【募】こんな小説を書けこの野郎【リクエスト】   作:hasegawa&friends

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 続きです。まだの方は前話からどうぞ。






マチ「団長、あたし好きな人が出来たから、幻影旅団やめて花嫁修行しようと思う」後編。

 

 

 

「本日より花嫁修業を開始するわ。では教えなさい」

 

「あたしそんな態度でかい生徒、はじめて見ました」

 

 流星街の郊外にあるマンション、マチの部屋。

 きっと寝る以外では殆ど使用していないのであろう事が、もうアリアリと分かってしまうような殺風景さ。壁は剥き出しのコンクリだし、カワイイ小物どころか家具すらロクにない無機質さ。あとギリ耐えられるかな? ってほどの埃っぽさ。

 

 今日は花嫁修業の一環である“お掃除”の先生として、シズクは初めてこの部屋にお呼ばれしたワケなのだが……。彼女はもうすでに、引き受けたことを後悔し始めている。

 そもそも、彼女がこの部屋で発した第一声が「汚ッ!? くさっ?!」だったことからも、大体のことは察して頂けると思う。言葉とは雄弁な物だ。

 

「とりあえず、好きにやってみなさい。

 アタシそれ見て、実力を判断するから」

 

「それ貴方のセリフ違いますよね? あたし側のヤツですよね?」

 

 家具もロクに無いくせに、この部屋は物に溢れていた。

 ゴミやら、ジュースの空き瓶やら、コンビニ弁当の容器やらで、床が〈ゴチャ―ッ!〉としている。

 お金だけはあるので、この部屋は“無駄に”広い。だからこそなんとか歩ける(足の踏み場がある)ものの、もし仮にこの部屋が普通の8畳間とかだったら、きっと小高い丘のようにゴミが積みあがっている事だろう。

 

 ついでに言うと、部屋のゴミ箱は「もう食べられませんっ……!」と悲痛な叫びが聴こえてこんばかりに、こんもりと盛り上がってしまっている。

 まるで日本昔話に出てくるご飯の器や、デラックスなパフェみたいな様子だ。中に入ってるのはゴミだけど。

 

 この惨状を顎でクイッとし「とりあえずやってみなさい」というのは、一体どんな理不尽なのだろう。どういう神経してるんだろう。シズクは思う。

 

「えっと……マチさんってお掃除は、どの程度やってるんです?」

 

「――――は? ()()()()()()()? なんか文句ある?」

 

「!?!?!?」

 

 驚愕。

 シズクは、いま聞いた言葉を理解する為に、約15秒の時間を費やした。

 このポニテのねーちゃんは、いったい何を言っているのかと。

 

「いつも、部屋が汚くなったな~って時は、()()()()()()()()()()()

 そうすれば、掃除なんてしなくて済むでしょ? アタシの大発明」

 

「エジソンに殴られますよ?

 ノーベル賞の審査委員、『おっふぇ!?』言いますよ?」 

 

「お金あるからねアタシ。だから掃除しなくていいのよ。特権階級よね」

 

「せっかく稼いだ諭吉、『うそーん』言うてますよ?

 そんな事に使うの!? マジで!? って」

 

「なによ、経済まわしてるじゃない。

 アタシがいっぱいお金使うから、引っ越し会社の人とか、ご家族の生活とかが……」

 

「掃除しましょうよマチさん。

 屁理屈こねてても、花嫁にはなれないんです。お掃除しましょ?」

 

 分かったわよ……そんな怒らなくても……。

 そうグチグチ呟きながら、マチは「えーい!」とサイドキックを繰り出し、床のゴミをグイグイ端に追いやっていく。

 

「だいぶ綺麗になったわね。床がスッキリしたわ」

 

「何してるんですか? ちょっと説明もらって良いですか?」

 

 ウェイウェイとばかりに、いったんストップさせる。

 マチはいったん足を止め(手は未使用)、キョトンとした顔でシズクに向き直る。

 

「いや、掃除してるんだけど……。

 こうやってグイグイすれば、とりあえず座る場所が出来る」

 

「それブルトーザーごっこです。掃除じゃありません。重機ですか貴方は」

 

「ちょっと……そんな褒めないでよシズク。

 そりゃアタシも頑張れば、地面えぐり返したり出来るけどさ」

 

「今あたしの脳裏に、『ファック』という単語が浮かびました。

 しかも倍角文字(おっきな字)ですよ? 人生初です」

 

 あたし前世アメリカンだったのかも。

 そんな馬鹿なことを思いながらも、シズクは根気よく語り掛けていく。掃除しましょうよと。

 

「分かったわよシズク……、ん!」

 

「えっ、なんですかこの手? なんでこっちに差し出すんです?」

 

「だから、デメちゃん。

 貸して。掃除するし」

 

「いやですよ。なんで貸すと思うんですか。

 そんなの一瞬で終わっちゃうじゃないですか。ズルですよソレ」

 

「えっ、じゃあ掃除出来なくない?

 この家に掃除道具なんて、()()()()()()()()? なに考えてんのよアンタ」

 

「わーお! ほーりーしっと☆

 あ、これも人生初です。今日はいろんな“初めて”がありますね」

 

 眼鏡の奥は、白目。

 シズクは平坦な声色ながら、どんどん心が死んでいくのを実感する。

 

「じゃあもう、()()()()()()()()()()()

 一回400円あげるから、毎日ここに来てよ」

 

「何がしたいんですかマチさん。そして何で400円ですか。

 週に10億円くらい稼いでる人が」

 

「掃除に費やす時間があれば、アタシ普通に億とか稼げるのよ。

 だからホームヘルパー? っていうのを雇った方が、相対的に良いと思うのよね。

 経済まわせるし」

 

「なんでそんな経済まわすんですか。花嫁なりたいのと違うんですか。

 あと400円について、詳しい説明ください」

 

 ワンコインはもったいないかな~、みたいなのが透けて見えているのだ。

 何億も稼いでるのに、なんでそこケチるんですか。

 シズクは内心、「あたし今日、憤死するかもしんない」と、変な覚悟を決めた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「“料理のさしすせそ”、お前も聞いた事くれェはあんだろ?」

 

「ない(キッパリ)」

 

 所変わって、ここはノブナガの家。

 質素だが広い屋敷内にある、沢山の調理器具が飾られた彼自慢の台所に、二人の姿はあった。

 

「なに、クイズ? アタシそういうの得意。やりたいやりたい」

 

「お前何しに来たんだ? ……まぁ良いんだけどよ。

 んじゃあモノは試しだ、順番に言ってみな?」

 

「うん。えっとぉ……、最初はさしすせその“さ”よね?」

 

 愛嬌はある、素直さもある、微笑ましく見えん事もない。

 腕を汲んで「うーん」と考え込んでいる姿は、年頃の娘さんその物だが、しかしノブナガはこの時点で、なんか嫌な予感がしていた。

 

「さは、粉砕(・・)のさ」

 

「よぉ相棒、おめぇ何する気だ?

