遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?   作:黒月天星

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二人っきりのカミングアウト

「ふんっ! やあっ!」

 

 今回の鍛錬も昨日と同じ。アシュさんとヒースの試合中に、俺とエプリによる横槍が入るものだ。二人が戦う中庭には風が吹き荒れ、風に乗って石貨が飛び交っている。

 

 だけど既に対策をしてきたのか、二人共一度も直撃していない。アシュさんは後ろからでも難なく回避するし、ヒースも木剣で上手く弾いたり躱したりしている。……ヒースは時々アシュさんに打ち据えられてはいるが。

 

「毎日毎日よくやるよ二人共」

「こういうのは毎日やるから意味があるの。……アナタだってそうでしょ?」

「ま、まあそうだけどさ」

 

 俺だって毎日ジューネに読み書きを習っているし、セプトに付き合って簡単な魔法を一緒に練習もしてる。

 

 相変わらず読み書きは難しいし、魔法も道具を使った方が効率が良い程度のものだったが、毎日少しずつ進歩しているのは実感できるもんな。

 

「確かにこういうのって、自分が進歩してるって実感できるなら楽しいよな。エプリも今の感じになるまで練習とかしてたのか」

「……まあね。オリバー……私に色々な事を教えた憎たらしい老人ね。子供の頃は毎日酷い目に遭わされたわ。そいつを倒そうと毎日試行錯誤をしている内に、それなりに風属性が上達していたってだけ」

 

 それなりっていうけど、エプリほどの術者はあんまり見ないな。以前会った調査隊の人達からも一目置かれていたし。勝てそうなのはイザスタさんくらいじゃないか? 俺がここまでで会った人の中では。

 

 これはちょっと興味本位でアンリエッタに聞いたんだけど、この世界で魔法を同時に幾つも発動及び操作できる人はあまり多くないらしい。

 

 二つくらいまでならそこそこいるらしいけど、三つ以上になるとかなり限られてくるという。エプリって確か三つまで同時に使ってたよな。この時点でその限られた一人に入っている訳で、やっぱりそれなりと言うのは謙遜だ。

 

「よく分からんけどなんか大変な子供時代だったみたいだな。ならこれだけ強いのも納得か。……じゃあセプトはどうだ? 何か特別な修行とかしてたのか?」

 

 セプトも以前大規模な影の魔法を使ってたし、エリゼさんが読み間違えるくらいに魔力の総量が多いって話だったしな。もしやこの歳で壮絶な修行をしてたりとか。

 

「よく、分からない。覚えてない。だけど、毎日使ってたら、いつの間にかこうなってた」

 

 つまりはこっちも使い続けたことによる成果と言えなくもない。継続は力なりというけど、魔法も同じみたいだ。

 

「それじゃあ俺の魔法も毎日使ってたら少しはマシになるのかね?」

「……さあね。それよりも……ひとまず休憩になりそうよ」

「えっ!」

 

 エプリのその言葉とほぼ同時に、ヒースがアシュさんの強烈な一撃を受けてバタリと倒れる。どうやら今回は飛んでくる金を全て回避か迎撃出来たのは良いものの、その代わりにアシュさんへの対応が少し遅れたらしい。

 

「だらしが無いな。仕方ない。少し休憩するか。お~い救護班。出番だ」

 

 救護班って俺達の事か? まあ良いけど。それじゃあ救護班らしく助けに入ろうじゃないの!

