遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?   作:黒月天星

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閑話 助けるための戦い

 ◇◆◇◆◇◆

 

「ガアアアアァ」

 

 咆哮を上げながら襲い掛かる鬼は、ディラン看守に対してその剛腕を振り下ろす。何の技もフェイントもない力任せの一撃に対し、ディランは軽くステップを踏んでそれを避ける。もうこんなことが幾度も繰り返されていた。

 

「何処だ?」

 

 ディランは焦っていた。ただ単に倒すだけなら苦労はない。いくら力が強かろうと、こう単調なら躱すのは容易だし先読みもしやすい。

 

 身体が筋肉の鎧で覆われているとはいえ、関節や顔面など狙いどころは多々有るし、実際このクラスの相手を何度も倒したことがある。なら何故焦っているかと言えば、この鬼は()()()()()だということだ。

 

「ウガアアァ」

 

 鬼凶魔は今度は片手ではなく、両手を組み合わせてのアームハンマー。これもディランは回避するが、その衝撃は牢全体を振動させる。それにより一瞬バランスを崩しよろめく看守に、今度は平手による横からの薙ぎ払いが襲い掛かる。

 

「ぬっ!?」

 

 躱しきれないと判断したディランは、両腕を交差するクロスガードの構えを取る。そして響き渡る轟音。今の鬼の一撃は、常人なら受ければ良くて複雑骨折。場合によってはそれより無惨な結果もあり得るものだ。

 

 故に、その一撃を()()()()()()退()()()()()で受け切ったディランは、明らかに常人の域を超えていた。

 

「……でやあぁぁっ」

 

 受け止めた鬼の手を拳で払いのけ、再びバックステップで距離を取る。今の一瞬で攻撃に転じることも出来たはずなのに、ディランはそれをすることはなかった。彼はずっとあるものを探していたのだ。

 

 それは先ほどクラウンがこの男に突き立てたもの。ディランにはそれに心当たりがあった。彼が看守でありながら囚人という立場になる切っ掛けとなったもの。生物を故意に凶魔化し、兵器として運用する恐ろしき実験で使用された特殊な魔石である。

 

 魔石がいつ頃からあるのかはほとんど知られていない。一説によると、はるか昔に封印された神が遺したものだとも言われているが定かではない。ただ魔石は周囲の魔素を吸い込んで蓄積し、許容限界を超えると凶魔化するのは知られていた。

 

 そこである者はこう考えた。ならば仮に()()()()()()魔石が凶魔化した場合、その肉体に影響を与えることは出来ないか? ……結果として肉体に影響を与えるという点では成功した。実験として小型の魔物に投与した結果、その魔物は凶魔に変異したのだ。

 

 そしてその実験は続き、最終的にヒト種によるものを数度行った所で首謀者の死亡による決着を迎えた。関係者の肉体と精神に深い傷跡を残して。

 

(くっ。一体どこに有るんだ? 核となった魔石は?)

 

 彼は同じように魔石によって凶魔化した者を知っている。その時は凶魔化した直後だったことと、核となった魔石をすぐに摘出できたことによって、多少の後遺症は残ったものの人に戻すことができた。

 

 今回もおそらく同じ。凶魔化した直後であり、身体のどこかにある魔石を摘出さえできれば元に戻れる可能性は高い。今なら間に合う。……間に合うのだ。

 

 しかし、前回と今回とで決定的に違う点が一つある。核となっている魔石が視認できないという点だ。前回は魔石の一部が身体から露出していたので摘出することが出来た。しかし今回はそうではない。

 

 クラウンの仕草から胸部のどこかにある可能性は高いが、凶魔化する際に身体が膨張しているため正確な位置が把握できないのだ。

 

 当てずっぽうで攻撃して探すという手もあるが、もし魔石に傷をつければ本体に負担がかかる。元に戻れても場合によっては後遺症に苦しむことになる。これがディランが鬼への攻撃を躊躇う理由だった。

 

(……せめて少しでもコイツの動きを封じることが出来れば)

 

 直接身体を調べようにも、鬼が暴れまわるので迂闊に近寄ることが出来ない。もうこれは多少の犠牲を覚悟してでも一度無力化して調べるべきか。……いやダメだ。ディランは一瞬浮かんだ考えを振り払う。

 

 大事を取るならここで攻撃すべきだ。牢の外へ出ようものならその被害は相当なものとなりかねない。しかし凶魔化した者は多少のダメージでは止まらず、命の危機に瀕するぐらいでないと戦い続ける。

 

「ガアアアアァ」

 

 苦渋の選択を迫られるディランに、鬼は容赦することなく攻撃を仕掛ける。今度は両手による拳の連打。一撃一撃が床にヒビを入れていくが、ディランはその全てを回避して見せた。だがこのまま攻撃しなければ、いずれにせよ凶魔化が進行して元に戻れる可能性は減っていく。

 

「……やるしか、ないか」

 

