長かった……
早く、早く……
震える体を叱咤して、私は走り続ける。
広い大通りに狭い路地、上り坂に下り坂、階段を抜け、ただひたすらに。
普段なら陽気な笑い声が響き、掃除の行き届いた街中は、今や惨憺たる有様を晒していた。
絶望に染まった大小様々な悲鳴、道路に散らばった瓦礫、鼻を擽る焦げ臭い匂い。
燃える炎が、まるで夕焼けのように地平線を染める。
早く、早く、逃げないと……
息を切らしながら、私は走り続ける。
逃げなければ、逃げなければ私は……
恐怖に怯えながらも、どうにか逃げようとする私の背後で、巨大な破壊音が耳と体を揺さぶる。
「フッハッハッハッハッハッ」
「ヒッ!?」
街中にこだまする笑い声に、引きつった声が私の喉から漏れる。
何故、何故こんな事になったのか、私達がこのような目に遭うような何かをしたと言うのか。
突如として天から現れた漆黒の巨人は、瞬く間に私達の生まれ育った星を蹂躙していった。
防衛軍も出動してどうにか脅威を排除しようとするが、分単位の時間すら進撃を抑える事は叶わなかった。
見る見るうちに壊滅していく都市、命運尽き果て屍を晒す人々。
政府は同盟国である惑星エスメラルダへと救援要請を行ったが、おそらくは間に合わないだろう。
今、あの漆黒の巨人が襲っているのが、この星の首都の中枢である政府機関だからだ。
そしてあの漆黒の巨人に惹かれてか、宇宙に蔓延るゴロツキや、闇の世界の住人までもが、死にかけのこの星に群がっている。
男は殺され、女は慰み者にされ、子供は奴隷として連れていかれる。
資源や金目の物を、我が物顔で略奪していく悪党ども。
そんな混沌とした中でも、私の中には悔しさよりも、そして憎しみよりも恐怖が勝った。
アレには絶対敵わない、そう確信していたから。
だから私は逃げた、あの漆黒の巨人からも、そして何も出来ない不甲斐無い自分という現実からも、ただひたすらに。
だが、始まりが有れば終わりも必ずやって来る。
《ドォンッ!》
「きゃぁっ!?」
少しでも市民が逃げる時間を稼ごうと、防衛軍の戦闘機隊が漆黒の巨人へと攻撃を仕掛ける。
放たれたミサイルが轟音を上げながら目標へと向かい、そして周囲に熱と衝撃をまき散らしながら爆発した。
その衝撃で足がもつれ、思わず道端へと転んでしまう。
爆炎に包まれる漆黒の巨人。
節々の痛みに耐え、私は上体を起こしてミサイルが着弾した方向を見上げる。
爆炎はまるで星の住人達の憎悪の代弁でもあるかのように、その身を焼き尽くそうと漆黒の巨人を飲み込み喰らう。
「やった……の?」
だが、一陣の風が吹き、一気に煙は取り払われた。
「その程度か?」
煙の中から出て来たのは、まるで何事も無かったかのように無傷の漆黒の巨人。
気怠げに鋭い鉤爪が付いた手で肩をはたくと、漆黒の巨人は片手を徐に前方へと突き出した。
「消えろ」
言葉を放つとともに、指先からいくつもの漆黒の光弾が飛ぶ。
目にも留まらぬ速さで、それは戦闘機隊へと襲い掛かり、そして瞬く間に全機撃ち落した。
「あっ……」
撃ち落された戦闘機がこちらへ向かって落ちて来る。
立ち上がって逃げようとするが、体が動かない。
ここまで酷使してきた体は、既に限界を迎えていた。
そして……
―――――――――――――――
《全宇宙の者共、よく聞け》
《俺様の名はカイザーベリアル》
《この宇宙の支配者になる男だ》
「……これが昨日配信されたメッセージだな?」
『ハイ、昨日配信さレタ映像で間違いアリません』
航行中のウェルシュドラゴン機内の操縦席で、俺は目の前で再生された映像を目にして考え込む。
今日も資源が採れそうな惑星を調査し、粗方終わった所にこのメッセージが届いた。
解析の結果、このメッセージは広範囲にわたって拡散配信されており、エスメラルダを含むあらゆる惑星が受信しているはずだ。
《逆らう者はぶっ潰す》
《だが、従う者には生きる権利をやろう》
《俺様が貴様らの所へ行く前にしっかりと考える事だな》
そう言って、メッセージは切られた。