 

 

 

 

 その日の夜。俺は何の気も無しに屋敷内をぶらついていた。

 

 鍛錬も夕食もジューネの勉強会も終わりアンリエッタへの定期報告にはまだ少し時間がある。

 

 魔法か読み書きの練習でもしようかと思ったが、もうエプリもセプトも早々と眠りについてしまっているので明かりで起こすのは気がひける。

 

 トイレに行くついでに散歩でもしようかと、そんな軽い気持ちでこっそりと部屋を出、暗い廊下をなるべく音を立てないように歩く。

 

 流石にこの時間となると屋敷内も静かな物だ。廊下の明かりも最低限のみ。幸い部屋からトイレはそんなに距離も無く、すぐに到着した。

 

「……ふ~。スッキリした。さてと」

 

 用を足したけれどすぐに戻る気にもならず、そのままぶらりと屋敷内を散策している内にいつの間にか中庭にまで出ていた。

 

 少し夜風に当たるのも良いかもな。俺は中庭に置かれた長椅子まで歩いて腰掛ける。

 

 中庭は吹き抜けになっているので、上を見るとぽっかり空いた建物の隙間から夜空が見える。俺はそのまましばらく空を眺めていた。

 

「相変わらず月が三つ並んでいるのは慣れないな」

「……そう? 私としてはこれが普通なのだけど」

「元居た世界では月は一つしかなかったんだよ。……って!? いつの間に来たんだエプリっ!?」

 

 独り言のつもりで言ったのに普通に反応が返ってきた。驚いて振り向くと、長椅子の後ろにエプリが静かに立っていてさらに驚く。

 

 それなりに月明かりで姿は見えるのだが、フードを被った状態で急に出てくると心臓に悪い。

 

「……さっきからいるけど。部屋から出たっきり戻らないから探しに来ただけよ」

「ゴメン。起こしちゃったか」

「……起こさないように気を遣って出たつもりだろうけど、私に言わせれば普通に歩いているのと大差なかったわよ。……隠密は向いてないわね」

 

 そうかもしれん。今日もヒースを尾行している時に危ない時も何度かあったし、実はこういうのは苦手だったのかも。逃げてもよく“相棒”に見つかってたし。

 

 ずっと立たせたままというのもマズいので、座るように言うとエプリは静かに長椅子に腰を下ろした。

 

「それで? ……何があったの?」

「何がって、いつもの定期報告にはまだ時間があるし、かと言って勉強をしようにも明かりをつけて起こすのも悪いから何となくぶらついていただけだよ」

「……そう」

 

 エプリはそう言うと、それきり静かになってしまう。俺も何となく声をかける気にならず、沈黙が少しの間続く。だが、

 

「……やっぱりね」

 

 急にエプリの方からまた話しかけてきた。何かあったかな?

 

「やっぱりって何が?」

「……普段のトキヒサなら、ここで沈黙するって事はないわ。思うままにペラペラ喋って時間を潰すくらいはする筈よ。……それにわざわざこんな所で一人月を眺めてる。アナタがそんな柄かしら?」

「失礼な。俺だってこういう事くらいするさ。……多分」

「……思えば屋敷に戻ってきてからどこか妙だったしね。自分でも気が付いていなかったみたいだけど」

 

 そうかな? 自分ではいつも通りのつもりだったけど、どうやらエプリから見たら違和感があったみたいだ。

 

「参ったな。前エプリに同じような事を言った身としては、特大のブーメランが返ってきた気分だ」

「……意趣返しとしてはこんな所かしらね。……それで何があったの? 言っておくけど私は言いたくなければ言わなくて良いなんて甘いことは言わないわよ」

「そこはもうちょっと優しくしてくれても良いんだけどな」

 

 エプリの厳しい言葉に、ちょっと苦笑いが浮かんでしまう。と言ってもこう黄昏れている原因は自分でも大体察しが付いてはいるし、少し言いづらいだけで言えない訳じゃあないんだけどな。

 

「……今日な。ラーメンを食ったんだよ」

「私を置いてアナタ達だけで食べたという物ね」

「それは悪かったって。またその内一緒に連れてくから! ……実を言うと、俺がいた世界でもラーメンはよく食べていてさ。母さんの得意料理なんだ」

「……母親……か。続けて」

 

 一瞬エプリの声のトーンが低くなったが、すぐに元に戻った。いや、それよりも今はこっちか。

 

