人用の凶器)』を受けて、その節の提唱者は学界から消えたと聞く。まぁ、面白い考えだったからか、まだ根強い支持者がいるらしいけど。

 でも今となってはまともに論じられることのない問題だから、そうそう見かけることもない。

 現在は古代人の持つ文明を見直している流れができているので、また数十年ぐらい早くその説を出していればちやほやされたんじゃないかな。

 

 

 

 それから僕は自分の造ってきた製品や実際の収益なんかを話し、ちょっとした雑談が小規模な社会科見学の様子を模してくるようになった。

 

「……って、よくよく考えればあんた結構稼いでるじゃない。なんでこんな小さい家に住んでるの?」

「や、宝石魔術に研究やらで資金が溶けるんだよ」

 

 現状で収入の八割が溶けている。

 

「そんなに? あんた何の研究してるのよ。お爺様でもそこまでじゃなかったわよ」

「そりゃシスティーナさんのとこは考古学だったからでしょ。器具の購入や実地調査、後文献にお金はかかっても、逆を言えばその程度じゃないか。宝石魔術って一つ試すごとに宝石一つ消費するから馬鹿にならない出費になるんだよ」

 

「……ちょっと待って。今()()って聞こえたんだけれど」

「そう言ったよ」

 

 まさか、とシスティーナさんが呟いた。

 

「……その、先日グレン先生に手渡させた宝石って、原材料費幾らなのかしら?」

 

 ちょっと声が震えている。

 概算で一個当たりの原材料費を言ってあげれば、信じられないものを見る目で三人に見られた。

 いやグレン先生。貴方昔そのバカ高い消耗品バカスカ使かってた側でしょーに。

 

「いや、上司の個人的な伝手で手に入れた備品の値段なんて知ってるわけねーだろ……。

 マジかよ。もう少し安いと思ってたぜ」

 

 

 

 この後、部屋の奥に戸棚で隠すようにして置いてあるベッドを見つけたルミアさんが赤面したり、ふと見た棚に大粒の宝石が山のように入っているのを見てシスティーナさんが頬を引き攣らせたり、金銭感覚が破綻している空間に居続けてグレン先生がゾンビになり掛けたり、色々ありながらも時間が過ぎて行く。

 一番大変だったグレン先生の強行を、シャルロットが後頭部への一発で止めた後はかなり平穏な空気になった。けれど女子が多すぎることに気付いて急にそわそわしてしまい、不審な目で見られたりもした。起きてると目が離せなくて面倒だが、寝ているとそれはそれで気まずい。手癖の悪くないグレン先生は何処で売ってるんでしょうか。

 

 あ、非売品でしたか。そうでしたかすいません。

 

 日も暮れ、そろそろ帰ろうとした二人を送ろうとシャルロットらは外に出る。ぐっと背伸びしながら、グレン先生が起きるのを待った。

 

「……ん、ここ、は……ああ、そうか」

「おはようございます。もう夕方ですよ」

「へ? んな馬鹿な……ってマジかよ! どんだけ寝てたんだ、俺……?」

「二、三時間ぐらいですよ。一応病院行きます?」

「いや、いい。家でセリカに見て貰った方が安上がりだ」

 

 さいで。

 

「じゃ、そろそろ帰ります? これから夕飯の支度があるんですよ」

「お、そうなのか? んじゃあ俺もご相伴に――」

「因みに、寝てる間にセリカさんから連絡が来てましたよ。そろそろ帰らないと不味くないですか」

「――っと急用思い出した。悪いな。寂しいだろうが、俺はこれで帰らなくてはいけないのだ……!」

「はいはい」

 

 玄関でグレン先生を見送ったら、手を洗って夕飯の準備に取り掛かる。

 シャルロットが帰ってくる頃には、食卓にご飯が並んでいるだろう。

 

 

 

 シャルロットがシスティーナとルミアを送った帰り。ばったりとグレンと出くわし、そこで少し歩かないかと提案された。

 それを承諾し、シャルロットはグレンの帰路に付き添った。まだ、シャルロットの中ではグレンは手のかかる後輩だというイメージが残っている。

 

 ――斯くしてグレンは、シャルロットと並んで歩いていた。

 

