遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?   作:黒月天星

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気になる相手にペアリングを

「よし。さっき薬師を呼びに行ってもらったからそれまで休むとするか。ラニーではないからヒースはがっかりするかもしれんが」

「しかしアシュさん。休むったってこれからの予定とかはないんですか?」

 

 ちなみに今は朝九時前。午前中はセプトの魔力消費に付き合ったり、エプリとの打ち合わせの時間に回すつもりだけど、アシュさん達はどうするんだろうか?

 

「そうだな。ヒースに関して言えば予定が目白押しだ。これでも都市長の息子だからな。勉強も鍛錬もしっかり時間が決められている。まあ体を動かして回復させるまでの時間も込みだから、もうしばらくは大丈夫だ」

 

 なんだかなぁ。ヒースの第一印象はいきなりラニーさんを口説きだすナンパ男だったけど、こうして聞くと少しずつ変わってくるな。

 

「アシュ。ヒース様に関してはそれで良いかもしれませんが、こっちはまだやる事がありますからね。忘れないでくださいよ」

「分かってるって。それが終わったらトキヒサの件と……どうにも忙しいな」

「忙しいのはそれだけ儲け話があるって事ですよ。稼げる内に稼がないと後悔しますからね」

 

 そうこうしている内に、ヒースがうぅっと呻き声を上げながら身体を起こした。

 

「大丈夫か? 怪我が残らぬよう加減したが、薬師を呼んでおいたので念の為診てもらうと良い」

「は、はい。先生。……と言っても今はラニーはいないんだけどな」

 

 後の方はポツリと呟くような感じだったので聞き取りづらかったが、アシュさんの予想通りの言葉を言っているな。……っと、こうしちゃいられない。

 

「はいはい。まだ安静にしていなさいよっと。エプリ。軽く風を起こして涼ませてくれ。セプトは見える範囲で良いから痣が出来てないか確認な。薬師の人が来るまでに場所くらいは把握しておこう。ジューネは痣に効く薬くらい持ってるだろ? 少し塗ってやってくれ。……いや待てよ? 一応薬は本職の人と相談してからの方が良いか」

「……アナタも何かしたら? 話の切っ掛けにもならないわよ」

「じゃあマッサージでもするか。だけどこういう場合マッサージより患部を冷やした方が良いか? ヒースはどう思う?」

「だからさんか様を付けろ。それで何をやっているんだ?」

 

 ヒースが何やら困惑している。見て分からないか?

 

「何って鍛錬の手伝いだよ。邪魔するだけが仕事じゃない。こうして疲れたヒースのケアをするのも仕事だ。ところでどこか身体で凝ってる所とかあるか?」

「別に凝ってない……って、何故お前達にそんな事されなければならない!」

「そりゃ頼まれたからだよ。あとは話がしたかったという事もあるかな」

 

 嘘は言っていない。鍛錬はアシュさんから頼まれたけど、隠し事を聞きだしてほしいってのは都市長さんからだからな。

 

「ともかく、別に何かしてほしい事などないから放っておいてくれ。どうせもうすぐ薬師が来る」

「まあまあそう言わずに……で? どこか凝っている場所は?」

「まだ言うかっ!? ラニーならともかく何故お前にマッサージなどされなければならないんだっ!」

 

 結局薬師の人が来るまでマッサージはさせてもらえなかった。まあ本格的な奴はやった事ないので良かったのかもしれないが、俺だけ何もやっていない気がする。

 

 

 

 

「はい。もう大丈夫ですよヒース様。痣になっている所も薬を塗っておきましたからすぐ治ります。ただもう少し横になることをお勧めしますよ」

「ちなみに私の商品は使っていません。流石に本職の方が用意した物の方が良いですからね」

「当たり前だ。そうでなかったら家で雇っていない。……ラニーがいたら別だが」

 

 医務室で薬師の人の診察と治療を受け、ヒースは上体を起こして応える。しかしラニーさんがいたら雇っていないのか。これはラニーさんの方が腕が良いからなのか、それとも好きな相手に診てもらいたいという男の性か。

 

 ……ちなみに薬師の人は白い髭を伸ばしたおじいちゃんだった。薬師というより仙人っぽい。

 

「しかしアシュ様も見事と言うか何と言うか。ヒース様の身体中に打ち込みの痕が有りますが、どれも痣だけですぐに治るものばかり。痛みや疲労は有っても大事にはまずなりませんよ」

