エスメラルダ文明圏は数十万光年に渡る宙域に、複数の居住可能な惑星が点在する星間文明である。
元々居住に適した環境だった惑星も有れば、技術の及ぶ範囲で
しかし、それでも宇宙には人の居住に適さない惑星や、未踏の宙域が広大に存在している。
いや、むしろそちらの方が広大だと言っても良いだろう。
宇宙の広さからすれば、それほど広大な星間文明圏も砂粒一つに満たない領域でしかない。
そんな宇宙の片隅、文明圏から外れた不毛と死の惑星に、俺はダークゴーネとアイアロンを伴ってやって来ていた。
「こんな辺鄙な場所に呼び出して、一体何の用なんです?」
「俺達は貴様と違って忙しいんだ……つまらん要件だったら許さんぞぉ」
やって来たと思えばグチグチと文句ばかり言う馬鹿二人に、額に青筋が浮かぶのを感じる。
コッチだって好きで呼んでいる訳ではなく、今後の計画に関わる事だから情報共有の為に集めただけだ。
「『貴様と違って忙しい』だと?お前達は戦う事しか出来ない脳筋なのだから口は噤んでおいた方が良いぞ」
「ハァ!?私は参謀ですよ?体表が固いだけのコイツと一緒にされるのは心外です」
「んだとぉ!?ネチネチと陰気臭い奴には言われたくないわぁ!!」
俺が言葉を返せば、一緒の扱いにされた事を不満に思った二人は勝手に口論を始める。
だから貴様らはバカなんだ……まあ、自分に向けられる鬱陶しい悪口を他に向けられただけでも、ストレスの軽減にはなったが。
一応、念の為に言っておくが、ベリアル軍で一番働いているのは間違いなく俺だ。
支配惑星の統治に資源の調達や軍備の拡張、それに加えてベリアル様のお世話をしているのは誰だと思っている。
勿論、任せられるところはAIに任せてはいるが、それでもやるべき事はかなり多い。
というか、こいつ等は俺からの情報提供で仕事をしているのを忘れているのか?
随分と都合の良い精神構造をしていらっしゃる事で。
「貴様ら、随分と楽しそうだな」
そうこうしていると、天高くから下りて来る地を這うような声。
ベリアル様だ。そう思いながら宙を見上げれば、漆黒の宇宙空間から溶け出してきたかのように、その漆黒の体がゆっくりとこの星の大地へと降り立つ。
重々しい紅のマントを羽織ったその姿は、支配者と言うに相応しい物である。
俺は恭しく首を垂れ、やって来た主を出迎えた。
「ご足労して下さり、真に光栄至極にございます」
「無駄な御託は良い、貴様がワザワザ俺様を呼び出したという事は、それなりに重要な案件なのだろう?」
流石はベリアル様だ。
背後で今しがたまでじゃれ合っていたバカ二匹とは格が違う。
俺は傅いていた頭を上げると、遥か上に存在するベリアル様の目を見上げる。
「ええ、今後のエスメラルダ侵攻に関わる事です」
「ほう、それはまさか、今貴様が『宇宙服を着ていない事』に関係するのか?」
そう言われ、俺は目を見開いた。
まさかそこまで悟っているとは……
本当に、ベリアル様の洞察力には驚くばかりだ。
「私達は宇宙空間でも平気ですから気づきませんでしたが……」
「言われてみれば確かにぃ……」
そこでようやくダークゴーネとアイアロンも不自然な状況に気づいたようで、俺の事を凝視して来る。
というか、お前ら仲がいいな、そんな風に言葉のリレーを繋ぐなんて。
まあそこは良い。
今はベリアル様の問いに対する答えが本題だろう。
確かに、俺はベリアル様に言われた通り、いつもの軍服姿でこの惑星の地表に立っている。
だが、それは本来あり得ない事だ。
この惑星には地表を温める太陽が存在しない。
更にこの惑星は植物一本すら生えておらず、酸素すら存在しない。
つまり、本来ならば絶対零度近くまで冷え切った真空の惑星なのである。
宇宙服を着なければ、普通の人間なら一秒すら生存不可能な環境なのだ。
それなのに何故そんな事が出来るのか、答えは簡単だ。
「極秘裏に建造を進めていた銀河帝国の移動要塞が完成いたしました」
そう言って、俺は右手を頭の横に持って来て、指を鳴らした。
《パチン!!》
指を鳴らす乾いた音が響いた瞬間、周囲の景色がグニャリと歪む。
「一体何が起こってるぅ!?」
突如として起きた不可解な現象に、動揺したようなアイアロンの声が響く。
が、そんな声を無視するかのように、真空の宇宙の中で、事態は静寂のもとに進行する。
陽炎のように揺らぎ、そして膜が破れるように、徐々に変化していく周囲の光景。
灰色の砂に覆われていた大地は漆黒の金属へと置き換わって行き、
何の表情も無かった山々には幾何学的な模様が浮かび上がり、
光一つ無かった地表には、隙間から禍々しい紅の灯が漏れ出し、
平坦な大地には、森林の如く林立する摩天楼が、天を切り裂くように姿を現す。
剥がされた欺瞞のヴェールの向こう側から現れたのは、その直径が惑星程にもなる、天体規模の巨大な宇宙要塞であった。
「ほう、これが……」
流石のベリアル様も、この壮大な光景には多少の驚きを感じているようで、
いつもなら渇望と憎悪に燃え上がっている橙色の瞳からは、珍しくただただ純粋な興味という物を感じ取る事が出来る。
そんなベリアル様を見て、俺の口角も思わず上がってしまった。
まるで悪戯が成功した子供のような、そんな幼くも純粋な悪戯心が満たされるのを感じる。
自分の中にこんな感情がまだ存在していたとは……と、クシアに居た時代の事を思い出して少々切なくなってしまったが、今は思い出に浸っている場合ではない。
「これが、今回の計画の要となる帝国最大の移動要塞にして、我らが銀河帝国の中心となる『帝都要塞マレブランデス』です」
「……なるほど、だから貴様は生身でも平気だったのか」
「ええ、この要塞の機能により、環境を人工的に調整しております故」
この光景を見たベリアル様の言葉に、俺は是と返す。
そう、俺が宇宙服を着なくても平気だった理由がこれだ。
要塞の機能により、この要塞は人類が生存するのに最適な環境へと整えられているのである。
「まさかこれ程の規模の要塞を完成させるとは……」
「その点に関しては礼を言っておきますよ、貴方達の収奪が無ければ、この要塞の完成は後ろ倒しになっていたでしょう」
「……フン、ベリアル様の為にやったまでの事」
「何だか貴方が素直だと少々気持ち悪いですね、鳥肌が……」
俺の礼の言葉に、ツンデレ仕草を発揮してそっぽを向くアイアロンと、
クッソ失礼な事を言いながら、鳥肌とは無縁であろう硬度を持つ腕をわざとらしく摩るダークゴーネ。
……アイアロンはともかく、ダークゴーネいつかシバくぞ。
まあ、それは今度にするとして。
「ベリアル様、この要塞の完成で、計画を遂行する為の準備は全て整いました」
既にロボット兵も戦艦群も十分な数が製造され、エメラル鉱石を利用した次元転移装置の開発も完了している。これで計画の遂行に必要な物はすべて揃った。
後はベリアル様の一言が有れば、計画は遅滞なく実行される。
俺の言葉から、その事を暗に悟ったのか、ベリアル様は一頻り要塞を見渡すと、その顔にニイと昏い愉悦に染まった深い笑顔を浮かべる。
そして、その口から、その一言が放たれた。
「惑星エスメラルダを分捕るぞ」