遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?   作:黒月天星

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閑話 ある奴隷少女の追憶 その四

 

 エプリが毒を受けると一気に形勢はクラウンへ傾いた。

 

「いやあ貴女のさっきの表情は見ものでしたよエプリ。必殺の一撃を決めたと思った瞬間、その相手がいなくなって呆然とする姿。そして私に脇腹を切られ、毒で苦悶する歪んだ表情。少しは留飲も下がるというものです」

 

 意識が朦朧としているエプリを蹴り飛ばしながら、クラウンは嗜虐に満ちた笑みを浮かべる。

 

「クハハハハ……さあて、溜飲も大分下がったことですし、そろそろトドメと行きましょうか」

 

 散々エプリをいたぶった後、トドメを刺すべくクラウンはナイフを逆手に持つ。その姿を、私は影に潜みながら何の感慨も抱かず眺めていた。

 

 これがこれからも続く日常になるのだろう。

 

 私は奴隷として主人に従い、これからもこのような出来事を見続けるんだ。そう考えた時……何故だろう? 少しだけ胸の奥がチクリと痛んだように感じた。

 

 そしてクラウンが勢いよくナイフを振り下ろそうとした時、

 

 

 

 「…………ぁぁぁぁあああああっ!? ど~~い~~て~~く~~れ~~!?」

 

 

 

 空からヒトが降ってきた。

 

 凄まじい勢いでクラウンに直撃するすれすれの所に墜落し、クラウンはその衝撃で近くの岩場に吹き飛ばされる。……困った。急だったから影で受け止められなかった。

 

 私は岩の影の中に潜んでいて無事だったけれど、今の衝撃で周りに酷い砂埃が舞っている。これじゃあ月明かりが遮られて影を操れない。

 

 影に潜み続けられるぐらいにはまだ月明かりも差していたので、私はクラウンの身を案じながら砂埃が収まるまで様子を見ることにした。

 

 それが、この時はまだ名前を知らなかったけど、トキヒサを初めて見た瞬間だった。

 

 

 

 

 トキヒサとエプリ。二人は雇い主と護衛という私とクラウンの関係にどこか似ていた。奴隷と護衛という違いはあっても、どちらも誰かに仕えるという点では同じなのだから。だけど、

 

「もう契約は切れているんだぞっ!? 私が居なくてもアシュや調査隊に頼れば悪いようにはしない筈だ。なのに……なのになんで私なんかを追いかけてきたんだっ!? 貴重な転移珠まで使って!?」

「決まってる。約束しただろ? ダンジョンから出たら何故俺をここまで護ってくれるのか教えてくれるって。まだ聞いていないから聞きに来ただけだ」

 

 契約が切れてなお、危険を冒してこのヒトはエプリを助けに追ってきた。それも護衛が雇い主を助けに来るのではなく、雇い主が護衛を助けに。そしてトキヒサの言葉がさらに私を混乱させた。

 

「仲間が居なくなったら心配するのが当たり前だろうがっ!」

「っ! ……私とお前はただの元雇い主と元傭兵の関係で」

「一緒に戦って! 一緒に食事をして! 一緒に冒険した! それだけでもう仲間だろうがっ!」

 

 仲間? この二人は主従関係じゃないの? ……分からない。

 

 いや、今それは考えることじゃない。私は奴隷。ただ主人の為動くだけ。砂埃も収まり、影を操るのももう支障はない。あとは先ほど戻ってきたクラウンに合わせて奇襲をかけるのみ。そして、

 

「だから動かず待っているのでしょう……コイツが来るのをねっ! “風刃”!」

 

 仕掛けようとした瞬間、話の流れの中自然に私に向けて風刃を放ってくるエプリ。仕方ないので奇襲を諦め影の刃で風刃を迎撃する。

 

 そこから戦いは一気に動いた。私へ注意の向いたエプリに対し、近距離転移で死角に跳んで切りつけるクラウン。

 

 だけどそれを見越していたトキヒサが抑え、少し離れた所で戦いを始める。また私とエプリで一対一になったみたい。

 

 こんな時ジロウなら下手に離れず連携を取るのだろうけど、クラウンは転移を多用するから単独行動が多い。私が支援できる所に居てほしいけど、それが主人の意向ならそれに従うだけ。

 

 

 

 

 こちらの戦いは実に静かなものだった。影に潜む私に対し、攻撃の予兆を察知して反撃を狙うエプリ。互いに下手に動けない。

 

 そうなると持久戦だけど、私は魔力消費、エプリは毒による体調の悪さが弱点となる。そして互いに仕える相手を援護に行きたいということもあって長引かせたくない。そんな中、

 

「エプリっ! こっちはひとまず大丈夫だ」

 

 トキヒサだけ戻ってきた時は驚いた。まさかクラウンが……いや、首輪に何の反応もないから死んではいない。

 

 クラウンは幾つかの条件をこの首輪に設定している。その一つが()()()()()()()()()()()()()()()というものだ。

 

 だけど死んでいなくとも主人に何かあったのは事実。敵を仕留めるべく影を槍状にして攻撃するが、エプリによって防がれそのまま合流される。

 

 その後しばらく睨み合いが続き、何か私に聞こえないよう二人で話し合ったかと思うと、

 

「……“強風”」

 

 エプリが周囲の砂を巻き上げ、砂塵で月明かりを覆い隠そうとする。……いけない! このままでは影がなくなってしまう!