 肉や魚に恨みでもあんのか? しかも真ん中の字」

 

「しは、そのまんま()

 食材って言っても、ようは死体だもんね」

 

「言っちゃなんねェことを言ったな。

 おめぇの旦那さま、今日メシいらねぇってよ」

 

「すは、()()()()()()()()()

 気配を出さずに()るの」

 

「発想力のバケモンだなお前。それ名詞じゃなくて文章だよ」

 

「せは、()()()()()()()()()()。熊でも猪でも狩ってみせるわ」

 

「殺してばっかだなオイ。

 お前の育ちがモロに出てやがる。ろくなもんじゃねェよ」

 

「そは、()()()()()のそ!(ドヤ顔)

 これで完璧ねノブ!」

 

「おしいわぁ~。さっきの“し”の野郎が泣いてるわぁ~。

 何でしょうゆスルーしちまうんだよ。言ってやれよマチ。可哀想だろ。

 そんなに英語で言いたかったんか?」

 

 

 微妙に最後、料理絡めてたのが腹立つ。

 ノブナガは思った。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ねぇクロロ、前から思ってたんだけどさ?」

 

「ん? どうしたんだ」

 

 ごいんごいんごいん! みたいな音が響く中、マチがどこか腑に落ちない顔をしている。

 ここはクロロのアパート、その屋上だ。いま二人は仲良く並び、何気なしに洗濯機の前に立っている。

 

「おろしたてのタオルって、何であんなに()()()()()()()

 アレおかしくないかな?」

 

「さぁ……なんでだろうな。俺にも分からんよ」

 

 洗濯機が止まるまで、手持ち無沙汰の二人は、いつものようにぬるい話をしている。

 特に意義がある物でも無い、兄貴分と妹分の会話だ。

 

「いったいアイツ、()()()()()()()()()()()()()()

 なんでタオルに生まれといて、水を弾こうとするのよ。何が気に喰わないのかな?」

 

「アレか……? どんな新兵でも、ある程度は経験を積まなければ、役に立たんだろ?

 それと一緒なんだろうか……」

 

「あー。新入りって使えないもんね。

 何も知らないくせに、プライドばっかり高くてさ? お話にならないわ。

 いっぺん鼻をへし折る必要あるよね」

 

「何度か実戦に出してみんことには、戦力たりえんな。

 ならタオルで言えば……何度か洗濯機でグルグルされる事により、ようやくタオルとしての自覚と責任感が芽生えてくる、という事か?」

 

「何事も経験ね。タオルにも練度があるのよ。

 洗濯機という名の荒波に揉まれて、成長してくんだわ」

 

 ごいんごいんごいん……!

 二人がぼけーっと佇む中、洗濯機の音だけが静かに響く。とてもシュールな光景であった。

 

「さて、干していくか。もうひと頑張りだ。

 ついでに布団も干すとしよう。今日は気持ちよく寝られるぞ」

 

「ねぇクロロ知ってる? 干した布団の匂いって、ダニの死骸が出してる臭いらしいよ?」

 

「知りたくなかったな。

 世界は残酷に出来てるって事か……」

 

 ちなみにであるが、いつもマチの洗濯物は、クロロがやってくれていた。

 妹分という立場を利用し、家事の殆どを押し付けてたのだった。お兄ちゃんお願いと。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「で、どうなんだよ? 花嫁修行の進捗ってヤツぁよ」

 

 ウボォーがハムの固まりにガブッと噛み付き、モリモリ食べながら訊ねる。

 

「こちは悪ない。冠婚葬祭も、テーブルマナーも、しかり覚えたね」

 

「右に同じ。

 私は家計簿の付け方とか、ご近所付き合いのコツとかを教えたけど、もう完璧よ?

 元々あの子は頭が良くて、物覚えも早いもの」

 

 フェイ、パクノダが笑顔を見せる。サラダとかケーキとかをパクパク食べながら。

 現在、マチとクロロを除く幻影旅団のメンバー達は、ちょっとしたファミレスに集まって会議中。それぞれが現状を報告しているのだ。

 

「けれど、こっちは拙いね……♣

 手先は凄く器用なハズなんだけど、どこか大雑把というか……適当なんだよ♦

 ちょっとした心掛けとか、手間暇を惜しまない気持ちが、マチには欠如してるよ……」

 

 アイロンがけ担当のヒソカは、彼らしからぬ困った表情。

 やる気は感じるし、努力は認めない事もないけど……とため息を漏らす。

 

「俺のシャツ、おしゃかにされちまったよ……。

 協力のつもりで貸したし、別に高いモンでもねェけど。

 でもありゃー、無惨なモンだったぜ」

 

「ぼくのローブも、駄目になっちゃった……。

 マチには美的センスや、女性らしい細やかさが足りないよ。

 そんなもの、こんな土地で生まれ育ったマチに、身につくワケない」

 

「ぶっちゃけ、生きてく事で精一杯……って時代もあったからな。

 そこら辺は仕方ないんじゃないか? 言ってやるのは可哀想というものだ」

 

 順番にフィンクス、コルトピ、フランクリン。

 彼らが練習用に貸してやった服は、どれも焦げてしまっていたり、滅茶苦茶なシワが付いてしまっていたりと、もう散々な出来栄えだった。

 いま嘆息を漏らしているヒソカの苦労が、もうアリアリと分かろうという物。

 

「ちなみにだけど、ファッションの事、そして女の子の身だしなみについては、外部から“ビスケさん”という女性の方を、講師に招いているよ?

 彼女が言うには、『もう全然ダメ。女の子としての自覚ゼロ』だそうだ……。

 盗賊やったり、男所帯で暮らして来た弊害が、モロに表れてるね」

 

「アイツ普段、道着みてェなの着てるしな。

 たまに街に出る時でも、男っぽいジャージとか、ジーパンとかだ。

 着飾ろうとか、おしゃれに気を遣うとか、そういう意識すら無ェよ」

 

 シャルが苦笑しながらパスタを丸め、ボノレノフが「これどうやって食べよう?」みたくウンウン悩む。というか食事の時くらいグローブ外せよ、とみんな思った。

 ついでに言うと、いつも短パンに包帯姿のボノに言われたくない。

 

「いま練習やってる最中なんだけど……クロロが言うには『洗濯は問題ない』そうだ。

 色物は分けて洗うとか、衣類によっての洗剤の種類とか、そういった事だけちゃんと覚えれば、後は洗濯機任せだからね。

 こと“憶える事”に関しては、マチは大丈夫なんだよ」

 

「でも……逆に洗濯物の干し方とか、そういう“丁寧な仕事”というのは、苦手みたい。

 ここら辺は意識の問題が大きいわ。もう全部『手早く適当に~』ってやっちゃうのよ」

 

 チーム金髪の二人の報告に、メンバー達も苦い顔。

 マチは頑張り屋だし、やれば何でも出来る方だけれど、「意識が足りない」

 それが今回の結論であった。マチ花嫁修業、その中間報告だ。

 

「大丈夫なのは家計簿、冠婚葬祭マナー、ヤツお得意の裁縫。

 後はクロロとしてるっていう、洗濯くれェか。

 ……逆に拙いのは掃除、アイロンがけ、身だしなみ。

 スマンが料理に関しては、()()()()()()。ありゃ旦那を殺しかねんぞ」

 

「火事が起こりそうで怖いんだ……♣

 なぜアイロンがけに、念を使おうとするんだい?

 そっちの方が早く終わりそう~って……何?

 ボクならば、マチにアイロン持たせようだなんて、ぜったい思わないよ……」

 

「掃除も()()()()()……。

 あれ部屋ごと建物が崩壊しかねないし、洗剤まぜて毒ガス事件が発生しちゃうかも。

 近隣住民のピンチですよ……」

 

「「「……」」」

 

 そこそこ出来る事はあれど、駄目なヤツはもう絶望的に駄目! 救いようが無い!

