惑星エスメラルダの王都に存在する王宮。
美しい街並みの延長線上に有る、この壮麗な王宮の内部は、今まさに混乱の渦中に有った。
「エスメラルダの惑星軌道上に守備艦隊を配備、現在ベリアル軍と交戦中」
「ミラーナイトの奮戦も有りどうにか食い止めておりますが、敵の物量から考えると遅滞戦術も長くは持たないと思われます」
「正直なところ、本隊を呼び戻さねば……しかし本隊を呼び戻したとしてもこの数では……」
「ううむ……」
側近の報告を、エメラド王は唸り声を漏らしながら耳を傾ける。
その表情は険しい。何しろ戦況は絶望的と言っても良いほどだからだ。
エスメラルダ軍の本隊がベリアル軍の討伐を行っている最中、不意に現れたベリアル軍の別動隊……いや、こちらが
星系外縁部に現れた艦隊は5000隻だが、本星至近にワープアウトして来たのは500万隻という膨大な艦隊だ。
「謀られたか……」
文明圏最強を誇るエスメラルダ軍の総艦数を遥かに上回るその物量は、信じられない事に5000もの数を陽動として使い捨てる事を可能としたという事だ。
遅まきながらにその事に気付いたエメラド王だったが、全ては後の祭りだ。
まあ気付いていたとしても、これ程の物量に対抗できる手段など有りはしないのだが。
「星系外縁部の本隊には、既に帰還命令を出しております」
「やむを得ん、せめて少しでも敵の侵攻を食い止め、市民を惑星から脱出させる事に注力せよ」
「星を……母なるエスメラルダを捨てると仰るのですか!?」
「市民の命が第一だ、王命により惑星エスメラルダ全域に星外避難の命令を出す、民間船にも協力を仰ぎ一刻も早い避難を行うのだ!!」
「ははっ!!」
エメラド王は目を瞑り、内心で歴代の王達へと謝罪の言葉を呟く。
数千年に渡り文明を、歴史を紡いで来た惑星エスメラルダも、自分の代で終焉を迎えるかもしれない。
その事実に、エメラド王は打ちひしがれていた。
「お父様……」
昏く陰りかけていた思考が、その一言で霧散する。
ハッと声を上げれば、愛しい末の娘――エメラナが、泣きそうな顔で此方を見つめている。
「大丈夫ですよ、エメラナ」
「何があっても、私達が付いているから」
母であるエメルル王妃と、第一子であるエメラル王女が、エメラナの不安を和らがせようとその体を抱きしめた。
その様子を見ていたエメラド王は、このままではいけないと思い直し、不安な気持ちを押し殺して平静を装う。
だが、次に起こった出来事で、王宮内は更なる混乱に包まれる事になる。
「国王陛下、エスメラルダ軍の本隊より緊急通信です!!」
「繋げ」
突如として届いた緊急通信、エメラド王が繋ぐように指示を出せば、空中にホログラフィックディスプレイが浮かび上がった。
間も無く本星に到着するのなら、たとえ冷酷と言われようとも、国民の為に死にに行くような任務を下さなければならない。
その覚悟をし、画面を正面から見据えたエメラド王の目に入った光景は、予想だにしていない物であった。
『国王陛下……』
画面に映ったのは、エスメラルダ軍の本隊を率いる司令官であった。
椅子に腰を掛けている姿はいつもと変わり無いように見えるが、その顔は暗く憔悴しきっている。
そしてそれだけでなく、画面は小刻みに震え、照明は非常時を示す赤色灯となっていた。
『現在、ベリアル軍の幹部であるパルデス・ヴィータの座乗艦と交戦中、しかし……』
「一体どうしたというのだ!?」
防衛大臣が怒鳴りつけるような大声で、画面上に映る司令官を詰める。
司令官は一瞬、逡巡するかのように視線を左右へと揺らした後に、その言葉を口にした。
『……今現在、本隊はパルデスの艦の攻撃により壊滅』
「何だと?それは本当なのか!?」
それを聞いた防衛大臣が驚きの声を上げ、エメラド王も口にはしないまでも、目を見開き呆然とした状態でディスプレイを見ている。