 偶然ばったりと出会い、つい口を突いて出てしまった言葉に後悔しながら彼女の隣を歩いていた。正直な所、居心地が悪い。

 妙な罪悪感が襲う中、人目を気にするように暫く口籠ってから当たり障りのない話題を投げかける。

 

「随分と温い奴だな。あんたのマスターは」

 

 先輩、と敬称をつけずに呼んでも拳が飛んでこない。

 少し寂しいような、ほっとするような。

 ああ、調子が狂う。

 

 アダムについて、グレンはこの()()の飼い主なのだから、もっとイカれていたり、頭の螺子が外れているのだと思っていた。学院では、その面を隠しているだけだろうとも。

 でなければ、あんな過剰防衛な礼装など作らないだろうとも思っていた。

 それを確かめるためにシスティーナらに同行した、その一面も確かにあったのだ。

 

 だが、今日見たのは何だ。友人が家に遊びに来て、照れくさくも嬉しそうにしていた、唯の少年だったではないか。挙句、自身の研究成果を無警戒に見せて、手土産にと研究レポートまで渡して。

 手に持つ紙束の感触を確かめて、それが夢でないと三度目の確認をした。

 

 人懐っこい子犬を見ている気分だった。いや、澄ましている分、教鞭を振るう教室で優等生を気取っている眼鏡の方が近いだろうか。

 

 本来はあれが正しいのだ。自分の方が間違っているのだ。

 グレンはそう思いながら、とても胸のむかつきを隠せなかった。

 だがそれは自分に向けているものだけではない。

 

「そうでしょう? 自慢のマスターです」

 

 ニコニコと、この元同僚(シャルロット)は胸を張る。胸のむかつきは、この人に向けているものも多分に含まれている。

 思えば特務分室時代から、この人の事は理解が及ばなかった。一切の加齢をしている様子が見受けられないのも、身体強化術式も使わずリィエルと同程度の腕力を振るえるのも。

 

 まるで、非人道な実験の産物で生み出された強化人間のようだ、とセリカがぼやいていたのを思い出す。

 グレンは寧ろ、シャルロットを見て『セリカのようだ』と感じた。その泰然とした佇まいが、常に余裕気なセリカと重なって見えたから。

 

 一度、グレンはセリカにシャルロットが彼女と同じ永遠者(イモータリスト)では無いかと尋ねたことがある。

 

 その時に明言された。それはありえないことだ、と。

 セリカは自分以外の不死を見たことが無いし、もし居たとすれば必ず見つけている。何より、彼女のようにうっかりしているならば、必ずどこかで痕跡を掴んでいたはずだ。

 

 だから、シャルロットが私の様な奴だというのはありえない。

 セリカはそう結論付けた。

 

 それにしては、あそこまで育つまでの痕跡が一切見当たらなかったのも気にかかるが、という言葉を言い残して。

 

「アダムには、特務分室に居たことを言ってあるんだろ?」

 

 グレンは、ふと不安になりそう尋ねた。

 今日一日アダムを見続け、何かに気付きかけている。そのとっかかりをより確かに掴むため、心に浮かんだ問いを口にした。

 

「ええ、伝えてます。だからこその支援物資。“礼装”の定期補給だったんですよ?」

「そうか。まぁ、そうだよな……」

 

 だが、だとすると解せない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 言葉を濁さずに言えば、シャルロットはグレンよりも『強い』。魔術の腕、格闘技術、知識、器用さ。そんな領域の話ではなく、殺し合いの話だ。

 

 特務分室時代に見たことがある。シャルロットの戦い方はあまりにも稚拙で猛々しい。

 先に挙げた四つの評価項目ならどれもグレンが上回るほどに弱いのに、けれどただフィジカルの一点――圧倒的な暴力で戦局を覆す。

 

 恐ろしいのは、それが魔術に寄らない、素の身体能力から来るという点だ。

 故にグレンの固有魔術(オリジナル)が意味をなさず、遠距離から一方的に狙撃するか、或いはセリカが出張らなければ殺せないだろうとまで言われていた。

 

 いや。

 彼女が持ってくる魔導器――アダムが言うところの“礼装”――を勘定に入れた場合、確実に殺しきれるのはたった一人。私だけだと、セリカはそう言っていた。

 紛れも無く、シャルロットは化け物の一人だ。化け物揃いの特務分室でも指折りの、人でなし。

 

 アダムはそのことを知っていたのか。

 知っていたなら、何故シャルロットを頼らなかったのか。

 実感がない? 確かに、グレンも拾われた当初はセリカの凄さに実感が持てなかった。それは納得できる仮説だ。

 

 だが、やはり引っかかる。

 

 あの時のアダムの行動を思い返す。自分の力だけで物事を解決しようだなんて、そういう意思はなかった。自分にはできないなら、システィーナに頼ることもあった。頼ることを迷わない。そういうやつだ。

 なら何故、シャルロットにだけは頼らなかった?