「流石アシュ。大怪我でもさせたら大変ですからね。そこの所はバッチリです」

 

 ジューネがアシュさんの背を軽く叩きながら言う。そうだよな。乱れ舞う石貨の中、怪我させないように加減して打ち込むのは難しい。相当の実力差がないと無理だろう。

 

 それはヒースも分かっているのか、どこか悔しそうな顔をしている。

 

「まあ次の授業までしばらくのんびりしてな。俺は担当の教官と話をしてくる」

「……はい」

「では私も薬の補充があるので少し失礼します。長くはかかりませんので安静にしていてくださいね。ヒース様」

 

 そう言ってアシュさんと薬師の人は医務室から出ていった。そうして医務室に静寂が訪れる。

 

「……で? お前達はいつまでここにいる?」

 

 静寂は普通に破られた。それはまあ俺にジューネ、エプリにセプトもまだいるし当然だな。

 

 さて、どう話を切り出すか。都市長さんから聞いたけど、最近フラッと授業をすっぽかしてどこ行っているんだ? なんてド直球に聞く訳にもいかないしな。

 

「まあまあ。そんな事言わずにお客様。ただ横になっているのも退屈でしょうし、私共とお話でも致しませんか? これでも私は商人の端くれ。必要な物でもあれば相談に乗らせていただきたく思いまして」

 

 ジューネはまず揉み手をしながら切りこんだ。久々に口調が商人モードになっているな。まずは直接聞かずに搦め手からか。

 

 商人? と訝しむヒースだが、ジューネの話術にだんだん引き込まれてふむふむと頷いている。

 

「やはり意中の方を落とすにはこれっ! 見た目は何の変哲もないブレスレット。しか~し侮るなかれ。着けているだけで簡単な眠りや幻惑の魔法なら防いでしまう優れものでございます」

「ふむ。確かにそこそこ有用じゃないか。しかしこれと意中のヒトを落とすのと何の関係が?」

「これはなんとペアリングになっておりまして、最初は気になる方に有用な装備だとでも言ってそっと渡すのです。しかし使っている内にふと相手は気付く。貴方が自分と同じ物を使っていると」

「ほうほう」

 

 そこでジューネは少し大仰なほどに身振り手振りで続ける。

 

「ふとした気付きから見つける共通点。それから何かと気になって目で追ってしまい、時々交わる視線。少しずつ縮まる距離。そして最後は……あぁ。これ以上は話すだけ野暮と言うものでございます」

 

 いやちょっと終わりの方強引じゃないかそれ?

 

 そりゃペアリングを贈るんだから、その時点で多少なりとも好意を持っているのは伝わるだろうけど。だからって流石にそこまで都合良くいくか? ヒースだってちょっと疑問くらい持って、

 

「よし。言い値で買おうじゃないか」

 

 買うんかいっ!? 即決だったよこの人っ! 俺が言うのもなんだけどもっと悩めよ。

 

「ちなみにお値段は……こちらになります」

「安いっ! これでラニーとの仲が縮まるなら安いものだとも。ただ今は手持ちがないので後日払うがそれでも良いかい?」

「よろしいですとも。お買い上げありがとうございますっ!!」

 

 ジューネに算盤に提示された金額を見ても、ヒースはまるで退かずにそのまま購入。ただ現金の持ち合わせは丁度なかったようで、ペアリングだけ貰って支払いは後日となった。

 

 早速リングを腕にはめ、もう一つを大切に懐に仕舞うヒース。これでラニーさんにまたアタックするのだろう。一応心の中で応援しておこう。がんばれヒース。骨は拾うからな。

 

「ふふふ。良い買い物をした」

「ねえ。聞いても、良い?」

 

 ご機嫌そうにリングを見つめるヒースに、急に今まで黙っていたセプトが話しかけた。

 

「うん? 何だい? 今の僕はすこぶる機嫌が良い。多少の事なら笑って答えようじゃないか」

「じゃあ聞くね。ヒースは、最近授業を逃げてるって聞いたけど、ホント?」

 

 突如落とされた爆弾に、またもや医務室を静寂が覆った。一つ言わせてくれ。セプトド直球すぎっ!?

