遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?   作:黒月天星

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 今回からまた時久視点です。


追いかける理由と空の上

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「……う~む。どうしたもんか」

 

 消えたエプリを探して拠点を飛び出したのが少し前。しかし一向にエプリに追いつく気配がない。

 

 途中出くわすのは野生のモンスター(デカい虫やら獣やら)ばかり。戦っている時間も惜しいので適当に硬貨を投げつけて追い払う。

 

 ダンジョンのスケルトン達と明らかに違うのは、モンスター達は生きているという事だ。つまり明らかに不利だと悟ったらさっさと逃げ出す。それくらいの状況判断が出来ないと生きていけないのだ。

 

 ボジョも大張り切りで寄ってくる相手を片っ端から触手でぶっ叩いていくが、時間が無いのは心得ているのだろう。モンスターを捕食しようとせず追い払うだけに留めてくれる。……いつも思うけど相当ボジョは頭が良いと思う。この世界のスライムは皆こうなのだろうか? 

 

 とにかくそんなこんなでエプリを探し回っているのだが見つからない。しかし何か嫌な予感が膨れ上がって収まらないのだ。

 

「参ったな。一度拠点に戻るか? いや、そうしている内にもっと先に進まれている可能性も」

 

 こんな時“相棒”だったらすぐに何か考えつくっていうのに。頭をガリガリと掻きむしりながら考えるが、焦りもあって全然考えがまとまらない。

 

「どうすれば良いんだ……あだっ!?」

 

 俺の頭に軽い衝撃が走る。振り返ると、モンスターを追い散らしていたボジョが肩に乗って触手でぶっ叩いていた。まるで落ち着けって言っているかのように。

 

「……ありがとなボジョ。少し落ち着いたよ」

 

 そうだよな。慌てても事態が良くなることはほとんどないもんな。もう大丈夫だよって軽くボジョを撫でる。

 

 しかし依然としてエプリが見つからないのは変わらない。追いかけようにも考えてみれば、エプリは風属性で飛んでいった可能性もある。

 

 それにエプリがクラウンと合流しようとしているのは分かるけど、それが何処なのかは見当がつかない。やはり一回拠点に戻るべきか?

 

 そこに急にボジョがグイグイと俺の服を引っ張った。正確に言えば俺の胸ポケットの辺りだ。

 

 何だよボジョ? そこにはアンリエッタとの通信機くらいしか……って、それだよ! こんな時こそあの女神に知恵を借りよう。俺は胸ポケットから通信機を取り出す。

 

「もしもし。こちら時久。起きてるかアンリエッタ?」

『……起きてるわよ。大体状況は把握しているから説明は良いわ』

 

 何度目かのコール音の後にアンリエッタと繋がる。状況は分かってるみたいだから正直助かる。今は説明する時間も惜しい。

 

『先に言っておくけど……アナタバカ? 当てもないのに突っ走っていくなんて、何も考えずに本能だけで生きてるの? せめて手紙の事を説明して手分けして探してもらうとか、誰かに一緒に来てもらうとかあるでしょうに。大体アナタは』

「お説教は後でたっぷり聞くっ! それよりもエプリの場所について心当たりは無いか?」

 

 自分がバカなのは承知しているが今は非常事態だ。アンリエッタの言葉を遮って用件だけ言う。しかしアンリエッタは渋い顔をする。

 

『残念だけどワタシの分かるのは手駒であるアナタの周囲の事だけ。これは他の神や参加者達も特別な加護が無い限り同じ条件よ。だからアナタから離れたエプリの動向は分からない』

 

 むぅ。神様だから千里眼くらい使えるかと思ったが、そう簡単にはいかないみたいだ。場所が解れば一発だったんだけどな。

 

 

 

 

『……ねぇ。なんでわざわざエプリを探しに行くの?』

 

 当てが外れてちょっとがっかりしている俺に、アンリエッタは真面目な声でそう問いかけてきた。なんだよ改まって?

