『幼き生命』の手を引き、私はお目当ての場所へと歩いて行く。
その手の柔らかさとぬくもりは、普通の幼子と遜色無い。
“創られし命”とはとても思えない程に。
「ほら、ここだ」
短い足を気遣い、ゆっくりと階段を昇った私は、手近に有った扉を開けると外へと出る。
外を出た途端に頬を優しく撫でる風、眼下には所々に緑を挟んだ近代的な街並みが広がり、空中にはモノリスのような岩が線状に発光しながら浮遊している。
もしこの光景を他文明の者が見れば、信じられない程の技術力に度肝を抜かすだろう。
しかし、私達にとっては見慣れた光景であり、少し古くも感じ、そしてもう失われて行くばかりの光景だ。
だが、私達の場所まで至る者が、いつかは現れるかもしれない。
我々がこれから行う“最後の実験”が成功すれば。
まあ今を生きている者達が、その光景を見る事は無いのだろうが。
いや、この子は例外だったな。
その為に創ったのだから。
「?」
「おっと、すまんすまん」
首を傾げながら、不思議そうに此方を見上げる『幼き生命』に軽く謝り、私はその体を抱き上げる。
老いさらばえた身に、この重さは多少辛くもあったが、そんな事は些細な問題である。
この『幼き生命』のこれからにとって、絶対に必要な事であるから。
「空を見てごらん、ほら、あそこだ」
雲一つない青い空、その青の中に、複数の白い構造物が浮かんでいるのが見える。
まるで鳥かごのようなその構造物は、一つ一つが大気圏外に浮かんだ宇宙船だ。
それも、地上からハッキリと姿が見える程に巨大な。
「あれは『星巡る方舟』だ、我々と同じ人間の種を、様々な宇宙に広げる役目を持っている」
片手で『幼き生命』を抱き、私は空を指さしながら語る。
朗々と語る俺の話を聞いた『幼き生命』は、言葉を返さずとも、キラキラと輝く相貌で興味深そうに、そしてどこか楽しそうに、空を見上げている。
その姿に微笑ましさを覚えつつ、頭を撫でながら、私は言葉を続けた。
「遍く宇宙、そして世界へと広がった人類は、様々な試練に立ち向かう事になるだろう、お前はその姿を見守り、そして時には導いて欲しい」
不思議そうに首を傾げる『幼き生命』を床へと下ろし、私は輝くその瞳と視線を合わせる。
「蒔いた種のどれぐらいが生き残るかは私にも分からない、そんな辛い道だが、きっとこれが宇宙の存続には必要な事なのだ」
目の前の丸い頭を撫でると、『幼き生命』は嬉しそうに掌へとすり寄って来る。
無垢にも思えるその姿に、重い責務を負わせてしまう事への罪悪感が芽生えるが、その感情を心の中で押し殺す。
これは、必要な事なのだ。
「お前に名を与えよう、三つ目の箱舟である『導きの箱舟』として、人類が諦めぬ限り、それを助ける者として……」
―――――――――――――――
「一体どういう事だ……」
惑星ニュークシアの研究所内、その奥に有る研究室の更に奥、そこに十二畳ほどの部屋が有る。
グリーンをベースに、パールホワイトのダマスク柄が描かれた壁紙の壁面、
濃紺の布地に、金色の刺繍が施されたドレープカーテンの掛かる木星の両開き窓、
踝まで埋まる程に毛足の長い、ボルドーレッドのカーペットが敷かれた床、
つまりは、とても重厚でクラシカルなインテリアの部屋である。
その部屋の壁面に寄せられて置かれたキングサイズのベッドに、俺は半身を起こした状態で頭を抱えていた。
普段は肌触りの良いシルクの寝巻が、今はジットリ湧いて出る冷や汗で肌に張り付き、断続的に不快感を与えて来る。
実に最悪な目覚めだ、俺はその最悪な目覚めの原因である、ベッド脇に立ったアナライザーを見やる。
『光の国を発見しまシタ、しかし、デルストの起動不良にヨリ、光の国ノ市街地に甚大な被害が発生してオリます』
先程と一言一句同じ言葉を吐き出し、アナライザーは沈黙する。
俺はヤケクソ気味にサイドテーブルに置かれた水差しを鷲掴み、中に注がれた水をコップを使わずラッパ飲みする。
「ハァ~……」
温くなった水を飲み干し、一つ大きな溜息を吐くと、目の前に手を翳してホログラムディスプレイを呼び出した。
データを再生すれば、デルストが記録したデータが再生される。
どうやら次元を超えるまでは良かったようだが、次元を超えた直後に光の国の重力圏内へワープアウトしてしまい、重力干渉によりシステム障害を起こしてしまったらしい。
そしてそのまま重力に引き寄せられたデルストは、光の国の市街地へと落下、機体そのものは頑強にした事も有り無事だったものの、落下の際に地面に衝突した衝撃波で周囲に被害が及んだようだ。
「本当なら、もう少し穏便に行くつもりだったんだがなぁ……」
「まさかこんな事になるとは……」と独り言を呟きつつ、俺はデルストの記録映像を見ていく。
再起動したデルストの光学カメラが映したのは、散乱した瓦礫と燃え上がる炎、そして倒れ伏す住人達。
本来なら、デルストは光の国の地表へと降り立ち、ウルトラマンゼロを探してダークロプスと戦闘を繰り広げさせる予定であった。
勿論、本当に相手を殺すなんて事はしない、光の国に危機感を覚えさせるための方策としてだ。
そうすれば、事態の解決の為に一刻も早く時空を超えようとして来るだろうと思っての事だったのだが……
「まあ良い、仕方ない」
俺は思考を切り替え、ポジティブに考える事にした。
起こってしまった事は仕方ない、こうなったら『ベリアルの指示で仕方なく……』の一点突破だ。
光の国の住人はちょっと信じられないぐらいの善性を持っているし、これで行けるだろう。
悪あがきしなければ、殺される事も無いだろうし。
「それに、俺には『コスモリバース』が有るからな」
これさえ有れば、ウルトラ戦士達も手を出して来る事は無いだろう。
ようやく心も落ち着き、俺は途中で中断する事になった睡眠を続ける事にした。
やはり頭をスッキリさせるにはコレが一番良いと思いながら、俺は掛布団を肩まで手繰り寄せ、仰向けになる。
『後何分ぐらい寝ようかな』などと考えながら。
「そういえば、昨日は不思議な夢を見たような...」