遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?   作:黒月天星

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 今章は実験的に、まとめてではなく本編の途中に少しずつ閑話を差し込んでいく感じで行きます。


閑話 ある奴隷少女の追憶 その一

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 私の名前はセプト。奴隷だ。

 

 物心付いた時、私の世界は小さな檻の中だけだった。

 

 外に出ることはほとんどなく、出るとしても最低限の日の光を浴びる時間だけ。

 

 他にも見える範囲で檻は幾つかあり、中の住人も時折入れ替わった。老いも若いも男も女も、様々なヒトが入っては出ていく日々だった。

 

 

 

 

 私の母は奴隷だ。なぜそうなったのかは詳しくは分からない。何度聞いても教えてはくれなかった。

 

 ただ奴隷になった少し後で私を身籠っていたのが分かり、大分経ってから牢屋の中で私を産み落としたというのは間違いない。

 

 父親が誰かも教えてはくれなかった。いや、母も分からなかったというのが正しいのかもしれない。心当たりが何人もいるらしく、その内の誰かだろうという。

 

 奴隷が子を産んだ時、その奴隷に家族や親族等の引き取り手が居ない場合、その子もまた奴隷として所有者の物とされる。付け加えると、そもそも奴隷商は国に出産の正式な届け出自体をしていなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 私の最初の所有者は、母を所有していた奴隷商だった。

 

 今思うと、その男は非合法の奴隷商としてはそこそこ上手くやっていたと思う。それなりの数と種類の奴隷を抱え、それでいて餓死させない程度にちゃんと手入れもしていた。

 

 質の悪い非合法の奴隷商だと、劣悪な環境故に奴隷に餓死や病死が多いという話を他の奴隷から聞いたことがある。

 

 それを考えると、年に数名程度しかそういった者を出さなかったのだからやはりそこそこ良い奴隷商だったのだろう。

 

 ただ、流石に奴隷をいちいち鑑定できる余裕はなかったようだけど。

 

 

 

 

 私は他の奴隷と比べて少しだけ待遇が良かった。それは私が届け出のない生まれながらの奴隷だったからだ。

 

 合法の奴隷は金を稼いで自分を買い直せる。罪人の奴隷も同じだ。決められた分だけ働けば解放される。でも生まれながらの奴隷はそうじゃない。そもそも奴隷以外の何者でもなく、最初からどこにも居場所がない。

 

 そういった奴隷は後ろ暗い稼業や特殊な嗜好を持つヒトに重宝される。使い潰しても届け出のない以上身元不明の奴隷としか分からないからだ。

 

 だからなのか、私は奴隷としての最低限の教育以外を奴隷商から教わらなかった。余計な知識を与えることを避けたのかもしれない。

 

 だけど、他の奴隷達と話をする内に多少ではあるけど知識を得てはいた。それが余計な知識なのか必要な知識なのかは分からないけれど。

 

 

 

 

 母は奴隷としてよく働いていた。それが自分を買い直す為か、罪人として罪を償う為だったのか。……或いは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ただ結論だけ言えば、母はそれが元で身体を壊して死んだ。

 

「良い? セプト。あなたは幸せになってね。……私よりも、誰よりも。良いご主人様に出会って、幸せになってね。……それだけが、私の願いよ」

 

 母の最期の言葉は今でもよく覚えている。でも幸せになるとはどういうことなのかは分からなかった。良いご主人様に出会うというのも。

 

 私は奴隷なんだから。どこまで行っても奴隷でしかないのだから、良いも悪いもなくただ主人に従い奉仕する為にある。

 

 でも母は死の間際まで、一言も私を邪魔だなどとは言わなかった。だから、母の最期の願いは叶えてあげたいと思った。

 

 

 

 

 私の次の所有者は、背の高い黒いフードを被った男だった。

 

「……ほぅ! 未登録の奴隷とは。素体として使えるかもしれませんね。これも買いましょう」

 

 その日店に現れた男はクラウンと名乗り、私を含め数名の奴隷を購入した。奴隷商を除き、私の初めてのご主人様だ。

 

 クラウン(ご主人様)は私達を見知らぬ場所へと転移で連れ込み、その日の内に特別な加工を施した魔石を私達の身体に埋め込んだ。

 

 身体に異物を埋め込まれる痛みを強引に治療術師の魔法で癒し、完全に身体と一体化したのを確認すると、クラウンは道具を使って私達の身体を調べ始める。そんな中、

 

「……ふむ。どうやらあなたは他の奴隷に比べて魔力がかなり強いようですね。クフフ。これは思わぬ拾い物。少し鍛えれば盾程度にはなるかもしれませんね」

 

 そう言って、クラウンは他のヒトとは別に私だけ転移で別の場所に連れて行った。それはどこかの建物の中。そして、そこにはクラウンと同じ黒いフードを被った男が居た。

 

「セプト。私はしばらくやることがあります。私自ら手ほどきをしている暇はないので、この者に数日ほど戦闘訓練を受けなさい。次に迎えに来るまでに、少しでも私の役に立てるよう精進するのです」

「おいちょっと待てっ! なんでそうなるっ!? 俺に子供のお守をさせる気かっ!?」

 

