ニュークシア侵攻に参戦していた海賊船エレガンス号の中では、とある異変が起こっていた。
ニュークシアから少し離れた宙域。
少し前までは何も無い宇宙空間だったそこには、ひしゃげた鉄くずや砕け散ったガラス、そして
まさに『死』そのものとしか言えない光景を見て、宇宙海賊の首領であるエレガンス号のキャプテンはため息を一つ漏らす。
「艦の状態はどうなっている」
そのキャプテンの一言に、後ろに立っていた男はオイルにまみれ汚れた顔を気まずそうに歪め、目を逸らした。
そして、今のキャプテンにとっては一番残酷な答えを渋々と口にする。
「損傷は重大です、ダメージコントロールで艦橋部分の生存エリアは確保されていますが、動力の方は……」
「……そうか、引き続き復旧作業を進めてくれ」
「了解」
部下が走っていくのを見て、キャプテンは再びため息を吐く。
敵の艦隊は去っていった、おそらくはベリアル様を討った事で軍の戦意を折ったと考えたのだろう。
実際、ベリアル軍の艦隊は反転して逃走していった。
俺達のような運の悪かった奴を除けば、だが。
エレガンス号は最後まで敵へと反撃を続けていたが、敵の放ったビームを避けきれず後方の機関室を直撃。
安全装置の作動と、外壁に穴が開き酸素が無くなった事で出火こそはしなかったものの、機関部は完全に破壊された上に機関室に居たメカニックは全員宇宙空間へと吸い出されてしまった。
直後に戦闘が終結して敵艦隊は引き上げていったが、正直言って敵にやられて死んだ方がマシだったかもしれない。
もうこの船には機関部を直せるようなメカニックも部品も無い。宇宙を漂うデブリの仲間入りだ。
このまま酸素が尽きて死ぬか、はたまた備蓄食料が無くなり餓死するか、それとも……
俺は腰のホルスターに収納されたブラスター銃のグリップを撫でる。
苦しむぐらいならいっその事……
「俺はひとまず艦長室に戻る、何かあったら知らせてくれ」
返事を待たずに、俺はキャプテンシートから立ち上がり、艦橋を後にした。
肉体的にも精神的にも疲労が溜まった体は、まるで鉛のように重たく感じる。
そんな体を引きずるように艦内を歩き、ゆっくりと艦長室の前まで来た俺は、セキュリティーコードを入力して艦長室へと入った。
「これが
棚から一番上等の酒とクリスタルグラスを手に取り、そのままストレートで注ぐ。
琥珀色の液体がグラスに溜まっていくにつれて、芳醇な香りが鼻孔を擽った。
そして溢れそうになったところで注ぐのをやめ、ボトルをテーブルへと置いてグイと酒をあおる。
喉と胸を焼くような感覚が実に心地良く感じる。
ひとしきり酒を飲み、ボトルが空になった所で、俺はとうとうホルスターからブラスター銃を取り出す。
所々に傷が付いたこのブラスターは、俺と共に様々な修羅場を潜り抜け、長年連れ添ってきた相棒だ。
そんな相棒の安全装置を外し、その銃口をこめかみへと当てた。
その瞬間だった。
『惨めなもんだなぁ』
「なっ、誰だ!?」
突如として聞こえた声に振り返るが、照明に照らされた室内には誰も居ない。
震える手で恐る恐るブラスターを構え、周囲を見渡す。
《バツンッ!!》
「ヒッ!?」
何かが切れるような音と共に照明が落ちた。
一瞬、パニックに陥りかけるも補助動力が落ちただけだという事に思い至り、ひとまずは落ち着きを取り戻す。
数秒もせずにバッテリーによる非常用電源に切り替わるはずだ。
そして予想通りに非常用電源に切り替わり、非常電源の赤い電灯が室内を照らす。
そこに、
『この程度の事で折れるとは情けねぇな』
真っ赤な照明に照らされ、床から立ち上る黒い闇。
その闇の中に浮き出ている鋭く吊り上がったような橙色の双眸が、こちらをじっと見つめている。
その姿を見て、思わず口から一つの名が飛び出た。
「ベリアル様!?」
そう、それは紛れも無く自らが主君と仰ぐ絶対的支配者、ウルトラマンベリアルその人だった。
宙に浮かぶように相貌が、腰を抜かしてへたり込む俺の顔の前まで降りて来る。
その姿は異様としか言いようが無かったが、同時に心の底から歓喜の感情が湧き出て来た。
「生きておられたのですね!!」
『俺様はこんな所で死ぬような矮小な存在じゃねぇ』
ベリアル様が生きていた!!