 それが現在のマチに対する、皆の評価であった。

 

 総括の言葉を担当したノブナガ、そして軽く死んだ目になっているヒソカとシズクが、お互いを見合ってコクリと頷く。覚悟を決めた顔で。

 

「これからは、この4つを重点的にやった方が良いな。

 多少スパルタでも、ヤツに叩き込むしかねェ。やんぞオイ」

 

「そうしないと、死人が出てしまうからね……♠

 流石にボクも、彼女が()()()()()なんかで殺人を犯すのは、忍びなく思う。

 楽しく無いよそんなの……」

 

「心を鬼にします。もう後輩がどうとか言ってられません。

 これはマチさんと旦那さまの為、幸せな結婚生活の為なんです――――」

 

 メンバー達が「ゴクリ……!」と唾を飲む。三人の真剣さ、そしてマチの現状の拙さを実感したからだ。

 かたや相棒の男。かたや飄々として、いつも本音を見せない男。かたやまだ付き合いが浅いとはいえ、とても好意的にマチへ接していた後輩。

 だが彼らが「心を鬼にする」とまで言うような事態。友人としての優しさを捨て、彼女に嫌われてしまうかもしれない事すらも覚悟している事が、もうハッキリと見て取れたから。

 

「馴れ合いは無しだ。

 もうお前らも、ヘラヘラにやけてんじゃねェ。

 言っとくが……()()()()()()()

 たとえ何があろうが、黙って見てろ。アイツの成長だけを思え」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「――――マチさん、なんでそんな適当なんですか?

 全然なんにも、これっぽっちも綺麗になって無いです」

 

 ピシャリと、空気が凍り付くような声が、マチの部屋に響く。

 

「部屋のすみっこ、やって無いですよね? ゴミ残ってますもん。

 ちゃんと角や、狭い所をやる時は、専用のノズルに付け替えて下さい。

 何回言わせるんですか?」

 

 彼女に掃除を教えて貰うようになり、もう一週間ほど経つが、こんなに冷たい声を聞いたのは初めて。

 マチは驚いたように目を見開き、思わず胸元でギュッと掃除機を握りしめる。

 

「そもそも、何で先に掃除機かけたんですか?

 タンスの上や、天井の照明。それ掃除したら、床に埃が落ちるでしょ?

 無駄なんですよ今やっても……。掃除は高い所から順にやって、最後に床なんです。

 そのくらい、ちょっと考えたら分かる事ですよ。やる気ないんですか?」

 

 怖い――――そう感じてしまう。

 いまシズクの目は、これっぽっちも笑っていない。親愛の情なんかどこにも無い。

 ただただ、こちらの悪い所、駄目な所を淡々と指摘する。

 感情を感じさせない、とてもキツイ口調で。

 

「見て下さいよ、これ“掃除”って言えます?

 やる前より汚くなってる……。ちゃんと水滴を取らないから、こうなるんですよ。

 ただ適当に窓ふきするだけじゃ、渇いた時に水垢が残るんです。

 ほら、あたしがやった場所と比べてみて下さい。一目瞭然でしょ?」

 

 言葉が出なかった。いま目の前にいる人が、あの優しいシズクだなんて、とても思えなかった。

 アタシ嫌われた……? もうシズクは、アタシなんか見限っちゃったの? コイツは駄目なんだって……。

 そんな良くない事ばかりが、脳裏に止めどなく浮かぶ。

 

「せっかく可愛く縫った雑巾も、これじゃあ宝の持ち腐れですよ。

 あの時は話半分でしたけど、本当にホームヘルパー雇った方が良いんじゃないです?

 ……無駄ですよ、いくら教えても。

 口ではやるやる言っても、マチさん全然出来てないもの」

 

 おもむろに、テレビの上をスッと撫でる。

 シズクは埃で汚れてしまった手のひらを、見せつけるようにマチの眼前に突き出す。

 

「家族の為、毎日頑張って働いてるのに、こんな汚い家に住まされるんです――――

 それマチさんには、理解出来ない事なんですか?」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「いつまで時間かかってるんだい?

 ボクも暇じゃないんだけど……遊びに来てるのかい?」

 

 旅団の男達が住む、2LDKのアパート。

 気だるげなヒソカの声が響く。

 

「シャツ1枚やるのに、何十分かけるのかな?

 糊付けも忘れてるし、皺を取るどころか、増えてるじゃないか。

 これ一体、どういうつもりでやったんだい?」

 

 いつもの軽薄さや、飄々とした口調じゃない、とても低い声。

 こんなヒソカの姿、今までマチは見た事がない。

 温かみの無い、悲しい態度。赤の他人にするみたいな。

 

「この道具はね? 皺を取る為にあるんだ。遊ぶ為の物じゃない。

 掛け方は教えただろ? 何で言われた通りにしないの?

 もしかして君、ボクを馬鹿にしてるのか?」

 

「そっ……そんな事っ!?」

 

 思わず声を出す。必死に「そうじゃない」って伝えようと。

 嫌われるのが、見放されるのが怖い。仲間にそう思われるのが怖い。

 こんな事、いままで一度も無かったのに、男の人の冷たい声が、怖いと感じた。

 

「ボクが居ても無駄だね。だってもう教えたもの。これ以上言うべき事は無い。

 そこにシャツが積んである、それ明日までに全部やりなよ。数をこなす事だね」

 

「こ……これを全部やるの?!

 だってこれ、40枚くらい……」

 

「ん、嫌なのかい? だったら皺だらけのまま、連中に返したら良い。

 ボクは君のために、頭を下げて借りて来ただけ。

 フィンクスやコルトピ達がどう思おうが、知った事じゃないよ」

 

 愕然とし、ヒソカの背中を見つめる。

 彼はやれやれと言いながら、もうドアを開けて帰ろうとしている。

 お前になど、もう構ってる暇はないと。

 

「毎日皺だらけで、ヨレヨレの服を着させられる、君の旦那さま。

 ……彼が周りにどう思われるのか、知ってるかい?

 あぁアイツ、ろくにアイロンがけも出来ない女としか、結婚出来ないんだな。

 人を見る目が無い、甲斐性の無いヤツなんだな――――って言われるんだ」

 

 ギロリと、鋭く睨む。

 その途端、マチの身体は凍り付いたように硬直し、呼吸が止まる。

 

「愛する妻の事を、周りから悪く言われたら……君の旦那さまはどんな気持ちだろう?

 皺がみっともないとか、それどころの話じゃないよ。

 ボクなら死にたくなるね」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「大根のかつら剥きと、キャベツの千切り、毎日やってんだろうな?」

 

「う、うん……。言われた通りやってる。

 ちゃんと一日三時間、練習したよ?」

 

 小動物のよう。どこか怯えたような様子で、マチがこくりと頷く。

 だがそれを前にしても、ノブナガの表情は緩まない。ずっと厳しいままだ。

 

「んじゃあ今日は、とんかつ揚げてみろ。

 昨日教えたろ? ウボォーとフランク呼んであっから、今から作ってやれ」

 

「分かった……やってみる」

 

 おっかなびっくり、包丁を動かす。マチの左手には、たくさん絆創膏が巻かれ、心なしか太くなって見える。とても動かしにくそう。

 そして今日も、マチの「痛っつ……!」という小さな声が、何度もこの場に響く。

 

 まだ慣れないキッチンの配置に戸惑いながらも、チョコチョコと動き回る。

 豚肉に小麦粉や卵を付け、パン粉を纏わせる。

 鍋を火にかけている間に、キャベツなどを刻み、味噌汁の様子を確認。

 その動作のどれもが、まだぎこちなくて頼りない物。

 いつもの勝気な彼女が、もう見る影もなく、弱々しく見えた。

 

「お前、油の温度は? ちゃんと確認したのかよ。180℃計ったんか」

 

「あっ、ごめん! そういえばアタシ……」

 

「――――あぁ? ()()()だぁ?