 

『手紙にもあったでしょう? 契約は切れている。もし仮に追いついても、もうエプリにとってアナタは何でもないただの他人なのよ。下手をすれば牢獄にいたクラウンも一緒にいる。奴がまたこちらを狙ってくる可能性が高いのよ。それに最悪の場合エプリだって』

 

 アンリエッタの言葉は的を得ている。実際俺もエプリと話をした時から考えていた。……でも、

 

『悪い事は言わないわ。さっさと拠点に戻りなさいワタシの手駒。アナタ一人でどうなるって言うの?』

「……でも約束したんだ。ここから出たらどうして俺を護ってくれるのか教えてくれるって。俺はまだその答えを聞いていない」

 

 エプリがクラウンと連絡を取っていたのを知った時、別れ自体は覚悟していた。そして本当ならその前に最後に話をしてこの事も聞く予定だったのだ。だってそうじゃないと……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「俺は約束は大切なものだと思ってる。……もちろん自分じゃどうにもならない事情があって破らざるを得ない状況だってあると思う。それは仕方ない。だけど、それは破った方も破られた方も悔いが残るんだ。だから俺は約束を破らないし、相手にも破らせない」

『……それは自分に都合の悪いことになったとしても?』

「多分。もしクラウンと出くわして、エプリが向こうに付いたとしても仕方ない。約束とそれは別物だもんな。……それにアンリエッタも同じ立場なら同じ事をするんじゃないか? 富と()()の女神だもんな」

 

 この言葉を聞いてアンリエッタは黙り込んでしまう。図星みたいだな。何だかんだこの女神は生真面目だから、仮に自分に不都合な契約内容になったとしても投げ出さず最後まで契約を履行するタイプだと踏んでいた。それなら俺の言い分も理解は出来るはずだ。共感はしないにしてもな。

 

『……はぁ。アナタを手駒にしたのは失敗だったかもね。こうも言う事を聞かないんじゃやりづらくて仕方がないわ』

「まあそう言うなって。しっかり金は稼ぐさ。俺のやり方でだけどな」

 

 疲れたような声を出すアンリエッタに俺はそう返す。これも約束だからな。

 

『……一つあるわ。エプリに追いつく方法。というか何で出てこないのというくらい簡単な方法ね』

「あるのか!? 頼む! 教えてくれ。……いや、お願いします!」

 

 何故か物凄くぶすっとした態度でアンリエッタがポツリと漏らし、俺はその言葉に即座に食いついて両手で拝むような体勢を取る。

 

『今頃になってワタシの偉大さに気がついたようね。……と言ってもこれは言わなくてもいずれ思い出したでしょうけど』

「思い出す? 思い出すって……何を?」

 

 俺は頭を捻って考えるが、何かあっただろうか?

 

『元々こんな時のためにエプリから貰ったんじゃないの? まあ向こうの考えていた用途とは少し違うかもだけど』

「エプリから貰ったって……あっ!? そうか。あれがあった!」

 

 俺は隠しポケットからそれを取り出した。俺が貰ってから結局ダンジョンの中では一度も使わなかった物。あの隠し部屋で穴から落ちた時、これを使っていればここまでの展開が色々と変わっていたんじゃないかと思われる品。

 

 転移珠。一度だけ空属性の転移を素養のない者でも使えるというピンポン玉のような小さな黒い球体が、今はとても頼もしく思えた。

 

 

 

 

「魔法を使う感じで魔力を注ぎ込めば良い……だったよな?」

 

 これまでちょこちょこ簡単な魔法を練習してきたからな。やり方は何となく分かる。だけど空間転移か。使い手のイメージが悪かったけどこれもロマンだな。

 

『そう。気がかりはエプリの位置がここからどこまで離れているか分からない点。距離によって魔力量も違うから、よほど遠いと跳んだ先で倒れる危険性も……まっ、そもそも跳べないって可能性もあるか』

 

 やめろよ不安になるようなことを言うの。跳べるよな? これがダメだったらもう手が無いんだぞ。

 

『それにしても勿体ない。この転移珠一つでそれなりの額になるって言うのに』

「だから今更使う気を失くさせようとするんじゃないよっ! ……ちなみにどのくらいだ?」

『……内緒♪』

 

