遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?   作:黒月天星

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人は引っ張り、骨は押し、そして外の世界へ

「はぁ。はぁ」

 

 出口まであと一息の所だが、ジューネはもう息も絶え絶えだ。昨日は大変だったから無理もないが、ハッキリ言って全身筋肉痛だ。

 

 身体中に湿布のような布を張り付けて、痛みで時折呻き声をあげながら歩く商人少女。……誰得だと言うんだこんな状況。

 

 エプリもまだ微妙に疲れが残っているようで動きのキレが悪い。ちなみに俺は加護のおかげかほぼ万全だ。身体が回復しやすいというのはそれだけで助かる。

 

 さてここで問題だ。明らかに足取り重く疲れが溜まっている少女に対し、こっちは疲れのほとんど残っていない荷車の牽き手。そして荷車にはまだ少女一人くらいなら乗せることが出来る。これらの情報から俺に起こる展開を予想すると、

 

「まあこうなるわな」

 

 俺はバルガスとジューネ、そして二人に寄り添いながら警戒するボジョを乗せた荷車を力の限り牽いていた。加護で強化されていなかったら倒れてるぞ。……加護で強化されたからこそ牽いている訳だが。

 

「大丈夫かトキヒサ? すまないな。ジューネまで乗っけてもらって」

「……それにしても体力があるわね。護衛する方としては助かるけど」

 

 時々前を行くアシュさんやエプリが、歩きながらペースを落としてこちらを気遣ってくれている。ありがたいけどこっちは大丈夫だ。()()()()もいるしな。俺は軽く荷車の後ろの方を振り返る。そこには、

 

「「…………」」

 

 道中でコアが制御を取り戻したスケルトン七体が、カタカタ骨を鳴らしながら歩く姿があった。コイツらは結構力が強いので、三体ほどに後ろから押してもらって大分楽だ。残りはボジョと同じように周囲の警戒をしながらついてくる。

 

 傍から見ると荷車が襲われているように見えるかもしれないな。バルガスなんか起きて後ろを見たらかなり驚いていた。

 

 これまではなるべくスケルトンに会わないルートをエプリとアシュさんが選んでいたが、今はコアが居るのだから単純に最短距離を進めばいい。出会ったスケルトンは片っ端から制御を取り戻し、むしろ戦力が強化されるという具合だ。敵が味方になるっていうのはどこか燃えるな。

 

「これだけいれば護衛としては何とかなるんじゃないかジューネ?」

「まだ不安は残りますが、向こうのコアがこの階層に手出しが出来ないのであればしばらくは大丈夫かと。あとはこのダンジョンに他の誰かが来た場合ですが……スケルトンばかりで倒しても旨味が無いのにわざわざ攻撃する者もあまりいないでしょう」

 

 ジューネは横になりながらそう話す。無理に身体を起こそうとすると痛がるので、そのままでいるようにと俺とアシュさんで説得した結果だ。

 

「そうだな。わざわざこんなスケルトンばかりの場所に好き好んでくる奴はそうは居ねえよ。俺もこんなことにならなければ来ることはなかったと思うぜ」

 

 バルガスも後ろのスケルトンを気にしながら言う。まあ普通は出会って数秒でバトルの相手だもんな。それが自分のすぐ近くで黙々と荷車を押しているのだから落ち着かないか。

 

『ありがとう。この調子なら何とか戦う目途が立ちそうだよ』

 

 いきなり懐に入れているダンジョンコアから声が聞こえてきた。今は持っている相手にしか言葉を伝えられないらしいので他の人には聞こえていない。

 

「良かったな。だけどありがとうって言うのはまだ早いぞ。まだ交渉は始まってもいないんだから」

『分かってるよ』

 

 知らない人が見たら独り言をぶつぶつ言っている危ない奴に見えるが、全員コアのことは知っているので何も言わない。そのまま少しコアのことやこのダンジョンのことについて話していると、先頭を行くアシュさんが声をあげた。

 

「もうそろそろ入口に着くぞ。ここから出たら一気に環境が変わるからな。気を付けろよ!」

 