これで俺達はまた栄光を取り戻す事が出来る。
俺は慌てて姿勢を正し、ベリアル様の前に跪いた。
「俺に出来る事が有れば何なりとお申し付けください」
『
その瞬間、俺の背筋を悪寒が走った。
何かとてつもなく嫌な予感がする、本能がそれを感じている。
『今の俺様は、この通り肉体を無くしている、あのニュークシアの兵器のせいでな』
「はぁ……」
冷汗が流れるのをそのままに、礼を失する事が無いように頭を下げ続ける。
ここで機嫌を損ねてしまえば終わりだ。
だが、次にベリアル様が発した言葉に、俺は思わず頭を上げてしまった。
『だから貴様の肉体を貰う事にした』
「へ?」
『ここで死ぬぐらいなら、その体、俺様に寄越せ』
瞬間、黒い闇がキャプテンの体を覆った。
部屋中に叫び声が響くが、防音加工が施された艦長室の声は外に漏れる事は無い。
暫くの間は苦悶の声が響いていたが、やがてその声もか細くなり、無音になった頃には床に横たわるキャプテンの肉体が残される。
そしてしばらくの後、再び目覚めて起き上がったキャプテンの双眸は禍々しい橙色に染まっていた。
―――――――――――――――
「あっ、キャプテン!!」
エレガンス号の貯蔵庫、そこで物資の管理をしていたクルーの男は、背後のドアからゆらりと現れた見知った存在に声をかけた。
キャプテンはゆっくりとした歩調で歩いて来るが、どこか不自然な様子に違和感を覚える。
ただ、その違和感は形容し難く、とりあえずは脇に置いておく事にした。
「……エメラル鉱石はどこにある?」
「へ?エメラル鉱石ですか?」
「それならこちらに」と先導するクルーの男に、キャプテンは大人しく付いて行く。
貯蔵庫の奥の方には、燃料用として貯蔵されたエメラル鉱石が山のように積まれている。
そこまで来ると、キャプテンは前に出て、おもむろにその中の一つを手に取り……
《ガリッ!!》
「へ?」
キャプテンが、エメラル鉱石を食べた?
混乱するクルーの男の前で、黙々とキャプテンはエメラル鉱石を口へと運び、咀嚼している。
最初はあまりの奇行に固まっていたものの、ハッと我に返って止めにかかる。
「やめて下さい、キャプテン!!」
『うるせぇ』
「ガッ!?」
だが、近づいてキャプテンの体に触れようとした途端、見えない壁に弾き飛ばされた。
壁に叩きつけられ、痛みのあまり動けなくなる。
そのまま悶絶している間にも、キャプテンはエメラル鉱石を食べ続け、ついには数トン有った物を食べきってしまう。
あまりにも人間離れした所業に、ようやくクルーの男は悟った。
「あんた、キャプテンじゃねぇな!?誰だ!!」
キャプテンだったモノはゆっくりと振り返る。
見た目はキャプテンだったが、その顔に有る双眸は爛々と発光していた。
「ヒッ!?」
恐怖に引きつった顔をするクルーの男を見て、
『勘が良い奴は嫌いじゃねぇ……ここで死ぬのが残念だ』
ぶわり、と真っ暗な闇がキャプテンの体を覆う。
闇は渦を撒いて巻き上がり、やがて一つの人型を形作った。
その人型を見て、クルーの男は驚愕する。
「ベッ、ベリアル様!?」
『あばよ』
次の瞬間、エレガンス号の内部で爆発が起こる。
爆発は次々と連鎖し、やがて構造を破壊された事でボロボロと崩壊していき、宇宙の藻屑と消えた。
ただ一つ、爆発から飛び出した一つの狂星を除いて。
ベリアル様、復活!!