「檻の外に出たくはないかね?」
「ハァ?」
突然の提案に、キャプテンは素っ頓狂な声を出して、それを口にしたパルデスを凝視する。
キャプテンからすれば、実に奇妙な提案だった。
先程「許す」と言われたとはいえ、自分がこの檻に閉じ込められたのはパルデスを害した事が主な理由だ。
それなのに「檻から出す」とは……
そんなキャプテンの動揺に気付いたのか、パルデスはニヤリと笑い言葉を続ける。
「勿論、タダで出すという訳ではない、君には一仕事をしてもらう」
「何だよ、その仕事って……」
「君にはエスメラルダ軍の殲滅を任せたい」
「ハァ!?」
とんでもない事をにべもなく言い放ったパルデスに、キャプテンは再び素っ頓狂な声を出す。
だが、そんなキャプテンの様子など気にもせず、パルデスは蒸らし終わった紅茶をティーカップへと注ぎ、それを鼻の元へ持って来て香りを堪能している。
「ああ、やはり美味しいな、君も飲むかい?」
「いらん、それよりも話を進めろ」
一通り香りを堪能したパルデスが紅茶を口に含み、うっとりと紅潮した顔で溜息を吐く。
そしてキャプテンへと紅茶を勧めたが、苦虫を噛み潰したような表情のまま、話の続きを催促する。
それに対して「つれないな」と一言溜息を吐くと、カップをソーサーへと置き、本題へと入った。
「今言った通りだ、君に艦隊を与えようと思う」
「んな事言ったって、エスメラルダ軍を相手にするには凄ぇ戦力が……」
「この案を了承するなら、5000隻の艦隊が君の物になる」
《ガタッ》と音を立ててウイングチェアーを倒しながら、キャプテンが立ち上がる。
その顔はどこか呆然としたような感じで、今聞いた事が信じられないという様子だ。
「……適当な事を言ってんじゃねぇぞ」
「本当だ、君には5000隻の艦隊と、その分の人員を与えよう」
「何なら君の新しい海賊団として使うが良い」とパルデスは続け、それを聞いたキャプテンは「ううむ」と唸りながらこの提案を吟味する。
確かに、戦艦5000隻も有ればエスメラルダ軍を押し切れるかもしれない。
それにその全てを自分の傘下として納められるなら、『炎の海賊』どもを蹴散らす事も可能だろうと思う。
自分に苦汁を舐めさせてくれた炎の海賊、そしてグレンファイヤーの姿を脳裏に思い浮かべると、心の中にドロリとした暗い感情が湧きだす。
絶対に、絶対に奴らを許してはおけない、俺のプライドをズタボロにしてくれた連中を……
キャプテンはズカズカと空間を仕切る檻へと近づくと、ガッと手をかけ血走った目でパルデスを睨んだ。
「テメェの提案に乗ってやろうじゃねぇか」
「そう言ってくれると信じていたよ」
パルデスがそう言った瞬間、まるで空間に溶けるかのように檻が姿を消した。
力んでいた為にたたらを踏んだキャプテンを、パルデスはニコリと微笑みながら見下ろす。
「さて、これから君を戦艦へと案内する訳だが……」
言いながら、パルデスは懐を探ってある物を取り出した。
そしてキャプテンの手を取り、
「なんだコレ?」
それは金属製の箱であった。
掌から少しはみ出る程度の大きさでは形状は細長く、銀色の表面はヘアライン仕上げが施されており、照明の光をボヤリと跳ね返す。
キャプテンが表面を撫でるように探れば丸い突起が有り、押してみればゆっくりとした速度で、二枚貝のように上下に開いて行く。
「注射器だと?」
箱の中身は一本の注射器だった。
衝撃吸収用の黒いスポンジに挟まれたその注射器には、シリンジ部分に毒々しい赤黒い液体が詰まっている。
「コレは君の中に有るチカラを解き放つ薬だ」
「チカラ、だぁ?」
胡散臭そうに半目で見上げて来るキャプテン。
それに対してパルデスは何一つ変わらぬ笑みで見下ろしながら、朗々と説明を始める。
「君はベリアル様とレイブラッドに長期間憑依されていた、その影響で肉体に変化が生じたのだ」
「変化、だと?」