 そう言ってフフッと悪戯気味に笑うアンリエッタ。ホント笑っていると可愛いんだけどな。

 

「そう言えば帰りはどうするかな? 近場だと良いけど遠かったら帰るの大変だぞ。徒歩なんだから」

『そんなの知らないわよ。そこまで遠くないのを祈ることね』

 

 さっきからアンリエッタの言葉にトゲがあるような気がする。……これ怒ってないか? エプリに会いに行くのを反対してたのに無理やり納得させたもんな。色々終わったら後で謝ろ。

 

『そろそろみたいね。もう止めはしないけど、無茶はなるべくしないでよ』

「分かってるって。エプリと話をしたらすぐ帰るし、戦いになったらとんずらするよ。悪かったな。無理言って」

『もう良いわよ。せめて何か金を稼げるような話でも仕入れてきなさいな。……あと、死ぬんじゃないわよワタシの手駒。課題をこなさないで終わったら承知しないんだから』

 

 その言葉を最後に通信が切れる。……相変わらず心配してるんだかしてないんだか分からない言葉を言い残すな。あれもツンデレの一種なのだろうか?

 

「……ボジョはどうする? ここからなら一匹でもまだ拠点に戻れるぞ? 残るか?」

 

 一応肩に乗ったボジョにも聞くが、ボジョは怒ったように今度は俺の頬をグニグニと押す。

 

「分かった分かった。もう言わないよ。いざとなったら手を貸してくれよな。……この場合触手か?」

 

 そう言うとボジョはそれで良いのだとばかりにそのまま俺の服の中に潜り込んだ。なんか最近ここが定位置になっている気がする。普通こういう仲間って肩の上とか頭の上とかが定番じゃないだろうか?

 

 

 

 

「……よっし。そろそろ行くか」

 

 一度軽く自分の頬を叩き気合を入れる。自分の手にある転移珠を握りしめ、自分が会いたい相手の顔を思い浮かべる。それと同時に、自分の身体から何かが転移珠に流れ込んでいくのを感じた。

 

 ……成程こんな感じなのか。このままエプリの場所分まで魔力が溜まったら転移が発動するって言う事らしい。大体の感覚で言えばあと一分くらいで満タンになる感じがするな。この場合の一分ってどのくらいの距離なのかね?

 

「しっかし……発動するまでこんなに掛かるんじゃ、戦っている最中に連続でって言うのは無理そうな気がするな」

 

 戦いながら連続で転移して相手を翻弄するって言うのは地味に憧れがあったんだけどな。少し残念だ。

 

 よし。今の内にエプリに会ったらどうするか決めておこう。クラウンが居た場合は上手く引き離して二人で話がしたいが……傭兵が雇い主から離れるのはあまり無いか。アシュさんみたいな人は別にして。

 

「やはりここはあれだな。出会い頭に硬貨をばら撒いて煙幕でも張るか」

 

 それで混乱している内にエプリと話をする。ついでにクラウンにあの巨人種の男の分も一発食らわせられれば尚良しだ。我ながら雑な作戦だけど仕方ない。

 

 あとはどうやって逃げるかだけど、クラウンに転移で追っかけられたら逃げるのは難しい気がするな。やはり戦うのは覚悟しておいた方が良いか。

 

 牢獄での戦いを見る限り、クラウンは空属性とあの毒付きのナイフにさえ気を付ければ少しは勝ち目もあるかもしれない。あの時に比べてこっちも少しは手札が増えたからな。

 

 考えている内にそろそろ転移珠への魔力が溜まるようだ。さっきからピカピカ光っている。また今回も行き当たりばったりな気がするが、いざとなったらボジョにも協力してもらおう。死角からの不意打ちに対処してもらえばそれだけで大助かりだ。

 

 そして光が強くなっていき、俺自身も目が開けていられないほどになる。今だっ!

 

「エプリの所へ……跳べっ!!」

 

 次の瞬間、俺の身体が何かに引っ張られる感覚を感じた。そして一瞬だけふっと気が遠くなり、気がついた時には、

 

 

「…………へっ!?」

 

 

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