 お前いつから、そんな偉くなった。何様だテメェ」

 

「ごっ、ごめんなさいっ!

 すぐ! すぐ計りますっ……!」

 

 慌てて手を動かし、バタバタと駆け回る。

 途中、サラダ油の容器を倒してしまったり、包丁を床に落としたり、パン粉の袋をひっくり返したり。数多くの失敗が続いた。

 その度にノブナガの冷淡な声が飛び、それに焦って失敗を繰り返すという悪循環。

 何か言われる度にビクッと身体を震わせ、哀れなほど身体を縮こまらせている。こんな様子では、上手くやれるハズもない。

 

「何ボサッとしてんだ! 手が空いたら洗いモンにかかれ! 休んでんじゃねェ!

 ガキが出来たら、何人分も作ることになんだ! ちんたらやってんじゃねェぞ!」

 

 もう調理が終わる頃には、キッチンは散々な状態。マチもヘトヘトになった。

 なのに肝心のとんかつは、ひとつはまだ衣が白っぽくて、もう片方は真っ黒という、とてもじゃないが美味しそうには見えない、そんな出来栄えだ。

 味噌汁の豆腐はグチャグチャだし、味見をするのだって、すっかり忘れていた。

 

「お、おまたせウボォー、フランク……」

 

「……」

 

「……」

 

 散々待たされ、いま目の前に出された物の出来栄えも酷い。

 テーブルに着く二人の表情は固く、その感情は伺い知れない。マチはただただ、不安気な顔で見守る。

 

「おい、何だこりゃ? ちゃんと切れてねェよ。

 キャベツが全部繋がってやがる」

 

「大きさも不揃いで、とても千切りなんて太さじゃねェ。

 食感も悪いし、食いづらく感じるな」

 

 まだメインも食べない内から、二人の指摘が飛ぶ。

 キャベツの千切りは下手くそで、味噌汁は濃すぎて飲めたものでは無い。

 ご飯などは、本当に水を計ったのか疑いたくなる出来栄えで、とてもベチャベチャしていた。

 

 怒声では無い、小さな声だ。普段の二人であれば、それこそ大声で言い放ち、テーブルをひっくり返すくらいの事はする。

 だが今は、真剣な顔のまま淡々と“事実”を告げるだけ。反論など許さない空気。

 それが余計マチの心に、重くのしかかる。

 

「確か豚肉ってのは、よく火を通さないと拙いんじゃねェのか?

 見ろよこれ、まだ真っ赤じゃねェか。腹こわしちまうぞ」

 

「こっちは炭みてェに真っ黒だな。

 それに揚げ過ぎで、もう肉汁が全部無くなってやがる。固いゴムみてェだ」

 

 時折、苦言を呈しつつも、二人は黙々と食事を進める。表情を変えないまま箸を動かす。

 その様を、マチが言葉も無く、辛そうな顔で見ている。

 心底彼らに申し訳なさそうに、いたたまれない気持ちで。

 

 味がどうとかいう言葉すら出てこない。()()()()()()()()()()

 マチは自分の不甲斐なさを痛感し、ただじっと立ち尽くすばかり。それしか出来る事が見つからなかった。

 

「よぉマチ。お前これ、()()()()()()()()()()()()

 

「ガキが生まれたら、そいつも食うんだろ?

 主婦の料理ってのは、テメェ一人が食うわけじゃねェよな?」

 

 やがて、眼前の皿を綺麗に空にした二人が、静かに椅子から立ち上がる。

 まだ生だの、固いだの言っていたが、彼らは全ての料理を完食した。でも決してそれは、マチの料理が美味しかったからでは無い。

 ただただ「出された物は食べる」という礼儀でしかない事が、言わずとも分かった。

 

「おぅ、帰るわノブナガ。また後で酒でも飲もうや」

 

「オレもだ。邪魔したなノブ」

 

「ああ、夜会おうぜ。また後でな」

 

 ドアを開けて去って行く二人を、マチは言葉なく見送る。

 ガチャリと玄関が締まる音だけが、この場に寒々しく響いた。

 

 

「台所の掃除したら、今日は帰れ。

 千切りとかつら剥き、忘れんじゃねェぞ」

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「マチ――――調子はどうだ?」

 

 沢山積みあがった瓦礫、見渡す限りのゴミの山。

 それがここ流星街の光景。どこか物悲しく、寂しい景色だ。

 

「そろそろ二週間になるな、お前の花嫁修業。

 洗濯を教え終わってから、随分久しぶりに顔を見た気がする」

 

「クロロ……」

 

 夕暮れの光を受けながら、レンジだの冷蔵庫だので出来たゴミ山の上で、マチが佇んでいる。

 どこを見るでもなく、三角座りで。きっと長い事ここに居たんだろう事が、見て取れた。

 

 クロロが投げ寄こした缶コーヒーを、パシッと受け取る、

 力のない小さな声で「ありがと」と告げてから、ゆっくりとタブを開け、口を付けた。

 

「報告は受けている、……少し苦戦しているか?

 ここで夕日を眺めるなんて、いつ以来の事だろうな。昔を思い出すよ」

 

「……」

 

 隣に座る。血縁ではないが、それに勝る絆で結ばれた兄妹同士。肩を寄せ合って。

 決して美しくなんかない場所だけれど、とても風が心地よくて、穏やかな時。

 前はよくこうして、二人で夕日を眺めた物だった。

 まだ物の分からない時分、無力さと渇望に胸を焦がしながら、みんなで同じ夢を描いていた頃に。

 

「……つらいか?

 そんな風になったお前を、俺は初めて見るよ」

 

 前を向いたまま、静かな声で。

 一緒の景色を見ながら、心に語り掛ける。

 

「辛くなんて……ないよ。

 たしかに疲れてるけど、でも頑張れる。

 毎日が戦いって感じ」

 

「そうか」

 

 クスリと、笑い声が聞こえた。クロロの隣から。

 いま彼女が「あーあ」なんて言いつつ、ゴロンと後ろに寝そべった。

 大の字になって、夕焼け空を見つめる。

 

「ウボォーがね……? フランクリンに『俺を殴れ』って」

 

「……ん?」

 

 ふと向き直る。

 マチが今、なにやら照れ臭そうな顔をしているのが見える。

 

「アタシの料理を食べて、二人で部屋を出て行った後……。

 ウボォーがおもむろに頼み込んで、思いっきり自分を殴らせたのよ。

 そのあとフランクリンも、『俺もだ』って言って、ほっぺを差し出すの。

 ……なんかご近所中に、ドカバキ音が響いててね?」

 

「……」

 

「アタシがたまたまゴミ捨てに行った時……、それ見かけたのよ。

 二人とも、顔が腫れ上がるまで殴り合っててね? アタシそれがおかしくって……」

 

 とても綺麗な茜色の空。そこにあの日見た、むさ苦しい男達の姿が浮かぶ。

 

「アイツらだけじゃない……、ノブも、シズクも、ヒソカだってそうなの。

 みんなアタシよりも、辛そうな顔しちゃってさ?

