かつて『クシアの翡翠』と呼ばれるほど緑生い茂る土地があった。
そこに作られた都市は高層ビルが立ち並ぶ近代的な都市ではあったが、最新の環境技術をもって持続可能な社会を作り上げていた。
森の理想郷、そう呼ばれクシア市民の憧れの的だったのだ。
ギルバリスが現れるまでは。
そそり立つ摩天楼の廃墟の間を、多数の車が砂煙を上げて走り抜ける。
延々と続いていた緑の絨毯は、いまやこの星で当たり前の光景になって久しい赤茶けた砂漠となっていた。
そしてその砂漠の只中に、かつての『森の
数々の有名建築家が腕を振るった秀麗な建造物たちはギャラクトロンよって軒並み破壊され、
「自然は不要」と断じたギルバリスによって生命溢れる森を失い、
やがて砂漠となった場所から砂が流れこんで、郊外の建物はほとんど砂に埋もれてしまっている。
理想郷の成れの果て、車に乗っていた防衛隊員達はその光景に心を痛め、同時にギルバリスへの怒りを燃やす。
自分達から多くの物を奪って行ったアイツを絶対に許さない、その気持ちを新たにしたところで、車はとある建物の地下へと入っていく。
「到着だ、全員車両から降りろ」
その声と共に車のドアが開き、隊員達が列をなして降車していく。
降り立った場所はとある廃墟の地下駐車場、広大なスペースの中には動かなくなって長い月日が経ったであろう埃をかぶった車が何台か置いてあり、その間を抜けて歩いて行く。
そして駐車場の階層をさらに下へと降りた時、ようやく隊員達は目的地に着いた事を理解した。
「ようこそ、最前線へ」
隊員達の目の前に立った男……司令官が、今しがたやって来た隊員達を歓迎する。
かつて地下駐車場だったその場所は、いくつもの武装車両と火器が山のように置かれた武器庫となっていた。
行き交う人々の足音と声が反響して響く中、目の前の司令官が《パンパン》と手を叩く。
そうすると、今まで慌ただしくしていた人々の動きが止まり、続々とこちらへと集まって来た。
「諸君、事前に聞いているかとは思うが、この作戦は死にに行くようなモノだ、今申告してくれれば居住区への帰還を許そう」
司令官は真剣な顔で一人一人の隊員の顔を見るが、誰もその手を上げなかった。
十秒ほど無言が続いたところで、司令官は深々と頭を下げた。
「ありがとう、本当に、ありがとう」
表情が緩んだ司令官の双眼から涙が流れ落ちた。
それ程までに嬉しかったのだ。
自分と志を同じくする同志たちがこんなにも居てくれた事に。
そしてそれと同じぐらい、重たい罪悪感も司令官の涙腺を緩ませた。
その同志達を、結果的には騙してしまう罪悪感に。
「これからギルバリスに対する大規模な反抗作戦を開始する!!」
「きっと大きな犠牲が出るだろう、だが、これは我々が自由を手にする事が出来るかもしれない最後の機会だ!!」
「全員一丸となってギルバリスに挑み、これを撃破する!!」
司令官は高らかに天を指さして宣言した。
「現時点より『ク号作戦』の開始を宣言する!!総員、所定の行動に入れ!!」
―――――――――――――――
人類史上最大の反抗作戦として計画された『ク号作戦』の開始、それはギルバリスに対抗する最後の作戦でもあった。
計算によれば多少の前後は有るかもしれないが、間もなくギルバリスのエネルギーは全開稼働に十分なレベルに到達してしまう。そうなればクシアは完全にサイバー化され、取り戻す事が出来る可能性は万に一つも無くなってしまうだろう。
現状で用意出来る最高の武器と、最高の兵士達を惜しげも無く注ぎ込む一縷の望みを賭けた作戦だ。
……表向きには。
地下に作られたドックに停泊している数隻の大型宇宙船、それらはクシアの民を救う為に用意された最後の希望とも言える星間移民船だ。