本日三度目の素っ頓狂な声を上げながら、キャプテンはペタペタと自分の体を確かめたり、服を捲り上げて体を見てみるが、
特に触感に異変は無く、体の表面には歴戦を潜り抜けて来た証である傷跡しか無い。
「検査の結果、君の細胞は既に怪獣と同じ物となっている事が発覚している」
「怪獣と、同じ?」
再び自分の体を見下ろし、割れた腹の中程に有るヘソを見ながら戸惑うキャプテンを見て苦笑しつつ、パルデスは言葉を続ける。
ベリアルとレイブラッドに長期間憑依された結果、強大な闇の力によって徐々にキャプテンの細胞は変化してしまっていた。
元より、人間より頑強な怪獣でさえ、その影響から逃れられない程に強大な力なのだ。
その力を内包していた人間が、タダで済むハズが無い。
「幸いだったのは、ベリアル様が弱体化していた事だな」
波動砲の砲撃により肉体を失ったベリアル様は、大幅に弱体化していた。
その状態で憑依していた為に、急激な変化や副作用を起こす事無く、ジワジワと闇の力が細胞へと浸透していったのだ。
結果的に、死ぬ事無く人間の形を保ったままここまで来た訳だが……
「この薬は、その枷を解き放つ事が出来る」
「力を、解き放つ……」
「その代わり、二度と人のカタチには戻れないがな」
「どうする?」とパルデスは問う。
しばしキャプテンは目を瞑り逡巡していたが、しばらくしてゆっくりと目を開くと、ケースを閉じて懐にしまった。
それを見て満足そうに頷いたパルデスは、キャプテンを労う様に肩をポンと叩く。
「何、強制はしないよ、使うも使わんも君の自由だ」
「……俺の
「別に急がなくても艦は逃げないさ」
そのままキャプテンを引き連れ部屋を出ようとしたパルデスだが、
「おっと」という一言と共に扉の前で立ち止まる。
「何だよ」
「いや、君の名前を聞いていなかったと思ってね」
「そんなのどうでも良いだろう?」
「通信の時に不便じゃないか」
振り返って「さあ」と促すパルデスに、キャプテンは一つ大きな溜息を吐いた後、答えた。
「俺の名前は……」
―――――――――――――――
「艦隊戦力の65%を喪失!!」
「更に0102号、0717号、1001号、0404号が撃沈!!」
掌の上に有る金属の箱を見ながら考え込んでいたキャプテンの耳に、にオペレーターたちの悲痛な声が響く。
ハッとして顔を上げたその視線の先、そこに設置してあるメインの大型スクリーンに表示されていたのは、つるべ撃ちの如くエスメラルダ軍の砲撃を受け、見るも無残な状態になった自分の艦隊であった。
既に戦力の大半が使い物にならず、作戦行動も不可能だろう。
「……」
『ココは一旦引くべきか』という考えが、キャプテンの脳裏に浮かぶ。
逃げればベリアル様の不興を買うかもしれない、かと言って、この場に留まれば待つのは死だ。
今この場は撤退し、汚名をそそぐチャンスを手に入れた方が、まだ生き残れるチャンスは高いかもしれない。
「お前ら!!ここは一旦……」
キャプテンが全てを言い切る前に、艦体に衝撃が走る。
あまりにも大きな揺れに倒れそうになり。艦長席の肘掛けにしがみ付いた瞬間、艦橋の照明が非常用の赤色灯に切り替わった。
「何が起こった!!」
「艦体後部、メインエンジンに被弾!!推力の70%を喪失!!艦内非常電源に切り替わりました!!」
「何だと!?」
凶報に、キャプテンの背筋が凍る。
コンソールをモニターを見れば、ひとまずは補助エンジンのみで航行可能だという事は分かる。
しかし、メインエンジンが起動できないとなると、大幅に行動の制限が生じてしまう。
だが、最も重大な問題は、膨大なエネルギーを消費するワープが使用出来なくなるという事だ。
これでは逃げて態勢を整える事も出来ない。
どうする……どうすれば良い?
キャプテンはこの状況を打開する為の手立てを考え始める。
が、それを相手が放っていてくれるハズが無かった。
「敵旗艦と思しき巨大艦から、膨大なエネルギー反応を確認!!」