 こっちにまで、ギリギリ~って歯を食いしばってる音が、聴こえてくるのよ。

 手なんかもう……ギューッて握ってて、ずっとプルプル震えてるの」

 

「フィンもコルトピも、自分の服を駄目にされても、文句ひとつ言わない。

 パクは『作り過ぎちゃったの』とか言って、妙にご飯持ってくるようになったし。

 気ぃ使って様子見に来てるの、バレバレ」

 

「シャルとボノは、本屋や図書館に入り浸って、ずーっと家事についての調べ物してる。

 アンタらが花嫁修業してどうすんのよ……って感じ。

 フェイは『これ滋養強壮によいよ!』とか言って、変な薬いっぱい調合して持ってくる。

 虫の抜け殻とか、ヤモリすり潰したのとかは、正直ちょっと勘弁して欲しいケド……」

 

 よっと! と元気な声を出し、勢いよく起き上がる。

 ジャッ〇ーチェンの映画で見るような、ハンドスプリングという技だ。流石はマチと言えよう。いつも道着を着てるだけある。

 

「あんなの見ちゃったらもう……ケツ割ったり出来ないよね?

 こんなに想われてたのかって、こんなにも良いヤツラだったのかって、アタシ新発見。

 ……自分勝手に抜けようとしたのに、ホント嫌になっちゃう」

 

「ああ、そうだな……熱いヤツラさ。

 流石は幻影旅団だ」

 

 ふふふと笑い合う。夕暮れ時の流星街に、二人の楽し気な声が響く。

 

 

「それはそうと、花嫁になろうという娘が、“ケツ割る”はどうだろうな?

 少々お転婆(てんば)過ぎやしないか?」

 

「あー、ビスケさんに怒られちゃうね……。またおいおい直してくよ。

 あの人だって『なのよさ~!』みたく、変な喋り方だし」

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ピッカピカじゃないですかぁ! お風呂が見違えましたよっ!」

 

 まるで\ペッカー!/と輝くような笑顔。

 もう飛び上がらんばかりに嬉しそうな声が、マチのバスルームに響く。

 

「キレイッ! 新居みたいになってるっ!

 水垢だって、ぜんぜん残ってないっ! すごいですっ!!」

 

「あ……、水垢を落とすには、弱酸性の洗剤が良いっていうから、使ってみたの。

 これシャルとボノが教えてくれて……」

 

 もう「やったー!」って万歳しちゃっている。シズクはいま絶好調である。

 それをマチは照れながら、でもどこか困った顔をして見守る。ご近所迷惑が……。

 

「トイレもピカピカですし、キッチンも完璧っ☆

 換気扇だって上手に出来てたし、もう言うこと無しですよコレ!」

 

「使わない歯ブラシとか、いろんな道具使ってね? 頑張ってみたの。

 なんか掃除って……やってる内に楽しくなって来るよね。

 ガンコな汚れ落とすのとか、どんどん綺麗になっていくのとか、すごく気持ちいいかも」

 

「おおおおーーーっ!!」

 

 さっきからテンションは高いが、いま今日一番となるシズクの叫びが木霊した。

 突然ガバッとマチに飛びつき、そのままぎゅーっと抱きしめた。彼女の方はビックリしちゃってるが。

 

「――――そうっ! そうなんですよっ! それがお掃除の魅力なんですっ!

 頑張れば頑張るだけ、綺麗になっていくのが気分爽快なんです!

 そして綺麗なお部屋で、心身ともに健やかに過ごすんですっ! 素敵っ☆」

 

「う、うん……そうね」

 

 もうなすがまま、されるがまま。

 でもこんなにも喜んでくれているシズクの姿に、とても幸せな気持ちになった。

 

「コツはですね? たまに友達を家に招くこと! です!

 自分ひとりだけだったら、やっぱどうしてもお掃除って、怠けちゃいます。

 でもお友達を招く機会があれば、自然と部屋を綺麗に保つようになれますから!

 ご結婚されるまでの間、ぜひぜひ試してみて下さいっ!」

 

「うん、分かった。じゃあシズクも遊びに来てね。

 アタシこれからも、がんばって掃除してくから」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「もうこれ、ボクより早いよね? ボクより上手だ……♦

 衣類によってのやり方も覚えたし、出来栄えも申し分ない!

 悔しいけど、もう敵わないな……♥」

 

「そう? なんか沢山やってる内に、覚えて来たのかも」

 

 並んでグイグイとアイロンがけをしながら、マチとヒソカが楽し気に談笑。

 まぁ二人とも、手だけは千手観音みたいに動いているけれど。

 

「手先が器用なのは知ってたけれど、まさかここまでとはね♠

 基本さえ覚えてしまえば、君はもう無敵なんだな……♣」

 

「ねぇヒソカ。形状記憶シャツって言っても、皺が出来るときは出来るのよね?

 ちょっと根性が足りてなくない? どういう教育を受けて来たんだろ」

 

「あはは♪ やはり限度はあるのさ。

 アレはあくまでも、皺になりにくい~ってだけの物だからね♦

 まぁ良いじゃないか♪ こうして愛情を込めて、アイロンをかけてやれば。

 そっちの方が、きっと旦那様も喜ぶよ♥」

 

 あんなに沢山あったシャツが、あっという間に無くなっていく。

 今マチたちの後ろには、アイロンがけの終わったシャツ達が、ハンガーに掛けられてずらっと並んでいた。壮観である。

 

「細かい部分から先に初めて、後で広い所をかける♠

 ボタンとボタンの間をやる時は、特に丁寧にね?」

 

「うん、覚えてる。

 袖口をやる時は、まず裏側を。左右の端から中央に向かってプレス。

 その後ひっくり返して反対側も~、よね?」

 

 楽しい。こうして無心でアイロンがけをしていくのは、とても楽しかった。

 あんなに皺だらけだった服が、ちょいちょいっとアイロンを当てるだけで、もうピーンとなる。

 スチームって凄いんだなぁ、面白いなぁとか思いながら、どんどんグイグイしていく。

 

「アイロンがけの極意は、左手の使い方さ(・・・・・・・)

 反対の手で縫い目の部分をピンと引っ張ったり、手早く生地を移動させたりね。

 両手を上手に使えるようになれば、君も立派なアイロンマスターさ♦」

 

「アタシこれ好きかも。もうじゃんじゃん持ってこい! って感じ。

 もしパートとかする事になったら、アタシはクリーニング屋さんにしよっかな?」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「マチ、お前さんなら出来る。心配すんな」

 

「うん……ノブ」

 

 ノブナガ邸の台所。緊張した面持ちのマチに対し、彼が力強く頷く。

 

「工程は全部覚えてるだろ? 昨日作ったヤツも、完璧だったじゃねェか。

 ――――リベンジだマチ。連中の度肝を抜いてやれ」

 

「わかった。アタシ頑張って作るね」

 

 今日は試食会。この花嫁修業の総仕上げと言える、協力してくれた仲間達全員を呼んでの、料理のお披露目だ。

 マチは強い光が宿る瞳で頷きを返し、グッと胸元で拳を握る。

 

 恐怖はある。前回のトラウマが脳裏をよぎる。また失敗したらという想像が、どうしても振り払えない。

 けれど、自分は幻影旅団の一員。アイツらの仲間だ。それにノブだって応援してくれてる。

 ――――こんなので、イモ引いてられるか!*1 ぶちかましてやれば良いんだ!

