遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと? 作:黒月天星
異世界生活二十二日目。
ズルズル。ズルズル。店に盛大にラーメンを啜る音が響き渡る。
「なるほど。これは美味い」
「そうでしょう。これだけの物は中々ありませんよ」
一口食べるなりアシュさんは顔をほころばせ、それを見たジューネが自分が褒められたかのようにエッヘンと胸を張る。まあ自分の気に入った物を相手も気に入ってくれたら嬉しいものではあるな。
今日はヒースの鍛錬は午前中で終了。ジューネもアシュさんも時間が空き、午後からはヌッタ子爵の所に整備を頼んでいたリュックを取りに行くということなので、なら皆でまたラーメンを食べに行こうと提案した所全員一致となった。
特に前回食べられなかったアシュさんとエプリはかなり乗り気だった。その肝心のエプリだが、
「……店主。お代わり」
「……あいよ」
もう既に三杯目に突入している。セプトがまだ一杯も食べていないのに、使い方を教わったばかりの箸を使って静かに、だがものすごい勢いで食べ進んでいる。
相変わらず大食いで早食いだ。昨日の過去話を聞いた後だとそれも納得だが。
「トキヒサ。食欲、ないの?」
「えっ!? あぁ。そんな事ないよ。ちょっと考え事をしていただけ」
セプトに言われてふと気づくと、知らず知らずの内に箸が止まっていた。ラーメンが冷めない内に慌てて箸を動かす。
「……昨日の事を考えていたの?」
エプリが少しだけ箸を止めると、そう言ってまた静かにラーメンを口に運び始める。大きな声で言わないのは、あまり周りに聞こえないようにという配慮だろう。
「まあな。結局あれ以上は聞けなかったからな。こうもやもやが残りっぱなしというか」
しかしアンリエッタのあの反応。隠したがっているのは分かりやすかったからな。これ以上下手に突っ込んでも拗れるだけかもしれない。
しかし『勇者』が関わっていたとなると知っておいた方が良い気もするしなぁ。
「……ところで、何故あんな風に思ったの?」
「確証があった訳じゃないよ。以前イザスタさんが『勇者』を、ヒュムス国に伝わる言い伝えの登場人物だって言っていた。しかしその後で、どの国にも大なり小なりある昔話だとも。つまり色んな国で昔話になった共通の原型があるって事だ」
「……その原型があれだと? それはいくら何でも発想が飛び過ぎじゃない?」
「正直可能性は低いと思ってた。個人的に当たってほしくなかったし、これをきっかけに話を続けるつもりだったくらいだ。悪い方向に今回は的中しちゃったけど」
嫌な予感ばかり当たるとよく耳にするけど、実際に当たると何とも言えない気持ちになるな。
というかエプリ。毎回俺の話す間に素早くラーメンを食べ、自分の話す時にはしっかり咀嚼して飲みこむというのは慌ただしくないか? 普通に食べ終わってから話しても良いだろうに。
「何の話か、よく、分からない」
「ああ。ごめんごめん。その内話すから、今はのんびり食べてな」
セプトには……まあいずれ話しても良いかもしれない。周りに言いふらしたりとかはしないだろう。
だけどそんな昔に一体『勇者』がどう絡んでくるのか。その『勇者』達はどうなったのか。色々気になる所が実際多いんだよ。それを考えると余計もやもやする。
え~い悩んでいても仕方ない。今はただ目の前のラーメンに食らいつくのみっ! 俺は勢いよくズズっとラーメンを啜り込んだ。
「あ~食った食った。またその内予定が空いたら来るか。どう思う? 雇い主様よ」
「そうですねぇ。お値段的にそう何度もとはいきませんが、たまに来る分には良いですね」
食べ終わって店を出ると、アシュさんは満足そうに腹をさすり、ジューネも気持ちの良い満腹感に溢れているようだった。問題は……。
「アシュさんはああ言ってるけど、エプリの方はどうだった?」
「……そうね。とても美味しかったわ。流石一杯百五十デンもするだけのことはあるわね」
「気に入ってくれて良かったよ。けどな……食いすぎじゃね?」
満足してくれてよかったのだが、エプリときたらそのラーメンを最終的に四杯も平らげた。そのくせ体型が全然変わっていないのだから不思議だ。食った分は何処に行ったのだろう?
「おまけに代金俺持ちだし、俺とセプトとボジョの分も合わせて千デン超えちゃったよまったく」
「……これでもすぐ動けるように腹八分なのだけどね」
「まだ食えるんかいっ!?」
良く食うと思ってはいたが、実際どれだけ食うのやら。フードファイターになれるかもしれない。
「はぁ。まあ良いけどな。エプリにはこれからも世話になるわけだし、食事代はこっちで持つよ。……千デンか。結構デカいなぁ」
「トキヒサ。私の分、返す?」
「いやいやセプトは良いんだよ。一杯だけだろ? それぐらいは余裕だって」
いかん。セプトに気を遣わせてしまった。見るとボジョも銀貨を一枚差し出してくれているし、これくらい奢るのはどうってことないという風に胸を張って笑ってみせる。……というかボジョはいつの間に銀貨なんか?