【本隊壊滅】――普通ならあり得ない事だ。
何せ、一度ニュークシアに敗れてからは、エスメラルダも軍事技術の開発に凄まじい労苦を費やしてきたのだ。
結果的に、エスメラルダ軍は文明圏の他惑星を大きく引き離す程の精強な軍事組織となった。
流石に現在エスメラルダが直面している500万隻もの敵艦隊に対しては負けるかもしれないが、市民の避難を行う事が出来る程度には時間稼ぎが可能だと踏んでいた。
それなのに……
「文明圏最強の艦隊が、たかが5000隻程度の賊に負けたというのか……」
誰かが呆然と呟いた声が、玉座の間に響く。
しかし、現実はもっと絶望的であった。
『当初の5000隻は単なる寄せ集めでした、問題はパルデスの座乗艦……たった一隻の艦に、我々は敗北したのです』
「それ程までに、奴は強大なのか」
『私達も、生きて帰る事は叶わぬでしょう。だからせめて、戦闘で収集出来たデータを送信します、どうか……』
『司令官!!敵艦から高エネルギー反応がっ!!』
司令官の声に被さるように、艦橋に居るクルーの声が通信に割り込む。
それを聞いて焦った表情を見せた司令官が号令をかけた。
『せめて、あの敵艦のデータだけでも送信するのだ!!』
『敵艦データ、エスメラルダ本星のデータサーバーへ送信!!』
『よし……国王陛下、最後になりましたが、陛下より賜りし艦隊をこのような形で失う事となり、痛恨の極みであります』
脱帽し、席から立ち上がると、司令官は通信を隔てたエメラド王へ深々と
数秒の後に顔を上げたその目には、薄らと光る物が有った。
『この失態、我が命をもって償わせていただきます』
「待て!!」
エメラド王の呼止めも空しく、画面は赤色の閃光に覆われ、そして……
「通信、途絶しました」
「……」
玉座の間を、無音の時間が流れる。
【エスメラルダ軍壊滅】という現実が、その場に居た全員の精神に鉛の如く圧し掛かった。
「防衛部隊、最終防衛ラインまで後退、艦体損耗率55%!!」
「敵艦の一部が防衛ラインを突破、あと約10分程で本星が包囲されます!!」
「住民の避難が間に合いません!!」
そして好転する事無く、加速度的に悪化していく状況。
終わりが近づいている。そう確信するのに十分な状況だった。
「……星外避難の命令を撤回、住人を至急、シェルターへと避難させるのだ」
住民の避難が間に合わないと知った王は、星外避難を諦め、住人をシェルターへと避難させる命令を出す。
そして、側近へとある問いを投げかけた。
「せめて一隻だけでも、ベリアル軍の包囲を抜ける方法は有るか?」
突如投げかけられたその問いに対して、側近はしばし考えた後に答えを返す。
「強度や機動性の面から考えると、民間の船では不可能でしょう。しかし、ジャンバードなら包囲網を抜けられるのではないかと……」
「ジャンバードか……」
ジャンバード、正式名称【エスメラルダ軍 王室近衛部隊所属 A級スターコルベット ジャンバード】
高度なAIにより自我を獲得した小型の宇宙艇であり、高い火力・機動性・自律性を併せ持つ、超高性能の軍艦だ。
代々王家に仕えて来た事から歴史は古いものの、その性能は新型艦に劣らないどころか、むしろ勝る程。
一部の関係者からは、その時代離れした性能から「オーパーツ」と言われている。
「ただ、ジャンバードの機動性を考えても、完全包囲された場合の脱出は難しいかと思われます」
「敵艦の密度から考えた場合、脱出可能時間は後30分程です」
「そうか、分かった」
その報告を聞いたエメラド王はしばし考え、そして決断した。
「王命により、ここに【エスメラルダ臨時政府】の設立を宣言する、そして……」
エメラド王は、エメラナへと視線を合わせる。
「その臨時政府の代表にエメラナ・ルルド・エスメラルダ第二王女を指名し、国王名代として全権を委任する」