 いよいよか。俺のこの三日間のダンジョン生活も、遂に終わりを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 アシュさんの言葉を聞いて、俺達の勢いは格段に上がった。正確に言えば俺とジューネの勢いだが。ジューネは少し疲れが取れたと言って荷車を降り、自分の足で再び歩きはじめる。

 

 俺もいよいよ外に出られると思うと、自然と足取りも軽くなる。ジューネが降りたことで本当に重量が軽くなっているのも大きいな。

 

 何しろ俺はこの異世界に来て一度もまともに外に出ていない。最初はいきなり牢屋スタートだったし、やっと出られると思いきや今度はダンジョンだ。ず~っと屋内だったので外への期待はとても大きい。

 

「……もうすぐよ。風の流れがよりはっきりとしてきたわ」

 

 エプリの言葉にますます奮い立つ俺。額から汗をダラダラと流しながらも全く気にならない。そして歩き続けることしばらくして。

 

「見えたぞ! 外の光だ!」

 

 アシュさんが通路の先を指さす。まだ少し距離があるようだが、微かにそこには光が見えた。そして先ほどから風が吹いているのを感じる。……間違いない。外だ! 

 

 俺達はタイミングを合わせたわけでもないのに自然と同時に走り出していた。この時ばかりはジューネも疲れを忘れて猛ダッシュだ。エプリやアシュさんも周囲を警戒しながら走る。

 

 俺はバルガスの乗った荷車を牽きながらなので他の人に比べて遅かったが、それでも負けじと走る。……あとスケルトン達もカタカタと音を立てながら走る。何か追われているように見えるのは仕方ないが。

 

 

 

 

 走って、走って、走りぬいた先で、遂に俺達はダンジョンの入口に到達した。そこから見えたのは、

 

「……うわぁ」

 

 そこに広がっていたのは荒涼とした岩場だった。見ればあちらこちらに砂塵が舞い、埃っぽい乾燥した風が吹くどことなく西部劇の舞台を思わせる景色。どこを向いてもごつごつした岩場ばかりで色気も何もない風景だが、空だけはどこまでも澄み切った青空だった。

 

「何か久しぶりに見た気がするなぁ。青空。……おっと」

 

 急に明るくなったので眩しくて目を細める。ずっと真っ暗なダンジョンの中にいたから、しばらく目を慣らさないとダメだなこりゃ。

 

 俺はダンジョンの入口で立ち止まる。これ以上進んだらコアがダンジョンを出てしまうからな。

 

「まず俺とエプリの嬢ちゃんで周囲を探るから、もう少しここで待ってな」

「分かりました。……ここで一度お別れですね」

 

 ジューネが俺に向かって、正確に言えば俺の持っているコアに向かって言う。交渉がどのくらいで終わるかは分からないがしばしのお別れだ。

 

『短い間だったけど助かったよ。こちらでも待っている間に出来る限り戦力を集めておく』

 

 俺は入り口付近で整列して待機しているスケルトン達を見る。確かにダンジョンを取り返すにはあれだけじゃ足りないだろうからな。今のダンジョンコアとマスターがどれだけの相手か知らないが、一度踏破されたぐらいだから相当なものだろう。戦力が多いに越したことはないな。

 

「分かった。こっちも交渉が成功しても失敗してもまた来るからな」

 

 交渉の結果に関わらず、十日程で一度ここに戻る事になっている。そのままダンジョン攻略になるかは分からないが、コアは最悪の場合取り戻した手勢だけで再び戦いを挑みかねないからな。上手く交渉が進むことを祈る。

 

 そして次来た時、野良のスケルトンと間違えて戦いにならないように、互いに合言葉ならぬ合印を決めておくことにした。手勢のスケルトン達は皆身体の何処かにジューネが売った白い布を巻いているのだ。ちなみに代金は俺持ち。解せぬ。

 

 逆にこちらは腕に黒い布を巻く。元々暗いダンジョン内では色は識別しづらいのだが、スケルトン達は暗くても関係ない。布を巻いた相手は攻撃せずに案内しろという指令を出しておけば初対面のスケルトンでも大丈夫だろう。

 

「……近くに危険な生き物は居なさそうね」

「こっちも大丈夫そうだ。ここから近くの町まで一気に行くぞ。荷車の事も考えると三時間はかかるからな。準備は良いか?」

 