 

 これだ、とグレンは直感する。これこそが、自分の感じた違和だ。

 何故。何故。何故。埒の開かない思考を繰り返し、頭を捻る。これは駄目だと頭を振り、思考を切り替える。

 シャルロットを頼らなかったのではなく、頼れなかった? 見栄か、確執か。そんな様子でもないの事は、今日一日で良く分かった。シャルロットとアダムの仲は余りにも自然だ。熟年夫婦のそれだ。

 もう少し視点をずらそう。頼ろうとしなかったのではなく、出来なかったのでもなく――そもそも、その選択肢が浮かばなかったなら。

 

 そもそもの話として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――は。馬鹿げてる」

 

 馬鹿げてる。馬鹿げた話だ。

 あのシャルロットが、セリカにしか確殺できないと言わしめたあの女が、戦力外?

 何のすれ違いがあれば、そんなことが起こりうるのか。想像もつかない。

 

 だから笑って、軽口叩いて雑談して、仮説を忘れ去ろうとした。

 

「しっかし、アダムの何処が良くて仕えてんだ?」

 

 それが失言であることに、グレンは直ぐに気付けた。

 

「仕えてる? いいえ、グレンくん。私は別に、マスターの使用人ではありませんよ」

「へ? んじゃなんだよ。奴隷とでもいう気か?」

 

 御主人様(マスター)と敬するぐらいなのだから、主従関係でもあるんだろうと思ってた。金銭での雇用関係ではないにせよ、そういう間柄なのだろうと思っていた。

 思っていた。思い違っていたのだ。

 

「そうですね。近いです。私はマスターの所有物、奴隷と言ってもいい」

 

 ――。

 

 

 

【速報】化け物染みた元同僚がまさかのマゾヒストだった【カミングアウト】

 

 

 何処かから 電波 を 拾った

 グレン は 頭痛 が 痛くなった

 ヘットエイクが アウチしている !

 

 心成しかほんのりと頬が朱に染まっている。合意なのか。あの年で進んでるな。いや、それよりもアダムってこいつの息子的な存在なんじゃ。まさかアダムも不老なのか。いやいや、まさか。そんな存在がそこらに居るわけないだろ。まさかまさか。ふじこふじこ。

 

「そ、そっそそ、そっかー! そーだったのかぁー! あー、あー……あーっと、きゅうに用事思い出したなー!

 

 ――そういうことで俺はこれで」

「グレンくんに仕事とかあるわけないじゃないですか」

「ぐえっ」

 

 逃げ出そうとしたグレンは、がしりと首筋を掴まれて抑え込まれる。

 命を掴まれていると確信するぐらい、指が食い込んでいる。

 すごくぞわりとしました。

 

「例え話をしましょう」

「すいません、あの、逃げないんで手を放してくれませんかね」

 

 そして、なんか語り始めた。

 

「ある世界では、『魔法』と定義された六つの奇跡がありました。存在すらあやふやで、六つ目に至っては内容すら判然としないものでしたが、確かに魔法は存在しました」

「おーい、シャルロット先輩ー?」

 

 なんか頭のとんだ話をし始めた。

 未だに首根っこを掴まれているグレンは、うっかりその怪力で頸椎を砕かれたらたまらんと、こっそり足掻くのを止める。さっきの『逃げないので』は、嘘であった。

 そして当たり始められた話に耳を傾け、だがその話題の脈絡の無さにまた首をひねる。

 

 何が言いたいのか。

 

「例えば『青』

 例えば『無の否定』

 例えば『魂の物質化』

 

 そのうちの一つ――『平行世界の運営』

 それは平行世界への干渉を総括した奇跡」

 