 

 現在、この家の居間には、マチの成果を見るべく集められた仲間達が、言葉なく料理の到着を待っている。

 そちらの様子が気にならない事もない。でも今は、自分のすべき事をやるだけ。

 ノブナガ、そして手を貸してくれた皆の顔に、泥を塗るワケにはいかないんだから。

 

 失投を恐れるのではなく、打者をうち取る喜びに目覚めたピッチャーのように、マチが意気揚々とまな板の前に向かう。

 手早く、そして力強い動きで、腕まくりをして。

 

 

 

 今日マチが作るのは、【とろとろチャーシュー丼】

 飯を食うのが大好きな、お米バンザイな大喰らい共にピッタリな、丼物である。

 

 マチはまず、冷蔵庫から豚バラ肉を取り出す。

 新鮮で、ツヤのある、そして大きくて迫力満点な、ブロック肉だ。

 それをまな板に乗せた後、しっかりと状態を確認。実は肉には【繊維の方向】という物があり、これをしっかりと見極めてから包丁を入れると、出来上がりや食感が断然違ってくる。

 彼女は繊維の方向に対して横、まっすぐ垂直に包丁を入れ、調理に適した大きさへと分割する。

 

 そして、マチはおもむろに、()()()()()()()()を展開する。

 まるでロールケーキのようにブロック肉を丸め、自慢の糸を使い、しっかりブロック肉を縛り上げた。

 

 チャーシューを作る時、こうして肉を糸で巻いておけば、熱を通すことによって縮んでも、形が崩れずに済むのだ。

 そして肉の“赤身”の部分を、こうして巻いた内側に閉じ込めておけば、鍋に入れた時に、煮汁がこの部分に触れない。

 ようは、浸透圧によって肉汁が外に漏れ出す事が無く、ジューシーな仕上がりとなってくれるのである。

 

 シュバババっと音が聞こえてくるような、流石の手際の良さ。

 こと糸の扱いに関して、マチの右に出る者は居ない。

 

 いま彼女の背後では、じっとこちらを見守っているノブの姿があるが……、もう二度と彼を心配させたりしない。不安な気持ちになど、させてなるものか――――

 気負うのではなく、気合を入れて、マチはひたすら手を動かしていく。

 

 

 しっかり縛り終えた豚肉を、鍋に投入して下茹で。これは5分程で済むだろう。

 マチはその間も決して時間を無駄にすること無く、長ネギ、ショウガ、玉ねぎなどの野菜を切っていく。

 

 トトトンと手早く終わらせたら、次はチャーシューのたれ(・・)作り。

 ノブと研究しながら決めたレシピの比率は、4・3・2・1・1。

 お酒、水、みりん、醤油、ザラメなどを、分量通りに計ってお鍋の中へ入れる。

 火にかけて、少し沸騰して来た所を見計らい、先ほど切っておいた野菜たちを入れてやった。

 

 それを見届けた時、ちょうど先ほどから5分が経っていた。

 マチは下茹で中だった豚肉を鍋から取り出し、油を沢山入れたフライパンに乗せて、程よく焼き目を付けていく。

 

 こうして焼き目を付けておく事で、煮込んでも肉汁が外に逃げなくなる。

 ちょっと前まで、なんで焦げ目を付けるのか分からなかったし、「どうせ後で煮込むんだから良いじゃん」とか言って、ノブを困らせていたものだけど……、今マチのはしっかり理屈を覚え、これが大切な手順であることを理解出来ている。

 

 このひと手間によって、とても出来上がりが美味しくなるんだから、やらない理由なんて無い。

 だってこれは、アタシだけが食べるんじゃなく、愛する家族が食べることになる料理なんだから。

 めんどくさがり、適当にすませ、微妙な料理を食べさせるなど、まっぴら御免なんだ。

 やっぱり“いつも全力”が、アタシの性にあってる――――マチは上手に焼き目を付けていきながら、心の中で自分自身に「うん」と頷く。

 

 

 もうこの時点で旨そう。見ているだけで、よだれが出てきそう……。

 そう言わざるを得ないほど、美味しそうな焼き目が付いたチャーシューを、いよいよ煮汁の中へ投入する。

 お願い、美味しくなってね――――そう願いを込めるように、丁寧な所作で入れてあげた。

 

 大切な仲間に食べてもらう、自慢のチャーシュー。

 本当はそれが煮込まれて行くのを、じ~っと傍で見守っていたい気持ちはあるけれど……、でもまだ他にすべき事がある。

 後ろ髪を引かれる思いで、マチはコンロを離れ、再び冷蔵庫の前へ。

 先ほど肉を整形した時、切り取った脂身などの余分な部分は、すべて冷凍庫へ入れておいた。それを満を持して取り出す。

 肉は生だと切りにくいが、こうして凍らせておけばサクッと包丁が通り、とても切りやすくなるのだ。フードプロセッサーなどが無くても、細かい挽肉を作ることが出来る、ノブに教わった裏技だ。

 

 手早くミンチ状にした豚肉を、そのままフライパンで炒め、味噌や紹興酒などで作った調理液を投入する。これはマチが考案した、オリジナルのタレである。

 きっとお肉を存分に引き立てる、味の立役者になってくれるに違いない。

 

 

 まだまだ行くわよ、今日のアタシは全力――――

 マチは豚肉の調理のみならず、ご飯の方にも手を加える。

 米の一粒一粒が立っている、キラキラしたほかほかご飯へ、煮汁で煮込んだ刻みショウガや、大葉とゴマをササッと混ぜ込み、トドメとばかりにひと手間。もう完璧だ。

 

 やがて80分ほどコトコト煮込んだチャーシューが、完成と共に彼女の手によって、綺麗に薄切りにされていく。

 丼にご飯を盛って、薄切りチャーシューをたっぷりと乗せ、そこに先ほど作っておいたタレをかけて、見事なオレンジ色の半熟玉子を添えて完成。

 

 マチとノブが研究に研究を重ねた一品――――【とろとろチャーシュー丼】の出来上りだ。

 

 

 

 

「お……お待たせ、みんな。

 いちおう頑張っては、みたんだけど……」

 

 重い空気。みんな無言で座っている、広い居間。

 マチはお盆を抱えたまま、そう仲間達へと自信なさげな表情を向けるが、それに対する返答は無く、誰もが言葉なくこちらを見ている。

 

「あのね……? これお好みで、唐辛子とかかけても良いかも。

 もし美味しく無かったら、残しちゃっても良いから……。アタシ食べるし……」

 

 ひとりひとりの前に、丼を置いていく。

 これは彼女の役割だと言うように、ノブは決して手を出さす事なく、壁に背を預けてこの光景を見守る。彼の握りしめた拳から、ギュッと小さな音が鳴った。

 

「いただきます」

 

「ほんじゃあ、食うぜ?」

 

「どれどれ、じゃあ早速……」

 

 思い思いに告げてから、仲間達が箸を取る。

 そして、まるで示し合わせたように、全員同時に料理を口に運んだ。

 

「……?」

 

「……!?」

 

「……ッ!?!?」

 

 その途端、なんかドカーンみたいな轟音。

 思わずマチが「きゃ!?」っと声を上げた時……そこにあったのは、どんぶりを抱えながら後ろにひっくり返っている、ウボォーの姿であった。

 

「――――嘘だろオイ!!!! 旨ッッ!?!?」

 

「なにこれ!? めちゃくちゃ美味しいじゃないの!?」

 

「うおおお! 凄いよマチ!! このチャーシューやばいよ!!!」

 

 爆発したような、歓声。

 さっきまでの静寂が、マチの心を込めて作った料理により、一気に破壊される。

 

「ちょ……マチよ!? お前()()()()()()()、旦那に食わすのかよ!?!?」

 

「太っちまうよッ! 食い過ぎて、体重エラい事になるッ!!