 

 誘いであるのは分かっているけど、攻めるなら今のみ。隠密重視で魔力を抑えるのを止め、速攻で仕留めるべく数と威力を重視した影の連撃を放つ。

 

 一番にエプリを狙いたいけれど、それを庇いながらトキヒサが一歩また一歩と近づいてくる。躱しきれず自分の身体が傷つきながらも。

 

 何故? 何故()()()()()()()()()()進んでくるの? ……分からない。やはり私には分からない。

 

「届かせない」

 

 それでも近づかせたらいけないという事は分かって、私は以前ジロウに向かって放った極大の影造形を発動。それをトキヒサに向けて差し向けた。

 

 直線状の物を薙ぎ払うそれは、範囲も広いので躱すのは難しい。なのに、

 

「……っ!?」

 

 急に影の動きが止まった。ここからではよく見えないけれど、以前ジロウがやったのと同じように。

 

 ただ驚きはしたけど、完全に止められている訳じゃない。伝わってくる感覚からすると、このままあと少し経てばおそらく押し切れる。

 

 ならあとは相手が左右から回避しようとすることだけ気を付ければ良いだけ。そう考えていたら、予想外の光景が目の前に飛び込んできた。

 

「どおりゃああぁっ!」

 

 なんとトキヒサが、壁を上から乗り越えて空中から突撃してきたのだ。ここは影に潜って回避を。

 

「逃がすかあぁっ!」

 

 トキヒサは服の中から何かを私の真上に向かって放り投げた。……私にじゃなくて?

 

「金よ。弾けろっ!」

 

 何かがトキヒサの言葉と共に爆発し、爆風が周囲の砂塵を僅かに吹き飛ばす。何を狙っているか知らないけど、砂塵が無くなった今このまま影に潜ってしまえば……これは!? 

 

 私は驚いた。真上からの爆発の光によって、私の影が周囲から切り離されていたのだ。攻撃に回すにしてもこの大きさじゃほとんど使えない。一体どうしたら。

 

 このたった一瞬の躊躇いが勝敗を分けた。

 

「……かはっ!?」

 

 トキヒサの体当たりを受け、身体から空気が押し出される感覚と共に、私の意識は一度途切れる。

 

 

 

 

「おい。……おいっ! しっかりしろっ!」

 

 そして次に目を覚ました時、ついさっきまで戦っていた相手が私を心配そうに見つめている姿が目の前にあった。

 

「起きたか? 良かった……今の状況は分かるか?」

「……うん」

 

 少し身を起こして視線を巡らすと、周囲をユラユラと影の幕が覆っているのが見えた。これは……どうやらクラウン(ご主人様)が首輪に仕込んでいた術式が作動したらしい。

 

 私の首輪に設定された術式。例えば“クラウンが死んだら私も道連れになる”。“クラウンの意思で首輪が締め付ける”等があるけど、その一つに“私の意思に関係なく魔力暴走を起こさせる”というものがある。

 

 これは私にわざと魔力暴走を引き起こさせ、言わば生きた使い捨ての爆弾とする設定だ。

 

 私はクラウンにそこそこ価値のある奴隷だと認識されていたように思う。それでもこの手段を取ったのは、私を連れて撤退するより目の前のトキヒサか先ほどのエプリ、またはその近くにいる他の誰かをそれだけ殺すべき相手だと判断したのだろう。

 

 トキヒサの肩に乗っているスライム(後に分かるけど名前はボジョ)がこちらを警戒しているけど、クラウンが居ない以上もう攻撃するつもりはない。あとはただ奴隷として最後の命令に従うだけ。

 

「時間が無いから手短に言うぞ。この魔力暴走を止めてくれ。自分の魔力なら抑えられるだろ?」

「無理。命令だから」

 

 トキヒサの問いに私は事実だけを答える。一度発動した以上、私の意思で止めることはできない。

 

「大丈夫だ。首輪なら俺の加護で外せる。もう奴の命令に従わなくて良いんだ」

「外せる? ……本当に?」

「ああ。ちょっと動くなよ」

 

 急にそう言い出したトキヒサを私は訝し気に見つめる。首輪を外すには持ち主の承諾と、専用の道具が必要となる。無理に外せば奴隷は死ぬのを知らないのだろうか? だけど、

 

「本当に……外れた」

 

 トキヒサが箱のような物に触れたと思ったら、たった今着けていた筈の首輪がフッと消える。その場所を撫でて感じるのは自分の肌の感触だけ。

 

「これで分かっただろ? もうお前は奴隷じゃないんだ」

「奴隷じゃ……ない?」

 

 その言葉に足元が崩れるような感覚がした。奴隷じゃない。()()()()()()()()()()

 

「ああ。奴隷なんかじゃない。だからクラウンの命令なんてもう聞かなくて……おいっ!?」

 

 私は懐からナイフを取り出し、自分の喉元に突きつけてトキヒサの方を見据える。トキヒサを傷つけても首輪は取り返せない。なら今の私にできるのは、命を脅しの道具にすることだけ。

 

「…………けて。……もう一度首輪を着けて。私を奴隷に戻して」

「な、なんでそんなことを?」

 

 なんで? 分からないだろう。()()()()()()()()()()()()。だけど私は違う。

 

「私は生まれた時から奴隷。自由なんて知らない。……()()()()()()()()()()()()()() だから…………戻して」

 

 ヒトから普通の奴隷になった者ならヒトに戻れるのかもしれない。でも私はそうじゃない。

 

 私は生まれた時から奴隷だった。ヒトではなく奴隷として生まれ、そのように生きてきた。では私が奴隷でなくなったら、それはヒトなのだろうか?

 

 ……違う。私が奴隷でなくなったら、それはただの何者でもないモノだ。それは死ぬことより、クラウンに使い捨てにされることより、私にはずっと恐ろしかったんだ。

 




 セプトは自分をヒトではなく奴隷というカテゴリで見ています。なのでセプトにとっての奴隷からの解放は、自身の存在の否定に繋がるのでパニックを起こすわけです。

 ちなみに自分が奴隷であれば良いのであって、誰の奴隷であるかはあまり重要視していません。
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