遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?   作:黒月天星

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一人目はおじいちゃん

「あと二十分もあれば到着するでしょう。その前にこれから会う方について話しておきましょうか」

「出発する前の話だと、今日会う三人の内の一人なんだよな?」

 

 俺がそう聞くと、ジューネはそうですと頷いて答える。

 

「ヌッタ・ムート子爵。この方はズバリ収集家です。それも分野を問わない類の」

「つまり種類に関わらず自分の気に入った物をドンドン集める人か?」

「はい。宝石や絵画等美術品に始まり、刀剣類や古代の魔導書まで様々な品を収集しています。……その中には常人の感性が及ばぬ物も幾つか」

「他者の評価を頼りにするんじゃなく、完全に自分の趣味で集める人か」

 

 時々いるんだよなぁそういう人。他人から見ると訳の分からない物でも、自分が気に入っているから大事に集めるタイプ。家が物で溢れてごみ屋敷になる例もあるけど、メイドさんとかが片付けてくれそうだしそこまでは大丈夫かな。

 

「いわゆる趣味人って奴かね?」

「まさしくその通り。以前はヒュムス国の王都に居を構えていたそうですが、あまりに散財するので他のムート家の方達に半ば無理やり隠居させられここに追いやられたと以前仰っていました」

「それは……なんというか」

「……理解に苦しむわね」

「上客なのは確かです。それに能力や人格的には申し分も無く、本来であれば子爵よりもっと上の爵位を得てもおかしくないと評判でした」

 

 だけど散財のせいで諸々ダメに。本人がどう思っているか知らないけど、傍から見たら普通に転落人生だぞ。

 

「……それで? 商談なのだから品物を売り込むのでしょう? 何を持ち込むの?」

「色々ですよ。何で琴線に触れるか分かりませんからね。トキヒサさんのお持ちの品も売り込む予定だったのですが」

 

 そこでジューネが俺の腕時計をチラリと見る。成程。昨日腕時計を即金で二十万デンで売り込むとか話していたけど、その相手はヌッタ子爵だったらしい。だから今は売らないっての!?

 

「まあ気が変わったらいつでも言ってくださいよ。それと子爵はとても寛容な方ですが、それでも失礼のないように。特に収集品には絶対に触らないでくださいよ」

「分かってるって。エプリは大丈夫だとして……セプトもボジョも触っちゃダメだぞ」

「うん」

 

 二人(一人と一匹?)も了承したように頷く。さてさて。その趣味人の子爵さんはどんな人なのかな?

 

 

 

 

 到着した屋敷は都市長の屋敷より一回り小さかったが、それでも俺からすれば十分豪邸だった。

 

 この時間に来るのは知らされていたのだろう。すぐにメイドさんに応接間に連れられる。偉い人は皆メイドさんを雇うものなのだろうか? 少しして、

 

「やあやあジューネちゃんじゃないか。この所顔を見せに来てくれないものだから、ワシもすっかり老け込んでしまったわい」

「人前でちゃん付けはやめてくださいよヌッタ子爵。……お久しぶりです。しばらくダンジョンに潜っていまして。それとまだまだお元気そうですよ」

 

 やってきたヌッタ子爵とジューネはこんな会話から商談が始まった。

 

 ちなみに俺のヌッタ子爵の第一印象は……タヌキだ。歳はざっと六十くらいか。でっぷりと出た太鼓腹を揺らして歩く様はどことなくユーモラスでタヌキを連想させた。酒瓶でも持っていたら完全に信楽焼のアレである。

 

 だけど二人の会話ぶりからすると、どうにもただの商人と客と言う感じではなさそうなんだけど。

 

「ワッハッハ。さあ座って座って。お~い。もてなしの準備じゃ。ジューネちゃん甘味好きだったじゃろ? この前王都から届いた菓子でも食べるかの? 中々にいけるんじゃよ」

「甘味! ……いえ。今は商談をしに来たんですから……終わったら頂きます」

 

 なんかおじいちゃんと孫みたいだな。顔は全然似てないんだけど雰囲気が。

 

 気のせいかエプリが複雑な顔をしている気がする。フードをしているからはっきりとは分からないんだけど、何となく。

 

「ところで……そこの者達はどちらさんかの?」

 

 こちらを見る時、一瞬だけ子爵の目が値踏みするように細まる。流石貴族。ただのおじいちゃんじゃあなさそうだ。

 

「彼らは私の同行者です。本来アシュが立ち会う筈だったのですが、急な用事が入ってしまったので代わりに護衛として来てもらいました」

 

 ジューネの紹介により、子爵から出る鋭い気配が収まっていく。俺達は順に自己紹介する。

 

 しかし何やら子爵の様子がちょっとおかしい。俯いてふるふると震えている。

 

 もしやエプリがフードを取らなかったから怒ったのか? それともセプトが子供っぽ過ぎるからとか? そして子爵はグッと顔を上げ、

 