 グレンも、内幾つかの言葉には聞き覚えがあった。学生時代、熱意のままに資料を漁っていた頃に見つけられた、現代に名前の残る数少ない『魔法』なのだと。

 最も、それが何処で発生したのか、何故廃れたのか、どんな理論で使われていたのかなど――全く分からなかったのだが。そもそも、『青』等その概要すらうかがえない。色でいいならば、晴れればそこらから見えるだろうに。

 

「此処で問題です、グレンくん。

 ただの凡人が、そこらに居る一般人が。そんな『魔法』を手中を手に入れるなど、有り得ることでしょうか?」

 

 ぱっと、手が離される。

 だがグレンは逃げ出そうという気にはなれなかった。

 何か途轍もない、底知れない澱が知らぬうちに腹の底に降り積もっている。足が石畳に釘付けされたように、びくともしない。

 

「いいえ、いいえ。有り得ないのです。

 『普通』の手に落ちては、『魔法』は『奇跡』足り得ない。

 

 故に、きっと彼には何らかの異常性があった。『極々普通の主人公』と同じように、逸般人の顔(主人公補正)があってしかるべきなのです」

 

 ――空気が変わった。

 何処か息苦しい、淀んだ空気に。

 

 シャルロットの言いたいことは分かる。グレンも、『正義の魔法使い』になるためには特別な力が無いといけないと結論付けているのだから。きっとそれは、単純な暴力だけではいけない、天運やらカリスマやらの類なのだろうとも。

 

 だが、題材が可笑しい。夢見がちな乙女でもこんな話はしないだろう。帰り道の、こんな状況で。

 そもそも、シャルロットは何処を見ている? こちらを見ているようで、実は虚空に焦点を当てている。瞳が虚ろだ。恐ろしい……。

 

「分かりますか? それが、何なのか」

 

 完全にペースに呑まれている。

 分かるわけないだろ、と毒吐いて自分のペースを挟もうと口を開き、けれど頭を押さえられて答えを教えられた。

 

ですよ、グレンくん」

 

 身構えていたところに、頭を撫でられたように。

 緊張して強張った体が、予想外のジャブによって弛緩する。

 

「はぁ……あ、い?」

 

 何を言ってるんだ、そんな、まるで夢見る乙女みたいな話を。

 呆けるグレンに、シャルロットは笑いかける。

 

「ふふっ、分かりませんか。でも、それでいい」

 

 シャルロットはグレンから離れ、そして満面の笑みでこういった。

 歯を剥き出すように、威嚇するように、華々しくも禍々しい、凶悪なまでに可愛らしい笑みで。

 

私はマスターを愛している。

 それが全てでいいのですから」

 

 

 ――だから、私とマスターに口出しするな。

 

 

 その狂気的な喜びに、狂喜的な高揚に、知らずの内に一歩退く。

 その、世界を殺すような言葉に、グレンは恐れを為す。

 楽し気に歯を剥くシャルロットが、化け物にしか見えなかった。

 そして思うのだ。また、何時もの様に、思うのだ。

 

 狂ってる、と。

 

 

「……まぁ、愛なんて、ないのかもしれませんけど」

 

 

「っ、はぁ~~~っ。っ疲れたぁ!」

 

 帰宅、後グレンは一直線に風呂を沸かし、その中に入った。

 体にたまった疲れを癒すのに、それはとても有用だと知っているから。だが、同時に幼少時にセリカに体を洗われた思い出も蘇るので、少し気が重くもなる。

 風呂は好きだが、自宅の風呂は苦手なグレンだった。

 

「やっぱあの人の考えは分からねぇなぁ」

 

 いや、理解したくねぇのか。

 話が通じないわけでもないし、悪い人でもないんだがな。

 こうして手拭いを頭に乗せる習慣も、そういえばシャルロット先輩()に教わったものだったな。

 

 ……『先輩』って呼び方も、あの人に教えられた敬称だったな。

 アダムも俺とさして変わらない年頃……まさか……。

 いや、まさかな。

 

 

 

 そう言えばアダムは自分と同じような立場に居る、と気付いた。

 うら若い(見た目は)女性に拾われ、養われている。その女性がとてつもなく強い。

 さらに同じ職場、学院に通う者同士。

 

 昔は『マスターを養うためです』などと言った同僚の勤務理由に奇異の目を向けていたが、今ならばその理由が分かる。アダムはセリカやシャルロットのように老化しない異常者ではなく、何処か天才的でありながらも根本が普通過ぎる凡人なのだから。

 彼女の勤務年数から算出すれば、アダムにとってシャルロットは産湯に浸かっていた時から世話をしてきた相手の筈だ。

 そんな相手と通学……うむ、今度から少しは優しくしてやろう。

 

 というかむしろ、あんな奴と一緒に住んでるだけで罰ゲームものではないか?