 もしかすれば元に戻っても後遺症が残るかも知れない。しかしこのまま放っておくわけにもいかない。彼が覚悟を決めて、出来る限り肉体に傷の残らないように行動不能にしようと拳を構えた時だった。

 

「“水球(ウォーターボール)”」

「ウギャアアア」

 

 どこかから飛んできた水玉が鬼の顔面に直撃した。苦悶の声を上げ、顔を押さえて鬼は腕を振り回す。

 

「お待たせっ! 手助けに来たわよ……って、必要なかった?」

 

 暴れまわる鬼の横をすり抜けて、イザスタがディランの所に駆け寄ってきた。

 

「いや。正直助かる。戦力は多い方が良いからな。それにしても、ただの“水球(ウォーターボール)”にしてはやけにダメージがデカいな」

「あぁそれ。実はちょっと水質を変化させてるのよん。具体的に言うとスッゴク目に染みるものに」

「……なるほど。道理で」

 

 ディランはのたうち回る鬼の姿を見て納得する。よほど痛いのか、さっきから目を押さえっぱなしだ。この魔法封じの仕掛けの中で、水属性の初歩とは言え水質変化という高等技法をやったことに関しては何も言わない。今はこちらのことを優先したためだ。

 

「それにしても看守ちゃん。あなたならああなっちゃっても軽く倒せるんじゃない? それなのにここまで苦戦しているってことは……何か考えがあるってことかしらん?」

「ああ。身体の中の魔石さえ摘出できれば元に戻れるはずだ。ただそれの正確な位置が分からないとどうにもならない。……お前相手の身体の内部を調べる能力は持っていないか? あるいは相手の動きを封じる能力でも良い」

 

 本来なら親しい相手でもないのに能力を聞くのはややマナー違反だ。しかし今は緊急事態と割り切ってディランは質問する。どちらかでも有ればこの状況を打破できる。もしも無ければ……いよいよ後遺症を覚悟してでも力づくで抑え込むしかなくなるのだが。

 

「有るわよ。両方とも。ただし問題が二つあるんだけど」

 

 イザスタは少し困ったような顔で言った。ディランは何も言わず続きを話すように促す。まだ鬼はもがいているようだが、いつ落ち着くか分からないので急がなければならない。

 

「一つは身体の内部を調べるには対象に直接触れなければならないということ。あの大きさの相手となるとそうねぇ……短くても十秒は触れていないとダメね。もう一つはこの魔封じの仕掛けの中でアレを封じるのは数秒間くらいが限界ってこと。仕掛けを解くことって出来ないの?」

「難しいな。それは俺の管轄外だ。今から戻っても解くまでしばらくかかる。それでは間に合わない」

 

 そうこうしている内に、鬼が視界を取り戻して再び襲い掛かってきた。イザスタが水玉を飛ばして迎え撃つも、今度は鬼も学習したのか腕を目の前にかざしてガードする。ただ視界を取り戻したとは言えまだ痛みはあるらしく、時折目を擦っている。

 

「……どうあっても助けたい? あの子?」

 

 鬼に対して構えを取りながら、不意にイザスタはそうディランに訊ねた。その顔は普段の彼女とはいささか違い、真剣さを感じさせるものだ。

 

「無論だ。必ず助ける」

 

 ディランは彼女の問いかけに即答した。助けたいではない。助けるのだ。例え囚人だろうが何だろうが、もう自分の目の前で二度とあのような悲劇は繰り返すつもりはない。その決意はイザスタにも伝わっていた。

 

「…………本気みたいね。仕方ない。それじゃあお姉さんもちょっと本気出さざるを得ないかしらねぇ。……ディランちゃん。一つだけ約束してくれない?」

「……何をだ?」

 

 聞き返すディランに、イザスタはどこか凄みのある笑みを浮かべて答えた。

 

「これからアタシがやることは他言無用。この牢にいる者だけの秘密にすること。これさえ飲んでくれるのなら、この状況をなんとかできる切り札が有るわ。どう? 約束できる?」

「……約束しよう」

 

 今度は少しだけディランは考えた。だがそれも一瞬のこと。すぐに彼はその条件を受け入れた。

 

「良いわ。それじゃあ耳を貸して」

 

 イザスタはディランの耳元で、自分がこれからやろうとしていることを伝えた。それを聞くと、ディランの顔色は明らかに変わる。

 

 その表情に浮かぶのは、そんなことが可能なのかという疑念と、成功すれば相手を傷つけずに無力化できるという期待。そして、僅かばかりではあるがこれまでのことで作り上げられた彼女の人柄への信頼。

 

「ようし。それじゃあ始めるとしましょうか。これが片付いたらトキヒサちゃんとデートなんだから。お姉さん頑張っちゃうわよ」

 

 イザスタは鬼と向かい合いながらそう言った。その顔にはまるで気負った様子はなく、いつものように余裕綽々の笑みを浮かべて。

 


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