「ジューネちゃんが友達を連れてきおったああぁっ!!!」

 

 腕を天に突きあげ力の限りそう叫んだ。そこなのっ!? それとそのポーズはそのまま昇天しそうだから止めといた方が良いですよ。 

 

「えっ!? 友達と言うより同行者ですよっ!? あと取引相手でもあります」

 

 ジューネの否定とも肯定とも微妙な言葉を聞きもせず、ヌッタ子爵は小躍りしている。それが終わると何故か順に俺達の手を取っていく。

 

「ありがとうのお若いの。ジューネちゃんときたら商人に友達は不要なんて意地を張って同年代の相手と全然仲良くなれなくてのぅ。ましてやここに他人を連れてくるなんて滅多にない。心配していたんじゃが、これで少し安心したわい。どうかこれからもジューネちゃんと仲良くしてやっておくれ」

 

 さっき一瞬見せた鋭さはどこへやら。完全に孫を心配するおじいちゃんの様相である。しかしその思いはどうやら本物のようで、俺はただうんうん頷くしか出来なかった。凄いおじいちゃんだ。

 

 

 

 

「ところでジューネちゃんや。そういえばワシに何か用があるんじゃったかの?」

「だから商談だって言っているじゃないですかっ!」

 

 ひとしきり喜んだ後、ヌッタ子爵がそう言えばと切り出したのにジューネが食いつく。まあまあ。落ち着けよ。最初から向こうに主導権を握られてるぞ。

 

「ああそうじゃったそうじゃった。それで今回はどんな品を持ってきてくれたのかの? 言っておくがワシは物にはちとうるさいぞい」

「今回もあちこち回って色々と集めてきましたよ! ……ただ少々この部屋では手狭と言うか」

 

 子爵がニカッと笑いながら言うと、ジューネが少し困ったように答える。ダンジョンでもジューネの背負う巨大リュックサックが拡がって店になったからな。この応接間で拡げると少し問題がありそうだ。

 

「よしよし。無事にそれも機能しとるようじゃな。ならいつもの通り確認室に向かおうかの。あそこなら広いし頑丈に造ってあるから安心じゃ。お前さん達もどうじゃ?」

「言わずもがな。ご一緒します」

「……護衛が離れても仕方ないものね」

「一緒に、行く」

 

 という事で、俺達もその確認室に同行することにした。話の流れからすると収集品のチェックをする場所の事だろう。少し興味がある。

 

 俺達は先頭に立つヌッタ子爵についてその確認室に向かった。お付きのメイドさんは来ないようだ。ちょっと残念。

 

 向かう先は地下にあった。この世界に来たばかりの頃の牢獄を思い出すな。

 

 通路は幾つも枝分かれしていて、道を間違えると防犯用の罠が作動し侵入者をボロボロにして捕まえるというから恐ろしい。ちょっとしたダンジョン並みの防犯システムだ。

 

「そう言えばお前さん達。ちょっと展示室に寄っていくかの? どんな物があるかは気になるじゃろ?」

 

 途中の分かれ道で急に立ち止まり、ヌッタ子爵がそんな事を言いだした。確かに気にならないと言えば嘘になるが、エプリの方を見ると興味ないわと言わんばかりに首を横に振っている。一応危険はなさそうだけど今は護衛中だしな。

 

「はぁ。また子爵の自慢話ですか? ……仕方ありません。ちょっとだけですよ」

 

 そこで意外にもジューネ本人が苦笑しながらOKを出した。やっぱりおじいちゃんの趣味に付き合っている孫という感が否めない。

 

 そうして別れた通路の片方を通って辿り着いたのは、明らかに上の建物の敷地よりも広い空間だった。地下だからって他の人の土地に入ってないかこれ?

 

 あちこちに明かりとして魔石が埋め込まれているようで、地下であっても光量充分。そこには多くの品物が整然と並べられていた。

 

「これは……凄いですね」

「そうじゃろそうじゃろ。分かってくれるかトキヒサ君」

「ええ。これだけあるとある意味壮観です」

 

 しかし種類が多すぎて全てを把握するのは難しい。武具、書物、宝石類、絵画。そこまではジューネから聞いていたので分かるが、それ以外にも何だかよく分からない品がゴロゴロしている。

 

「あのぅ。これは何ですかね?」

「よくぞ聞いてくれたトキヒサ君。それはロックスネークの抜け殻じゃよ。ロックスネークは数年に一度脱皮するんじゃが、古い皮はすぐに風化して無くなってしまうんじゃ。しかしこれは風化する前に素早く処置を行ったため、この通りほぼ全身そのままで残っておる。しかもこの大きさを見よ。何度も脱皮を繰り返したようで平均より二回りは大きい。ここまでの品は中々手に入らないわい」

 