 二人の周囲の探査が終わりいよいよ出発の時。

 

 俺はスケルトン達の一体にコアをそっと差し出し、スケルトンは恭しくそのコアを受け取って、ジューネから買った小さな袋に入れて首から下げる。事前にコアに確認したが、このくらいの袋なら入った状態でも周りのことが分かるらしい。これなら落とす事もないだろう。

 

「……じゃあ、またな」

 

 俺達はダンジョンの外へと歩き出した。最後に振り向くと、コアを受け取ったスケルトンがまるで礼を言うかのように頭を下げていた。必ずまた来るからな。

 

 

 

 

 そうしてアシュさんとエプリの先導で俺達は近くの町に向かうのだが、道中はごつごつした岩場ばかりで荷車が進みづらい。

 

 しかし途中から少しずつ歩きやすい平原に変わっていき、風も埃っぽい物からどことなく草の薫りを感じさせるものになる。ここだけ見るとちょっとしたピクニックのようにも感じるな。

 

「しかし、太陽はこちらでも同じなんだなあ」

 

 俺はようやく明るさに慣れてきた目を少し上の方に向ける。その青空には地球とあまり変わらない太陽が燦々とこちらを照らしている。

 

 ここの環境が地球の物と近いとすれば、こっちの太陽かそれに近い物も逆説的に地球の物に近いという事だろうか? 少し気になる。

 

「こちらでもって……国によって太陽の色でも違ったりするんですか?」

 

 ジューネが俺の呟いた言葉に不思議そうな顔で反応する。そう言えばジューネ達には俺の能力は説明したが、『勇者』の事とかは言っていなかったな。どう誤魔化したもんか。

 

「いや、そうじゃなくて……そう! 暑さ! こっちでも暑いなあって思ったんだ」

「暑いですか? 今は丁度良い具合だと思いますけど。季節も丁度春ですし風も気持ちいいですよ」

 

 確かにそよそよと風が吹いていて、暑いというにはやや無理がある。ちなみに以前イザスタさんから聞いたのだが、この世界にも四季はあるようで、地球と同じく月日の概念がある。

 

 ただし十二月というのは同じだが日にちだけは三十日で固定のようで、日付を指定する時は~月の~日と言うらしい。まあ分かりやすいと言えば分かりやすいのだが、閏年とかどうなっているのだろうか?

 

「これで暑いって、トキヒサの出身は相当寒い所らしいな。それじゃあこれから夏になったら大変だぞ」

「いや、そうでもなくて。むしろ俺が出発した時は夏休みだったからこっちの方が暑かったというか」

 

 うまく説明したいのだけど、下手なことを言ったら異世界云々のことも言わなければならなくなる。かと言って嘘を吐くと言うのも出来ればしたくはない。……え~いどうしたら良いんだ。俺が頭を抱えて悩んでいると、不意にエプリが鋭い声をあげる。

 

「……静かにっ! 何か近づいてくるわ」

 

 その声を聞いて前方をよく見ると、小さくだが砂埃が遠くに立っているのが見える。規則的に立っているから何かが移動しているようだ。

 

「そうみたいだな。あの感じだと……人だな。それも少なくとも数十人規模だ」

 

 アシュさんは手をひさしにして遠くを見ながら言う。ここからあそこまで結構な距離があると思うのだけどよく分かるな。視力が相当良いみたいだ。

 

「ここは街道からは少し離れたところにあります。商人の一団にしては通る必要性がありませんね」

「……盗賊の類でもなさそうね。あまりに気配を隠さなすぎだもの。あんなに砂埃をたてて動いたら見つけてくださいと言っているようなものだわ」

 

 商人でも盗賊でもないか。すると何だろうか? ますます分からなくなってきた。そう言っている内に少しずつその謎の集団はこちらに近づいてくる。このままだとあと数分もすればぶつかるだろう。

 

 まったく。ようやくダンジョンから出て一息つけると思ったのに、またややこしいことの気配がするよ。いつになったら真っ当に金を稼いで元の世界に戻れるのやら。

 




 これにて第二章は完結です。

 ついにダンジョンを出て歩きはじめる時久達。そこに現れる謎の集団。彼らは一体何者なのか?

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