 グレンはそんな事態に自分が置かれたらの時のことを思い、身震いした。あれは駄目だ、なんかこう、兎に角やばい。知らない内に地雷踏んで頭握りつぶされそう。

 

 ゾワリ。

 背筋が粟立つ。

 

「っ、はぁー」

 

 嫌な想像を振り払い、風呂の水を顔に浴びせる。

 いやー、ないわー。ないないない。あの人と同居とかマジ無いわー。

 

 そうして気分を変えると、今度はアダムへのささやかな尊敬が湧いていた。英雄じゃないか。自分なら数日で逃げだしていた。

 やはりマスターだから耐えられるのだろうか。

 

 ……マスター(意味深長疑惑)

 

 いやいや、いやいやいや。

 忘れろ忘れろ。

 

 うん、わすれた。

 

 ともかく、シャルロットと付き合うのに関しても、アダムは紛れも無い天才であった。それでいい。

 ……いや、人付き合いに才能も何もねーだろ。

 

「あー、あほらし」

 

 風呂の縁に頭を預け、浴場の天井を見上げる。自然と溢れた溜息は、鉛のように重々しく、反してグレンの胸の内は水に押し潰されかねないほど軽かった。

 なんでこんな問題抱え込まなきゃいけないのか。性癖なんて当人同士の秘密にしてくださいって。

 

 でも。

 思い返したのは、別れ際のあの言葉。脳裏に焼け付く程に赤い、笑顔の話。

 

 愛、ねぇ。

 

「やっぱ、俺にゃ狂ってるようにしか思えんわ」

 

 そんな油断から漏れた感想を、果たして拾うものがいた。

 

「そうか? 私からしたら、恋する乙女にしか見えないけどな」

「っげぇ、セリカ!」

 

 自身の育ての親であり師匠で在り、最も身近な異性。セリカ。

 彼女が、この浴場に入り込んでいた。

 

「いやー、私が帰る前に風呂を沸かしているとは、感心感心! 丁度風呂に浸かりたい気分だったんだ、一緒に浸かろうじゃないか、昔のようにな。ん? どうした、そっぽ向いて」

「タオル巻け、タオルをっ。つかシャワーはどうした!」

「はっは、まさか私に欲情するわけでもあるまいに。ほーれ、()い奴め」

 

 そう抵抗する(じゃれあう)も、グレンはセリカを阻止できずに同じ風呂に浸かることを強制させられてしまう。腕をガシッと掴まれて、逃げ出せない。

 観念したグレンは、成るべく意識を向けないように雑談でもしながら湯あたりを待った。流石にそれくらい浸かっていれば、上がることも許してくれるだろう。

 

 暫く学院での仕事や生徒らでの話をし、いい感じに頭が回らなくなってきた。

 

「ああ、そうだ。シャルロットが恋する乙女ってどういうことだよ」

「言ったな、そんなことも。そうさ、あいつは乙女だよ。純情すぎるくらいに乙女だ」

「どこ見てほざくんだ?」

「女の勘で判断したのさ」

「おん、な……?」

「よし、痛い目を見たいようだな」

「痛い痛い痛い痛いッ! 止めて止めて止めて止めてぇぇえええーーー!!