 もしこれ定食屋で出てきたら、店主がぶっ倒れるまで食うぞ!?」

 

 ウボォー、フランクの二人が、驚愕に目玉をひん剥きながら、ガガガガっと米をかっ込む。もう残像で見えなくなるくらいの速度で、絶え間なく箸を動かしている。

 

「なんだこれオイ! なんだこれオイ!」パクパク!

 

「わああああ! わああああ! 美味しいぃーっ!!」パクパク!

 

「本場中国超えちゃた!? これまこと旨いねマチ!」パクパクパク!

 

 まるで花畑にでも来たかのような、満面の笑みが咲く。

 マチは茫然としながらそれを眺め、ノブナガは「ふっ」とニヒルに笑い、静かに目を閉じた。

 

「おいマチ! おかわりだ! じゃんじゃん持ってこいよ!」

 

「えっ。いやもう……無いんだけど。

 そんな食べるとは、思ってなかったし……」

 

「「「!?!?!?」」」

 

 この場の数人が、「ガックゥー!」とばかりに崩れ落ちる。

 またしても、先ほどまでとは裏腹。一瞬にして深い絶望の淵へと叩き落された。

 

「お゛まっ……ちょ、お前っ……」

 

「そ、そりゃねぇだろマチ……。ありえねぇだろオイ……」

 

「こんな美味しいの食べさせといて、そんな殺生な……」

 

「ええっ!? でもこれ、けっこう大盛りにしたよ!?

 そんなお腹空いてたの!? 言ってくれれば……」

 

「まぁ待てみんな。マチは俺達全員の分、13人前も作ってくれたんだぞ?

 これ以上は求めてやるな」

 

 クロロの柔らかな笑みによって、この場が収まる。……まぁ未だに野郎共は「がっくぅー!」と項垂れてはいるが。いやしんぼな者達である。

 

「じゃあまた、おつまみとかで作ったげるね……?

 ノブが言ってたけど、チャーシューってお酒にも合うらしいよ?」

 

「「「うおぉぉぉーーっっ!!!!」」」

 

 大歓声。歓喜の雄たけびがノブナガ邸に響く。まるで(いくさ)の勝ち鬨のようだった。

 

「それじゃあ、デザートのプリンあるから……、持ってくるね?

 これもノブと、たくさん研究したの」

 

「すげぇなオイ!! 至れり尽くせりじゃねぇか!」

 

「ありがとぉマチィーッ! ありがとぉぉーーッッ!!」

 

 やんややんやと見送られながら、マチがテクテクと台所に消えていく。

 その背中にも、みんなが「ヒューヒュー!」と指笛を吹く。なんだコレ。

 

 

 

 

「……」

 

 そして……、今ひとり冷蔵庫の前に立つ、マチ。

 つい先ほど見た光景、みんなのとても嬉しそうな顔が、止めどなく頭に浮かぶ。

 いまアタシの胸が…………熱い。

 

 

「――――よっしッ☆」

 

 

 両手をグーにして、ピョーンと可愛くジャンプ。

 決して人には見せられない姿だけど、今だけは良い。

 まさに飛び上がりたい気持ち! 堪え切れないっ!!

 

「やった……! やったやったやった☆

 アタシやったよアタシ! もう大成功っ……♪」

 

 クネクネと身をよじり、溢れ出す喜びを噛みしめる。「きゃー!」とか言いながらピョンピョン飛び跳ねる。

 今日のことは、ぜったい忘れない……ずっと憶えておこう。そう心に刻みながら。

 

 そして、なにやら台所からドタバタ鳴ってるのを聞きつけたノブナガが、ちらっと様子を見に来たりしたのけれど……。

 彼は「ふっ」と、どこか嬉しそうな顔をした後、静かに踵を返し、その場を立ち去るのだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「えっと、()()()()よ?

 なんか見てて、ほっとけなくなる。ずっと見ていたくなる、みたいな」

 

 今日はクロロ&パクに付き合って貰い、【ご両親にご挨拶に行くときの練習】をおこなっている。

 父親役にクロロ、お母さん役をパクノダに担当してもらい、マチはもうガッチガチに緊張しながら、しどろもどろで受け答えの訓練をした(別にいま緊張せんでも良さそうなものだが)

 

 そして現在は、ちょっとした休憩を入れており、三人でテーブルを囲んでいる所。

 お茶や、おまんじゅう、あとモナカなんかに舌鼓を打ちながら、のほほんと談笑しているのである。

 

「まだ知り合って、間もないんだけどね?

 なんか一緒にいると、ホッとするっていうか……。落ち着くっていうか……。

 ほら、アタシってガサツでしょ? でもあの人、そんなの全然、気にしてないみたいで」

 

 そこでふと話題に出た、「マチの好きな人」についての事。

 彼女はどこか困り顔、でもテレテレとはにかんで、嬉しそうに語る。

 

「念とか、戦いとか、そんなのは知らないと思う……。

 誰かと戦うことより、誰かを()()()()のが好きな人よ。

 元気だし、明るいし、なんかひょうきんな所あるよ?

 でも何より、優しいの……。いっしょに居ると、あったかくなるの」

 

 こんなマチの顔、二人は見たことが無い。

 まさに年頃の娘が、夢や恋を語るときの表情、そのものだった。

 照れ臭そうに、でも少し自信なさげな様子で、不安の色も滲んでいる。

 だがマチはまっすぐ想いを語る。兄貴分であるクロロや、家族である団員達の他で、初めて自分が「好きだ」と思えた人のことを。

 

 

「今度、告白する――――

 自信なんかないけど。上手くいくなんて、これっぽっちも思えないけど。

 でも勇気を出して、言ってみる」

 

「あの人からしたら、迷惑かもしれないけど……。

 でもアタシの気持ち、聞いて欲しいって思う。

 こんな生まれだし、こんな稼業だけど、一生に一度くらい、勇気を出してみたい」

 

「アタシかけっこ遅かったし、いつもクロロやみんなの事が、羨ましかった……。

 でも今は、自分が女の子でよかったって――――そう思ってるの」

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 そして、マチが約1か月にも及ぶ花嫁修業……仲間達に支えられながらおこなった全てを、見事に終えた後。

 

「来てくれて、ありがとう。

 それだけでもう……アタシうれしい」

 

 ここは、流星街の片隅にある、大きな一本松の下。

 この木は通称“伝説の木”と言われており、この下で愛を告げて結ばれた男女は、永遠に離れる事はないという、言い伝えがあった。

 

 夕暮れ時、だが厳しい寒空の中で、ひとり待った。

 手を赤く染め、はーっと息を吹いて暖めながら、マチは今日この日、ずっと何時間も前から、この場に立っていたのだ。

 押しつぶされそうな不安、そして仲間達にもらった勇気を、精一杯抱きしめながら。

 

「というか、ここまで走って来たの?

 君らしいって思うけど、べつに無理しなくて良かったのに……。

 やっぱり、走るの早いね? 男の子だもんね」

 

 ここに駆けつけて来た後、はぁはぁと肩で息をし、ずっと膝に手を当てている。

 そんな彼の一生懸命さ、そして優しい誠実さを、マチは愛しいと思った。

 

「忙しいのに、呼び出してごめんね?

 でもアタシ……どうしても君に、伝えたい事があるの」

 

 今、マチが俯いていた顔を上げ、まっすぐ彼の方を見る。。

 生まれて初めて、この人と居たいと思った、もう抑えきれないくらいに好きな人の顔を。

 

 

「好きです、ドアラくん(・・・・・)

 アタシの恋人になって下さい」

 

「――――団長のせいだッ!!