まるで地底の底から聞こえるような悍ましい声に、背筋を悪寒が走る。
とうとうこの日が来た。
『ベリアル銀河帝国』の始まり。
今日この日の為に準備を重ねて来た。失敗は許されない。
俺は恐怖に震えそうになりながらも、あらかじめ考えていた作戦通りにアナライザーへと指示を出す。
「全ての予定を中止してニュークシアへと戻る、帰還後は空間遮蔽装置を起動し、惑星を封鎖する」
『リョウカイ』
スロットルを全開にし、ウェルシュドラゴンはそのままワープ航行へと移っていった。
―――――――――――――――
完全に破壊しつくされた惑星の首都で、ベリアル軍が勝ち鬨の雄叫びを上げる。
歓喜に震えるその声は、燃え上がり瓦礫の山と化した都市に響き渡った。
「黙れ」
だが、その雄叫びは絶対的指導者であるカイザーベリアルの一言によってピタリと治まる。
その反応に満足げに笑うと、爛々と光る炎のような双眸で自らが率いる軍勢を見渡す。
今現在、ベリアル軍を構成するのは側近である暗黒参謀ダークゴーネと鋼鉄将軍アイアロン、
そしてカイザーベリアルの強さに惹かれて付いて来たこの宇宙のゴロツキ、宇宙盗賊としてやってきた一派や後ろ暗い商売をしてきた者などなど、とても表の世界では生きていけない者ばかりだ。
だが、それでもカイザーベリアルからすれば十分であった。
これからやる事を考えれば、どうしても人手が必要となる。
全宇宙の支配、光の国への報復、そして……ウルトラマンゼロへの復讐。
その為に、今はこちらの宇宙で力を蓄える必要が有る。
「もっとだ、もっと力が必要だ」
ベリアルの唸るような声を聞き、スッとダークゴーネがベリアルの前へと歩み出る。
彼は暗黒参謀というだけあり、この宇宙を征服する為に何が必要なのか、どうするべきかも考えていた。
「陛下の目的を果たすには大量のエネルギーが必要……最終的には惑星エスメラルダを抑える必要が有ります」
惑星エスメラルダは、星自体が強力なエネルギー資源であるエメラル鉱石で構成された星だ。
これからの事を考えた場合、遅かれ早かれエスメラルダには手を付けなければならないだろう。
だが、今の段階ではまだ準備不足だ。
「エスメラルダを攻め落とすなら、まずは橋頭保が必要です」
「そうなるとぉ……エスメラルダから近い惑星は二つだなぁ」
アイアロンが横入りして来た事に、ダークゴーネは若干の不満を覚えたが、今はベリアル陛下の御前という事で「おほん」と咳払いをして気を取り直す。
確かにアイアロンの言っている事は正しく、橋頭保として現実的に利用できそうな惑星は二つある。
「一つ目は『惑星アルデラ』、エスメラルダからは約5000光年の距離です」
『惑星アルデラ』豊かな資源と気候に恵まれた惑星だ。
食物の生産も積極的に行っており、星外への輸出も盛んに行われている。
人的資源も豊富だ。
「二つ目は『惑星ニュークシア』、エスメラルダからは約10000光年の距離ですが……正直言って未知の部分が多く、薦める事は出来ません」
『惑星ニュークシア』十数年前に突如としてエスメラルダと国交を開始した惑星。
伝え聞くところによると、かなり高度な技術を持っているのだとか。
だがそれまでは数百年以上に渡って鎖国をしていた為に情報が乏しく、分かっている情報はエメラル鉱石が採掘出来る事と、その惑星の住人が
情報を聞いたベリアルは、しばし考えた後に今後の計画を決める。
まずは惑星アルデラを攻め落とし、そこで得た資源をもってエスメラルダへと進行する。
『待て』
そう指示を出そうとしたベリアルだったが、突如として脳裏に響いた声によって行動を中断した。
「何の用だレイブラッド……」
脳裏の声の正体、それは数万年前に自身へと取り付いた『究極生命体レイブラッド星人』
行動を遮られた事で苛立たし気にレイブラッドへと返事をするベリアルだったが、そんなベリアルの態度を気にかける事も無く、ベリアルへと囁く。
『ニュークシアか……少し興味がある』
レイブラッドの興味、これが全宇宙を危機へと陥れる大乱へと繋がる事は、まだ誰も想像してはいなかった。