『イズモ計画』と名付けられた移民船の計画は密かに立案され、『ク号計画の失敗と共に発動』という条件の下でこうして整備されていたが、実質的には『ク号作戦を陽動にしての脱出計画』であった。
幾重にも張り巡らされた監視の目を掻い潜り、複数の大型宇宙船を脱出させるには、どうしてもギルバリスの目を逸らす必要が有る為だ。
生き残りの人々が続々と移民船に乗り込んで行く中、俺は奥に用意された一際小さい宇宙船へとやって来た。
宇宙船内部へと出入りする事が出来るゲートを人々が出入りするが、この宇宙船だけは他と違い、全員が
その中で見慣れた顔を見つけると、俺は躊躇わずに声をかけた。
「ブラン博士!」
俺の呼びかける声に気づいた博士は、指示を出していた研究員達と二言三言話した後にこちらへと歩いて来た。
どうやら準備も終盤だったらしく、いっそう忙しそうにしている人々を見て、少々申し訳ない気持ちが湧いてくる。
「すいません、後で出直しましょうか?」
「いや、この機会を逃せばもう時間は取れ無さそうだ」
「そう、ですね……」
二人して無言で宇宙船を見上げ、ポツリとブラン博士が呟く。
「結果的に、君の考えは正しかったな」
「俺としては当たって欲しくなかったです」
「まあ、分かってはいたんですけどね」という言葉は心中に飲み込む。
どの道、ギルバリスによってクシアが滅びるのは確定事項だ。まあメタ的に言えばここで変えちゃうとジードに繋がらないので色々とマズいという事も有るのだが。
ちなみに、名前を聞けば分かる人は分かるだろうが、『ク号作戦』並びに『イズモ計画』を発案したのは俺だ。
元ネタは宇宙戦艦ヤマト2199の地球連邦が発案した作戦、
ク号作戦はイスカンダルからの使者をガミラスから察知されないよう、国連宇宙軍が計画した陽動作戦である『メ号作戦』から、
イズモ計画はそのまま、壊滅寸前の地球から人類種を脱出させて居住可能な惑星を探索する計画だ。
それはそうと、間もなく発進時刻ではあるのだが、その前に確認しておきたい事があった。
「話は聞きましたが、本当に良いんですか?『ギガファイナライザー』の情報を残すなんて」
『ギガファイナライザー』通称『赤き鋼』
対ギルバリス用に作られた武器で、精神力を物理的エネルギーに変換する事で非常に強力な攻撃を行う事が出来る。
残念ながら生き残りの中に使いこなせる適応者は現れなかったが、クシア脱出後には本格的に適応者の探索を始める予定だ。
だが、情報を残すという事はいつかギルバリスにもギガファイナライザーの事が知られてしまうだろう。
そうなれば探索に支障が出るのでは?と思って聞いたのだが、ブラン博士は全て分かっていた事なのか、自嘲したような笑みを浮かべてその質問の答えを教えてくれた。
「……あんなバケモノを作ったせめてもの贖罪だよ、これでギルバリスはギガファイナライザーの探索にもタスクを割くだろう」
「囮、という訳ですか」
「この宇宙船に乗るのは全員ギルバリスの開発に関わった科学者達だ、彼らも同じ思いだよ」
ギルバリスはコンピュータなだけに、自分の計画進行のリスクになるであろう物は徹底的に排除する為に行動する。
もしも全力で生命の抹殺を実行すれば甚大な被害が出るだろうが、自分の脅威となる武器『ギガファイナライザー』を用意すれば、そちらの探索にもタスクを割く。
そうなれば計画が遅れ、被害にあう生命の数も減るだろうと考えたのだ。
囮役は危険ではあるが、せめて「ギルバリスという悪魔を生み出した罪に対する贖罪を」という思いで、この宇宙船に乗ろうとしている人たちは分かって志願しているのだ。
そこまで話した所で、ふとブラン博士がこちらの顔を窺う。
「でも、君も似たような物だろう?」
ブラン博士の突然の振りに、俺もまた苦笑した。