「いったん雲羊まで戻るとするか。この店は飯は美味いがやや立地に問題があるな」
この場所へは幾つかの路地を通るので、大きい雲羊だと途中で引っかかる恐れがあった。それで仕方なく路地の入口で待機してもらっているのだ。
一頭だけ残して大丈夫なのか不安になったが、ジューネ曰く雲羊は都市長の客人に貸し出されると知られているので、この都市で手を出す不届き者はまずいないという。都市長を敵に回すからな。
それに雲羊自体高い防御力の上賢いので、ちょっとした暴漢程度なら撃退できるという。有能だ。
「それで? トキヒサ達はこれからどうする? 俺とジューネの嬢ちゃんは子爵の所に向かうが」
俺達は腹ごなしを兼ねて歩きながら、これからの予定について話していた。
う~ん。どうしたものか。着いていって子爵のコレクションを見せてもらうというのも良さそうだけど、今デカい出費をしたばかりだしな。また資源回収で金を稼いでおいた方が良い気もする。
「そうですね。……じゃあ」
「……止まって」
路地を歩いている途中、急にエプリが俺達を制止する。何かと思ってエプリを見ると、路地の途中に立っている男を注視している。
「……何か用? 先ほどからこちらをチラチラ見ているけど」
「ああいや。別に怪しいもんじゃねぇですよ。何でも、色々と良い値で買い取ってくれるヒトがいるって小耳に挟みやしてね。俺の物も買い取ってくれねぇかなあと思った次第で。へへっ」
口元に薄ら笑いを浮かべながら、男はゆっくりと揉み手をする。怪しいっ! 怪しすぎるっ! 典型的な小物的なムーブしてるぞこの人。
見た目も汚れているし、何となく酒臭い。四十過ぎの浮浪者って感じだ。同年代のドレファス都市長やディラン看守とは大違いだ。
さりげなくアシュさんとエプリが前に出、ジューネはアシュさんの後ろに隠れる。セプトも俺の前に出ようとしたが、そこは流石に保護者(仮)として抑える。
「……どうする? アナタに用があるみたいよ」
エプリはそう言いながらも相手から目を離さない。何か不審な行動をしたらすぐ動けるようにだろう。
正直あんまり関わりたくないが、金を稼ぎたいと思っていた所に客がやってきたのも事実。まずは品物だけでも見せてもらうか。
「まず聞くだけ聞いてみよう。……お待たせしました。では品物を見せてもらいたいのですが」
「へへっ。そう来なきゃ。買い取ってほしいものなんですが……これなんでさぁ」
男は脇に置いていた袋をこちらに差し出す。っと!? 結構重いな。中に色々入っているみたいだ。
「じゃあ一つずつ確認しますから、ちょっとだけ待ってくださいね」
俺は男から見えないようにこっそり貯金箱を取り出し、袋から一つずつ物を取り出して査定を開始した。したのだが……あまり碌な物が無いな。
「壊れたコップに何かの木片。錆びてボロボロのナイフ……およっ!?」
やけに綺麗な装飾品が混じっている。違和感があるけど一応査定してみる。
ブローチ(盗品) 四百デン(盗品の為換金額低下)
イヤリング(盗品) 二百五十デン(盗品の為換金額低下)
なんか盗品って出たんですけどっ!? 遂にはそういう事までわかるようになったよこの貯金箱。しかし盗品でも換金額が低下するらしいが換金自体は出来るらしい。
「何かありましたか?」
「いや。どうも盗品らしい物が混じってる。換金は出来るけどこういうのは受け付けられないな」
「そうですね。明らかな盗品を売買するのは違法ですし、そうでなくても揉め事の種です。ここは理由を話して買い取れないと断った方が良いでしょうね」
ジューネに話すとおおよそ俺と同じ考えだ。自分からそんなのに首を突っ込む必要もない。全てチェックした後で説明しよう。
そうしてあらかた確認を終え、袋の底が見えてきた時だった。
「え~っと。後は……ひん曲がった金物。綺麗な石。ボロボロの布。先の欠けた羽ペン。スマホ。ヒビの入ったインク壺。何やら酒の香りがする汚れたシャツ……って、アレっ!?」
何か今明らかに妙な物が有った気が。
「……何でこんな物が?」
そこにあったのは、この世界にそうそうあるとは思えない物。やや型落ちして傷だらけになっているが、間違いなく文明の利器。……
俺はそれを手に取ってしげしげ眺める。間違いなくスマホだ。もう一度査定してみよう。
スマートフォン(傷有り) 四百デン
傷有りの為か俺のより安い。盗品と出てないって事は、これはあくまでこの人の所有物のようだ。
じゃあこの人は俺と同じ世界の人か? それにしてはなんか違和感がある。顔ももろに西洋風だし。
「……何か掘り出し物でもあったの?」
「えっ!? ……あぁ。ちょっとな。詳しく話を聞いてみたい物が有って。もうすぐ査定が終わるからその時に聞いてみるよ」
エプリの言葉にハッとして査定を再開する。スマホは気になるが、まずは全部調べるのが先だな。俺は急いで全ての査定を終わらせ、個別の値段や諸々をメモ帳に書きつけてジューネに手渡す。
「へへっ。どんなもんですかね? 俺としちゃあ良い値で買い取ってもらえりゃあ何の不満もありはしませんが」
男はいやらしく顔を歪ませながらこちらを見る。どうにもこの人はあまり好きになれそうにないな。だけど仕事だし、一つずつ説明するか。
「査定は終わりました。まず最初に言っておきたいのは、こちらも何でも買い取れる訳ではないってことです。そこらで拾った石を持ってこられても値段の付けようがないですし、明らかに揉め事になりそうな品もお断りしています。例えば
その言葉を聞いて男の顔色が変わる。分からないとでも思っていたのだろうか? 査定で表示されなくても、ボロボロの品の中にあんな高価な物が有ったらそれだけで疑われると思うんだけど。
さあ。ここからだ。あのスマホの事をじっくり話してもらいましょうか。
盗品が売れないじゃなくて値が下がるのが何というかアンリエッタらしいですね。
さて。異世界に不釣り合いなスマホですが、一体誰の持ち物なんでしょうか?