 それだけ言って、クラウンは男の文句を無視しながら、来た時と同じく転移でどこかへ行ってしまう。残ったのは私と、もう一人の黒フードの男のみ。

 

「ちくしょうっ! なんてこったい! あの野郎次に会ったら見とけよっ! ……ったく。それで? お前の名前は?」

 

 自分の名を名乗ると、男はやれやれと首を振りながら部屋に備え付けられた椅子に座り込む。

 

「セプトか。まあ……なんだ。押し付けられたみたいになっちまったけど、こうなったらそれなりに使える奴になって見返してやろうや。と言ってもクラウンの野郎はちょっと使える物ぐらいにしか思わんかもしれないけどな。……ああ。自己紹介がまだだったな」

 

 男はそう言ってフードを脱ぐ。そこから現れたのは、黒髪黒目の無精ひげを生やした男の顔。

 

「俺はジロウ。ジロウ・ヤスナカってんだ。元サラリーマンで、今はしがない悪の組織の幹部……みたいなものをしてる。まあ数日間だがよろしくな!」

 

 ジロウと名乗った男は、私を怖がらせないためかそう言ってにっこり笑いかけた。

 

 

 

 

 ジロウはどうやら指導教官のような立場にあるらしい。この家は彼の住まい兼新兵の教育施設……のようなもので、今は他に誰も使っていないのだという。

 

「普通はもう少し年のいった奴の面倒を見させられるんだが、セプトくらいの年の奴は初めてだ。ひとまず方針を立てたいから聞いておくが、お前さん戦闘はどのくらい出来る?」

 

 私は一度も本格的な戦闘訓練をした事はなかった。

 

 自己流で闇属性の魔法を練習した事はあっても、それ以上は奴隷商から禁じられていたのだ。後から思うとおそらく反乱防止だったのだと思う。

 

 その点初めて手ほどきをしてくれたのがジロウだったのは、ある意味で幸運である意味で不運だったのだろう。

 

 私の話を聞いて、ジロウが提案した訓練内容はとても簡単なものだった。

 

 “魔法を一撃で良いから自分に当てる”。たったそれだけ。それができるようになったら最低限の戦闘訓練は終了だという。でもそのたったそれだけが難しい。

 

「ほらほら! そんな調子じゃいつまで経っても当たらないぞ!」

「……うぅっ!」

 

 家の近くにある訓練場。そこで私の“影造形”で造った影の槍を、ジロウは体術だけでこともなく躱していく。

 

 そして躱すだけでなく、時折軽く私に落ちている石を放ってくるので常に幾つも影を展開する必要があった。

 

「せっかく高い魔力があるんだ。それを活かすには単純に物量を増やすのが一番! 攻撃だけでも防御だけでもなくて、もっと一度に出してみな!」

「は、はい!」

「甘い甘い! 全部同じように放ったんじゃ動きを読まれるぞ。数を用意したら次は動きの工夫だ! 相手の逃げ道を塞ぐように出すんだ!」

「はいっ!」

 

 ジロウはクラウンが私を迎えに来るまでの数日間、出来うる限りの戦い方を私に教えた。

 

 影造形による戦い方。“潜影(シャドウダイブ)”による隠密と奇襲。ジロウ自身は闇属性の適性はなかったけど、数日で少しずつでも出来るようになるまで厳しいけど親身に教えてくれた。

 

「魔力が切れたら回復するまでしっかり休憩だ! なあに心配するな! 狭いが個室も用意してあるからな。鍵もかけられるからプライバシーも万全だぞ!」

「身体作りはバランスの良い食生活から。ということで……ほらっ! これぞ俺特製スタミナスープ! 肉も野菜もたっぷりで栄養満点。しっかり食べないと大きくなれないからな。じゃんじゃんお代わりしろよ!」

 

 そして戦闘訓練以外でも、ジロウは私に世話を焼いた。私はただの奴隷なのだからそんなことしなくても良いのに。何故と思って聞いてみた時、ジロウは笑いながら答えた。

 

「あのな。これくらいは世話の内にも入らないっての! それにある偉い人がこんな言葉を言っている。“よく動き、よく学び、よく遊び、よく食べて、よく休む”。それが大切ってな! つまる所、強くなるには戦闘訓練()()じゃダメなんだ」

「それだけでは、ダメなの?」

「ああ。出来れば時間をかけて体と一緒に心も強くならないとな。といっても数日じゃあどうしても限界があるが。なんとか延長できないもんかねぇ」

 

 意味はよく分からなかったけれど、少なくとも鍛えようという思いは間違いなく本物のようだった。

 

 それと戦闘訓練の途中、一度だけクラウンが私ではなくジロウを連れてどこかへ行ったことがあった。自主練習をしているとその日の内に戻ってきたが、ジロウはただいざこざがあっただけだと詳しくは話してくれなかった。

 

 だけどそのどこか申し訳なさそうな顔は、どこか印象に残るものだった。




 という訳で、セプト視点の話です。

 本編と重なったり少し長い話だったりしますが、時折お付き合い頂ければ幸いです。
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