「もちろん以前食べていた物とは別物だ。だけど、食べてたら色々と考えてしまってさ。元の世界のこととか」

「……トキヒサ」

「何だかんだあってこっちの世界に来てさ。気がつけばもう三週間にもなった。こっちに来たのに後悔はないし、いずれ必ず帰るつもりだ。だけど……なんというかこう、郷愁の念っていうのかな。寂しいって気持ちが出てきたのさ」

 

 たった三週間でって言う人もいるかもしれない。だけどこうした気持ちは時々何かのきっかけで不意に出てくるものだ。それには時間の長さはあまり関係が無いと俺は思う。

 

「……そう。帰るあてはあるの?」

「そうだな。そろそろ話しておいても良いかもな」

 

 ムードのせいもあったのかもしれない。あるいはホームシック気味で心が弱っていたからかも。誰かに話を聞いてほしい。そんな気持ちがあったのは否定しない。

 

 俺はエプリに自分の事。自分がこの世界に来た時の経緯や、アンリエッタと話したゲームについて、自分の課題についてを話す事にした。

 

 アンリエッタの話ではあまり言いふらさない相手であれば話してもいいらしいし、エプリは間違ってもそういうタイプではない。というよりこんな話を信じるかどうかって話だけどな。

 

 異世界から来たってだけでも眉唾なのに、その上神様の手駒としてゲームに参加しているだの、一億円分稼がないと帰れないだのと、普通の人が聞いたら頭がおかしいと思われるレベルの話だ。そしてそれを聞いたエプリは、

 

「…………そう。分かった。信じる」

「そうだよな。いきなりこんな事言われても信じる訳が……って信じるのっ!?」

 

 普通に信じるって言ったよこの人っ!? 俺の言葉を聞いたエプリは、少し考えて静かに首を縦に振った。

 

「……嘘なの?」

「いや本当だけどさ。だからってこんな話普通信じないだろ。正直ここで信じてくれなかったら、月夜の晩の冗談で済ませるつもりだったんだけど」

「……正直アナタ以外のヒトが言ったら距離を置くような話ね。だけど……私を騙そうとするにしてももっとマシな嘘を吐くだろうし、嘘を吐いている様子もない。となると結論は二つね」

「と言うと?」

「……全て本当の話か、アナタがそれを本当だと信じ込んでいるだけか。……どちらにしても信じて私に害がある訳でも無し。なら雇い主との関係を円滑にするためにも信じる。……つまりはそういう事ね」

 

 なんか聞いていると、信頼関係というよりも合理性で信じてくれたってだけの感じがするな。

 

「……それで、トキヒサの言葉を信じるなら、課題として一億円分……こちらのお金で言うと一千万デンね。それを稼がないといけないと。……騙されてないそれ?」

「正直そこの所は俺も気にしてた。まあそこは信じるしかないよな。大前提だもの」

 

 エプリの懸念は実にもっともだ。課題自体が高難易度だし、仮に課題が完了しても帰れるかどうかはアンリエッタの匙加減次第という事になる。

 

 少しでも気が変わったらこの世界に置いてきぼりという事も十分あり得る訳だ。だけど、

 

「これは多分だけど、アンリエッタは約束は破らないと思う。自分自身が富と契約の女神だからって事もあるだろうけど、それ以前にこう……そういう所はしっかりしてるって感じなんだ。これまでに何度も話した感想みたいなもんなんだけど」

「……そう。アナタの言いたい事はなんとなく分かった。だけど注意してね。……トキヒサはヒトの良い面ばかり見ようとする甘い所があるから」

「そんなに甘いかな。まあ肝に銘じておくよ」

 

 この世界ではただ甘いだけではいけない。そう言外に言われている気がして、エプリの言葉をしっかりと覚えていようと心に決める。

 

 こうして俺はエプリにいくつかの秘密をカミングアウトした訳だ。イザスタさんにも話していない事だったけど、これがはたして吉と出るか凶と出るか、今はまだ分からない。

 




 ムードのある夜はつい口が滑るものですよね。

 という訳で、この度エプリにあらかたカミングアウトした時久君でした。秘密を知ったことでエプリがどう動くのか。それが問題ですね。

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