 らめぇっ! 頭がひょうたんになっちゃうのぉぉおおお!」

 

 んほぉ(棒読み)

 グレンは逝った。気付けば浴室の外に寝かされていた。

 湯冷めしかけた体でくしゃみを一つ。そそくさと体を拭いて服を着た。

 

 “女性の年齢には触れてはならない”

 明日にはゲロと共に下水に流されているだろう学びを得た。

 

 

 

 そういえば。

 セリカは別に、シャルロットが不死身であることの否定はしてなかったな。

 同類であることは否定しても、同様な存在だとまでは否定していなかった。

 そんなことを、のぼせた頭で考える。

 

 詮の無いことだ。

 

 

 

***

 

 ――人気のなくなった工房で一人、アダムは作業机の真下の床板に手をかけた。

 

「さて、仕込みの間に模造:月霊髄液(ヴォールメンハイドラグラム・フェイク)手入れ(アップデート)でもするか」

 

 その奥には、昼は見つかる事のなかった数々の作業道具と、そしてアダム屈指の礼装が立ち並んでいた。一番初めに実現した空間倍率操作の拡張空間。固定認識座標としてなら実用出来たその技術は、つい最近持ち運びに対応できるようになった。

 ああ、研究が進んでる。成果が積み重なっていく。その事に満足感を抱きながら、アダムは狭い入り口から地下に身を落とした。

 

 広がるは、無数の資料、無数の論文。

 帰り際に渡したあれなど、所詮は公開用に書いたもの。

 本当に秘匿しておきたい技術ならば、此処にごまんとあるのだ。

 

 工房として紹介した事実に嘘はない。たが、工房は目眩ましも兼ねた作業場だ。態々大っぴらに厳重したロックも、視線誘導。この倉庫を気付かれないようにするための。

 

 黒い拳銃を持ち上げ、試し打ちの場がないかと思案しながら恍惚の笑みを浮かべる。

 自分の指先一つで世界を滅ぼせる全能感は甘美だ。

 

 試作品の域を出ないそれを棚に戻しながら、倉庫の奥へ歩を進める。

 

「礼装用の調律器は、確か――」

 




聖晶片×1 獲得!

後日談、というよりアダムのチート具合の披露。
ついでに第二部の伏線をばら撒くスタイル。

Q.なんで分割しなかったの?
A.後日譚って言ってるのに一話で収まらなかったらカッコ悪いかなって。

Q.読み手への配慮は?
A.ゴメンナサイ。

以下補足と解説


よろけ:
 シャルロットによるサイカワヒロイン的なパフォーマンス。
 アダムもおふざけであることを認識して、淡々と対処した。因みに、ルミア等が居なければ普通に抱きしめていた。

アダムの才能:
 ロード・エルメロイⅡ世の教えがあり、尚且つこの世界内でなら遅くとも十代の内(15~6まで)に根源に到達できるぐらいには破格。
 前世でなら十代どころか十世紀かけても無理だった。

主な収入源:
 量産した部品、自作の魔導器、或いは精密機械を売って生計を立てている。そのほかに特務分室に軍用品を下ろしたり、印税を貰ってたりする。
 しかし収入の八割は宝石と研究に使われる。生活費はちゃんと残ってる。

基本的な時計:
 占星術の理論の応用で、星の運行に連動して針を進めています。世界の何処に居ても針が差す位置が同じであるため、地域ごとに文字盤を変える必要があります。
 また、持ち方を変えることで複数の地域に対応できるようにした外装も存在しています。

 今作ではこの世界の時計(水時計とかのような物を除く、複雑な機構の物)は大抵が占星術を応用した魔導器であるとしています。
 その為、ほぼゼロに近いですが毎日毎時1秒の長さが変化します。ふざけん(ry
 このせいで正確な実験記録を取るためには正確な年月日を記録する必要があります。

 当然、不便を感じた研究者方がそれを解決するために、占星術に寄らない時計を開発していました。
 そこに突然現れたアダム印の時計は、『正確性』(1秒が変化しない)、『普遍性』(魔力場に影響を与えない)という二点で大層貴重な品となっています。

 あ、現在時刻を知るための道具ではありません。時計とは……

四百年問題:当初の仮説で星の運行に狂いが生じた時期が四百年前であると推測されていたため、名前に名残が残っている。最も、正確な時期は時を経るごとに曖昧になってきているが。
      一時期はこの問題によって世界に致命的かつ不可逆な変化(万有引力定数の変化、神秘の衰退など)が起きたとされて、天文学以外の分野でも取り沙汰された程度には奥の深い問題。
      多分その直後に神殺しなんてやらかした人がいたからじゃない? この問題が忘れ去られたのって。



明日 の 投稿は 11:53 です。

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