 

 

 

 

 セプトの言葉にエプリはフードの上から軽く額に手をやり、ジューネは商談が終わってほくほく顔だったのが凄まじく強張っている。そして肝心のヒースはというと、

 

「……誰から聞いた? そんな事」

 

 その声は探るようで、それでいてセプトを威圧しないようどこか優しさを感じられるものだった。子供相手に咄嗟に気遣いをしたみたいだ。

 

「都市長様に。ヒースが、何処に行っているのか、聞いてって言われた」

「そうか。……お前達もか?」

「……ああ。アシュさんの鍛錬のついでに聞き出してくれって頼まれた」

 

 ここまでくると下手に隠す方がマズい。俺達を見据えるヒースの言葉に俺は静かに返す。悪いなジューネ。搦め手で少しずつ聞き出すつもりだったのだろうけど、段取りが変わりそうだ。

 

「ということはこの商人もか。……このリングも実際は効果がないとかじゃないだろうな?」

「それだけは絶対にありません。商品に嘘を吐かないのが商人の最低限の誇りですから」

 

 僅かに疑いの気持ちを見せるヒースに、ジューネはハッキリとした口調で断言する。そこは商人として譲れないのだろう。

 

 ヒースはしばらく買ったリングと睨めっこしていたが、「良いだろう。商人はともかく商品は信じよう」とポツリと漏らす。

 

「まあこうなったら仕方ないので普通に聞くけどヒース。結局授業をさぼってどこ行ってるんだ?」

「だからさんか様を付けろ。僕に答える義務があるとでも?」

「全然ないな。なら……これならどうだ」

 

 その言葉と共に、俺はセプトをずずいと前に出す。無表情ながらもじっと前髪の隙間から覗く眼がヒースを見つめる。

 

 人形じみた外見のセプトにじ~っと見つめられると妙な圧力を感じるからな。しかも今回はセプト自身もやる気がある。さてさてどれだけ耐えられるかな。

 

「お願い。教えて」

「ふ、ふん。そんな目で見ても教えると思うなよ。この僕を誰だと思っている。ヒース・ライネルだぞ」

「お願い」

「……このまま続けても結果は同じだ。いいからさっさと出ていけ。早くっ!」

「お願い」

「…………っ!?」

 

 無言の圧力に耐えられなくなったのか、ヒースは布団を頭まで被って横になってチラチラ隙間からこちらを伺っているのだが、セプトは視線を逸らそうともせずじ~っとガン見しているのでたまらない。

 

「……まさかセプトに取り調べの才能があったとは驚きね」

「別に取り調べじゃないんだけどな。ただああいう感じの子に無言で見つめられると弱いって人はいるもんなんだよ」

 

 無表情人形系美少女に見つめられるのは、ある意味どこぞの業界の方にとってはご褒美なのかもしれないが、ヒースはどうやらその類ではなさそうだ。

 

 そうして徐々に布団の中という隠れ家に籠城を決め込むのも難しくなっていき、ヒースは僅かな諦めと共に起き上がろうとしたように見えた。その時、

 

「お待たせしました。ヒース様。御加減はいかがですか?」

「あ、ああ。問題ないさ。大分疲れも抜けたようだ」

 

 もう少しという所で薬師さんが戻ってきた。ヒースはそのまま素早くベットから立ち上がる。

 

「さて、そろそろ次の授業の用意でもするとしようか。では君達。さらばだ」

 

 そうあからさまに言い訳じみた言葉を残し、ヒースは素早く身を翻して医務室の外へ出ていく。君達なんて余裕を見せようとする所が微妙に何とも言えなさがあるな。

 

「……あの、私何かマズイことをしてしまったのでしょうか?」

「いや、そんな事は。……ただ少し間が悪かったってだけですよ」

 

 間が悪いのは責められる事ではない。俺達はそのまま薬師さんに一礼して静かに医務室を出る。当然ながら近くにヒースの姿はない。逃げられたか。

 

「よう。遅くなって済まない。ヒースに話は……その様子じゃ聞けなかったみたいだな」

「はい。もう少しだったんですが」

 

 そこにアシュさんが戻ってきたので、簡単にさっきの事を説明する。仕方ない。仕切り直して一度ジューネの部屋に戻るとしようか。




 決してヒースは普段からここまでちょろい奴じゃないんです。ただちょっとラニーのこととなると一直線なだけなんです。……ホントですよ。



 この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。

 お気に入り、評価、感想は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!

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