 やたらデカくゴツゴツした蛇の抜け殻を指差すと、ヌッタ子爵は嬉々として説明してくれる。これ某パニック映画の蛇並みにデカいぞ。あれみたいに人を丸呑みにするんじゃないだろうな。

 

「じゃあこれは?」

「おぅ! セプトちゃんはこれに興味があるのかい? なかなか良い好みじゃのう。これは十年花の苗木でな、その名の通り十年かけて花を咲かせるという珍しい品種じゃ。加えて育て方によって花の色や形が変わるという。……と言ってもまだ二年目なんじゃがの」

 

 セプトが小さな植木鉢に興味を持つと、子爵は優しく笑いながら教えてくれる。植木鉢からは芽が出ているが、二年でこれだけしか成長しないとは気の長い話だ。

 

 他にも下手に触ると毒性のある石とか、見るからに禍々しい鎧なんかも置かれていたけど、見て回るのは結構楽しいな。博物館とか元の世界でも好きだったし。

 

 コレクターは自分のコレクションの自慢をするのが好きという話だし、子爵も聞けば丁寧に解説してくれるので嬉しい。

 

「……子爵。そろそろ先に行きませんと」

「おっとそうじゃった。すまんのうジューネちゃん。つい話が弾んでしまっての」

 

 あんまり悪びれていない感じで子爵は謝り、名残惜しそうに一度振り向いたかと思うと再び歩き出した。まずはそっちだよな。うん。……コレクションはまた後で時間が出来たら見せてもらいたいな。

 

 

 

 

「着いたぞ。ここじゃ」

 

 そうして一度通路の分かれ道まで戻り、反対の道を進んでいくと妙な部屋に出た。入口も壁もやたら大きく、そして頑丈そうに作られていて、外からは勿論()()()()こじ開けて出てくるのは難しそうだ。

 

 確認室と言うのだからつまりそういう事だろう。確認する何かが危険物だった場合、外への影響を少しでも減らす為の部屋。さっきのコレクションにもちょこちょこ物騒な物があったしな。安全面でこういう部屋は必要なのだろう。

 

 子爵が扉のロックを外し、俺達が全員中に入った所で再びカギがかけられる。中は俺の通っている高校の教室よりも少し広いくらい。

 

 天井もかなり高めでおよそ建物二階分。下りた階段を考えるとそのくらいはあるか? ……崩落とかしないよな?

 

「よし。ここなら良いじゃろ。じゃあジューネちゃん。早速品物を見せてもらおうかの」

「はい! では皆さん。少し離れてください」

 

 子爵の言葉にジューネ以外は全員壁際まで退避する。そして離れた事を確認してジューネがリュックサックの上部の留め金を外すと、見る見る内に拡がりあっという間に簡易的な店を形作る。……相変わらずどうなっているんだこのリュックサックは? 明らかに元の体積より物が多いぞ。

 

「ふむふむ。不具合も無くちゃんと動いておるわい」

 

 子爵はたいして驚きもせずにその一連の流れを眺めている。旧知の仲のようだからこれも当然知っていたのだろう。

 

「さあてお立合い! ここに建ちますは移動式個人商店ジューネのお店。我が店に並びますは、種類だけはちょっとした自慢の品物の数々。どうぞ存分にご確認くださいませ」

 

 久々にジューネが商人モードになって、オーバーアクション気味にゆっくりと一礼しながら宣言する。

 

 品物をそのまま品物だけで売るのは二流。上手い商人は品物()()もフルに使って売るものだ。声や身振り手振りから始まり、買い手が買っても良いと思えるように場の雰囲気を盛り上げる。だが、

 

「ほほう。言うのぉジューネちゃん。しかしワシも少しばかりは目鼻舌肥えついでに身も肥えた男。ワシを唸らせられる品が用意できるかのぅ?」

 

 その口上を聞いて不敵に笑うヌッタ子爵。確かに子爵も多くを集めてきたコレクター。その見識は伊達ではなく、生半可な物なら簡単に突っ返されるだろう。気のせいか子爵とジューネの間に一瞬火花が散った気がした。

 

 剣と剣を、拳と拳を、魔法と魔法をぶつけあうだけが戦いではない。互いに向き合い、いかに自分の望む展開に持っていくか。それは決して物理的なものばかりではない。

 

 敢えて言おう。それもまた戦いだ。

 

 

 

 

「……もう少し普通に出来ないのかしら」

「よく、分からない」

 

 ジューネとエプリは微妙によく分からないといった感じで一歩引いて眺めている。良いんだよ。これも多分ロマンだと思うから。




 こんなんですが一応凄いおじいちゃんなんですヌッタ子爵。

 ちょっとジューネに対して甘々で収集癖の強い残念系のおじいちゃんなだけなんです。

 それ以外に対してはそれはもうキレッキレで……ホントですよ。

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