 アンタがちゃんと構ってやんねェから、こんな事に!!」

 

 

 コソコソと隠れて様子を伺っていた団員たちが、一斉にクロロを批難し出した。

 

「はじめてなの、こんな気持ち。もう抑え込んだり出来ない。

 アタシ、君と居たい……。中日も応援するから」

 

「――――どうすんだよコレ!! 責任とれよ団長ッ!!

 アンタの教育が悪いから、マチがこんな風になってんだろ!!」

 

 もうドタバタと取っ組み合いをしている団員たち。まごう事なき乙女の表情で、素直な気持ちを語るマチ。

 そんな全てを他所に、いま彼らの前にいる中日ドラゴンズのマスコットである“ドアラ”は、なにやら「えっ、本当かい?」みたいな感じで、気持ち悪くワチャワチャ動いている(そういうのがウリのキャラなのだ)

 

「あれってマスコットよね? 人間じゃないわよね?」

 

「マチの好きな人って……アレなの?

 マチは()()()()()()、花嫁修業してたのかい!?」

 

「なんとか言えよ団長!!

 どうすんだよ! この状況をよぉーッ!!」

 

「う……うむ」

 

 皆でクロロの胸倉を掴み、もうガクガク前後に揺さぶる。

 それを他所にドアラくんは、なんか「いぇいいぇい♪」みたいにダブルピースしている。いつものパフォーマンスである。

 

「好きです! ドアラくんっ!

 アタシに300人くらい子供産ませて下さいっ!」

 

「――――お前はキメラアントか! 産めねェよバカ!!」

 

「そもそも人間じゃねェよ! ()()()()()()()()!!」

 

 団員たちの叫びは、マチには届かない。彼女はいま真剣に、一世一代の勝負をしてるんだから。乙女の天王山だ。

 

「おいドアラ……おめェ分かってんな?」

 

「断れ……断るんだ。

 アフターケアとか傷心旅行とか……、そういうのは全部、オレらの方でやっから……!」

 

「お前ドラゴンズの応援で忙しいだろうが……!

 娘さんひとりに、構ってらんねェだろ……!」

 

 祈る、祈る、祈る。

 もうこうなったらドアラを信じるしかない。団員たちは思う。

 人とコアラだよ? って教えてやれ。その純粋でおバカな娘に。

 

「えっ、いいの? アタシと付き合ってくれるの? やったぁ☆」

 

「――――受けてんじゃねェよぉぉぉおおお~~ッ!!!!

 あっさりOKしてんじゃねェよぉ~~ッ!! 有袋類よぉ~~ッ!!」

 

 いま眼前では、ドアラが「うぇーい♪」とばかりに、ぷるぷる肩を揺らしている。

 それに合わせて、マチも一緒に「うぇーい♪」と肩を揺らしており、向かい合って交互にし合うものだから、なんか社交ダンスみたくなっている。とっても仲良しな二人だ。

 

「いや……待つんだ皆。まだ分からんぞ?

 マチはドアラにでは無く、()()()()()に惚れた可能性が……」

 

「――――そういう事をゆーなよッ!!!!

 いねーんだよ中の人とか! 夢を壊すなよ!!」

 

「やぱマチの兄貴分よッ!!

 全部アンタのせいね! 責任取るよろし!!」

 

 そろそろ〈ドゴーン!〉とか〈ガシャーン!〉みたいな破壊音が聴こえて来たが、それにも構わず二人は良い雰囲気。ラブラブの様相である。

 ドアラが「えいやっ!」とバク転して見せれば、それをマチがぱちぱち囃し立てる。ある意味で微笑ましい光景。

 

 

「いこっかドアラくん。ナゴヤ球場でデートね。

 いちばん高木が、塁に出てぇ~♪ にーばん谷木が、おっくりバントぉ~♪」

 

「――――燃えよドラゴンズ歌ってんじゃねぇよ!! それどころじゃねェよ!!」*2

 

 

 なかよく手を繋ぎ、「ルンルン♪」と歩き去る二人を、幻影旅団は身もだえしながら見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ふぅ、こんなもんかな?」

 

 フリルの付いた白いエプロンを外す。

 今マチの前には、コトコトと音を立てる大きなお鍋がある。

 

「今日は貴方の大好きな、ハンバーグ。

 はやく帰って来てね」

 

 そうニコッと微笑み、マチはいったん台所を出る。

 白くて清潔な壁、機能性を感じさせる大きなキッチンは、彼女のお気に入りだ。

 

 トテトテとスリッパの音を立てながら、リビングへ。

 ここには大きな木製テーブルがあり、二人分にはちょっと広すぎる位。でもいずれ子供も出来るだろうし、それを見越して椅子まで買ってある、

 愛する旦那さまと、大切な子供、そして自分――――家族で囲む幸せな食卓を思い描きながら、マチはテーブルに料理を並べていく。

 サラダボールや、ちょっとした副菜の乗ったお皿が、どんどんテーブルを彩っていく。

 

「後は……何かな? もうやるべき事は、ぜんぶ済んじゃったかも」

 

 お掃除も、お洗濯も、全て昼間のうちに済ませてある。

 教えてくれたシズクやクロロ、そして協力してくれた仲間達の顔を思い浮かべながら、今日も楽しく家事をこなした。

 今でもよく会うけれど、みんな相変わらず元気そうだ。ちょっとヒソカがやんちゃをする事はあれど、今日も幻影旅団は世界中に名を轟かせる程に活躍している。

 

 マチの方はと言えば、今では胸を張って“家を守っている”と言い切れる、立派な主婦である。ご近所さんの間でも、仲の良いおしどり夫婦、可愛いお嫁さんとして、とても評判が良い。

 

 ノブに教えて貰ったお料理も、日々研究や努力を怠ることなく、腕を磨いている。

 涙をこぼしながら玉ねぎを切ることも、我慢強くジャガイモの皮を向くことも、全てはこれを食べてくれる人を思えばこそ。

 マチの愛する、旦那様の為だ。

 

 綺麗に掃除されたリビングは、まるでショールームのようにオシャレで輝いて見える。

 だが確かに人の温かみあり、マチの趣味や旦那様の人柄を表すような家具が、たくさん置かれていた。

 

「あっ、帰って来た!

 今日は20分くらい早いわ。がんばったのね……」

 

 二人の幸せを象徴するような、決して豪華すぎない程度の、立派なマイホーム。

 その主であるマチが、クルクルと舞うように、軽やかにステップを踏みながら家事をこなしている内に、ようやく玄関が開く音がする。

 

 まるでピコンと耳を立てる猫のように、マチはまたパタパタとスリッパを鳴らしながら、廊下を走る。

 本当はあまり行儀よくない事だけれど、もう待ちきれない。早く顔が見たい気持ちが、抑えきれないのだ。

 

 あまりに慌て過ぎて、まだ手にお玉を握ったままだけど……それは然したる問題ではあるまい。

 いまイソイソと靴を脱ぎ、ようやく仕事から帰った安堵感が表情に滲む愛しの旦那様が、マチの目の前にいる。

 

 

「――――貴方っ! おかえりなさいっ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マチの花のような笑顔。

 彼の上着を大切に受け取り、あたたかな料理が待つリビングへと、並んで歩いた。

 

 

 

 

 

 

*1
ビビってる様子や、腰が引けている事。極道社会などでよく使われる言葉

*2
中日ドラゴンズの応援歌である






◆スペシャルサンクス◆

 幸1511さま♪
 谷やん氏(チャーシューの作り方)



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